初めての仕事 3
〜前回のあらすじを1文で〜
初めての仕事を得たリースは、伯爵から怪しい人の情報を聞き出して別れた。
「さてと・・・どうしよう・・。」
リースは盗難容疑のあるフェリン男爵の屋敷の前に来た。
ただ、どう出るかに困っていた。正面突破は無理だ。「あなたは盗みましたか?」なんて聞くのは、無礼&馬鹿正直すぎる。となると、少々気が引けるが、侵入して盗難の証拠が出てくれば、仕事は楽々終了だ。
門と3mぐらいの塀に囲まれている。隙間はなさそう・・・塀を越えるか・・・。
外側も内側も目立たないところの塀に行き、ペン状の杖を出して魔法で重力を少し弱くした。そして、足を踏ん張って飛んで塀を越えた・・・が、着地に失敗して転げてしまった。
「・・・・。」
いや、わかる。魔法能力が悪いんじゃない。魔法についてはいつも首席だった。ただ、私にも苦手な科目がある。体育とそれに関する科目だ。運動神経が悪いとは思えないんだけど・・。ただ、それが、こんなところで裏目に出ただけだ。
手をついて起き上がると、警報が屋敷の中で鳴っているのが聞こえた。
・・・え?もう、ばれた・・・!?
騒々しく外に出てきた男何人かと目があった。明らかに不審者の私を捕まえる素振りだ。
捕まるわけにはいかない!慌てて立ち上がり敷地内の庭を逃げまわった。
逃げる足は遅いが、追手たちに向かって攻撃魔法を繰り出していた。
逃げることで頭が一杯で、静かになったことに気づいて振り返ったら、出てきた追手たちが伸びて倒れている。どうやら、無我夢中で出した魔法が全て当たっていたらしい。
・・・・まず、危険は回避されたか。
このまま、続行するか悩みどころだな・・・。
リースは、ふと視線を感じて、視線の方向を見た。
のびている追手たちの向こうに、いつの間にか一人の男性が立っていた。
青色の髪にヘアバンドをしていて、目から下は布で隠していている長身の男性。
ただ、その鋭い目を合わせた時、かつてないぐらいに身震いがした。
これは逃げ・・・。
恐怖で体が引きつったままリースはすぐに魔法を起動させ塀に飛ぼうとしたのと同時に、青色の髪が揺れた瞬間が見えた。そして、体に衝撃が走って、体がいうことをきかずに地面に倒れ込んだ。目の前に男性の足元があった。
殴ら・れた・の・・か・・・。
そのまま、リースの意識は遠のいていった。
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ーーぼやけた光景。けど、何度も見たことがある・・・・。
「じゃあ、また行ってくるね。リースは大丈夫だもんね。留守番、よろしくね。」
ーーうん、留守番するよ。けど・・いつまで・・・扉・・見・・続・・・待・・・いの・・?ーー
「気の毒に・・。親戚がいないから、誰も引き取り手がいないなんて・・・。」
ーー大丈夫。今まで一人で生きていた。ーー
「リース、泣けよ。」
「お前、頑固すぎだって。」
ーー泣かない。泣いても誰もいない。ーー
「うわ、かわいそうと思って声かけたのにその反応かよっ。まともな感情ないんじゃない!?」
ーーうるさいっ。私こそお前らに頼りたくない。ーー
「お前の母親は行方不明、と・・。まぁ、あいつのことだから、ひょいっと現れるんじゃないか。」
ーーそうだと思う。それまで留守番をする。だから、お願い。お願いだから・・・・ーーー
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ぴちょん、ぴちょん、ぴちょん _ _ _ _
目を覚ましたリースは、水滴が落ちている音が聞こえていた。
見渡すと、自分が牢屋らしいところにいることがわかった。
どうやらあのまま捕まったらしい。
少し・・・嫌な夢を見ていた・・・けど、今は気にしている時ではない。
起き上がって、体の様子を見たが、どこも痛めていないし、手錠とかも繋がれてもいない。
ならば、あとは脱出だ!
ゆっくりと音を出さないように牢屋の手すりまできて外の様子をみると、あろうことに見張りがいない・・。
少し怪しいが、今しか脱出のチャンスがない!
鍵を破壊するとブザーがなるシステムらしいから、鉄パイプの部分を魔法で捻じ曲げてなんとか体を滑り込ませて隙間から脱出。
一部は悔しいけど、体全てのパーツが細くてよかった・・・。
けど、なぜ見張りがこうもいないんだろう?
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「侵入者か・・。久しぶりに拷問するか・・。」
部下からの侵入者を捕まえて地下牢に閉じ込めたという報告にそう言って、舌舐めずりをし不気味な笑顔を浮かべる中年の男性、フェリン男爵がいた。彼の部屋の奥にある秘密の戸棚に飾ってある拷問器具を眺めて、どれを使用しようか悩んでいる。
そこへ、部下が報告しに来た。
「旦那様。お客様が門の前にいらっしゃいます。」
「訪問者だと?いきなりだな!? 今はあれを尋問したいから、そんな無礼者は追い返せ!!」
「それが・・とりあえず、ご確認ください。」
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「♪もしもしかめさんかめさんよ〜せかいでいちばん〜♪」
「・・・・・。」
インターホンの画面に映る光景は、貴族の男性がご機嫌に歌を歌っている様子だった。
なんとも、まぬけな光景・・・・だが、その男性は知っている。あの有名な”めんどくさがり伯爵”だ。
「やー、フェリン男爵。近くに来たので、来てしまいました。
よろしければ、迎えが来るまでしばらくお相手してもらえませんでしょうか?」
”めんどくさがり伯爵”は、ふらっと貴族などの家にくることで有名だ。
理由は夕立避けなどの雨宿りや休憩所として・・・。自分勝手な理由だが、頭の聡明さと交流関係の豊かさがあることも貴族内で有名で、雨宿り間の相談話で家の危機が救われたという人もいるぐらいである。ただ、こちらから相談しに伯爵邸に行っても、絶対受けてくれない。相談を受けてもらうには、伯爵が家に訪ねてくれたときだけだ。理由は雨宿りの暇つぶしだろうが・・・。
だから、”めんどくさがり伯爵”が来てくれたら、幸せの鳥がきた! という感覚に近いことが貴族の間の認識だ。
・・・これは、好機だ。
フェリン男爵はモニターを見ながらニィっと笑った。
あの捕まった小娘はあとで楽しめばいい・・・。
「ようこそ!伯爵殿!さあ、どうぞ。今、お茶と菓子をお持ちしますので。」
フェリン男爵は、幸せの鳥=伯爵を笑顔で迎えた。
「迎えてくれてありがとう。フェリン男爵。」
ハットを指で掴み、お礼をした。
その表情は飄々とした笑顔を浮かべていたが、瞳の奥までは笑っていなかった。