ペアでの初めての仕事 5
公爵家に訪ねてから数日経った。
シンは公爵の9歳の息子と11歳の娘と遊んだり、公爵家に遣えている騎士たちと剣の稽古をしたり、雪対策のための冬の準備の手伝いをしている。持ち前の明るさで周りと仲良くなって楽しそうだ。
リースはそれを遠くから見ていた。
たまにシンに巻き込まれて一緒に遊んだりしているけど、どうすればいいのか戸惑ってしまう。
そして何より、寝不足が辛い・・・。
寝不足の理由は、一人の部屋では寝れないことだ。
そして、一人きりの部屋で寝ることは伯爵家に養子に来てから初めてだったことに気がついた。伯爵邸ではいつもメイドさんや執事さんとか誰かが控えていたな・・。学校の寮では共同生活だったし・・。
そして、一人で寝られない理由はわかっている・・・。
子どもの頃の母親が行方不明になった時が原因だ・・・。
寝られないから、なんどもシンの部屋の前をうろうろしては、ノックしようと思って踏みとどまるけど、できなくて部屋に戻って一人ベットの上でクッションを抱えて朝を待った。
これは私の問題だから、シンに頼るわけにもいかない・・。
けど、寝不足だ・・。これじゃ、仕事に支障がでるな・・。どうしよう・・。
公爵の子供達とシンが遊んでいる光景を見ながら、ため息をついた。
とにかく、じっとしていれば体は休まるからベットの上でじっとしていよう。
そう思っていた夜、リースの部屋にノック音が響いた。
「よー、リース。遊びに来たぜ。」
リースが出る前に入って来たシンは飲み物やら食べ物やら持っている。
・・・・女性の部屋に返事の前に入ってくるの!?
って、なんかシンならありのような気がしてきた・・眠いのかな?わたし・・。
「シンは寝ないの?」
「ん?リースがなんか悩みあるのかなっと思ってさ。よく部屋の前まで来ていただろ?」
・・・バレてる!!?
「・・なにもない。大丈夫だから、シンは部屋に戻って休んで。」
「いいじゃん。おれ、部屋に一人でいるのも寂しいし。」
シンはそう言って部屋のソファに勝手に座ってくつろぎ始める。
・・・・ペースというか、伯爵と別の意味で勝てない相手だな・・。
「リースも座って食べようぜ。」
笑顔で言ってくるシンにペースをとられて何も言えずに黙って座って一緒に夜食をとった。
「で、リース、何に悩んでるんだ?」
だいぶ雑談をしてから、シンが切り出してきた。
・・・ダイレクト・・・。
「・・なんもない。」
「嘘を言うな。バレバレだぞ。」
「なんもないってば!」
「いいからお兄さんに悩み相談しなさい!っつーか、おれ一人っ子で年下とかいなかったから、頼られてみたいんだよなー。」
・・・シンも一人っ子・・?
「・・シンも一人っ子なんだ。」
「おう。といっても、幼馴染と一緒に育ったけどな。まあ、あいつとは兄弟じゃなく双子みたいだったし。そもそも甘えてくるような奴じゃないからな。あとは、兄弟じゃないけど、おれの周りに頼り甲斐のある年上が結構いて、かなり頼ったり甘えたりしまくった。けど、おれより年下の知り合いがなかなかいなくてさー。おれもそろそろ頼られたり甘えられたりしたいんだよ。リース、ちょうどいいんだよね。ね?」
そう笑顔で言ってくるシンに、思わずぐっと来る。
・・・・ダメだ。寝不足で、反論のための頭が回らない・・。
・・つまりシンも頼っていたから、誰かに頼られたくて、私にと・・。
・・・それなら、少しぐらいなら、いいのかな・・・・・?
「・・・ねぇ、どうやったら、笑顔でいられる?」
おずおずと言ったリースに対して、シンの表情がキョトンっとなった。そして。
「ぷっははははは、そんなこと気にしていたのか?リース!」
シンに笑われて思いっきり頭を撫でられる。黙って撫でられながらもリースはむくれる。
「だって、無愛想とか言われるし、意地っ張りとも言われる。自覚は、あるけど・・。」
「気にしなくていいって。意地っ張りはまあ不器用なだけだな。
無愛想とか笑顔ができないんじゃなくて、笑顔を向けたい相手じゃないだけだろ?
お前、笑顔のときは笑顔だよ。笑顔は自然に出る笑顔がいいって。」
そう言うシンは暖かい眼差しで微笑んでいた。
・・なんか撫でてくれる手が暖かくて・・・眠くなっ・て来た・・・・。
「おい・・。リース・・・?」
眠り倒れたリースをシンが支える。
シンに寄りかかったまま、リースは寝息を立てている。
シンは微笑んで、リースを抱き抱えてベットに連れて行き、そっと部屋を出ていった。
「おやすみ。」
目覚めたら、リースは誰もいない部屋に不安になって、思わずシンの部屋に走って強めにノックしてしまった。部屋の中で動く音がした。そこでリースは気づいた。
・・・・あ、まだ早朝だった・・・!!
外はまだ薄暗かった。
「どうした?リース。」
寝間着で前がはだけているシンが少し驚いたように扉を開ける。リースは申し訳なくなった。
「ご、ごめん。なんでもない。っ邪魔した。」
リースはそれだけを早口で言った後すぐに返った。
その日の夜、シンはまたリースの部屋に夜食を持って遊びに来てくれた。一緒に食べて、日中、公爵の子供たちとシンとリースとで遊んだ話とか雑談をして盛り上がった。
朝、リースが目を覚ますと、いつもの孤独感がなかった。
不思議に思って起き上がると、シンがリースの部屋のソファで寝ていた。
「・・・シン・・?」
「う〜ん、ああ、リース、おはよう。」
シンは普通に起き上がって背伸びをした。
・・・・って、普通すぎて流されるところだった!
「シン。おはようじゃない。部屋に戻らなかったの?」
「リースが眠ったの確認したら、こっちも眠くなったから寝た。」
「・・・シン。答えになってない。なんで私の部屋で寝てたの?」
「だって、リースも一人で寝られないタイプだろ?」
バレてる!!これは誰にも相談していなかったのに!!
「・・・・なんでわかったの?・・・あれ?リースもって?」
「おれの幼馴染もそう。一人だと寝れないタイプ。だから気づいたんだ。」
「・・・その幼馴染さんはどうしていたの・・?」
「おれのベットで一緒に寝てたよ。小さい頃からずっと一緒に寝てたから、おれもなんか一人で寝ると落ち着かないんだよね。」
「・・・そうなんだ・・。」
リースは、似たような症状の人がいると聞いて、心が少し軽くなった。
そして、シンのこの行動も幼馴染さんで慣れているからできるのかと納得した。
・・・だから、私と一緒のベットに寝るのなんも抵抗なかったのか・・な?・・・女性として見られていないのではなくて?
リースが前にシンが一緒にベットに寝ることをなんとも思ってなさそうだったことで少し傷ついた女の子の意地が少し軽くなった。
その幼馴染みさんはどういうふうに対策をしていったのかふっと気になった。似ている症状だから、もしかしたら、参考になるかもしれない・・・。
「ねぇ、その幼馴染さんはどうシンに言って一緒に寝るようになったの?」
「いや、あいつも甘え下手だから、一人で寝られなくなってても黙って一人で悩んでて、それに気づいたおれが無理やりベットに連れ込んだ。しばらくは意地はってたけど、結局はおれのベットに当たり前のように自ら寝るようになってた。」
幼馴染さんっ!!なんか、親近感が湧くんですけど・・!!
「・・・その幼馴染さんと私って似てる?」
「性格的には幼い頃のあいつに似てるっちゃ似てる。10歳前ぐらいのあいつかな?」
・・・ん? 10歳前ぐらい・・・・。
「・・・シン。それって、私が幼い内面だと言いたいの・・!?」
「!? いや、違う違う!!怒らせて悪いっ。いわば、リースは性格がもっと純粋なんだって。」
「純粋って幼いことを意味していない!?」
「いや、あいつの10代はもっとすごいだって!表面上は人気がある優等生なんだけど、学校のいじめっ子を影から貶めたり、笑顔で嫌な人を貶したり、悪い奴らをボコボコにしたりして、気にくわない奴には戦いを挑むタイプなんだって。・・・・まあ、おれも一緒になって暴れていたけど、おれはもっと真っ正面で暴れてた!」
・・・・なんかすごいんだけど。
確かに私とは違う・・。最初の人気があるのところから・・。
暴れてたって、つまり、幼馴染さんもシンも不良!?騎士の学校にも不良は稀にしかいないのに!?
「リースはそんなことしない、よな?」
当たり前です!!!
数日後、ローランド公爵から返事の文ができたということで、帰路の準備をして、その文を頂戴した。
「確かにお預かりします。一週間、ありがとうございました。」
「ああ、今度は伯爵とプライベートでの訪問を願うよ。」
「・・・・。では、これにて失礼します。」
・・・伯爵とプライベート旅行・・・そういえば経験したことない・・・。伯爵と旅・・あのめんどくさがり加減からいって、うまくいくとは思えない・・・。
リースはちょっと途方に暮れたが、とりあえず返事せずに屋敷を後にしようとしたが、シンがついてこないことに気がついた。振り返ると、シンは立ち止まったまま公爵を見ていた。
・・・あれ?シン、公爵を少し警戒してる・・?なんで?
「・・あれはどうする気だ?」
「もらうことにした。許可は得ている。」
「・・本当だろうな。嘘なら取り返しにまた来るぞ。」
「君もいつでも歓迎するよ。子供たちにもよくしてもらったみたいだからな。」
「・・・はぁ〜〜。めんどくさい奴らだらけだな〜〜。」
「ふっふっふ。そうかもしれんな・・。」
「じゃあ、帰る。世話になったな。」
「ああ。こちらこそな。伯爵によろしく。」
頭をガシガシかいて、公爵に手で挨拶して去るシン。
・・・・今までで最大に失礼すぎるけど。公爵が気にしないのが不思議・・・。
「行くぞ。リース。」
「うん。」
シンはそう言って荷物を抱える。
玄関口で公爵の子供たちが泣きながら別れを言ってきた。シンは笑顔でその子達の頭を撫でている。リースにも別れを言ってきたので、形式っぽくなってしまったが、別れを言う。
・・・こういう時にシンのようにできたらいいんだけど。
はぁ〜っとため息をついたリースの隣を歩くシンが言った。
「また山越えだな。前より雪が積もっているけど、あれぐらいなら平気だろう。」
・・・そうだった。またシンの登山というか暴走が待っているんだった。
前の登山の状況を思い出して、リースは少し落ち込んだ。
***《シンの視点》***
「伯爵〜。聞いて〜。」
リースの部屋に訪ねに行った深夜、シンは部屋の中でベットに倒れながら伯爵に電話をかける。
『・・・・なんで楽しそうな声なんですか?リースに関わらないことならめんどくさい。嫌なので切ります。』
「そのリースについてだって。」
『なんですか!?』
食いつきがいいな。おい。
「リースが寂しそうだったから部屋に遊びにいったら、「どうやったら、笑顔でいられる?」って、聞いてくるんだぜ。あのむくれっぷりもウケて可愛かった〜〜〜。」
『なぁっ!?見たい!!・・・って、部屋に遊びにいった・・って言いましたか・・・?』
「あっ (やばっ)・・・仕方ないだろ!?悩みは相談するに限るし!」
『・・・それで悩みとは・・?』
「う〜〜ん。なんだろう?寂しそうな感じと、最近寝れていない感じだった。」
『・・・なんとなく理解しました。それで。リースは寝れましたか?』
「ああ、安心したのか微笑んで眠りこけたよ。」
『ぐはぁ!!!ずるい!!・・・シン、せめて写真!!!』
「いや、持っていないから。」
『駄目犬!!』
「おいっ!!!その言われようはないだろ!!!」
「その機械の声は伯爵かな?・・そうか。無線での通話を開発したんだな。相変わらずの天才ぶりだ・・。」
伯爵と電話に盛り上がっていたシンは、声をした方を振り返る。
部屋の片隅に公爵が静かに立っていた。その表情は捉えどころがなかった。
・・・こいつ、いくら伯爵との会話がヒートしていたとはいえ、おれが気配を察知できなかった。
「・・・わりっ、伯爵。公爵に無線機、見つかっちゃった・・・。」
『そのようですね・・・まったく、気配ぐらい読みなさい。』
だから、できなかったんだって!・・・っていうと、無能扱いされそうだから、黙っておこう。さっきまでの会話の内容は公爵に聞かれても困らないし、大丈夫だろ。言い訳させてくれそうだから言っとくか。
「あのさ、別にスパイ活動とかじゃなくて、伯爵に頼まれてリースの様子を伝えるように言われているんだ。この無線機はその目的でしか使用していないからな。個人使用目的すぎて宝の持ち腐れかもしれないけど・・。」
「いや、どの目的であってもその方がいいだろう。有線は魔法省が管理している。」
「そうなのか。なるほど。」
ここで、伯爵の無線機開発理由がわかった。魔法省=くそフードだからな。
こんなリース馬鹿な伯爵の会話、聞かせるべきじゃないだろ。色んな意味で・・。
「それを貸してくれないか?伯爵と相談がしたい・・。」
公爵は真摯に頼んで来た。思いつめているようにも見える。シンは判断を伯爵に任せることにした。
「どうする?伯爵。」
『・・・仕方ありませんね。それを公爵に渡しなさい。僕が話しますから。』
「いいのか?それで?」
『大方予想は立ててます。どうせめんどくさいことでしょ。』
・・・伯爵がリースのこと以外でめんどくさくないことはあるのか!? っとツッコミたいが、公爵の前だ。これ以上は下手を打たないでおこう。
黙って無線機を公爵に渡す。公爵はそれを持って部屋を出た。
一人っきりになった部屋でシンはため息をついた。
無線機がなくなったから、これからは伯爵に相談ができない。
公爵はおれと伯爵の判断から無害だろうが、今回の気配を察知できなかったことも踏まえて用心をした方がいい。伯爵が下手を打たないと思うが、やりとり次第でどうなるかわからないからな。さすがに自分の子供の前では何かする気はないだろうから、日中のリースの護衛はリースを公爵の子供たちと一緒にいさせれば大丈夫だ。食事は一緒にとるから、何か入っていてもおれが気づく。あとは夜の護衛か・・・。
今夜はリースの部屋の前で起きるまで見張っとくとして、明日からはリースの部屋で寝泊まりをするか。リースの不眠症解決もかねてな。リース、一人で悩むタイプだから、ほっておけないんだよな・・。
・・・・・伯爵には同室泊まりのこと黙っとこ・・・・。




