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初めての仕事 4

〜前回のあらすじを1文で〜

容疑者の男爵の牢屋から脱走したリースと、別行動で男爵の家に遊びにきた伯爵。

「いやー、このお菓子、美味しいですね。今度是非私のところでも仕入れたいぐらいですよ。」


 呑気に嬉しそうにお菓子をいただく伯爵を見て、フェリン男爵は「何か探り入れにきたわけでないな。」と思った。

いくらこの伯爵が優秀でも、自分に比べれば若造である目の前の男の意図を察知できないわけはないだろう。色々と情報収集や相談をしたいが、とりあえず、他愛のなく、伯爵をご機嫌になる会話から入ったほうがいいな・・・。


「そういえば、伯爵には後見人になった子供がいましたな。魔法学校で優秀と人々が褒めたたえていると噂で聞きましたぞ。」


 伯爵はお菓子を食べながら、フェリン男爵の狙い通りに嬉しそうに笑顔で答えた。


「ええ、こちらとしても後見人になったことが自慢ですよ。」

「進路はどうなされたのですか?優秀ですから、引っ張りだこでしょ。」

「・・魔法省になりました。」


 魔法省は国家公務員という立場で高額収入&数々の保障がある。魔法師にとっては一番目指すべき就職先だろう。しかし、この伯爵はその魔法省の就職を面白くなさそうに言う。一般的には珍しい反応で、フェリン男爵は驚いた。伯爵はその理由を苦笑を浮かべながら勝手に話し出した。


「あそこの完全な優劣主義は好きではないし、魔法省に権力があまりにも集中しすぎです。他国に比べて貴族のあり方がおろそか。それに・・・」


 少し悪戯気味の笑顔が浮かんだ。


「・・現在の魔法導師最高責任者、嫌いですもの。」


 この伯爵は・・・。正直すぎるのか、なんなのか。しかし、痛快だ! この国の貴族が感じている不満をここまでまっすぐに言えるとは。フェリン男爵にも笑顔が浮かぶ。


「・・確かに、ここは貴族が生きにくい国で困りますなぁ。」


 この国は、魔法師と騎士団と貴族と上級商人と平民で成り立つ。政治や領地など国の管理機能を貴族が担い、防衛など軍・警察機能の一部を騎士団が担い、それらを含めた国の関わること全体を魔法省が担う。つまり、魔法省がこの国の一番の権力を持っている。だからこそ、この国では身分ではなく、魔法能力の優劣が国での社会判断基準だ。魔法があまり強くない隣国では、騎士も貴族ももっと権力を持っていて、奴隷制度も許される。魔法を使えない貴族と騎士はこの国のあり方に不満を感じている。

 フェリン男爵は伯爵を気に入った。この男をうまく立ててれば、貴族の利権が増えると期待できる。


「そういえば、新人一人で仕事するとなると、養子のことが心配でしょう?」


 ふっとある考えが浮かぶ。

この時期は魔法省の新人が初仕事で無茶をする時期だ。さっき捕らえた奴は、魔法省のものか?ならば、さっさと始末したいが・・・。もしかすると、伯爵の養子?・・切り札になる・・・。


「それはないでしょう。魔法省の新人から上級になるまではペア制。あの子は優秀なので、良い相手が見つかってますよ。」


 ・・・・確かに、魔法省の連中は任務中の危険防止のために魔法師と騎士団でペアを作る決まりだったな。ならば、あれは伯爵の養子でも魔法省の者でもないな・・。


「新人で一人でやろうとする馬鹿がいるのならば、お見えになりたいですよ。」


 にっこりと言う伯爵。伯爵の言葉にフェリン男爵は納得した。





「くしゅん。」


 やば・・くしゃみをしてしまった。誰も気づいてないよね・・?

リースは誰もいない廊下を歩いていた。角ごとに廊下の様子を見ながら建物内を証拠になるものを物色していた。お目当ての物はなかなか見つからない。


誰もいないことを確認し、角を曲がったら、いきなり暖かいものにぶつかった。

目の前に気配がなく男が立っていた。


 ・・・!?


 驚いて反応が遅れたまま、壁に叩きつけられた。首元をでかい手でギリギリと押さえつけられる。


 ・・しまった。さっきの男だ。


 目から下は布で覆われていて表情がよくわからない。

鋭い蒼色のよどんだ目。


 息が苦しい・・・。


 足で蹴ったり男の腕に爪を立てるが、鍛えられている男には無駄な抵抗だった。魔法を使いたいが、頭が回らない・・・。


 怖い・・・殺さ・れ・・。


 殺害される恐怖でいっぱいになった瞬間、男がリースの首元から手を離した。

いきなり呼吸ができるようになったので、少しむせてしまって、そのまま座り込んだ。なぜ目の前の男が手を離したのかわからず、気になって男の方を見る。


「・・・っ」


 男はとてつもなく苦しそうだった。

立っていられなく、四つん這いになって、右手は頭を押さえ、左手はにぎりこぶしを作っている。額からはいやな汗がにじみ出ている。

様子がおかしい・・・。


「おまえ・・・早く・・逃げ・・。」


 男は苦痛に耐えながら声を絞り出すように言った。


 この人・・・・。


 殺そうとしながら逃げろと言う、その言動の違いに気になって、リースは男が辛そうに右手で抑えているヘアバンドをよく見た。


 一度、授業で見覚えがあるものだった。

これって、仕組みはわからないけど、相手に命令して無視すれば苦痛を与える、禁忌の品物だ。


 これだけで盗難事件の証拠になるかも!!いや、別件でも事件性がある!手柄だ!!


 苦しんでいる男には悪いけど証言も欲しかった。おそるおそる聞いた。


「・・・・これどうしたの?」


 男は左手で硬い廊下に爪を立てながら、


「む・・り・やり、つけ・・られ・た。」


 明らかに事件性だ!これで証言は得られた!あとは帰って報告するだけでも任務は終了だ!

けれど・・


「早く・・・しろ。あたまの・・中・・で・殺せっ・・と・・・に・・・げ・・・」


 フェリン男爵が逮捕されたら、この男は救助される。

それでも、目の前の男のこの苦しみ方は放っておけない・・・。

リースは周りを見渡し、誰もいない気配を確認してから、男を見て、決意した。


「待ってて。今、解除してみる・・・。」


 仕組みはわからない。だから、解析と解除をしなければならないという大作業だ。途中で人が来たら・・・。


「い・い・・から・・・にげ・・。」


 こうなっても私に逃げろというこの男は案外悪い人ではなさそうだ。


 ・・・命令の部分だけでも解除できれば・・。


 自身の危険を抱えながら、周囲が見えなくなるぐらいとてつもない集中して、解析と解除の作業を始めた。



***



「馬が無事に見つかりました!!」


 息を切らしたフェリン男爵の部下が男爵と伯爵の2人のところに来た。


「よかったですな。無事に見つかって。」

「フェリン男爵のご協力、ありがとうございます。これで帰れます。」


 馬とはぐれたという伯爵に、フェリン男爵・・正確にはその部下たちが近辺を捜索してくれたから、部下たちは最低限の人数以外は出払っていた。フェリン男爵と握手した後、コートを羽織り、帽子をかぶった伯爵は玄関に向かう。


 フェリン男爵は笑顔だった。

伯爵との会話や情報は有意義だった。馬の捜索などもっと遅くなってもよかった。あの伯爵はまだこちらが欲しい情報がある。そう感じ取った。

・・いずれ。この伯爵を利用できるようにしよう・・。


 玄関を出ると、フェリン男爵の部下に手綱を取られている馬がいた。

馬の横にいくと、伯爵はピタっと止まり、にこやかに振り向いた。


「・・・すまない。馬に乗せてくれないか?」

「「「・・・・。」」」


 フェリン男爵の部下たちが伯爵を馬に乗せるために総出になった。







「やった。取れた・・・。」


 リースは息を切らしながら、言った。命令の解除に成功した。おまけに、命令部分の部品が落ちた。これを証拠品として持ち帰ることにした。全てを外してあげたいけど、先の作業だけでかなりの負担がきた。疲れがドっとくる。正直、逃げる体力があるかどうかも不安だ・・・。

 男が黙って立ち上がった。廊下の先を見ていた。


「・・向こうが騒がしい・・。」


 やばい!今、敵が来られても、この疲労の中じゃ対応できない!


 そう思っていると、いきなり男が私を抱えて庭に出た。

「ここと塀には部外者が足を踏み入れると、警報がなるようになっている。」と言った。つまり、部外者は今のように地面に足が着かなければいいのか。


 庭の大きな木の前に着いた。この木を登って、塀を越えろと男は言う。


「・・・・うまく、逃げろよ。」


 あなたは?と聞きたかったが、騒がしくなりつつある向こうの廊下の気配に焦り、ぐっと口を閉ざし、男の人を置き去りにして木を登る。


 ・・・・登る? 

いや、手で枝にぶら下がって、足をその枝にかけたいが、手と足だけでは体がもち上がらないっ!・・・手がプルプルしてきた。


 後ろで男のため息が聞こえた。さらに、「早く上がれよ。」と小声が・・・・。

だから、やっているのっ!!!

何度も足をあげるが、できない。いきなり男に首根っこをつかまれた。


「なら、うまく着地しろ。」


 その言葉とともに、3mの塀に対して、10m近く高く放り投げられた。


 ・・・・っ!!


 悲鳴をあげる前に慌てて杖を取り出し、魔法で自身にかかる重力を減らした。

強引な方法だが、無事に塀を越えた。また、四つん這いでの着地だけど・・・・。あとは、報告のみ!!



***



「伯爵!今日はお寄りになっていただきありがとうございました。是非また来てください!」

「こちらも急遽の訪問にもかかわらずに馬の捜索とご丁寧なおもてなしをありがとうございます。

貴殿との話は有意義でした。近くに寄ったときは、また寄らせていただきたいと思っています。では。また。」


 その伯爵の言葉にご満悦なフェリン男爵。疲労顔の部下共々一同にも見送られた。



 馬を歩かせる伯爵。

しばらしくして、伯爵は誰も聞こえないぐらいにつぶやいた。


「次会う時は罪人でしょうが・・・」


 その顔には、したたかな微笑みがあった。

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