第14話 生ける亡霊
「あ〜あ、なんか毎日が忙しなく過ぎていくだが」
「そうですね。特に最近は」
果てしなく続く夜の闇に足を止めず、暗い森の道を、二人の男は話し合いながら、歩いていく。
俺は小人の特権が、妖怪緑髪大食い小人に剥奪され、仕方なく鬼童丸の菅笠の上に避難。しかし、菅笠の上から寝転んで見る夜の絶品風景と、優しく通る風が気持ちよく、案外悪くないなと思った。
杉林は闇を受け止め、風に揺られ木から儚く落ちていく葉達の舞踏会の中を歩いていく。
俺は鬼童丸にふと思った事を話す。
「……そういや、お前、あの山に餓鬼どもと住んでたなら、何故あんなに帆雲の事や町の事、その他諸々知ってるんだ? 勉強したのか?」
彼は少し黙った後、何もなく話し出す。
「……何も無いですよ。僕はただこうやって角隠して町中に出てきてただけで、色々知識がついただけです。それにーー」
「それに?」
「『過去は己を変える』んですよ。それが良くも悪くも。そんで詮索も、あまりしない方がいい。僕もしませんし」
「……そうか」
そう言った彼の菅笠越しに聞こえる声が、切なく聞こえた。
彼が今何を考え、何を感じ、何をするのか。そう言ったものがまったくわからない。
過去に何があったのかも。もしかしたら本当に俺らと旅がしたいのかもしれないし、実はいざという時に裏切り、敵になるかもしれない。
ただ一つ言えるのは、彼の頭脳明晰な頭などではどうにも出来ないのが、『欲望』だ。
まだ鬼童丸は本当の自分の『欲望』に、正直になれていない。なろうともしていない。
いつだって生物の生き方を示すのは理性と欲望だけ。彼は今、果てしなく続く迷宮に、幾夜も迷い込み、何度もゴールだけ目指し、死にものぐるいで走っているような心境だろう。
俺はそれ以上深追いはしなかった。また彼もそれ以上話はしなかった。
「あ、洞窟だ」
鬼童丸と俺は上を見上げる。なかなかの洞窟だ。
「どうします? この先行きますか? 今日の寝床、確保しとかないと」
「ああ、そうだな。またあんな惨事にはなりたくないからなぁ」
「……そうすね……」
とは言ったものの、この洞窟は大きく、暗闇の一本道。踏み入るにはなかなか時間がかかった。
「いや、松明あって良かったすね。何も見えないし」
「熊とかいない事を願おう……」
辺りは何も見えず、ただ松明の火だけが二人を照らす。
ここで熊とかマジごめんだ。部が悪すぎる。
しばらく冷たい洞窟を探検していると、ある大きな空洞のような場所にでた。空洞というか、天井はなく、夜の星が顔を出していた。ここはなかなか深い場所に位置しているようで、夜の光が奥底まで届いていた。そして辺りは大きな岩が無造作に置かれていた。
寒いというよりか、何かここだけ何か空気が違う。言葉ではいい表されないこの謎の力。
ただ少し鳥肌がたつほどの空気感だ。
「なんか肌寒い」
「というか、凄く……今更なんですけど」
「うん」
「この……洞窟の……前にね?」
「うん」
「看板が……立ってまして……その看板に」
「……」
「『立入禁止』……と書かれてました‼︎」
「……」
「……」
「始めに言えやテメェェェェ‼︎」
「いや仕方がないじゃないすか‼︎何かあなたスンゲェ行く気だったし、今夜ここを逃せばもう寝床にありつけないと思ったんですよ‼︎」
「だからってわざと立ち入ることを禁止された空域に足を踏み入れることはないだろ‼︎ もうここで何が起こっても知らないよ? 俺知らないよ⁉︎⁉︎」
「んぅぅ〜……」
「ハッ⁉︎ 若様! すみませんこのアホ一寸が……」
「ボォォイ‼︎ 誰がアホだその口縫い合わすぞ‼︎」
とかなんやかんややっていると、一番奥に謎のオーラを放つ黒ずんでいる岩があった。
鬼童丸は、それを見た瞬間、目の光が消え、何かに操られるようにその岩に吸い寄せられて行く。
「鬼童丸?」
呼んでも返事はない。ただの操り人形のようだ。
鬼童丸がその岩に吸い寄せられて、俺たちは謎の圧力が体にのしかかる。
岩には、何か絶対外してはいけないボロいお札が貼ってあり、鬼童丸は何も気にせずそれに手を伸ばす。
「き、鬼童丸?」
「おま……それはまずいんじゃ」
「……」
そんな俺らの止めにも聞かず、鬼童丸はその札を、外してしまった。
その札を外した瞬間だった。
札を外したその岩が、「キェェェェエェア」という悲鳴をあげ、岩から何かふわふわした白い物体が体を透けて通って行く。
「うっほほほ! 何だこれ⁉︎ すげぇ‼︎」
「気持ち悪〜い」
そのふわふわした物体自体には何の感触もなく、ただ体を通り抜けて行くだけだった。
次の瞬間にはその光景は消え、一息つく。
その岩の前をスッと見ると、
「やっとだ……やっと……」
「へ?」
何か居た。
「やっと復活したわボケェェェェェェェ‼︎」
「ええええェェェェ⁉︎」
といきなり声を荒げるもんだから、逆にこっちがびっくりしたわ。
そしていきなり地面が揺らぐ。
「き、鬼童丸!」
直後、鬼童丸が気を失ったのか、体の力が抜け、後ろに倒れる。
「オイ‼︎ 鬼童丸‼︎ しっかりしろ‼︎……ダメだこいつ、失神してやがる」
「目を、目を開けるんだ鬼童丸ー!」
「お前らいきなり無視してんじゃねーぞ‼︎」
俺らのノリにうまくツッコミを浴びせたそいつは、これまた信じられないことに、体がふわふわとしており、明るい紺のボサボサショートの女が一人?
水色の袖の長い着物。白のフリルも付いている。亡霊らしく足はないが、下はスカートのようになっていて、ちゃんと立っているようだ。そして亡霊の象徴、頭に白の額烏帽子が、左側にズレてはいるが、一応被っている。
しかも死んでいるのか元からなのか、目つきが鋭く、見つめられると、それはもうただの気の強い美人です。
「ったく、やっと復活したというのに、このありざまかよ……」
「ウゥン? ありざまとは何だありざまとは」
「そのままの通りだよ。だって唯一の救いの封印を解く希望の者が、
ただの喧嘩っ早い方と、テンションの浮き沈みが激しそうな方の二人の小人と、そこで倒れてる普通そうな灰色の小鬼、なんて異色の三人だったなんて、誰が想像できる?」
「……まぁ確かにそれもそうだけど」
「あっ! 鬼童丸が」
「おお‼︎ 鬼童丸‼︎ 生きてるか?」
「生きて……ますよ」
「ほら、これを見ろ。お前の好きな柏だぞ。食べかけだけど」
顔色が悪い鬼童丸の顔の前で柏餅を「ほれほれ〜」と揺らす。
すると鬼童丸は、左目を半開きでこっちを見た後、柏餅を容赦無く叩き退ける。
「ああぁぁぁぁ‼︎ 柏餅がぁぁ‼︎ お前あれ最後の一個だったんだぞぉぉぉ‼︎」
「あなたの食べかけの柏とか要らないっすよ……」
「柏餅の、命運はいかに‼︎」
「いや無理だろ」
「プッ、アッハハハハハハハハ‼︎ はー、ハハハ、ひー」
一同いきなり腹抱え笑い出すので、
「えぇ……何でこいつこんな笑ってんの⁉︎」と思っただろう。
だがその笑いにつられてみんなも口が緩む。
「はー、可笑し。何か君達見てたら何か、色々可笑しく思えてきたわ。仲良いのね」
「仲良い……まぁそうだな」
「大丈夫。その鬼はちょっと私の霊的な何かに当たっただけよ」
「霊的な何かって何スカ⁉︎」
彼女の話を聞いていると、それは世にも奇妙な生い立ちだった。
まず彼女は幽霊、亡霊でありながら、生きているということ。この時点でもうわからん。というと、普通、亡霊は夜にしか現れないが、彼女は何故か昼でも夜でも活動できるらしく、霊感が無い人間でもその姿を確認でき、体温は人間と同じくらい、飯も、寝るのも、怒るのも泣くのも、人間と同じ感情が存在すると。
まぁザッとまとめると、行動や中身、体は人間、能力が幽霊、つまり半人半霊……ではなく、これはどっちかというと、幽霊、人間の希少種にあたる、と思う。
つまり彼女はまさに、『生ける亡霊』なのである。
「で、ちなみに名前は?」
と聞くと、彼女は少し笑いながら、かつ自慢げに言う。
「私は……ごほん。……我はかの英傑伝承の古代豪族、平群の遠〜い遠〜い末裔、巳群が一人娘にして大将! そう我が
巳群 小純である!
って、昔はよく言っていたもんだ。巳群でも、小純でも、何とでも呼んでくれていい」
「そうか、なら……」
「『みぐりん』って呼んでいいか⁉︎」
って言った時、少し驚いたような表情を浮かべた後、俺と若のスマイルを見て諦めたのか、
「……もう何とでも呼べよ」
と照れ臭い感じで言った。
「俺は御伽 一寸。見ての通り小人にして、旅人さ」
「ふーん。でこの子は……」
「何か軽く流されたんだけど⁉︎」
「わたしは小末名 若宮。若って呼ばれてる。よろしくね」
若の自己紹介が終わった後、彼女はゆっくりと若に近づき、
「おう、よろしく」
「対応がえらく違う気が……」
「うん、だって……かわいいもん」
「おまっ」
その時、俺は自分でも分かるくらいに『嫉妬』している事に気がついた。
それが俺に何の意味をもたらすのか、今はまだ分からなかった。
あ、ちなみに鬼童丸はこの後、彼女の霊的な何かで、寒気と吐き気が止まらなかったらしいです。
つづく
やっと更新できた……。この調子で行きたいのですが、なかなか忙C。
まぁゆっくりでもやって行きまーす。
次回もお楽しみにほんじゃばーい?