七話
結果的に言うと、リッツカルザ家のサンドイッチは素晴らしく美味しかった。我がセーデルン家専属料理人のウィッチマンに負けないくらい、リッツカルザ家の料理人の腕は素晴らしい。先程の原因不明な動悸など忘れてしまうくらいの美味しさである。
私は、ゆったりとティーカップに口をつけてアルバート様が淹れてくれた紅茶で喉を潤す。貴族のアルバート様が紅茶を淹れることには驚いたが、アルバート様が言うに、騎士団ではよく紅茶を淹れることは日常的なのだとか。慣れているだけあって、紅茶はとても美味しかった。
財産と権力を持った伯爵家でありながら、若くして騎士団副団長に就任し、少々軽いが女性に優しく、容姿も端麗らしいアルバート様。この人には、できないことがないのだろうか。
少し恨めしく思い、アルバート様の方に目を向けると、闇のように黒い瞳と目が合った。まさか私のことをずっと見ていたのだろうか。
呆然とその顔を見つめていたが、アルバート様の表情は動かずに、じっと私を見つめ続けている。
自然な感じで指先を口元に持っていく。うん、何もついていない。
私の顔に何かついているのかと思ったがそんなことはなく、安心する。いや、だったら何故、私のことをこんなに見つめてくるのだろうか。怒っている?もしかして怒っているのだろうか。いや、アルバート様の顔を見ても怒ってはなさそうだ。何の感情もなさそうな……もしかして、そうやって怒る人なのかもしれない。「お前も紅茶淹れろよ」とか思っているのだろうか。いや、アルバート様はそんなことで怒る人ではないだろう。
じゃあ、ただ単にボーっとしているだけ?私の顔見ながら?「うわー、こいつ醜いー」とか同情しながら、意識がとんでいったのだろうか。
まさか、私の顔を見続けると意識がとんでしまうという呪いでもあるのかもしれない。それに、私も鏡で自分の顔を見ているといつの間にか意識がとんでいることが、数度あった。きっと顔の醜さに耐えられないのだろう。
うん、うんと頷いてみるが、アルバート様は何も話さないし、動きもしない。もう、怖い。
「い、いかがなさいました?」
耐えきれずに問いかける。すると、アルバート様は瞬きをして不思議そうな顔をした。
「何がだい?」
「……その、どうしてそんなに見つめてくるのかと思いまして」
何と言っていいかわからずに正直に答えると、アルバート様が固まった……と思ったら、一気に、顔が茹蛸のように赤くなった。その顔を腕で隠しながら、アルバート様はいきなり立ち上がった。いつも優雅で余裕そうなアルバート様の余裕じゃなさそうな姿に、口を開けて見上げてしまう。
「す、すまない」
「い、いえ」
何故か謝るアルバートに返事をする。すると、アルバート様が後ろを向きながら、ぶつぶつと「嘘だ、嘘だ……」と呟きだした。何が嘘なのだろう。
病気にでもなったのかと、アルバート様に声をかけると、慌てたようにもとの位置に座って、深く息を吸っている。本当にどうしたのだろう?
周りを見渡してみると、サリー達が唖然としながらアルバート様を見ていた。更に、エステーヌもアルバート様を見ていたが、その表情が少し引いているように見えるのは気のせいだろうか。
「いや、すまないね。あっ、そうだ!!ゴリラ……じゃなくて、団長の話をしようか。いつ会うか計画を立てなくてはならないからね」
驚いている私達をしり目に、落ち着いたらしいアルバート様が微笑んでくる。
「あ、そうでしたね。忘れていました」
「忘れていたのかい?」
アルバート様が少し驚いたように言う。
本当だ。何故忘れていたのだろう。ここ最近ゴリ様のことばかり考えていたし、今日だってゴリ様とのデートの練習なのに。
そう、練習、練習なのだ。いくら楽しくてもこれは練習なわけで、デートではない。アルバート様だって、こんな小娘とデートしているとは思っていないだろう。
それに、アルバート様のご厚意でしてくれたことなのに、ちゃんと練習しないと失礼になってしまう。
「いえ、もちろん覚えていましたわ。それに、今日の練習のおかげで、本番は頑張れる気がします!」
原因不明のモヤモヤを振り切るように、全力の笑顔をつくる。
前世からの理想の男性と家庭を築く。それが今世の夢であり、目標だった。それを忘れてはいけない。
「そうだね、練習だからね」
そう言うアルバート様の笑顔は、初めて会ったときの笑顔と同じだった。