初めての仕事 2
町のカフェで一人座っている少女・リースがいた。少しイライラしている様子がわかる。
リースの外見は、黒色のショートカット、細身の体に、目は鋭いけれども、顔はお人形さんのような可愛さがある。首にチョーカーをつけて、チョーカーの真ん中にひし形の宝石が輝いている。タイトな長袖に、ズボン、長ブーツを履いていて、クローク(マント)を椅子にかけている。
カフェにいる町の男の子たちはその可愛さからリースに声をかけたがっていそうだが、その鋭い目とイライラした雰囲気に臆して話しかけられないでいた。
カフェの外に馬車が停まった。馬車は貴族や医療機関など特別な人たちが使用するもので、町のカフェに馬車が来ることは異例だ。カフェにいた人たちは馬車が停まったことに戸惑っていたが、少女は待っていたとばかりに馬車の到着とともにカフェの外に出た。
「なぜ馬車で現れる?ここは邸から1kmしかない場所なんだが。」
リースはため息とともに馬車に対して文句を言った。
「なぜ僕が1kmもある喫茶店に歩いてこなきゃいけないんだい?」
馬車から降りて、「1kmの距離すら歩かない」という言葉を堂々と言った男性は、貴族のようだ。
ハットの脇から出てるやや癖っ毛の茶髪、優しめの整った童顔ぎみの顔に、目は利発的なこげ茶色の瞳が輝いている。高級な服を着こなしていて、馬車を降りる優雅な動作は、まさに紳士の鑑と言える。
「大丈夫!帰りは馬を用意したから。このような時のために馬術はできる!」
紳士は心配ご無用というように手を前に出して、自信満々に答えた。
・・・・紳士の雰囲気が台無し。
・・この男はいつもそうだ。面倒くさがり具合が半端がない。
あまりのめんどくさがり具合に、周囲から”めんどくさがり伯爵”と呼ばれている。
ただ、面倒を避けるための努力はするけど・・・絶対、努力する方向性が間違っている!!
ため息をついたリースは、これ以上、この紳士=伯爵に何を言っても無駄だと知っているので指摘せずに黙っていた。
「・・・とりあえず中に入ろう。個室を頼んでる。」
「久しぶりのリースからのお誘いが個室でなんて、嬉しいね。」
リースに向かって微笑んでいる伯爵に呆れながらも、リースは伯爵を問答無用で中に案内した。
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「”魔法書禁止術式集2”の行方?」
コーヒーを飲みながら伯爵が聞き返した。
「そう。魔法書、それも国管轄の禁止術式が載った書物が盗まれた先月の盗難事件がまだ解決していなくて・・・私が担当になったから、その情報を伯爵からもらおうと思って・・。ちゃんと謝金は払う。」
・・不服だが、背に腹はかえられない。
目的のためには、不服でも後見人と喜ぶこの男を使おう。魔法が使えない貴族は主に社交性や情報収集や土地管理に特化しているから、めんどくさがりでも代々続く貴族としての最低限はクリアしているはずだ。
ただ、こんな呼び出しで承諾してくれるかどうか不安だけど・・
「いらないよ。僕とリースの仲だよ。頼るのなら、とことん頼って。」
伯爵は情報を聞き出すだけに呼び出されたことに怒りは全くない様子だ。
始終、笑顔だ。頼られたことが嬉しいらしい。
「まあ、先月のあの事件前後から動きのおかしい貴族がいるから、そこから目星をつけるんだね。」
「おかしいというのは?」
「若い男性を何人も雇ったり、出入りが激しいとか。金の羽振りが以前より良くなっているとか。」
大雑把で曖昧な情報だが、貴族としての交流関係の豊かさがあるから、あながち間違っていないだろう。
伯爵はコーヒーを置き、こちらを向いて笑顔で話を変えた。
「ところで、遅くなったけど、魔法省の入社、おめでとう!」
なかなか報告に来てくれないんだもの、というため息交じりの小言が聞こえたような気がするが無視をする。
伯爵はとびっきりの笑顔で祝ってくれた。
「・・・ありがと。」
おめでとう、と誰にも言われていなかったので、リースはどう返せばいいのか分からず、どうでもいいような表情になった。
なんとかお礼は言えたが、ちょっと後見人に対しては失礼かも・・?
けれど、伯爵はあいかわず笑顔だ。
「祝いの品、何がいい?」
「いらない。私も社会人になったのだから、後見人を・・・」
「ん、やだね。」
笑顔で却下された。くそ・・・最後まで言わせてくれ。
「リース。ところでペアの方はどこだい?ご挨拶したいんだけど・・・。」
ぎくり。
「リース?」
伯爵はあいかわず笑顔だが、威圧感が出た。これじゃ、尋問状態だ。
「・・・今回、一人でやる。」
伯爵に目を合わせられなくて横目のまま言ってしまった。
これは一人で仕事ができることの証明のための仕事だ。これが無事に終われば、ペアを作らなくていいと最高責任者と約束している。
伯爵はじっとリースを観察するように見つめていた。・・・居心地が悪い。
「とりあえず、仕事に向かう。その貴族の名は?」
「・・・フェリン男爵。」
ため息まじりの伯爵の回答を受けて、リースは立ち上がり一礼をして、早足で部屋を出ようとした。
「リース。無茶をしてはいけないよ・・。」
そう後ろから言われたが、伯爵の方を振り返りもせずに部屋を出た。