第17話 烏と鳩と黒と白
今回はちょっと長いです。
ーーああ、痛い。体の至る所がズキズキするような痛覚に襲われる。
俺が落ちて来た大木の枝達を見つめる仰向けの状態から、
「ぅおいしょ」
と言って一気に起き上がる。
スッと右手の前腕を見る。そこは特に痛みが酷く、赤い鮮血が流れ出していた。
それだけではなく、体の箇所で痛みが悲鳴を上げている。どうやら所々枝木で切ったようだ。
「いっててて……ってなんじゃこれ⁉︎」
腹部にある痛みを確認しようとした所、自分でも信じられないように、肋骨の中心部あたり、つまりは『胃』の臓器がある箇所に、赤い豚の蹄のような形をした跡が残っていた。
俺はとりあえずそれがあったという事実だけを受けとめ、ソッと服を降ろした。
そうだ。この時からかもしれない。薄々気づいていたのかもしれないな。
これが、『奴ら』の浸入警報を知らせているのを。
「ックソ、あの鬼本当……乱暴♡」
あれ、落ちる途中でどっか頭打ったかな?なんて、自分でも何を言ってるんだろう。
立ち上がり辺りを見回す。地上の森よりも明るく、天空に浮いているからか、やけに太陽の光が強い。あの雲の障壁はなんだったんだろう。この島を雲が囲っていたようだったから、太陽は雲に隠れていたはずだ。まぁ、地上よりも高い位置に存在しているのだから、太陽の光は雲を突き抜ける事もあり得る。
龍に関してはここの守護的な奴か?わからない。
「とりあえず歩くか。腹減ったし、この体を存分に楽しんでいくことにしよ」
あいつらの事も心配だし、いつかは会えると思うが、止まってはいられん。これからが俺の摩訶不思議アドベンチャーが始まるのだ。
止まるなんてそんな。
「しっかし、本当不思議な場所だな。石か鉄かで出来た2階も3階もある建物から、木々が生えてやがる。明らかに人工物だな。誰もいないのか? 何年も手入れとかしてないっぽいが」
淡々と独り言を呟きながら歩いていると、奥の木々達から光がえらくこぼれ出していた。
走りながら近くと、目の前に広がる風景に一人声が漏れる。
「おお……!」
目の前に広がるはまさに絶景。
木々達が囲むように、大きな穴が森の中にめっさ深くまで空いており、崖からは綺麗な蒼色の滝が所々点在していた。その真ん中には、四方向から伸びる大木達の根が、互いに支え、持っているかのように見える島が。つまりはクロスされた大木の根の真ん中に陸の一部分だけ置いたような感じ。
俺はすご〜く行きたくなった。
だが自分は14にしては少し小柄な方だ、しかも小人だから軽い。根、渡っている時強風吹いたらどうしようとか、
考えねぇ‼︎ いくぜ‼︎
ーー「ぜぇ……ぜぇ……あ、危ねぇ、危うく強風の策略にハマる所だったちくしょう」
案の定、強風という名の悪魔に横からど突かれたが、なんとか根先輩に掴まり難を逃れた。
「ハ……やっぱり超涼しいな。絶景だし、ゆうことなし!」
なんて浮かれていると、あるものに気付いた。
それは、この島を一際目立たせるのは何よりもでかいこの木。超大木。樹齢も相当いってるであろう大木が、島の中心に立っていた。
ゆっくり近づいて手を置き、目を閉じる。
「800年あたりか……」
やはり相当な樹齢だ。ずっとここでこうやって仲間を見つめてきていたのだろう。
その姿は、どこか雄々しく寛大で、それでいてしっとりとした寂しさも感じ取れた。
そのまま大木の辺りをぐるっと回って、裏側まで来た。
裏には、ここでもまた目を疑うようなことがあった。
そこにいたのは、体育座りで蹲る、白に所々混ざった紺色のショート、左をサイドを髪留めで留めている、みるからに俺と同い年かそれ以上に近い年代の少女。
こんな所にまさか人がいるなんて思わなかった。
少女は寝ているのか、ぐったりと頭を垂れるその姿勢のまま、辺りの絶景にも目もくれず座っていた。
どうしようか。話しかけた方がいいかな?
……。
仕方ない。静かに話しかけよう。
「あの……」
「ーーひゃっ⁉︎」
勇気を出して話しかけると、俺の声に秒速で反応した彼女。こっちまで吃驚したわ。
彼女は何が起きたか理解していないようで、右手を地面につけて、身構えている。
「え、え……?」
「おっと失礼。安心してくれ、俺はただの旅人だから」
「旅人……?」
「そう旅人。地上から来たんだ。まぁ話せば長くなるんだが、とりあえずは、匿わせて‼︎」
「……え?」
訳を説明する。旅人とは文字通り旅をする人のことで、どのような生き方をしていのかを。彼女はまだ少し不安の色が伺えたが、俺と話をしている内にちょっとだけ表情を明るくしていた。
「てな訳なんだーー」
「あっ、その傷……」
頭を搔こうとしたら、上げた右腕の傷に、彼女が指を指す。
「あ、これは、訳あって空から木の上に落ちたんだ。その時のーー……あれ?」
途端、体全身がとてつもない無力感が襲う。
「うぅぅ……な、なんだこれ……」
「やっぱり……そ、それは多分毒に当たったと思う」
「毒……?」
「そう、多分貴方が落ちた木は、ある程度の毒性を持つ種類だったのかもしれな……」
「ぁぁ……」
突然、体が言うことを聞かず、無力感そのままに、前に倒れる。
「だっ……大丈夫⁉︎」
慌てふためく彼女の声が聞こえたが、俺は地面に伏したまま、瞼が落ちていく。
ーー完全に意識が飛んだ。
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「うぅぅ……いってぇ」
ジーンとくる痛みに起こされ、静かに目を開ける。
「やっと起きたか」
聞き慣れない声が横から聞こえて来た為、ゆっくりとそちらに首を向ける。
「あんた、3時間は眠ってたわよ? ま、あの木の毒に当たった普通の人よりは少し早めの起床だけど」
と、木の椅子に腰掛け、足を立て、右手に持っている分厚い本をパタッと閉じてこちらをジト目でこちらをみるこれまた同い年かそれ以上の少女。
起き上がり両手を見てみる。今もまだ少し感覚が麻痺している。相当強い毒なのだろうか。おまけにクラクラする始末だ。
「飲む?」
急に俺に向け、水が入ったコップを近づける。
それに俺は礼を言って手に取る。
「すまんなーーッブゲボッォ‼︎」
口に含んだ瞬間これである。今まで水だと思っていた液体は、残念ながら水ではない何かだった。
「あははははは」
子供のように上機嫌に笑うそいつ。うーんこの。
「おま、いきなりこれはないだろう⁉︎ なんだよこれ」
「え、水だけど」
「いや、こんな味覚破壊兵器が水な訳が……」
「いや、だから、『一週間放置した水』なんだけど」
「お前バカヤロウか⁉︎ バカヤロウなのか⁉︎」
一旦落ち着き、互いに話し合う。
彼女の名は和津 夜爪。
黒のTシャツに、ダボダボの橙の長ズボンという非常にラフな衣装。髪は黒のショートとたまに橙の部分があるボサボサな髪。
見るからにガサツそうだ。
そして、そんな彼女の姿を、更に衝撃付けるのが、背中から生えていた。
「その、背中のは……」
「あ、これはーー」
ーー翼。
黒い翼。烏のような、夜の闇にも似た純黒の翼が、背中から生えていた。
「私の翼。驚いたろうけど、私たち空人はみんな産まれたときからずっと背中から生えてるんだよ。どんな奴にだってね」
少し皮肉っぽく言った夜爪。確かにこんなものが生えているなんて想像もつかないし、妖怪にもこのような輩は見たことがない。昔、ある夜家を抜け出して妖怪達の百鬼夜行を見た時は、天狗しか背中から翼を生やしている者は居なかった。
これがこの島の先端科学技術なのか、はたまたこの島に古くから滞在する種族なのか。
どちらにせよ、アンビリーバボな状況に変わりはない。
「で、あんた、見た所地上人ね。何をしに来たのかは知らないけど、ここはあんた達が来るような場所じゃない。できるだけ早くお引き取り願いたいのだけど」
「あんた達? ……もしや他にも居たのか? 地上人が」
「居たわよ。私のカラスに偵察に向かわしたら、緑髪の女の子と、頭に角が生えた少年と、なんかだかよくわからない奇妙な者と、女一人にガキ二人が、裏の森に進入した。だってね」
「あー、うん」
うん。完璧に奴らだわ。これもう確定でしょ。緑髪と角となんだかよくわからない奴とかもう名指しじゃん。ていうかやっぱり生きてたんだね。
「あら、随分と長かったわね、ーー『アマツメノイツメガミ』」
「そんなに長くはないわよ。あとその呼び方はやめて」
そう言いながら扉を開け、入って来たのは、先程俺が倒れた時まで喋っていた少女だった。
カッターシャツのようなボタンがついた長袖に、紺のカーディガン、同じ色のスカート。
普通に見ると普通に魅力溢れる麗人なのだが、彼女もまた背中に白い翼が生えていた。所々紺の色がまだらに入っており、夜爪が烏なら、彼女は鳩というべきか。
「あ、君が運んでくれたのか?」
「え、ええ」
「サンキューな。君が居なけりゃどうなるかわからんかった」
「……!」
気恥ずかったのか、礼を言うと、目を広げ、顔を少し赤らめてしまった。
綺麗な紺色の目だ。若に次いで色が濃く、澄んだ眼をしている。
「と、とりあえずそ、外に出て、色々案内、するから、来て」
「あ、ああ」
と言ってそそくさと出て行ってしまった。
まだ十分に回復しきれていない体を気合いで起こし、立ち上がる。見ると、横でニヤニヤしながらこちらを見る烏一羽。
「なんだよ」
「いや、よかったなって」
「何が」
(『あの子、実はあんたみたいな男子とあまり喋った事がないの。お偉いさんの子だったし、引っ込み思案だったから。だからそこらへんは、あんたに任せた』……か。どうだろうな)
「なぁ」
「な、何?」
「人は、居ないのか?」
「人は……いる。けど少数の人間しか今は居ない」
「……訳を聞いていいか?」
「……」
彼女は立ち止まり、俺も足を止める。
更に、哀愁を帯びた声で言う。
「……この街は昔は栄えてたの。しかもごく最近まで。私はそれが何よりも愛おしかった。街は人々で賑わい、聖なる天の陽が差す黄金の大地を。でも、ある日突然に、その日常が……『壊された』。『殺された』。ある一人の独裁者によって。『彼ら(』は必死に抵抗したわ。だけどそれも無意味だった。結局『私たち』の手によって、大部分が武力弾圧された。そして、殺し合った」
「……」
皮肉、残酷だ。今まで愛していたものが、一瞬にして他人に踏み潰されるなんて。しかも、ごく最近でこの有様なら、相当な激戦だったのだろう。
「寂しくは……無いのか?」
「……ううん。私は別に……。今の現状に不満はないし、夜爪も、あんな人だけど、こんな私を昔からずっと付き合ってくれてる、優しい人だから」
あの人とは長らく共に過ごして来たのだろう。だが、身分も身分だ。この二人はそれ故に、価値観も、考えることも、在り方も、何かすれ違っている気がした。
「嗚呼、ごめんなさい。出会って間も無いのに、何の関係も無い貴方にこんな重い話をしてしまって」
と寂しそうに笑う彼女を見る。彼女の口から出る、『別に』、『不満はない』など、何かに対して完全に諦めているような口振りに、胸につっかえるものがあった。
「……関係無い、か」
「え?」
「いや、こんなこと言うのも何なんだが、寂しくないなんて、嘘だな」
「……ッ⁉︎」
俺のその言葉に肩を一瞬だけ揺らす。
どうやら図星だな。
「もし君が本当にその出来事を苦に思うなら、わざわざ俺に話をしなかったはずだ。そして君は自分の心境を明かして、少しでも俺に共感を得ようとした」
「っ⁉︎ そ、そんなことは」
「でも君は、まるで無かったことのように、その日に報いることを、変わることを諦めている。だから自分では無く、なんの関係もない他人に救済を求めた。そうだろ⁉︎」
「……そんな……ことは……」
(ああ、ちと言いすぎたか……)
ふと我に返る。
目の前で完全に動揺しきっている彼女。これは男として中々の愚行をしてしまった。
「あ、ご、ごめん。言い過ぎた。別に君の意思を否定してるわけじゃないんだ。俺としたことが、他人にこれだけ干渉してしまうなんて、しかも君みたいな優しい人に」
少し焦りながら侘びを入れる。彼女は、俯いたまま、これまた腹から絞り出すような寂しそうな、暗い声で言った。
「……いや、私が悪いんです。本当に貴方の言う通り、私は、あの日を今も想って、あの日私に託して逝った人々の為に、自分は何ができるのか、ずっと怖がって、踏み出せないままで。……だから教えて下さい」
「え?」
突然彼女が俺の前まで歩いて来て、左袖を掴んで真っ直ぐに見据えて、
「私はーー」
と言おうとした時だった。
バアァァアアンーー
「「⁉︎」」
直後に鳴り響く森に轟く衝撃音は、俺らの右方向から聞こえた。
俺は至近距離のまま、彼女と目を合わす。
「行くか……!」
「はい……」
つづく
はい更新。今回の話は少し長いです。次もどんどん更新していきまーす。
お楽しみに、ほんじゃバーイ。




