五話
アルバート視点。
見本のような綺麗な字で、独特な内容が書かれた手紙に目を落とす。彼女とゴリ様の五回目のデートでは、初めて手を繋ぐことが詳細に書かれている。その微笑ましさと度々登場するバナナと林檎に思わず噴き出した。
お茶会から三週間が経ち、フィリア嬢との手紙のやり取りは、ほぼ毎日行われている。初めは計画を立てるために手紙を交換していたが、いつの間にかフィリア嬢の妄想小説に変わってしまった。まあ、そもそもフィリア嬢がゴリ様との妄想を手紙に書くようになったのは、私が書くように提案したからだが。
最初は、彼女の変わった感覚をもっと知りたくて言ってみた訳だが、今では珍しい程の純粋な恋愛観と少しズレている感覚は思いのほか自分のツボにはまってしまい、一日三回は手紙に目を通さないと気がすまなくなってしまった。
ちなみに、手紙には私が書いてあるとバレないようにナタリアの名を借り、交換はサリーを介して行っている。
『叔父様に紹介したい人がいるの』
ナタリアからフィリア嬢を紹介したいと言われたとき、私は「やはりな」と思った。何故ならデビュタントの日に、ナタリアの横で、一際美しいフィリア嬢がこちらを頬を赤くして見つめていたからだ。その瞳は恋する乙女そのもので、もしかしたら惚れられてしまったかもしれないとため息をついたのを覚えている。
整った容姿をしている私は、昔からそのような視線を向けられることに慣れていた。しかし、昔から恋や愛などがよく分からず、恋する乙女とやらが面倒臭く思ってしまう私にとっては、女性というものは面倒臭い生き物だった。だが母の教えにより、紳士的に、どんな女性にも優しくすることを心がけていた。
色恋には興味がないが、私も男なため、後腐れがない娼館に時々行っていたら、この顔も相まって″遊び人″と言われるようになった。したがって、私自身は遊んでいるつもりなどないのだ。
そのため、ナタリアから紹介したいと言われた時は、正直面倒臭いと思ってしまった。おそらく、ナタリアの頼みでなければ断っていただろう。
『私の理想のゴリラ……ゴリ様なんです!』
しかし、フィリア嬢が恋に落ちたのは私ではなく、私の隣にいた団長にだった。そう知ったとき、衝撃と笑いが一気に襲ってきた。真剣なフィリア嬢には悪いが、思いっきり笑ってしまった。腹が痛いほど笑ったのは、女性の前では初めてだった。
フィリア嬢は、ゴリ様が団長かは定かではないと言っているが、私は確信している。団長こそがゴリ様だと。いや、私は団長がゴリ様であってほしいのかもしれない。
団長は、優しくて男らしい人だ。″遊び人″とよく言われる私を″真面目で優しい男″だと言って、副団長に任命してくれた。そして、有り得ないほど強いのに、それをひけらかさない団長を私は尊敬している。
そんな団長はいい歳なのに、その容姿と庶民出身なことからか結婚はおろか、恋人もいない。「もう結婚は諦めている」と、寂しそうに言う団長は、痛々しくて見ていられなかった。
だから、団長とフィリア嬢がくっついてくれたら、嬉しいこだ。野生的で、まるでゴリラな団長と華奢で、まるで天使なフィリア嬢が並んだら、おもしろ……いや、ベストカップルじゃないか。
「『手紙ではゴリ様のデートをこんな風に書いてますが、実際に男性と二人きりになると考えると緊張してしまいます。それに相手がゴリ様だったら……考えるだけでも倒れそうです。』か……」
フィリア嬢は男性に慣れていないことは気づいていた。この前のお茶会でも、本人は気づいていないのかもしれないが少し震えており、小動物みたいで庇護欲を誘った。好みの顔でないらしい(おそらく嫌いな顔なのだろう)私にさえあの反応だと、団長を前にしたら大変だろう。
聞いた話では、溺愛されている彼女はあまり外に出されることはなく、男性との接触はあまりなかったらしい。本当に″籠の中の天使″だ。
そして、団長も女性に慣れていないからか、女性を前にすると途端に無口になってしまう。
そんな二人がデートをしたら、きっと悲惨な結果になるに違いない。まずは、異性に慣れることが大切だろう。
私は手紙の返事の内容を決めて、真っ白な便箋に″私からの″デートの誘いを書いていった。
「アルバート、今大丈夫か?」
扉を叩く大きな音と耳慣れた声に返事をして、書きかけの手紙を机の鍵付きの引き出しに入れて、扉を開ける。
「どうなさったんですか?ゴリ……団長」
危ない。フィリア嬢のゴリ様がうつってしまったらしい。危うくゴリ様と言うところだった。
186cmある私が見上げるほどの迫力のある体躯には、相変わらず圧倒される。小柄なフィリア嬢と並ぶと本当におもしろ……凄いことになりそうだ。
「いや、一緒に飲みに行きたいと思ってな」
「ああ、いいですね」
外は少し寒いだろうと吊るしていた上着を羽織り、廊下に出る。団長は、白いタンクトップと練習着の茶色いズボンを履いているだけの薄着で、鍛えている山のような筋肉をさらけ出していた。
「団長、鍛錬でもしていたんですか?」
「おう。ちょっと森にな」
団長は、時間ができるとすぐに森に行く。先日は、熊と一緒に鍛錬をしてきたらしい。熊を倒すのではなく、熊と修行をしていたとか。
熊と同族と思われているのではないかと失礼なことを思ったのは秘密だ。
「お疲れ様です」
団長と談笑しながら少し暗くなった道を歩いていると、向かい側から騎士服を着たファリオが声をかけてきた。
「今帰ったのかい?」
「はい」
第二王子の視察という名の旅行に、護衛としてついていったファリオの腕の中には、包装された荷物がある。緑のリボンがされたそれは、おそらくフィリア嬢へのお土産なのだろう。大切そうに抱えられていた。
「それは、ご苦労だったな。俺達は今から飲みに行くんだが、一緒にどうだ?」
「申し訳ございませんが、お断りさせていただきます。明日は休みなので家に帰ろうかと。10日も妹に会えてないので」
それはなかなか会えている方なのではないかと思ったが、ファリオの妹好きは今に始まったことではないので、今更突っ込みなどはしない。
ファリオは、フィリア嬢の兄というだけあって美しい顔をしている。しかし、表情豊かなフィリア嬢とは違い、その顔は滅多に変わることはない。
そんなファリオを笑わせることが騎士団内で流行ったことがあった。笑わせたのは、一発芸をした奴でもなく、裸踊りをした奴でもなく、世間話程度に妹の話を聞いた団長だった。それから、騎士団内ではファリオの妹好きは有名になったのである。
「そうか、相変わらず溺愛しているな。まあ、分からなくもないがな。先日、デビュタントで妹さんを見かけたが、美しい人だった」
前にも一度、団長にフィリア嬢のことを聞いてみたが「美しい人」と言っていた。それをフィリア嬢に伝えたら、三日ほど返事がこなかった。何でも衝撃と嬉しさで熱が出たらしい。
頷きながら話す団長に、ファリオは分かりやすく顔をしかめた。
「……団長には会わせませんよ」
「ははっ、大丈夫さ。会ったとしても俺に振り向きなんかしないよ」
団長は、笑いながら首に手を当てる。
流石優秀な部下だ。なかなか鋭いものだと感心する。今、一番警戒しないといけないのはどんな美男でもなく、団長だということに気づくとは。野生の勘でも働いているのだろうか。
「いえ、妹はそこらの女とはひと味違いますから」
少し得意気に言うファリオに、心の中で頷く。確かにフィリア嬢は変わっている。
この場でそれを知らない団長だけが不思議そうな顔をしていた。
「では、妹が待っていますので。失礼致します。」
ファリオは口早にそう言うと、礼をして、早歩きで去っていった。心なしかその背中は嬉しそうで、騙している身としては少し申し訳なくなった。
不意に、手で乱暴に頭を掻きながら団長が口を開いた。
「いやー、しかし久しぶりだよな。二人きりで飲みに行くのは」
「そうですね。最近は少し忙しかったですもんね」
「そうだな!」
元気に返事をする団長の鼻の穴が、いつもより少し膨らんでいる。別に悪口などではない。緊張しているときの癖なのだ。
私相手に、今更緊張することがあるのかと不思議に思って見つめていると、また鼻の穴が膨らんだ。
「……団長?どうかしたんですか?」
「ん?いやなんでもないぞ!……いや、そんなこともないぞ」
「どっちですか?」
慌てふためいてるらしい団長は、目を左右に動かして忙しい。
武力は最強だが、頭脳戦はあまり得意でない団長は嘘をつくのが下手だ。いや、別に悪口などではない。事実を述べているだけだ。
「あー、いや、その……あー!もう聞くぞ!?」
考えることが面倒臭くなったらしい団長は、私の肩を強く握った。力加減がなく、私だからいいものを相手が女性だったら大変だ。華奢なフィリア嬢だったら折れてしまうだろう。……うん。彼女に会うまでには、直させなければならないな。
「アルバート……彼女でもできたのか?」
真剣な顔つきで言う団長に呆気にとられながらも、その内容に鼻で笑う。
「できてませんよ。私がそういうことに興味ないの知っているでしょう」
「まあな。だが、最近手紙をよく書いているようだし、表情が変わってきて、もしかしたら彼女でもできたのかと皆騒いでいたぞ」
便箋とインクの消費量がここ最近多くなったことで勘づかれたのだろうか。変なところで勘がきくやつらだと呆れる。
「……まさか今日飲みに誘ったのは、私にそれを聞くためですか?」
おそらく、代表して団長が聞いて来いとでも言われたのだろう。あいつらは団長のことを尊敬しているくせに、団長が優しいことに甘んじて、こういうことを団長にやらせる節がある。
「まあ、そんな顔するなよ。俺も皆もお前が幸せになって欲しいと思っているから勘ぐってしまうんだ」
それは分かっている。悪ノリはするが、仲間への情に厚い奴らだ。恋人を作らない私を心配しているのは知っていた。
「……それは団長もですよ」
「いや、俺は諦めているからな。結婚はおろか恋人もできる気配はないし」
「さあ、飲みに行くかー」と、歩みを進める団長の背中に、ポツリと呟く。
「それが、そんなことないんですよ」
「あ?何か言ったか?」
顔だけ振り向く団長は、やはりゴリラに似ている。
この人にフィリア嬢のことを話したらどうなるのだろう。さぞかしおもしろ……驚くことだろう。
「貴方、実はゴリ様なんですよ」と思いながら、不思議そうにしている団長に笑いかけた。
「いえ、何でもないです。ゴリ様」
「……ん?」
あ、ゴリ様って言ってしまった。