ペアでの初めての仕事 その後
「ほぉ、本当に一ヶ月以内で帰ってくるとはな。 ・・・山越えをしたのか?あの山はこのシーズンは危険となっているが。」
魔法省に帰ってきて、出張報告でのフード上司の一言目。
やっぱり知っていて黙っていたな・・!
けれど、上司の思惑はうまくいかずに任務は無事完了した。ふん。
リースはフードの上司にまっすぐ向かって言った。
「任務は約束通り終えました。シンの武器所有許可をください!」
「ああ。ほら、剣だ。」
フードの上司の右手に長剣が握られている。シンに向けて横向きに差し出した。
「それを新調するための期間が必要だったからな。」
えっ?上司・・・・やさしい!?シンのためにわざわざ用意してくれたんだ。
シンは素直に受け取り、柄から抜いて剣を見た。
「へぇ、いい剣じゃん。」
「・・・持てるのか・・・。」
「「ん?」」
私とシンは上司の言葉に疑問の声を出した。って、シンも?
上司はシンから剣を奪い返して、警備のために立っていた騎士に剣を横向きに向けた。
「お前、この剣を持ってみろ。」
「うっ!!?」
指名された騎士は剣を受け取るや否や、腕とともに剣を地面に落とした。その様子に上司は嘲笑うようにしながら、何かを探るようにシンを見た。
「鍛え上げた騎士ですら持てない重量の代物だ。俺は重力低減させて持っていた。魔法が使えないお前が持つには、何か別の理由が必要だと思わないか?」
「・・・しつこいな。お前。」
そう言ったシンは悪戦苦闘している騎士から重い剣をひょいと掴む。
騎士もシンの様子に驚いた。上司はニヤッと意地悪そうに口元をあげた。
「山越えだって、麓の町から人影がすごいスピードで登っていったと連絡があった。」
「それは、私の“重力軽減”の魔法で・・・」
「・・それだけか?」
「・・え?」
上司は弁解しようとしたリースに向き合って話した。
・・・この人がこんなに向き合って話すの、あまりなくてひるむんだけど。
「“重力軽減”ではスピードを出すことは無理だ。この男に肉体改造の魔法も加速の魔法はかけていないのだろ?」
「・・・ええ。」
「そもそもあれほどの“重力軽減”をかけると、バランス感覚がついていけない場合が多いはず。」
リースがさらに何か言おうとしたが、シンが先に口を開いた。
「尾行するストーカーたちを撒きたくてな。野郎のストーカーなんて気持ち悪いんだ。おれはそっちの趣味じゃない。何度言ったらわかるんだ。このストーカー野郎っ。」
シンの言葉の後、責任者の部屋に沈黙が流れる。
2人からかなりな険悪なムードが漂う。
警備の騎士も上司の部下の魔法師も逃げ腰だ。実際に扉近くにいた人たちは静かに部屋の外に避難していた。
・・・・正直、私も逃げ出したい。けれど、ペアのシンを置いて行けない。
「・・人を愚弄してただで済むとでも。」
「それはこっちのセリフだっ。くそフード! 表に出ろ!決闘でもなんでもやってやる!!」
ぎゃーーーーーっ!!!
険悪ムードから、火花バチバチになった!!!
シンは不良だっただろうから喧嘩に慣れているんだろうけど、私は違うから!
正直、怖い!!
誰か止めてーーーーーっ!!って誰もいないっ!!!
みんな避難してる!私にこれを止めろって言うの!!? 上司とペアでも無理!!魔法も体術もコミュニケーション能力も勝てない相手なのに!?
・・こうなったら、やってやるっ。
リースは冷や汗をかきながらも体を構えて、2人が喧嘩した際に備えた。
「・・・・だが、また今度にする。」
シンが静かにそう言った。
え?シンが引いた。火花バチバチじゃなくなった。
上司もシンの変化に驚いて怪訝そうな様子だった。
「・・なんのつもりだ?」
「リースが困っているからな。決闘はリースがいないところでやろうぜ。」
・・シンっ!
・・・・けど、決闘は絶対なのね・・・。
ペアを思いやるシンの姿に、上司は意力を削がれたらしい。
「・・・ペアの仕事はしっかりとやっていくんだな。」
そう言うと、上司はつまらなそうに次の仕事に向かった。
「おかえりなさい。」
伯爵邸に帰ると、伯爵が表で帰りを待っててくれた。
・・・暇なの?伯爵。玄関で待って扉を開けるそれ、執事さんのやること。
「どうでしたか?何か危ないことはありましたか?」
伯爵はリースに微笑みながら尋ねてくる。
・・・いつもより甘いような感じする。
「さっき、シンと責任者がにらみ合ったぐらいかな?シンが引いたから良かったけど、決闘したらどうしようかと思った。」
「シンは責任者にくれてやって、リースだけ帰って来ればよかったじゃないですか。」
「おいっ!!? 怖いことを言うな!!」
リースの後ろにいたシンが叫ぶ。
その手があった・・・・とは思わないでおこう。
「仕事の方はどうでした?」
「無事に終わった。」
リースは一言で返事を済ました。
「ペアはどうでした?」
ペア・・・シンのことかっ!
さっきまでの一言で済ませる態度から一転、リースは楽しそうで饒舌になった。
「シンはすごいよ!頑丈ですごい身体能力の持ち主で頼りになるし、打ち合わせとかもまっすぐに向き合ってくれるし。」
「・・そうですか。」
ん? 伯爵は残念そうだ?
「この国のことよく知らないのかと思えば結構物知りだし、色々対策を練ってくれたりするし。」
「へぇ〜・・・・そうですか。」
ん?なんか不穏な空気? 伯爵は笑顔なのに?
シンもじりじりと離れて行く?
けど、シンは私のことを・・生理もだね・・気遣ってくれて、正直に向き合って、悩みも聞いてくれて、それ以上に悩みに気づいてくれて、頭も撫でてくれた。なにか懐かしい感覚になって暖かく感じた。
・・そうだね。シンとならうまくやっていける!
リースは思わず笑みを浮かべた。
「うん。最高のパートナーだよ!」
「下を噛め。番犬たち。」
命令口調の低い声が聞こえた。この声って伯爵から?
その途端に、任務を受けて張り切る番犬たちがシンに向かって走ってきた。シンはすぐに後ろに振り返って逃げ出した。
「お前ら、旅の前にあれだけ楽しく遊んだのに、やっぱご主人様の方がいいのかーーーーっ!!!!」
番犬たちに吠えられて追いかけられるシン。
・・番犬よりも速い。
リースが呆気になってその光景を見ていると、伯爵の手が肩に乗って屋敷に招くように引っ張った。
「さあ、中に入りましょう。リースの初出張任務が終えたのでお祝いですよ。」
「ならシンも・・。」
「犬たちとじゃれ合っているみたいだし、まあ、お腹が減ったら戻ってくるでしょ。これだけ長い期間仕事で一緒だったのだから、 仕事以外では彼を自由にしてあげなさい。彼だって休養とかストレス発散があるでしょうから。」
じゃれ合う・・?まー、そうとも見えるか・・・。確かにシンにはずっと頼りっぱなしだから、自由時間も欲しいよね。
リースがとりあえず納得して屋敷に入った。
「いいところばかり、シンに持っていかれては面白くないですからね・・。」
伯爵はリースに聞こえないようにそう呟いた。
読んでいただきありがとうございます!
また、連日の更新をずっとお読みいただいた方、本当にありがとうございます!
また話がまとまって出せるまで,しばらく不連載になります。
といっても多忙すぎて次回のまとまった話は夏〜秋になると思うので,見捨てずに気長にお待ちください。
宜しくお願いいたします!




