第12話 虚実の『羨望』
はい、『羨望』編終わり‼︎
ーー「いや‼︎ やっぱ逃げましょう無理です‼︎ 狭すぎます‼︎」
「って行ったってここを突っ切るしかなくない⁉︎」
迅速に辺りを見回すと、少し奥に襖の部屋があるのに気付いた。
「……あれしかねぇ‼︎」
俺はそれしかないと思い、矢のように足を回し、襖へ急ぐ。
奥からもはや奇妙としか言いようがない殺意が凄い勢いで向かって来る。それにこちらも向かっていくような形で、どんどん距離が近くなっていく。
そして、もう至近距離まで来た奴が右手の鉈を振りかざした瞬間、両足で横の襖にダイナミックに突撃する。
もちろんあんなスピードを出していれば直ぐには止まれず、少しの時間稼ぎにはなる。
直ぐに立ち上がりその部屋から出て、見事に突っ切った形にした。後は存分に戦えそうな空間に会うかどうかに掛かっている。
奴は思惑通り、少し混乱した様子だが、また直ぐにこちらに走って来る。
「走れ‼︎ 走れ‼︎ 迷わず前へ‼︎」
頭の上から若様が鼓舞して来る。
「わかってますよ‼︎」
と返し、闇へひた走って行った。
「ぜぇ……ぜぇ……んぁ? なんだここ? 物置か?」
奴との逃走劇をかいくぐり、何とかある部屋に隠れこむ事が出来た。辺りは埃臭く、沢山の本や物、日本古来の陶芸も見られる。
そして何よりもインパクトが違うのは、部屋の奥に吊るされている、大きな鐘があった。黒く大きく、不気味な雰囲気を漂わせるその鐘は、二人大人が入れそうなほどの大きさだった。
「あの鐘、なんか利用出来ないか?」
そうだ。この危機的状況を打破出来るのは、あの鐘を利用するしかない。
大人二人なら、何とか奴の気を引いて、おびき寄せる必要がある。部屋は丁度凄く広い。
「にしても何なんでしょうあの化け物。左腕はないし、なんか蛇みたいな鱗がありましたけど」
「いや〜嫌な予感ってのは本当に当たるね」
「そうですね。とりあえず一寸の事が心配ですし、早くこんな所出ましょう」
若様を丁度鐘が鎖に繋がっている部分と同じ高さのタンスの上に乗せる。
「いいですか? 奴が来て僕があなたの名前を呼びますから、その時にあなたは鐘の鎖を切ってください。絶対切ってくださいよ⁉︎」
「わかたわかた。ワイに任しぃ〜」
「大丈夫かな……」
鐘の下に部屋にあったネズミ取りを設置。うまくハマってくれるといいんだが。
そんなこんなで廊下に顔を出す。廊下には誰も居なかったので、しばらく廊下を歩く。
廊下の影から覗くと、奥の部屋から、奴がでて来た。
俺はここしかないと思い廊下の影から勢いよく飛び出し、奴に向け挑発をする。
「ここにいたなぁ‼︎ おいクソ蛇ババァ‼︎ 掛かって、来いやぁぁぁ‼︎」
と言った瞬間だった。奴はその挑発に相当腹が立ったのか、今までとは比にならないほどの殺意が俺を呑み込む。
しかも白髪は逆立ち、皮膚は緑の鱗に、尾はバタンバタンと地を叩く。長い気持ち悪い舌が靡く。
まさにーー
「ち、違ったわ……こりゃスーパークソ蛇ババァだわ」
刹那、一瞬で時が動き出した。気付けば体は全力で地を蹴り、逃げろと叫んでいる。
本気の身の危険を感じ、殺意から逃げる。精神的にも来るこの感じは、迷う事なき奴の躊躇の無さだ。ただ逃げるのみ。
景色が一瞬にして変わる廊下の中、一人あの扉を目指す。
そしてその扉へ方向転換し、部屋に飛び入る。奴はやはり先程同じ手法にハマった為か、先程よりはマシな動きで方向転換し、こちらに来て、そのまま勝負の時が来る。
奴が鐘の下まで来た時、奴が悲鳴に似た唸り声を上げる。そう、ネズミ獲りが反応したのだ。
ここまでが思惑通り。後はーー
「若様‼︎」
彼女は両足に思いっきり力を入れ、矢の如く鎖に向かって跳ぶ。あの小さな体で人間以上の脚力を持つなんて、とんだ化け物だ。普通の人間では見えないほどのスピードで、鎖へ緑の弾道が横切り、
「ワチャァァァァウ‼︎」
と何処かのカンフー映画のような声を上げ、鎖に渾身の蹴りを入れる。
ズバンッーー
という図太い音と共に、二人はニヤッと不敵な笑みを浮かべ、
ぜ
「「"おっと! 頭上注意だ/?"」」
よ
その直後、足にネズミ獲りが挟まり狼狽える奴の頭上の鐘が、真っ直ぐに落ちる。
奴は何が起きたかわからないような形相で上を見上げた次の瞬間には、大きな耳をつんざく大きな音と共に姿は消える。
「よっしゃああ‼︎」
と気を吐くと、鐘の中から奴の悲鳴や怒号、鐘を内側から叩く音が止まる事なく聞こえてきた。
だが生憎構っているつもりはない。俺は空中から落ちてきた若様を受け止め、すぐさまその部屋から出る。
「あとは一寸だけです‼︎ 早く見つけましょう‼︎」
「おし! 行くぜぇ‼︎」
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ーー「本当にそれでいいのか?」
「ああ、構わない」
「……わかった」
彼の右足に近くにあった木の棒を、義足代わりに足に付けながら話す。
足を巻き付けた後、計画の工程を済まし、顔色一つ変えない彼を、黙って見つめていた。
「……じゃあ手はず通りに、『小さな旅人さん』」
「ぐあああぁぁぁぁ‼︎」
闇に包まれた廃旅館に、男の叫びがこだまする。蛇女はハッと気付き、その男の元へ。
「どうしたの⁉︎ ーー‼︎」
彼女の瞳に映ったのは、左腕は血塗れ、左目は半開きの愛しの夫の姿。彼女は慌てふためき、訳を聞く。
彼の話では、「この旅館に入った小人だ」と言った為、彼女の標的はその小人に切り替わる。彼女の頭の中は愛しの夫を傷つけた恨みによる『殺意』しかなかった。
「奴は多分"あの部屋"に居るよ。僕が追いこんだから」
早速あの部屋に行く。男はゆっくりその後を追って行く。
女は扉を開け、勢いよく中に入る。中は畳に棚、奥には襖があり、一つポツンと佇む椅子が一つ。ただの和室なのだが彼女達には特別な部屋だった。女は部屋の隅々を探し出す。その顔は狂気に満ちていた。
「何処? 私の愛人に傷をつけたネズミは……。なぶり殺しにしてあげるから出ておいで……!」
だが幾ら部屋を探しても出て来るわけがない。なぜならーー
「ああぁ……」
「ーー‼︎」
彼女が後ろを振り返ると、椅子に座った夫の頬横に、鋭い爪楊枝を右目に向ける小さな小人が笑ってこちらを見ていたのだ。
「た、助けて口那……」
「……私の彼から離れろ‼︎」
彼女が目を見開き、髪は逆立ち、全力の殺意が小人を襲う。
しかし小人は一歩も引かず、彼女の殺意に負けないくらいの威圧をぶつける。
「まぁまぁ、一旦話し合おうや」
「……」
「あんた、こいつの愛人なんだろ? そんなにこいつを思うのなら、こいつの為を思って少しばかし自由にさせたらどうだーー」
「黙れ‼︎ 貴様のようなドブネズミに、言われる筋合いはない‼︎」
「じゃあこいつの両足や人の皮を奪ってまで、まだ自分の罪に気付かないのか⁉︎」
「うるさい……黙れ……‼︎」
「お前にとっちゃ幸せな日々だったのかもしれねぇが、こいつにとっちゃ自由を奪われ、間違った愛に堕ち、それでも毎日毎日ひたすら我慢した‼︎ そんなの唯の地獄だ」
「黙れ……‼︎」
彼女に向け、真実を上から叩きつけるように浴びせる。
その女の体は震えだし、体の皮膚が緑色に変色し、鱗が波のように現れる。
「しかしおかしいな。其れ程夫のことを思う妻なら、容易くこんなドブネズミなんぞに近づけもさせないのにな〜」
「なっ……‼︎」
「しーかーも、お前はこの状況、既に『俺ら』の罠にハマっている訳だ」
「罠……」
蛇女は夫を見る。すると、夫は焦りと恐怖が混じった顔で、
「ぼ、僕は脅されたんだ。やらないと殺すって……!でも口那、君ならなんとか出来るって信じてた……」
その夫の名演技に、一切疑う予知なく許した妻。
「知ってるか?蛇の弱点」
「……?」
「蛇は、目が良くない為ーー"背後の敵に気付かない"」
「……グッ!」
ここで小人が、蛇女に"痛恨の一撃"をくらわす。
「その時点でお前はもう……『妻失格』だ」
「ーーキエェェェェェエアアアアア‼︎‼︎」
ついに蛇女の怒りが爆発し、憤激の雄叫びを上げこちらに向け走って来る。
「いいか、よく聞け‼︎ お前のような嫉妬野郎の紛い物の『それ』よりな、じじばばになっても寄り添って、ありのままの姿で笑って生きてる奴らの『それ』の方がなーー‼︎」
「クアァァァーー……ッ⁉︎」
突然蛇女は急停止し、唸り声を上げる。
その小さな唸りを上げた蛇女の胸には、
夫のナイフが、深く刺さっていた。
「『愛』と呼べる宝物だ……‼︎‼︎」
小人は空中で言い放ち、彼らの後ろの地面に着地する。胸にナイフが突き刺さったままで夫にもたれかかる蛇女は、酷く動揺し、血反吐を吐きながら彼に問う。
「あ、あなた……どうして」
すると夫はいつもと変わらない口調で話す。
「なに、これが僕の『愛』さ……」
「え、なんで、嘘よね? ……あなたは私だけ愛して……あれだけ満足だと……愛してるって言ったのに⁉︎」
「お前まだ気付かないのか⁉︎」
蛇女は目の先に居る小人を見つめる。
「結局お前は、人の皮を被った化け物だ。それは本当の自分ではない。だからその言葉も、仕草も、愛も、全て嘘で塗り固められた、『虚無』で、『虚飾』で、『虚偽』の……唯の『虚』だ。そんな嘘の愛に、誰が振り向くと思う?」
「あ、あなた……」
「ちなみにこれは彼の提案だけどな」
その言葉を放った次、夫は片腕でがっちり蛇女を抱き締め、ポケットから火打石を取り出す。
そしてその火打石を蛇女の背中、両手で黒曜石と鋼をカンッカンッと擦り合わせ、小さな火種を作る。
小人は彼のポケットから蝋燭を取り出し、蛇女の背中に登り、火打石の元へ。その蝋燭を火打石に近づけ、火をつける。
「……よし、もうこれでいいんだな? やるぞ?」
「ああ、頼む」
小人はその蝋燭を彼の回した手に持たせ、上から優しく息を吹きかける。その蝋燭の火が、蛇女のボロボロな衣服に燃え移る。
すぐにその背中から離れ、瞬く間に蛇女の体が炎に包まれ、肌が焼けただれていく。
「ああぁぁぁ、熱い……熱い……‼︎」
蛇女は必死にもがくも、夫はがっちり体を掴み離さない。
「ありがとう……君のおかげだ」
小人は鼻をこすり、照れ臭くも悲しみを帯びた目で、燃え上がる二人を見て言った。
「……本当、お前らはすごいよ。『愛』は間違っていても、誰に負けない、お前らだけの『愛』だよ。」
やがてその火は部屋の壁をつたっていく。小人は一言言い放ち、その部屋を出て行った。
「あっち行っても幸せにな。お前らは……
『羨望』の名に相応しい……『大罪』だった……!」
と。
「ああ……口那……これが、僕達の愛だってさ」
「……」
「……なぁ」
「……」
「僕はさ……こうやって……ずっと君を……抱き締めてるからさ……」
「……」
「君も……向こうでまた……優しく……抱き締めて……くれ……ずっと……ずっ……と……」
その時、紛い物の愛を抱いた二人の命は、業炎に包まれ、静かに消えて行った。
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「あ! いた‼︎ 一寸〜」
と頭の上の彼女が叫ぶ。
彼女の視線を辿ると、いつもの赤の羽織にちょいツリ目の、小さな小人が走って来た。
彼は特に何もなかったように、普段と何ら変わらない態度で声を発した。
「よし! お前ら‼︎」
「何?」
「ずらかるぞ‼︎」
「おしきた‼︎」
しかも結構火が迫って来ていたので早めに走る。何でかは知らないけども。
外に出ると、既に火は、旅館全体を包み込むまでに広がっていた。俺ら三人は儚く燃え盛る旅館を黙って見ていたその時。
「うっ……」
いきなり肩の上の一寸が小さく唸ったので、何があったのか聞いてみるが、
「いや、何もない」
とはぐらかされてしまった。確かに少し何か考えていた顔だったが、それ以上の詮索はやめ、その後直ぐにその森から姿を消した。
その後、何故かその旅館部分だけが燃え尽きており、あたりの草木には何の被害もなかった。
そして、その発火元とされる部屋には、黒ずみの瓦礫の中、ただひっそりと、凛とした一本の黄色い薔薇が、咲いていたと言う。
つづく
羨望編が終わり、これからも書き続けます。たまにTwitterとかでよく見かける執筆の心得みたいなの見て、自分はまだまだということがわかったので、今までの話を改善していきます。次回もお楽しみにほんじゃバーイ‼︎