ペアでの初めての仕事 4
まだ日がある午後にローランド公爵邸に到着した。
・・・・そりゃ、シンのおかげだけどね。
リースは少し疲労していた。月のものとシンの移動スピードの速さが原因だった。
下山なんて絶叫だったから・・。
けれど、ローランド公爵に返事をもらう仕事がある。
そもそもこの国には馬による郵便システムがあるが、機密文書や公式文書は魔法省の者が届けることが習わしだ。何か質問がある場合はその人が受け答えすることになっているが、上司は返事だけをもらってこいと言っていた。
疑問に思ったが、機密事項である可能性もあるので新人の私が口を挟んでいいことではない。
リースは気を引き締めて、執事に案内された応接間へ向かった。そのあとをシンが黙ってついていく。
応接間は天井が広く、木をベースにした部屋だった。装飾もそれぞれを見ると豪華ではあるが、シンプルにまとめてあり、威厳と落ち着きを持つ空間だった。
その部屋の中央の椅子にローランド公爵は立っていた。グレイの長髪に青い瞳をした威厳を保つ整った顔の男性。黒い上下の服を着て、その上に毛皮をまとっていた。
「魔法省の者です。文を届けにまいりました。」
魔法省が一番の権力の場所とはいえ、公爵に深々とお辞儀をする。
こういう時、伯爵にお世話になっていてよかったと思う。礼儀作法を身につけられたからだ。
魔法省では上下関係は少しあるものの、貴族のような礼儀作法とは無縁だ。
リースも礼儀作法は魔法が支配する実力社会にとって必要ないと思う。けど、たまに本気を出した伯爵の礼儀作法に見惚れて憧れたことがあったことは、もちろん内緒だ。だから、伯爵邸の執事さんに礼儀作法を教えてもらった時は、真剣に身に付けようとした。
あれ?けど、なんで、めんどくさがりの伯爵が本気を出したんだっけ?その相手を覚えてない・・・。
なんかもやもやする・・・。
「魔法省の者か。名は?」
「リース・ヘルトです。」
「・・あのめんどくさがり伯爵の庇護者か・・。」
そう言って公爵はふっと口元をあげた。
ヘルトの苗字は伯爵家のものだ。保護者になってもらった時に、伯爵に苗字を変えさせられた。
公爵にまで“めんどくさがり”と言われているよ!あの伯爵は!!
「それで、後ろの者は?」
「彼は・・・。」
護衛の騎士まで名乗ることはあまりないと新人研修の時に聞かされていたので、リースは慌てた。
「おれはシン。リースのペアだ。」
シンは率直に答えた。
魔法省の人よりは態度は無礼すぎではないが、礼儀も何もない・・・。
「・・・どこの出身だ?」
「遠いところ。今は伯爵に世話になっている。」
「そうか。“客”か。」
公爵はシンをじっと見たあと、リースに向き返った。
「文を。」
「はいっ。これです。」
公爵は持っていた杖で文の魔法の鍵を開けて読み始める。
ちなみに、魔法の開封の仕方は相手にその封した魔法の解析能力が求められる、いわばパズルを解くようなものだから、瞬時に開ける公爵の魔法師としての能力が高いことがうかがえる。
公爵は読み終えて眉を寄せた。少し考えているみたいだ。
「・・返事はしばらく待ってもらいたい。ここに滞在するといい。」
「私たちは1ヶ月以内に魔法省に帰らなければならないのですが・・・。」
「・・・・・ならば、2、3日中に答えを出す。」
「どうする?シン。」
斜め背後に黙って立っていたシンに対して聞いた。
「んー・・、言葉に甘えて最低一週間はここに滞在したい。
まあ、おれなら本気を出せば、リースを担いでも1日であの山を越えて魔法省までたどり着けるから大丈夫。
おれらが邪魔じゃなければ、返事の対策をじっくり考えてな。内容は知らないが、どうせあのくそフードの文章だ。ムカつくことが書いてあるんだろ?」
リースは驚愕した。
公爵の前でなんてこと言うの!!? シンにとっては、そう思うのだろうけど・・。場所と時と相手があるでしょ!?
リースはシンに何か言おうとしたが、その前に公爵が声を出して笑った。
・・・そういえば、騎士団と貴族はアンチ魔法省だもんね。
「はははははっふっふっふ・・・・、気使いをありがとう。邪魔など思わん。君たちならいつでも歓迎だ。」
「そうか。それはありがとう。タダ飯を食わせてもらうのも悪いから、なんか手伝えることはないか?」
「そこまで気を使かわなくてもよい。話を聞くとこの時期にあの山を越えてきたのだろう?好きなだけ休養していくがよい。」
外は雪が降り始めていた。あたりは暗くなり、部屋はランプの明かりだけになっていた。
ベットの上に体躯座りをした寝間着姿のリースがいた。
・・だめだ。暗い一人の部屋は嫌な思い出しかない・・・・・。
それぞれ各部屋をもらったが、夜の薄暗い部屋に一人いることにつらくなり、居ても立っても居られなくて、リースはシンの部屋に尋ねに行った。今後の打ち合わせとかいえば、シンの部屋にしばらくいさせてくれるだろうと思って。しかし、鍵のかかっていない部屋のどこを探してもシンの姿がなかった。
えっ?どこにいったの?シン・・。
ふっと冷たい風と寒さが感じた。
「!? リース?」
窓からシンが声をかけて部屋に入って来た。 外は雪が降り始め凍てつくぐらいの寒さだったが、シンは上着だけ羽織った格好だった。リースはいろいろと驚いた。 シンは心配そうに声をかけてきた。
「どうしたんだ?リース。何かあったか?」
「いや、シンこそ・・・・寒くない?こんな夜更けにどこに行っていたの?」
「いや、ちょっとな・・・。」
シンのばつが悪そうな顔。
薄暗いからよくわからないけど、上着とズボンに赤黒いシミとかすかに血の匂いがする。
リースはシンに冷たい視線を送る。
「シン・・・ペアで隠し事はなしだよ。」
逃がさんという目を受けて、シンはウっと言って観念したように話し始めた。
「・・・魔物退治していました。」
「・・・魔物?こんな夜更けに?」
「山からついて来た奴らがいたから、な。」
「ついて来たの?なんで?」
シンは言いにくそうな表情で、
「たぶん、お前の生理の匂いで・・。」
・・・・・え?って、えーーーーーー?!!
「・・・・・・・シンっ、いつ私がそうだと知っていた!?まさか、山で着替えるの見ていたの!?」
「違う!違う! 匂い! おれも匂いで気がついたから、考慮していなくなったんだって。獣にとってはその匂いに敏感というか、だから、お前の生理が終わるまで山には行かない方がいいかも、と。」
リースは顔を真っ赤にしてシンに向かって叫んで、シンは手を前に出して焦ったように弁解していた。
・・っていうことは、最初っから知っていたのっ!?
リースはシンに怒鳴るよりも羞恥心が勝って、自分の部屋に走って戻り布団をかぶって、別の意味でさらに寝れなくなった。
***《シンの視点》***
『夜に連絡とはどうかしました。』
「いや、魔物退治のついでに電話しとこっと思って。」
『魔物?』
シンは夜の月明かりに照らされた山の中腹にいた。
周りには倒された魔物と呼ばれる大きな獣たちが散乱していた。
シンの上着には返り血がついていた。
「なんか、リースの生理の匂いに誘われて山からついて来たみたいだな。 この領土の町に入りそうだったから倒しておいた。」
『ああ、女性は山に入るなという言い伝えはそういう所から来ているのでしょうね。
しかし・・・リースの生理に気づくシンの鼻をつぶすところか悩みどころです。』
「やめろよ、それ。きちんと護衛してんだからよ。」
シンは昼間の状況を説明した。話した内容は、山まで追いかけてきた尾行とリースの生理と(リース。ごめん。)ローランド公爵との対談だ。
伯爵は今回の尾行はそこまでと判断し(シンの同意見)、ローランド公爵のことは何も言わずに、リースの体調について詳しく尋ねてきた。
・・・・いや。心配なんだろうけど・・・・。
おれは伯爵が無視したローランド公爵の情報を求めた。
『ローランド公爵は魔法師でもあり、剣も達人である優秀な方です。昔あった王室の血筋を引いています。
もし、この国に今でも王室があったら、王の器としては好ましいでしょう。今ではこの国の風習に逆らい、北の領土で愛すべき家族と暮らしている、貴族および魔法師の中でも珍しくまともな方です。』
すげ・・・まだ一週間ぐらいの付き合いだけど、この伯爵がベタ褒めというのは滅多にないだろうな。
・・けど、わかるわ。今日あっただけでも、気さくで賢いことがわかるような人物だもんな。だから、ローランド公爵のことは危険なしと思って無視したのか。
「風習ってなんだ?」
『・・・・いずれ分かります。』
言いにくいのか・・? ああ、言いにくいで思い出した。
「そういえば、リースの母親ってどうしたんだ?」
『・・・なぜ急にそんなことを・・?』
「寝言で母親を求めているようなこと言っていたから。その時に泣いていたし。」
『・・・・・・・・・・・。』
「・・伯爵?」
なんだ?聞いちゃまずいことだったか?
『・・・・・つまり、同じ部屋で寝ていたと?』
そこかっ!!?電話の声が低くなったよ。やべっ、弁解しておかないと!
「いや、お祭りで部屋が他になかったし、別の宿だと護衛できないだろう。
リース一人で泊まって野郎が攻めてくるより、おれと同室で何もない方が伯爵もマシだろ!」
どうだ? おれの思いつき弁解は自分で言っちゃなんだけど、筋が通っていていけるはずだけど・・。
『・・・・一理ありますね。だから、君に護衛を任せた僕にも責任がありますしね。
もし、僕がシンを任命したことによって、リースになにかあれば、僕の全てにかけて対処します。』
対処=抹殺だろうがっ!!
けれど、即抹殺は回避したか・・・。
「・・で、どうなんだよ。言いたくないのだろうが、ある程度の情報がないと、こっちの動きも違うようになるって。おれに護衛を任せたなら、おれを少しは信頼しろ。」
おれがそう言ったあと、しばらく沈黙が続いた。
おれは返答を待った。
『・・・リースの母親は7年前に行方不明です。彼女も魔法師で出張中でした。
母子家庭であり、身寄りのないリースの母親の計らいで、リースの保護および養育の権利つまり後見人は僕になるようになっていました。
だから・・・・家に一人残されていたリースを保護しました。』
信頼したのか、観念したのか、どちらかわからないが伯爵が答えてくれたので、シンは少し安堵した。
「それで、伯爵は自他共に認めるロリコン伯爵になって、リースもその超重苦しい愛情を受けてたと。そんな感じか?」
『さあ、僕は表立ってリースに構わないようにしているので、リースにとってはただの後見人でしょうね。』
その言葉は伯爵自分自身に嘲笑しているようにも聞こえた。
何かあるのか?・・・仕方ない。ついでにおれの昔話も話すか。そっちばかりに過去を話させるのはフェアじゃないしな。
「・・・伯爵。おれも少年の頃に家族亡くしてんだ。その時、叔父に引き取られて、そいつ変人で保護者らしいことはしなかったけど、今となって思えば、なんだかんだ守ってもらっていたし、おれもすごく感謝していて、離れ離れになった今でも存在感が大きい。
だから、リースにとって伯爵の存在はでかいと思うぜ。本人は今の段階で気づいているかどうかは別として。」
また、しばらく沈黙があった。
『・・・・君から慰められるのは、あまり嬉しくありませんね。』
おれもな。
苦笑気味の電話の声にシンはふっと微笑んだ。




