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第20話 自由への日の出

「……へ?」


 彼女の容態が激変する。

 辺りは静寂に包まれ、彼女の剣を持つ音だけが耳に入る。

 彼女は完全に動揺しており、肩が震えている。


「そ、そんな……私にはそんなことは」


「殺れ」


 その一言でまた彼女は恐怖と不安の渦に飲み込まれる。


 彼女はなされるがまま、たどたどしい足取りでゆっくり近づいてくる。

 俺は髪を引っ張られ両膝をつき、無抵抗なまま、ただその時を待った。


 彼女がそんな簡単に、人は殺さない事は知っている。それが普通だ。殺せないのだ。

 だが逆らえないのは、この場の重圧と、同族の想い、ルーツと性。色々な感情が渦巻いている。

 至近距離のここからでも、彼女の荒々しい息が聞こえる。


 俺は信じる。彼女と、あいつらと、運命を。


 だが時は来る。彼女は震える両手で剣を構え、

 そのまま大きく息を吸い、


「ごめんなさい、私は……」


 とだけ言って、剣を振りかざすーー


「ーー待った‼︎」


 その声に彼女の手が止まり、刃先は首元に当たる寸前だった。


「何だ、どうしたのだ、ワタリ」


 先ほどの声を出したのは王でも、その場の場の兵士達でも無く、ワタリだった。

 ワタリは胸に手を当て、少し腰を前に折って淡々と言った。


「申し訳ありません、王。ですが、折角の程、この地上人に、我らが如何に地上の民より優れた種であるか、今一度知らしめてはいかがでしょうか」


 と。すると王は、少し唸るように低い声を出し、顎髭を触りながら変わらないトーンでワタリに命じた。


「では、ワタリ、貴様が其の者に知らしめよ」

「はい。王」


 ワタリは、いつもと同じ、軽蔑と哀憐(あいれん)の、余裕がある口調に戻り、喋り出す。


「まず、これは我らの古からの言い伝えだが、地上の民は汚いらしい。己の『欲』と『自由』という穢れに塗れて、私利私欲、自己中心的にのうのうと生きている、と。だが、その点私達は違う。己の欲に謙虚で、自由に囚われず、人に尽くす。正に美徳の根源(ルーツ)じゃないか」


 謙虚故の軽蔑。だからこいつらはあの王と名乗る奴のいう事を信じて疑わず、崇拝する。

 利用されて、それでもあの男の為になるのならと、自ら震えた足で死へ急ぐ。

 あの2人も、本当はずっと幸せを願っていただろう。だが俺らが来てしまった為に、夢は朽ち果ててしまった。

 結局、己の欲と野望(ゆめ)の為に、誰かの大切なものを犠牲にして、果たしてそれで本当に幸せになれるのだろうか。


「理性の感情など、地上の民にしかない愚行者の野望だ。何を願ったって変わらない。世界は相手などをしてくれない」


 と、ワタリは言う。確かに、誰だって野望を願う。だが叶った者達の下には必ず叶わなかった者達の骨が埋まっているものだ。

 だがーー


「全ての生命は、望まずには前に進めない」

「……」

「それでも、穢れを欲して、欲に塗れて、汚い地上でクソったれな世界に抗って生きて、笑えるように、前を見て生きていくのを知っている。穢れを嫌って、謙虚の為に命が消えることを、俺は正しいとは思わない」


 そのまま、今思った事を話した。するとワタリはさらに蔑むような目で見下し、俺の前に立ち、背中を向ける。

 彼女の右翼と左翼の間の地肌に、紫色の球体が埋まっていた。


「この翼が、私達の誇りだ。私達の王の次に大切なものだ。絶対に傷付けてはいけない。だが極稀に、飛ぶことを恐れる落ちこぼれもいる。イツメ、君のような者だ」

「……」


 彼女は飛べないのか。いや、飛ばないのか、どちらにせよ、彼女には彼女なりの考えがある。勝手に口出しはできない。

 ワタリはそれでも続ける。


「自ら変わろうとせず、誰からも相手にされず、昔から『王様(おとうさま)』だけに尽くすことを考えて、本当に何がしたいのか」

「違う……」

「なに?」


「違う‼︎」


 ここで初めて彼女が声をちゃんと出した。その震えた声で、腹の底から、ゆっくりと出していく。


「違う……私は、自分から変わらなかったんじゃない……変われなかったのよ。変わりたくないなんて思った時は一時もない‼︎ でも……自分には何も無いと、変わらないと、自分に『絶望』して……空を、飛ぶことに勇気が持てない落ちこぼれだって……。怖かった。私を愛してくれていた人は、みんなあの空に飛んで行ってしまって、それで、いつか自分もそうなるかもしれないと……それでもずっと、何か探していた……」


「……」


 イツメは震える声で、己の心中を話す。その目には、雫が溜まっていた。

 その全員がイツメに視点を向けおり、辺りの兵士達はざわつく。その一時、目の前で俺を呼ぶ小さな声が聞こえた。それはどうやらワタリだった。ワタリは、横目でこっちを見ており、一瞬だけ視線を下に動かす。

 これは何があるなと悟り、その通りに視線を下に向ける。すると、彼女の橙の長ズボンの尻ポケットに、ボロボロの紙切れが顔を出していた事に気がついた。


 それに目を凝らすと、薄い赤い字で、


『ウ ハ』


 と書かれているのがわかった。

 最初は何だかわからなかったが、思考を巡らして行くと、大体彼女のやろうとしている事はなんとなくわかった。


 ここから、物語の針は動き始める。


「ですが王、私も、そろそろあなたのやり方には、嫌気がさしていたところです」


「「⁉︎」」


 その場の全員が予想外の言葉に驚きつつも、ワタリはあっさりとそう言い、背中の球体を掴む。


「ウッ‼︎」


 球体はワタリの手に握られ、そのまま抜き出された。勢いよく抜いた為、血が辺りに飛び散る。ワタリは少し苦しそうだが、片手に持ったその球体を、次には思い切り握り潰した。


 その行動に、またも全員が愕然とする。


「ウッ……‼︎これは私達が産まれた時に埋められる……言わば私達をはなから利用させる為の、制御装置のようなもの……これを壊せば、王、あなたの絶対王政は崩れる……‼︎」

「なっ、貴様、何をするつもりだ‼︎」


 と問われると、ワタリはこちらを見て、



 笑った。



 そこで俺は今閃いた。久々の天性の閃きだ。

 おそらくはあの紙切れの意味は、


『ウ ハ

 シ シ

 ロ レ』


「お前……」


「な〜に、ちょっと、一発技をするだけだよ」


 と笑って言った、その次の瞬間。


 バアァァアアァァァァアアン‼︎


 いきなり背後からした爆音と衝撃が、その場の部屋に反響していく。


 バッと振り返ると、目を指すような強烈な逆光の先、巨大な船のようなシルエットが浮かび上がる。その先にーー


「一寸ィイイイィイイィィ‼︎」


 よく知っている声が俺の名を叫ぶ。


 膝をついた状態の俺の手錠を外し、「行け」と呟いたワタリは、即座に俺から奪い取った白の煙幕弾を地面に発砲する。

 地面に当たった煙弾は煙巻き上げ、白の世界に早変わりする。


「何をしている‼︎ 早く奴らを捕らえよ‼︎」


 との合図に、辺りの兵士が一斉に煙に突っ込んでくる。


「行け‼︎‼︎」


 そう叫んだ声に背中を押され、混乱しているイツメの手を引いて走り出す。

 イツメは錯乱した状態から、手を引っ張った俺の腕に抵抗するように、ワタリに向け喚く。だが煙の向こうの彼女には届かない。


「ワタリ! いやぁ‼︎ ワタリ‼︎ ワタリぃ‼︎」


 その時、彼女が声を向けた先の煙の間から、


 ワタリが、笑いながら涙を流しているのが見えた。


「じゃあな、親友」


 と、微かにワタリの口が、そう動いた気がした。


 俺は抵抗するイツメを、ズルズルと引っ張って、破壊された壁から、顔を出す。

 相当な高さから見下ろした先に、こちらに向かって下から上がってくる荒士丸の姿が。


「行くぞおぉぉぉ‼︎」


 俺は彼女の体を抱きかかえる。


「えっ、な、何? まさか」

「そのまさかだ」


 真っ直ぐ下だけ見て、後ろは振り向かない。

 飛び降りようとした所、後方で、


「先天能力」


 ワタリがそう唱えると、急な熱気が背中全体に伝わる。


「い、嫌‼︎ 離して‼︎」


 腕の中で抵抗する彼女。だが、時は運命へと続く。


「『最大奥義 自由への日の出』‼︎」


 瞬間、背後からの強烈な爆風に吹き飛ばされ、下へ下へと落ちて行く。

 もう察しはついただろう。

 ワタリは、最初から、彼女を自由にするために全部仕組んでいて、最後には、自らの命で終止符を打った。穢れていると、落ちこぼれと言ったが、本当に心の底からは思ってはいなさそうな、悲しい笑顔だった。結局、彼女を落ちこぼれでも、愚行者でも無いと、己の身を持って否定したような、そんな大きな爆発だった。全くなんて凄いやつだ。


 もはやイツメは、何も反応しなかった。

 下を見ると、遥か下底の方で、荒士丸がこちらに向け上がってきているのが見えた。


(どうする! どうする‼︎ ここから俺が荒士丸に乗り込める方法はーーッ⁉︎)


 遅かった。彼女を抱いたまま落下していた俺は、見てしまった。



 嫌な予感が後頭部にしたので、振り返った、その左目は、捉えていた。

 ‎爆風に寄って飛ばされた瓦礫が、すぐそこまで飛んできていたという事を。


 ゴンッッッ


 次の瞬間には、頭部に強い衝撃と激しい痛みが、全身のありとあらゆるものを無力化して、またまた意識は途絶えてしまった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ーー「チッ、目に入る情報が多くてどれがあいつらかわかんねぇ‼︎」


 私はあの頃の戦乱にも似た瓦礫や破片が飛び散る滝のような光景を、レバーを引いて登っていく。


「あっ! スコープやられた‼︎」


 と若がそのままスコープに掴まりながら言うものだから、私は彼女の、小人の目を信じることにした。

 若は上手く操縦室の取ってをよじ登り、目の前の視界に黙って目を凝らす。その目は、外の光に負けないくらいに光り輝いていた。


「……見えるか?」


 私も目を凝らし目線に注視する。

 すると、若は小さな真剣な声で言った。


「居た。あの先」

「よし、任せな!」


 私は目を離さないように注視を続けながら、隣の船内マイクを手に取り、


「お前ら‼︎ 右だ‼︎ あいつらは2人とも無事だ。用意を‼︎」


 右のガラスに白の布が見えた。これは、追い込み漁のように二つの長い棒を通した白の布を二階に一加、テツ、一回に鬼童丸、スズに持たせ、一気に布で掬うという作戦だ。もちろん失敗すれば命の保証はない。成功する保証もないが、やるしかない。


 私はもう一度視線を戻す。彼らの姿は私でも視認出来るほど距離が近づいてきていた。だが、何か彼らの様子がおかしい。


「いや待て、あれ、まさか……」


 やはりおかしい事に気がついた。さっきから、一寸の体が、どんどんと左に落下軌道を変えて行っているのだ。女の方は何が起きたか分かっていない様子だ。

 そして隣の若は、いきなり大きな声を上げ、指をその方へ指す。

 その指の先はーー、


「お、おい……。デケェのが来るぞ……‼︎」


 吹き飛ばされた城の壁の塊が、彼らの背後まで迫っている事に。このまま行けば、彼らは荒士丸と壁の塊に挟まれ、跡形もなく我らの姿もチリと化すだろう。


 《……どうしました⁈》


 鬼童丸からの無線に、ありのままを伝え、一応そのままの姿勢を保つように指示する。


 その時だった。

 注視した先、彼の背中から天使の様な大きな翼が、空一杯に広がっていたのだ。


 大分左に傾いていた落下軌道が、その翼によって真っ直ぐな軌道に切り替わって行く。


 それは世紀最大のチャンスだった。

 また直ぐにマイクを取り、奴らに、


「おし、今から右に迂回する。潜り抜けたら気合いで一気に引っさらえ‼︎」


 と鼓舞し、レバーを右に傾ける。

 ブーストし、一気に勢いをつけ、落ちていく瓦礫の滝を避ける。全員で息を呑む作業。その成功は、今私が握っている。


 風と共に空を駆け抜け、どんどんと運命の時は近づいて来る。

 私は、内心不安や葛藤の感情で窮屈だが、ただ目の前の事だけに集中する為に、言葉で自分に言い聞かせる。


「ーーここ‼︎」


 ちょうど加速した位置から、彼らの落下している位置の真ん中辺りを通過したその時、瞬時に前に傾け、スピードを落として行き、完全にスピードが消えたのを感じとった後、左にレバーを傾ける。機体はそうすることで左に方向転換出来る。

 そして空中に幾数秒留まった刹那、視界に入った彼らを合図に、再び、




「行けエェェェェェ‼︎」



 超強力な重量に吹き飛ばされないように、全身に力を入れ、ブーストで真っ直ぐに超加速する。

 視界は最早使い物にならず、ただ時間と嵐の様な世界を駆け抜けた衝撃で、この幽体でも新感覚の瞬間。

 だが見ると、壁の塊は直ぐそこまで迫って来ている。広げられた翼は、それでも綺麗だと思えるほど完璧な飛行だった。


「ーー間に合えぇぇぇぇ‼︎」







 ーー「……‼︎」


 結局、間に




 会った。



 危なかった。もう少しブーストするタイミングが遅ければ、今の命は無かっただろう。死ぬかはわからないけど。


 とにかく、あの作戦は何とか成功し、2人は衝撃や過度の疲労によって、まだ眠ったままだが、命は助かった。だがまだ私たちの仕事は終っていない。


「よっし‼︎ 若‼︎」

「あいよ!」


 若は天に向けて緑の煙弾を上げて、私はそのままのスピードで、一加の父が乗るハイドヘブンの所へと、船を進めて行った。




 つづく



連日更新は久しぶりですね。これからもゆっくり更新していきます。

次回もお楽しみにほんじゃ、バーイ‼︎

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