道に迷った私達がお菓子の家を見つけた話
「あれ……もしかしてまた道に迷ったのかな?」
私は伸びっぱなしになっている雑草を踏みつけながら、道らしい道を探そうとしたが、見渡せる限りの遠くまで、大きく太い木が堂々と立ち並んでいるだけだった。
「困ったね! どうしてこんなところに来ちゃったんだろう。美市川ちゃん転移系の能力とか持ってるのかな? 美市川ちゃんに案内してもらうといつもあり得ない所に迷い込むね」
「私にも良く分かりません。不思議ですね!」
隣を歩く事務所の須々木先輩は「困った」という言葉とは裏腹に、にこにこと笑っていた。そんな須々木先輩を見ていると、危機感や恐怖感がだんだん薄れていく。須々木先輩は今日も竹刀を持ち歩いていた。何でも、須々木先輩の持ち歩いている竹刀は喋るらしい。ちなみにその竹刀は、私が話かけてもうんともすんとも言わなかった。残念だ。
私達は何時間も歩き続けたが、結局森から出られないままだった。私達は木陰でひと休みをしながら、鳥のさえずりを聞いていた。
「あぁっ、そうだ! 誰かに電話をかけて迎えに来てもらえば良いんだ!」
須々木先輩はそう言うと、ポケットからスマホを取り出して、誰かに電話をかけた。
「もしもし、石井君? 今、美市川ちゃんと道に迷っちゃって……。迎えに来て欲しいんだ」
どうやら須々木先輩の電話相手は、同僚の石井さんみたいだ。私は電話のやり取りを聞きながら、石井さんは私みたいに方向音痴じゃないから大丈夫だと安心した。
「え? ここ何処って……」
さっきまでぺらぺらと流れるように喋っていた須々木先輩が、急に言いよどむ。
「どこ、だろう?」
「はっ!」
私は「ここはどこか分からないから迎えに来てもらえない」という事に気が付いた。
須々木先輩は電話を切ると、私に向かって満面の笑みで言った。
「三日たっても帰って来なかったら捜索願出してくれるって! 石井君は優しいね!」
「三日も帰れなかったら困ります‼」
私が思わず立ち上がって叫ぶように言うと、須々木先輩はきょとんとした顔をして「確かに!」と言って右の手のひらに左手の拳をぽんと置いた。
私は思わず溜息をついた。この人の何があってもイライラしたり焦ったりしない所は素敵だけど、危機感が足りていなさすぎる。
森の中はひんやりと肌寒い。私はこのまま夜になってしまったらどうしようと、落ち着かない気持ちでいた。
須々木先輩は深い緑色の葉っぱをいじりながら「お菓子食べたいなぁ……」と呟いた。私はポケットの中を探ってみたが、お菓子は出てこなかった。
「すみません。私、今お菓子持ってないです……」
「大丈夫だよ。何だかあっちの方からお菓子の匂いがする。行こう!」
「え? お菓子の匂い、ですか?」
須々木先輩は頷くと、ぐんぐんと歩いて行った。私は置いて行かれないように小走りでついていく。息が切れはじめ、苦しくなった頃、須々木先輩は急に立ち止まった。
「あ、あった!」
須々木先輩が指を指した方向には、まるで絵本に描かれたような可愛らしいお菓子の家があった。
「わぁ! すごい!」
私は思わず感嘆の声を上げた。壁やドアはクッキーでできていて、ドーナツやクリーム、マカロンなど色々なスイーツで飾り付けられていた。屋根までもお菓子で出来ている。頭がくらくらしそうな程の甘い香りが漂う。
「入ってみよう!」
「はい!」
須々木先輩がドアをノックしたが、ドアは硬いクッキーで出来ているので、音が吸収されてしまう。チャイムも無かったので、須々木先輩はそのまま飴で出来たドアノブを捻った。
中には入ると、私はまた驚いた。部屋の家具も全てお菓子だった。窓は透き通った砂糖で出来ていて、チョコレートで出来た机の上には、豪華に盛り付けられたタルトやケーキがずらりと並ぶ。
須々木先輩は部屋の中をぐるりと見回した。
「もしかしたら誰か住んでるのかな?」
「でしょうね」
そう言ってみたものの、どうやらこの部屋の中には、誰もいないらしかった。その時だった。私は何者かの気配を察知して、私は須々木先輩の腕を引っ張って素早く横に退けた。私の後ろには、斧を持った老婆が立っていた。老婆は斧を空振りして、忌々しそうな顔をした。水分のなさそうなカラカラの顔に、深いしわが何本も刻まれる。
須々木先輩は床に身体を打ち付けて、一瞬何があったのか分からないといった顔をしたが、斧を手にした老婆を見て「わわわわ、勝手に入っちゃってごめんなさいー‼」と慌てて頭を下げた。
先輩は老婆が私達を殺そうとした事に気がついていないみたいだった。もし私があの時動いていなかったら、確実に頭がかち割られていた。
老婆は老婆らしからぬ俊敏な動きで私に近づいてきた。どうやらこの老婆は私を殺したくて仕方がないらしい。
「先輩。早く逃げて下さい‼」
須々木先輩も私と同じ殺し屋だが、あまり戦闘に向いているタイプではない。先輩は私の言った通りにどこかに逃げて行った。
私はポケットからナイフを取り出して、老婆の姿をしっかりと見据えた。相手の武器の大きさ、重さに小型ナイフは不利にも思えるが、こちらの方が素早く動ける。じりじりと老婆と睨み合う時間が続いた。ここで無駄な動きを一つでもすればやられてしまうし、集中力を途切らせてしまえば、その隙を突かれる。ナイフを握る手に汗が浮かぶ。
「殺し屋の意地! 見せますよ!」
私は老婆の腹の中心をめがけてナイフを突き出した。老婆は後ろに飛ぶようにして避けたが、着地に失敗して床に頭を打ち付けた。老婆の足元には鮮やかな黄色のバナナの皮が落ちていた。私は老婆の手から離れた斧を蹴り飛ばす。
「必殺! バナナの皮‼」
須々木先輩が決めポーズを取る。老婆は気を失って動けない様だった。
「やりましたね! 先輩」
「びっくりしたね! 無事でよかった」
私達はハイタッチを交わすと、一目瞭然にお菓子の家を飛び出した。素敵な家だったが、いつあの老婆が起きるかと思うと、うかうかしていられない。
森を駆け抜けながら、須々木先輩が言った。
「ここ何処?」
「あ」