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一話

 


「フィリアお嬢様、とってもお綺麗ですよ」



 鏡越しにそう告げるサリーの瞳は少し潤んでいた。

 鏡の中には、プラチナブロンドの髪をハーフアップにして、翡翠の瞳をした醜い私がいる。小さい顔に、大きくて丸い瞳。ぽってりとした唇。サリーが毎晩丁寧に手入れをしてくれている、綺麗な髪と白い肌は数少ないプラス要素だろうが、他のマイナス要素が多すぎて、それが打ち消されている。この世界では、これが美少女だというのだから信じられない。



「……有り得ないわ」

「ええ!有り得ないほどお美しいです!!」



 私には前世の記憶がある。それも、この世界とは美的感覚が少しずれた世界での記憶だ。前の世界では、豚が神の使いだと崇められていたことから、豚のような顔で豊満な体型が最も美しいとされていた。

 前世で、今世と全く同じ容姿をしていた私は、前世の感覚でいうと底辺。貧しい農民の娘だった私が、太れるはずもなかった。細身なのは庶民レベルでは及第点だったが、小さすぎる顔に大きい目と高く小さい鼻のせいで、村のほとんどの人達から化物と呼ばれていた程だ。

  14歳の頃に両親を流行病で亡くし、15歳で私も同じ流行病で死んだ。化物の私を看てくれる者がいる訳がなく、孤独に死んでいった。

 そんな私が、今世では男女共に細身で目鼻立ちがハッキリしている方が一般的に美しいとされている世界に生まれた。伯爵令嬢として生まれ、家族に愛され、容姿にも恵まれたらしく、とても幸せに生きている。

 しかし、前世で生きた15年は大きかったらしく、私はこの顔がどうも好きにはなれない。素敵だと思う殿方も少々周りとズレてるらしく、この世界に完璧には馴染めていない。



「小さく愛らしかったお嬢様がこんなにも美しい淑女にご成長なされて……!サリーは本当に幸せ者です」

「あら、サリーったら泣いているの?」

「はい。お嬢様のデビュタントの日がついにきたかと思うと、嬉しいやら寂しいやらで涙がでてしまいます……」



 私が幼い頃から世話をしてくれているサリーは、私の専属侍女だ。少々涙脆いところもあるが、仕事は完璧な頼れる存在だ。

 ハンカチで目元を抑えるサリーの腕をとる。彼女の髪色と同じ赤い花が刺繍されているハンカチは、私が7歳のときに彼女に贈った手作りの誕生日プレゼントだ。8年経った今でも、大切に使われている様子のハンカチを見て、思わず微笑む。



「サリー、いつもありがとうね。大好きよ」

「お、お嬢様!!」



 感激した様子のサリーの瞳からは、先程よりひどく涙が溢れている。その様子を微笑ましく見ていると、ドアを優しく叩く音が聞こえた。



「サリー、天使を独り占めするのはよしてくれよ」



 ドアの向こうから、心地よい声が聞こえる。サリーが慌てた様に開けたドアから、背の高い一人の青年が入ってくる。



「お兄様!」



 この、私と全く同じ色彩で目鼻立ちがハッキリした、この世界でいう美青年は、私の一番目のフェルナンドお兄様だ。

 私は、腰を上げてお兄様に向き合う。



「フィー!私の天使!!とても綺麗だよ」



 白いドレスを着た私を見ながら、お兄様が微笑む。使用人達から言わせると、これは王子様スマイルらしい。

 私にとっては、私同様の化物レベルの容姿なのだけれど、容姿なんて関係なく、優しいお兄様のことは大好きだ。



「ありがとうございます。お兄様も素敵ですわ」



 黒い燕尾服を身にまとったお兄様は、私の手をとりながら感謝の言葉を告げると、私の全身を見ながら頷く。



「やはり、フィーには白が似合うね。本当に天使だよ」



 この国では、その年に16歳になった女性が社交界デビューをするためにデビュタントを行う。まぁ、お披露目みたいなものだ。

 デビュタントの女性は皆、白いドレスを着るのが決まりらしい。だが、白ければドレスのデザインは自由らしく、皆そこで個性を出すのだそうだ。

 お母様もサリーも仕立て屋も、張り切っていた様だったけど、あまり目立ちたくなかったらシンプルなものをお願いした。三人はとても残念そうだったけれど「じゃあ細かいところで差をつけましょう!」と言って、話し合っていた。

 完成したのは、シンプルだけれど銀の刺繍がところどころ刺されている綺麗なドレスだった。とても上品で私は満足だ。もちろん三人も満足だったらしく、固く握手を交わしていた。



「天使って……私はもう16ですよ。子供みたいですわ」

「フィ、フィー!頬を膨らませても可愛いだけだぞ」



 お兄様が鼻を抑えながら言う。それを不思議そうに見ていると、視界の端でサリーが力強く頷いていた。



「そうですわ。お嬢様は世界一可愛いですもの。けれど、お嬢様は自身の容姿がどの程度のものか把握してらっしゃらないところがありますからね」



 化物と呼ばれて虐められていた私が、今世で「貴女は美しい」と言われてもそう簡単には信じられない。今では、この世界の美的感覚がどういうものかは理解しているけれど、だからって自分を見て美しいとは思えない。反対に気持ち悪いと思ってしまう。鏡で自分を見ると、吐き気がする程だ。



「そうだな……。しかし、そういうところも愛らしいからな」

「ええ本当に。そんな愛らしいお嬢様が夜会に行くとなれば、獣のような男共に、狙われること間違いなしですね」

「ああ、だからフィー。今夜は絶対にお兄様の傍を離れてはいけないよ」



 お兄様が真剣な顔で告げたその内容に、過保護過ぎて思わず苦笑いしてしまう。



「二人とも買いかぶりすぎだわ」

「いや、本当のことだよ。デビュタント前から、妹に会わせろって周りの野郎共が煩かったからね。……会わせるわけないだろ。これからだってな」



 お兄様の笑顔がどこか暗くなる。お兄様は、私を結婚させない気なのだろうか。前世では経験できなかった恋というものを今世ではしてみたいと思っていたのだけれど。

 お父様は「好きになった人と結婚しなさい。もちろん、ずっとお家に居てもいいけどね」なんて、おっしゃってくれてるから、私は素敵な男性と結婚するつもりだ。もちろん、格好良くて(前世基準で)優しい方と素敵なロマンスをするつもりだ。ごめんなさい、お兄様。貴方の妹は結婚しますわ。

 私は、お兄様の腕に手を回しながら顔を覗き込む。



「お兄様?そろそろ行きましょう。お父様とお母様がお待ちになっているわ」

「……ああ、そうだね。行こうか、お姫様」



 私達が微笑みあっていると「ここは天国?」と呟くサリーの声が聞こえたが、意味が分からなかったので、そのままロビーに向かう。



「ああ、もう皆集まっているね」



 ロビーには、お父様とお母様、使用人の皆が集まっていた。他の貴族は知らないが、我がセーデルン伯爵家は使用人も家族の様に扱うのが決まりだ。使用人の誕生日には、誕生日プレゼントを贈るし、使用人達も私達の誕生日のときは様々な形で祝ってくれる。私達家族と使用人の絆は深い。

  そんな皆は、私のデビュタントを祝おうと集まってくれたらしい。口々に述べる祝の言葉に、思わず微笑む。



「皆、ありがとう」



 瞳が潤みだすのを感じながら、皆の顔を見ていると、お父様とお母様が私の元に近づいてくる。



「とても綺麗だよ」



 プラチナブロンドの髪を後ろに纏めた碧眼のお父様は、齢46なのだけれどそうは見えないくらい若々しい。友人のナタリアはお父様のことをナイスミドルと言っていたが、よく分からない。



「ええ、本当に。自慢の娘よ。とてもよく似合っているわ」



 私を抱きしめる翡翠の目をしたお母様は、金髪を纏めて紺色のシンプルなドレスを着ている。見た目年齢不詳のお母様も、もちろん化物。この世界でいう美女である。



「ファリオが貴女のドレス姿を見れないことを悔しがっていたわ」

「最初はあいつも、フィーをエスコートしたいと言っていたからね」

「ですが、ファリオお兄様も王宮にはおられるのでしょう?もしかしたら会えるかもしれないわ」



 ファリオお兄様は、私の二番目のお兄様。フェルナンドお兄様が家督を継ぐため、ファリオお兄様は騎士団で働いている。顔立ちはフェルナンドお兄様と瓜二つだけれど金髪碧眼で、逞しい体つきをしている寡黙な人だ。



「そうだな。まあ、ファリオはああ見えて執念深いからな。何が何でも見に来るだろう」



 お兄様が顎に手を当てながら呟く。



「それはともかく、会場では私達の傍を離れてはいけないよ」



 コホンと、一つ咳をしたお父様は先程のお兄様と同様、真剣な顔でそう告げる。先程と同様に苦笑いをしていたら、目の端で皆が大きく頷いているのが見えた。

 本当に私は、この屋敷の者達に愛されている……と思う。嬉しいが時々、過保護だと思う。私が前世の記憶がなかったかたら、今頃は、わがままお嬢様だったかもしれない。

 思い返せば、あまり外には出してもらえなかったし、外に出たときは厳重な警備をしていて、とても大掛かりなものだった。まあ、ここまで過保護だったのは、私が5歳の頃に誘拐されたのが原因だと思う。すぐに助けは来たのだけれど、その時のショックで私は何日か寝込んだらしい。皆はそれがトラウマになっているのかもしれない。ちなみに、私が前世の記憶を思い出したのはこの時だ。



「分かりましたわ。ですが、友人をつくるのは良いでしょう?」

「もちろんだよ。女性の友人だったらいくらでもつくりなさい」



 笑顔のお父様が″女性の″を凄く強調する。お父様も、私が男性と親しくなるのは反対なようだ。



「あら、男性ともお喋りしなくちゃいけないわよ」

「何を言っているんだい、アンリ!そんなことしたら、フィーが悪い男にひっかかるかもしれないだろう!?」

「大丈夫よ。フィーは男性を見る目があるんだもの。それに貴方はただ、フィーに結婚してほしくないだけでしょ?私は、フィーに幸せになって欲しいわ。貴方だってこの前、好きな相手と結婚していいって言っていたじゃない」

「それはそうだが……」



 お父様が項垂れている。お父様がお母様に口で勝ったところを見たことがない。

 お父様を言い負かしたらしいお母様は、私に向かってウインクをする。お母様は、私が初恋のルーディンのことを相談したり、理想の結婚相手を語ると、とても嬉しそうに聞いてくれる。家族で唯一、私の男性関係に寛容だ。もちろん、私が理想の相手と結婚することを応援してくれている。



「とりあえず、フィーが結婚しないとか結婚しないとか、未来のことを此処で言い争っても仕方ないでしょう」

「……今、結婚しないしか選択肢はなかった気がするのですが?」

「今日は大切なフィーのデビュタントの日だ。遅れてはいけない。そろそろ出発しましょう」



 お兄様が笑顔で腕を差し出してくる。私の質問は聞こえているはずなのに……。自分の頬が膨らんでいるのに気づき、慌てて萎ませる。

 今日は大切な日だ。今日から私の婚活が始まるのだ。素敵な男性と出会い、恋をし、結婚をして素敵な家庭を築く。前世で孤独に死んでいった私の分まで幸せになる。

 私は気合いを入れながら、お兄様の腕に手を回し、歩み進めた。


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