ある何もない日の昼食
ある何もない日の昼。
私・リースは魔法省で事務仕事に追われていた。
今、私の指導担当になっている先輩には「覚えも早いし処理が早くて正確だからいいわ。」と褒められる。それに対してなんて反応していいか分からず、「はい。」と頷いて、また仕事に戻る。・・・んー、うまく返せない・・。
昼休み。
基本的に食堂で一人で昼食をとる私には、周りの女子たちが「友達いないの?ぼっち?さびっしー。」みたいな嘲笑いをしてくる。
先ほど先輩に褒められたり、魔法学校時代で優秀だった私への僻みでもある。・・・ふん、どうでもいい。
それを無視して、リースは空いている席に座って昼食を食べ始めた。
それと同時に、シンが先まで一緒に組手していただろう若手の騎士たちと屯って、食堂に入ってきた。食堂のカウンターで騎士たちと仲良くメニューを選んでいる。
静かな魔法師たちと違って騎士たちは特有の存在感があるが、シンたち一行はその騎士の中でも賑やかで楽しそうだ。特に、シンは一番明るく華があって、周りのイケメン騎士たちに引けを取らない。
まぶしいな・・。・・シンはこっちを見ていないから、私がいることにも気づいていないかもしれない。・・・ま、いいけど。
イケメンたちと一緒で華やかなシンを見ていたら、途端に、自分への悪口を言われていることにリースは気になり出した。
・・私への悪口の声は普通の私にも聞こえているんだから、シンの良い耳(地獄耳とは言わない)に私への悪口が聞こえているかもしれない。
そう思った瞬間、リースの心の中に初めて羞恥心が湧いてきた。
ペアの私が悪口を言われているなんて知れたら格好悪いし、シンがどう思うか・・がっかり?呆れる?同情?哀れむ?
・・・・嫌だっ!!ペアのシンにそんなふうに思われたくないっ!!
遠くにいるから、混雑した食堂の雑音で悪口がかき消されていてほしい・・。
お願いっ。こっちに気づかないで・・。
シンがちらっとこっちを見た。
・・・・悪口を言われているのが、ばれた・・・?
羞恥心でいっぱいになり、リースは目を瞑って黙って少し俯いた。女子たちの声がクスクスと嗤い始めた。
シンは騎士たちに手をあげて挨拶して、3人前ぐらいのプレートを両手に持ってこっちに向かってきた。
「よぉー、リース。仕事、お疲れ!」
座ってもいいみたいなセリフもなく、笑顔で元気良く声をかけてきたシンは当たり前のようにリースの向かいに座った。
・・驚いた。
悪口を言われているにもかかわらず、仲良くいた騎士たちと別れてわざわざ私の元に来た・・。そして、想像していた感情もなく、いつものシンのままで声をかけてきた・・。
悪口を言っていた女子たちも、少し黙ってこっちの様子を見ている。
「・・シン、お疲れ。騎士たちとは一緒にいなくて、いいの?」
「あいつらとはよくつるんでいるから、いいんだ。ペア見つけたって言ったら、ペアと仲良くなーって言われた。」
「そう。もう仲がいい人、作ったんだね・・。」
「ああ、あいつらいい奴らだぜ。騎士じゃない外部は、ペアの魔法師と極力一緒にいた方が絡まれなくていいと教えてくれたのも、あいつらなんだ。なんか外部ペアを気に食わない騎士が数人いるらしい。」
「えっ・・。」
その事を知らなかったから驚いた。だから、騎士以外のパートナーが長続きしないんだと初めて理解した。
シンと騎士たちの練習風景を見てる限り、ないとは思うけど、やっぱ心配・・。私のせいで、シンが苛められてたら・・。
「・・シンは、大丈夫なの?」
「ああ。喧嘩売る奴ら全員、試合中にボコボコにしてやったけどな!そしたら、もう誰も喧嘩は売ってこなくなった!もう少しかかってくればいいのに、根性ねーな。」
・・・そう爽やかつつもニヤッとやんちゃに笑って言うシンだった。
・・・これは、大丈夫かな?新米でも騎士よりも魔法師の方が位が高いから、何かあれば私が出れば収まるはず。
「無茶しないでね。」
「大丈夫。野郎なんて、拳で語れば早いから。今では良き試合相手。」
「ふーん・・・・。」
確かに、シンは喧嘩慣れていそうだし、フードの上司の攻撃を平気で避けるくらい強いし、私がいなくても問題ないのか・・。
「ん?なんか拗ねてるのか?頭、撫でるか?」
「違う!というか、なぜそうなる!?」
・・拗ねては、いないと思う・・。
そんなやりとりをして、シンがリースの頭を2・3回軽く撫でて、リースが照れくさそうに手でシンの撫でていた手を払っていたら、女子たちの悪口は内容が聞こえないひそひそ話になっていたことにリースは気づいた。
女子たちは、初めて見たシンの存在が気になっているようだった。
・・シンの悪口を言っていたら、あの女子たち許せない!!
リースが悪口女子たちに向かうため怒りのまま立ち上がろうとしたら、
「いただきまーす。そのフライ、もらーいっと。」
リースに手を払われたことを気にせず、そのままフォークとナイフを手に持ち元気よく言ったシンは、リースの皿から肉のフライを取り上げて嬉しそうに食べた。
「!?ちょっと、シン!!」
リースはシンの行動に驚いた。
何をしたいのか分からない・・・。
シンは美味しそうに食べている。
呆然とした私に、シンは自分の皿のおかずをリースの皿に移す。
「これと交換な〜。」
「・・・・なにしているの?シン?」
「なにって、おかず交換だろ?いろんな味を食べた方が楽しいんだし、一緒に飯を食べるんだから、そのぐらいいいだろ?」
「いいって・・食べたければ注文すれ・・」
「いいから食べろって。」
シンは当たり前のように自分のおかずを一口サイズにしてフォークで突き刺し、リースの口に無理やり持っていく。驚いたままのリースは、口の中に入れられたおかずを黙って食べる。
「どうだ?」
「・・・・・・おいしい。」
「だろ?」
むっつりと答えたリースに、シンは嬉しそうに笑顔で応えた。
その笑顔に弱いリースは押される形で黙って着席し、おかずの一口交換が始まった。
「うわっ、これ、まずっ」とシンが言うおかずでさえ、ギャーギャー言い合いしながら交換した。
女子たちの悪口は続いていたみたいだったけど、私の前で楽しそうにおかずを一口交換して笑っているシンのおかげで、内容はまったく聞こえてこなかった。




