まってまって、はるちゃんをおこらないで!
おかあさんは困っていました。
かわいいはるちゃんは5さい。
いつもはおとなしく絵本を読んだり、
おままごとしているのが好きな女の子です。
でも、ときどき、
どろんこになったり
靴下を片方なくしたり
りぼんがなくなっていたり
ぼたんがとれていたり
して帰ってくるのです。
「こら!だめじゃない はるちゃん」
そんなとき、はるちゃんは
「ごめんなさい」
とあやまるのですが、
なぜかニコニコ。
おかあさんは服を洗ったり、直したりしながら
ついイライラ。
ある日のこと
はるちゃんはおうちに帰ってきました。
どろんこで
靴下が片方なくて
りぼんがなくなって
ぼたんがとれて
さらに
おたんじょうびにおくった
花柄のハンカチを
「ごめんなさい。なくしちゃった」
さすがに、おかあさんもお説教だけでは済まなくなって
古い納屋に
「いいっていうまで、入ってなさい!」
と、はるちゃんをとじこめてしまいました。
きのうはひどい嵐でした。
あ~あ、こんなことになるんなら、外にだすんじゃなかった。
おかあさんがため息をついていると
コンコンコン
そとから音がします。
なにかしら?
窓を開けると
小さなすずめでした。
「はるちゃんのおかあさんおかあさん。はるちゃんをだしてあげて」
すずめはいいました。
「はるちゃんは森のゆかるみに入っちゃったの」
ばしゃあっとゆかるみに飛び込む、はるちゃんが頭に浮かびました。
「まったく、あのこは!」
はるちゃんのおかあさんの声にすずめはぶるっとふるえましたが、
「まってまって、はるちゃんをおこらないで」
すずめは勇気をふりしぼっていいました。
「ぬかるみにはまっておぼれそうになった、ぼくをたすけてくれたの」
きのうはひどい嵐でした。すずめは朝の残り風にあおられて、落ちて凍えていたのでした。
そうか、じゃあ、どろんこなのは仕方ないかも・・・。おかあさんは思いました。でも、
「服のぼたん、あれ、せっかくさがしてきたのに」
きれいなぼたん。手芸屋さんでわざわざ探してつけたものでした。きらきらしててはるちゃんも気に入ってたはずなのに、なくすなんて。
「まってまって、はるちゃんをおこらないでください」
もりねずみの親子が庭先にちょこんと座っていました。
「嵐が起こる前にと引越しをしたら、坊やのおもちゃを置いてきてしまって」
おかあさんねずみはきょうだいねずみの頭を撫でました。
「ぐずる坊やたちをみかねて、はるちゃんがぼたんをくださったんです」
よくみると、一匹のねずみが大事そうにきらきらしたぼたんを抱えていました。
まあ、しょうがない。おかあさんは思いました。ぼたんの位置をずらして、つけなおそう。どうみても返してといえる感じではありません。
そんなとき、ひらっと干してあった靴下が目にとまりました。
そうそう、靴下。もう!片方だけあっても仕方ないのに。
「あのう、もしかして、これの片方かな~」
庭の入り口にきつねが座っていました。
ちょこんとあげた左前足に汚れた、靴下がはまっています。
「ああああ!」
おかあさんはびっくりして大声をあげました。
「まってまって、おこらないで!」
きつねは急いでかけてきて、
「足の裏切っちゃって、はるちゃんが包帯代わりにって・・・ああ、すみません・・・」
しょぼんときつねはうなだれてしまいました。
汚れた靴下、もう洗っても無駄だろうな。おかあさんはため息をつきました。でも、きつねの落ち込みように逆に申し訳ない気になってきました。
はるちゃんも今頃さみしそうにうなだれているかも。
俯いているはるちゃんの頭。あ、リボンがないんです。
なくしたりぼんは、はるちゃんのおばあちゃんがくれたものなのです。もう、なさけないったらない。おかあさんは思い出して、頭をかきむしりました。
「りぼん、おかあさんに何て言おう」
「はるちゃん、どこにいますか?」
生垣のむこうから鹿があらわれました。
窓から顔を出してみると、鹿の首に青と白のストライプ。
あのりぼんです。
お人好しのはるちゃん。鹿に似合うからってあげてしまったの?
「そのりぼん、返してくれる?」
「でも、汚してしまって」
窓際まで来てくれた鹿。りぼんを取ると、茶色いあと。
「嵐で折れた枝にこすってしまって、バイキンがはいらないようにって、はるちゃんがまいてくれたんです」
ケガの血のあと。おかあさんはりぼんをぎゅーっとだきしめました。
「はるちゃーーん。はるちゃーーん!」
おおきな声です。庭に来ていた動物達もびっくり!
おおきな黒い足が森からでてきました。くまです。
みーーんなびっくり! かたまってしまいました。
「はるに何のようですか!」
おかあさん、勇気をふりしぼって声をかけました。
「はるちゃんのおかあさんですか!?よかった、これを」
くまがさしだしてきたのは、まだ少し濡れている花柄のハンカチでした。
綺麗に洗われています。
「うちの子が昨日の嵐が楽しくて、はしゃいでたら熱が出てね。はるちゃん。熱に気づいて、濡らしたハンカチを額に当ててくれたんです」
くまのお子さん、外で遊んでいたら、はるちゃんが病気なのに気がついて、おうちの洞穴までつれてきてくれたんだって。
「お母さんの贈り物だっていってて。だから、はるちゃんをおこらないであげて」
はるちゃんのおかあさんは、勝手口から急いで庭にでると、納屋の戸を開けました。
「はるちゃん、ごめんね」
「おかあさん」
はるちゃんは暗い納屋からゆっくり扉に手をかけました。
「あ、はるちゃん、泣いてる!」
ネズミの子が叫びました。
「かわいそう・・・」
きつねが泣きそうな声をだしました。
「手当てしてくれたのに」
鹿がつぶやきました。
「ひどい!」
すずめがくやしそうにいいました。
「ああ、ほこりまみれに」
くまが口に手を当てました。
じーっ!動物達がおかあさんをにらみました。
たしかに、はるちゃんはいいことをしていました。でも、服も汚したし。
「はるちゃんになんでか、きいたの?」
さらに、もう一匹のネズミの子がいいました。
あ~~、どうしよう。おかあさんは困ってしまいました。
「まってまって、おかあさんをおこらないで」
はるちゃんが納屋からとびだしました。
「おかあさんは私を心配してくれたの」
はるちゃんはおかあさんの前にたちました。
「りぼんもぼたんもなくしたのも本当だし、どろんこになって帰ってきたし、ちゃんと言えなかったわたしも悪かったの。もう、森に行っちゃだめって言われるんじゃないかと思って・・・」
はるちゃんはくるっと回れ右して、
「おかあさん、ごめんなさい!」
とふかぶか頭を下げました。
動物達も
「ごめんなさい。ありがとう。はるちゃん、はるちゃんのおかあさん」
はるちゃんのまねして頭を下げました。
ある晴れた日、
はるちゃんはどろんこになってかえってきました。
「ただいま、おかあさん」
「はる、おかえり・・・」
あれれ、今日は、帽子がありません。
「はるちゃん、帽子は?」
「ごめ・・・」
はるちゃん、うつむきましたが、顔を上げて
「つばめさんのね。おうちが壊れちゃったの!」
頑張っていいました。
「そっか」
おかあさんはほほえみました。
「さあ、はるちゃん。どろんこだね。どうする?」
「どろさんを洗う!」
「うん、あらおう」
はるちゃんとおかあさんは庭のほうへ、歩いて行きました。
今でも、そうですが、伝えたいことを伝えたいように伝えるって、すごく難しい。
大切な人に伝えたいと思うほど、自分が悪いような気がして、誤解されそうな気がして、嫌われそうな気がして。たとえ良いことをしていたとしても、うまくいかないのではと悩んでしまします。
そして、相手のことを思うからこそ、いい人になって欲しいからこそ、相手と向き合うのって難しい。
平静でいられなくて、あとあとでなんでこうしちゃったんだろう?って後悔したり、落ち込んだり。
近いからこそ、理解し合うのって難しい。
そんな時外の人から指摘されるとはっとするのです。
でも、そうなる前に気づけたら嬉しいですね。