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六話



 なんと、私は今、人生初の″デート″というものをしている。

 正確に言うと″デートの練習″らしく、私が少しでも男性に慣れるように手取り足取り色々なことを教えてくれるのだそうだ。

 それを聞いたサリーは「なんと破廉恥な!」と怒っていた。相変わらずサリーの言っていることはよく分からない。騎士団に乗り込もうとするサリーを必死に押さえ、練習をしてみたいと、涙ながらにお願いをすると、渋い顔をしながらも「見張りはさせていただきます」と許してくれた。

 まあ、私自身もいきなりの誘いで驚いてはいたのだが、ゴリ様といきなり会うと緊張しすぎてとんでもない事をやらかしそうなので、アルバート様の誘いに応じたのだ。



「あの……今日はどちらに?」



 ゆったりと揺れる馬上で、後ろにいるアルバート様を見上げる。



「着いてからのお楽しみだよ」



 こちらを見てウインクするアルバート様のこの世のものとは思えない表情に、思わず吐き気を催してしまった。何とか我慢をする私の努力など知るよしもないアルバート様は、ご機嫌そうに手綱を操っている。

 動きやすい服装で来て欲しいと言われ、不思議に思いながらも黄緑色の簡易なワンピースを着て行くと、いつの間にか馬の上に乗せられていた。栗色の毛並みが美しく、凛々しい顔をした″エステーヌ″は、アルバート様の愛馬らしい。



「エステーヌの乗り心地はどうだい?キツくなったらすぐに言うんだよ」

「ありがとうございます。とても快適です」



 嘘だ。全然快適ではない。いや、実は乗馬に憧れていた私としては願いが叶って嬉しいことだし、エステーヌはいい子だから乗馬自体は快適である。

 しかし、先程から緊張で頭がおかしくなりそうなのだ。私の背中にぴたりと密着している身体に、顔が熱くなってしまう。意識しないように頑張るけれど、余計に意識してしまってさらに鼓動が早くなる。そんな私とは反対にアルバート様は全然平気そうで、何だか悔しい気分だ。

 だったら一人で乗ればいいではないかと言われそうだけれど、乗馬初心者の私が一人で乗れる筈もなく、アルバート様と相乗りすることになったのだ。サリーは反対していたが、アルバート様の方が上手だったらしい。私達の後ろを不服そうな顔をしながら着いて来ている。ちなみに、馬に乗っているのは私とアルバート様だけで、サリーやリッツカルザ家の使用人のカルアさんと護衛のバンさんの3人は歩いている。目的地はそんなに遠くはないみたいだ。



「それは良かった。どうせなら、フィリア嬢の願いを叶えたくてね」

「……ありがとうございます」



 私が乗馬に憧れていたのは誰にも言ったことがなかった。アルバート様以外には。

 お父様やお兄様が馬に乗っている姿は格好よく、何よりも気持ちが良さそうで、私も乗りたかったのだ。しかし、過保護なお父様達にはなかなか言えず、憧れだけが積もっていった。

 だが、アルバート様との手紙のやり取りの途中でふいに願望を漏らしてしまったのだ。不思議なことに、アルバート様には、いつの間にか何でも話してしまっている。私が心の奥で、アルバート様ならば何を言っても受け入れてくれると思っているからなのか、アルバート様が魔法使いなのかはさだかではないが、手紙のやり取りは心地よかった。



「林……?」



 綺麗な緑が目の前に広がる。

 リッツカルザ家の屋敷の裏から砂利道を歩いたところに、こんな林があるだなんて知らなかった。絵本に出てくるような綺麗な場所だ。

 私が密かに感動していると、アルバート様の方から笑うような声が聞こえた。振り返ると、微かに肩を震わせていた。



「……いや、すまないね。そんなにキラキラした顔をされるとは思わなくて」



 そう言うアルバート様の口元はニヤついている。何だか悔しくて、恥ずかしくて顔を下に向けた。

 すると、アルバート様が慌てたように私の顔を覗き込んだ。



「ど、どうした!?泣いているのか!?」



 エステーヌは不満そうに一鳴きして、歩みを止めた。



「笑ったのを怒っているのか?すまなかった。だが、別に馬鹿にしたつもりなどないんだ。可愛いなと思って……いや、言い訳などはしてはいけないな」



 アルバート様のいつものすましたような話し方が崩れている。横目で見るアルバート様は、とても必死だ。

 珍しくて焦っている様子のアルバート様に、恥ずかしさは無くなり、笑いがこみ上げてきた。



「泣かないでくれ、頼むから。君に泣かれるとどうしたらいいか分からなくなる……フィリア嬢?」

「……ごめんなさい。アルバート様が焦っている姿を初めて見たから」



 手を口に当てて笑う私を見て、アルバート様は目を丸く開けて驚いている。周りを見渡せば、サリー達が心配そうに私達を見ていた。



「泣いてなんかいないです。少し恥ずかしかっただけです」

「……泣いていないのか?」



 不安そうに尋ねる私を不安そうに見てくる。気持ち悪い筈の顔が少し可愛いく見えてくるから、不思議だ。

 首を縦にふると、アルバート様が嬉しそうに微笑んだ。



「そうか……。泣いてないのならば良かったよ。笑ってすまなかったね」

「いえ、アルバート様は何も悪くはありません。それに、私もアルバート様のことを笑ったので、おあいこです」



 少し驚いた顔をしたアルバート様は「おあいこか……」と呟き、エステーヌの歩みを再開させた。

 怒ってしまったのではないのだろうかと、アルバート様の顔色を伺うと口元が上がっていたので、安心する。先程の会話のおかげか、少し緊張が和らいだ気がした。

 林の中を見渡せば、小鳥やリスなどの可愛らしい動物が元気そうに動いている。空気も新鮮な気がして、息をするのが楽しくなる。



「あ……!」



 少し遠くに湖が見えた。太陽の光に反射して、水面がキラキラ輝いている。

 そこの空間だけ輝いていて、とても神秘的だ。



「まさか、目的地って……」



 湖に着くと、アルバート様が私をエステーヌから降ろす。お礼を言いながらも、目の前に広がる美しい光景に目を奪われてしまう。

 幻想的なその光景は、絵画の中のようだ。湖の妖精でも出てきそうな雰囲気である。



「綺麗だろう?」



 見とれていると、エステーヌを木に繋ぎ終えたアルバート様が隣に並んだ。



「ええ、とっても」



 返事をしながらも、エステーヌが湖の水を美味しそうに飲む姿を見つめる。湖はどんな味がするのだろうか。「飲んでみたい」と言うとサリーが怒りそうだ。

 そんなことを考えていると、くすっと小さく笑う声が聞こえ、隣を見るとアルバート様が優しい顔をして、私の方を見つめていた。



「君は面白いね」



 言葉の意味が分からず首を傾げると、アルバート様が微かに笑った。



「……いや、何でもないよ。軽食を作らせているから食べようか。準備も出来たみたいだしね」



 差し出す手を取りながら、サリー達のもとへ向かう。不自然なアルバート様の横顔を見るが、特に変わった様子はなかった。

 私が面白いとはどういうことだろう。貴族特有の言葉遊びや冗談などは、あまり得意ではないのだけれど。



「美味しそう!」



 木の下にひかれたシートには、サンドイッチや果物が用意されていた。サンドイッチの食欲を誘う匂いに吸い寄せられそうだ。



「ご苦労だったね。いつも通り、君達も休みなさい」



 アルバート様が使用人達に声をかける。カルアさんとバンさんは、お礼を言って、少し離れたところにシートをひき始めた。



「休むとはどういうことでしょうか?」



 サリーは、不思議そうな表情をする。私もよく分からず、アルバート様を見つめた。



「せっかく綺麗な場所に来たんだから、ゆったりしたいだろう?」

「私達用の軽食も用意しております。サリーさんの分もありますよ」



 そう言うアルバート様とカルアさんに戸惑っているサリーは、私の顔を見つめた。どうしたらいいのか分からないみたいだ。



「サリー、休んできて。軽食、美味しそうよ」

「……では、お言葉に甘えて。ありがとうございます」



 礼をして去っていくサリーを見つめていると、アルバート様が「食べようか」と声をかけてきた。それに応じて、サンドイッチに手をかける。

 向かい側でエステーヌが小鳥と遊んでいるのが見えた。癒されるその光景に思わず微笑んでしまう。隣を見ると、アルバート様が微笑みながら、エステーヌ達を見ていた。何だか嬉しく思っていると、アルバート様が私の方を向いて笑う。

 まるで私が思い描いた通りの理想のデートだ。いや、何を言っているのだ。何をドキッとしているのだ。私が好きな人はゴリ様だ。

 目の前の人を改めて見てみると、凄く醜い顔をしている。勿論とても優しくて、素晴らしい人だということはここ何週間の間で分かっている。友人としては最高だ。しかし、恋人や生涯のパートナーと考えると違う。

 この顔と手を繋いだり、キスをする姿を考えると吐き気がする……けれど、何故だろう。醜いはずの顔が少し可愛いく思えたり、触れ合う手がそんなに嫌じゃなかったり……やはりアルバート様は魔法使いかなんかなのだろうか。うん、きっとそうだ。

 私は考えることをやめて、サンドイッチを味わうことに集中することにした。


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