ペアでの初めての仕事 1
〜あらすじ〜
ペアでの初めての仕事を1ヶ月以内に終わらせてきたら,シンの武器所有許可をもらえる約束と体調回復のためにシンの一週間の休暇をもらい,伯爵邸で休暇を過ごしていたが・・
現在、もらった一週間の休暇の3日目で、伯爵邸から仕事に出かけたところだ。
理由は、シンが早く出かけたいと言ったから。
私としても早く仕事に出かけることは嬉しいが、シンとしてはメイドトリオの着せ替えの生贄?から早く逃れたかったらしい。気持ちはわかるけど・・。
シンとペアになったから、もっとシンを知っておかなくてはと思い、この3日間、シンをずっと観察してきた。
シンは、私にないものを持っていた。 まず、気さく的な態度とやんちゃな愛嬌だ。伯爵の男の使用人たちと肩を組むぐらいに仲良くなり、今も街の女性たちに囲まれて声をかけられる。さらに、迷子の子供を保護し(子供はシンに懐く)、八百屋のおばちゃんたちにはイケメンだねとちやほやされて、料理屋のおじちゃんには食いっぷりがいいと奢られる・・・。
どうしたらそうなれる?笑顔か?それとも、気さくな言葉か?豊かな感情の表情か?
それと、驚異的な体の持ち主だということ。あれほど弱った体調があっという間に治る回復力。この前に見た騎士に劣らない剣術に運動神経のよさ。 伯爵の家でも、逃げた馬を走って捕まえていた・・・。フードの上司の言葉じゃないけど、人間を超えているように感じる。
あとは・・
「リース。お前、おれのこともいいけど、伯爵のことも観察しておけよ。」
ぎくっ。観察していたことがバレているっ!そういえば勘がいいんだ。
とりあえず反論しておくか。
「伯爵のことは観察しなくても7年の付き合いだから、いまさら観察しなくても知っている。
めんどくさがりだけど、私のことはめんどくさくないと言ってほどほど世話を焼く、なぜか私の写真集を持っている変態伯爵。」
「・・まぁ、間違ってはいないな。俺としては、リース限定ストーカーロリコンの腹黒伯爵だろ。」
・・・・シンの中の伯爵の評価、私にとって最悪な状況なんだけど。
初めての仕事は、北の領地・ローランド公爵のところに文を届けて返事を持って一ヶ月以内に帰ってくればいいという内容だ。無事に終えれば、上司からシンの武器所有許可がもらえる。
伯爵から馬を借りたかったが、こ れ以上貸しを作ることと、途中山越えがあって1日しか馬を連れていけないことを考慮して徒歩にした。首都から2つ隣、山越えするための麓の町に夕暮れ時にたどり着き、宿屋に泊まることにしたが、
「・・部屋が一つ?」
「明後日お祭りがあるからどこも混んでいてね。まぁ、恋人なら大丈夫でしょ?」
「恋人じゃありません!」
リースは怒鳴った。宿の女将さんはのんきにそう言い、シンはリースの後ろで平気そうに突っ立っている。
女将さんはさらに、「そうなの?こんなイケメン優良物件じゃない?あんたなら落とせるから落としておきな」と意味不明なことを言う。
リ ースがさらに機嫌悪くなったところで、シンが気にしてなさそうに口を開い た。
「とりあえず宿を取ろうぜ。野宿はいやだろ?」
・・・確かに野宿は嫌だ。 しぶしぶ宿を取る。
取ったがいいが、部屋はバスルームと机と椅子が二つ。・・・・ベットはセミダブル一つ。
・・・だから、恋人なら大丈夫と言ったのか・・。
「・・おれが床で寝る。おれの方が頑丈だからな。」
「いや、まだシンは体調が回復していないから、シンがベットで。」
「・・じゃあ、二人でベットに寝ようぜ。」
・・・・・えっ?なぜそうなる!?
セミダブルのサイズだけど、長身の男性のシンと一緒に寝るには狭い・・・。
絶対、体が触れる!嫌だ!
リースは想像しただけで恥ずかしくなり、顔だけでなく耳までが真っ赤になった。
「なにしてんだ?おれは眠いから寝るぞ。」
シンはそう言ってすかさずベットに入り込む。
何も気にしていない雰囲気のシン。
・・・少しは考えて。一応でも、私も女の子だから。
もう暗いけど、やっぱり他の宿も探すか。
「シン。やっぱり・・。」
って、寝息・・・・もう寝ている?うそ!?
まだ男爵の装置の後遺症があるだろうけど、早くない!?
シンの整った寝顔・・・くそ、相変わらず綺麗だ。
・・・つまり私が隣で寝ることは何も意識していないんだ・・・・ふーん・・・。
リースの女の子としてのわずかな意地が傷ついたが、宿の食堂で夕飯を食べて戻って来ても眠っているシンにリースは文句を言えず、結局シンの隣で寝た。
・・・こうなったら、ヤケだ。
リースの隣に寝ているシンの体温は温かく感じた。
・・・懐かしい。子供の頃の光景だ。
部屋に本を読んでいる私と、パジャマに着替えた母。
『リース。もう寝る時間よー。』
『まだ眠くない。この本を読んでから。』
『だーめ。子供はもう寝る時間なの。というよりも私が眠いわ。』
『きゃあ。』
『あー、リースは温かい。湯たんぽだわー。』
『・・・・むー。』
『ふふ、ほっぺぷにぷに。さあ、寝ましょう。』
リースが目を覚ますと、まだ夜で、セミダブルの上で横向きで寝ていた。背中にシンの温かさと圧迫感と寝息が感じる。シンは片腕を自身の枕にして、もう片方の腕をリースの肩の上に下ろして寝ている。
リースは久しぶりにこの夢を見たのか納得した。
人の温もりを感じながら寝たことは、母としかないからだ・・・。
その温もりを感じつつ、リースは安らかにまた眠りについた。
次の日、行程の確認と地図と情報を得るために町の案内所に行った。
しかし、案内所の男性から聞かされた内容は、
「確かにローランド公爵の領地へ行くならば、山道ならば最短一週間で帰って来れますが、これから冬山です。
お嬢さんにはおすすめできません。 これからのシーズンは遠回りの道になるので、帰って来るまで一ヶ月以上かかります。」
・・・え?初耳だ。 まさか・・・。
「・・・・私は魔法省勤めの魔法師ですが・・。」
「それでも危険なことには変わりありません。あそこは5m級の魔物も出るので。
魔法省ならば知っていることだと思われるのですが・・。」
・・あの、フード上司!!
シンをそこまで武器の所有の許可がしたくないのかーーー!
リースは怒りと戸惑いでシンを振り返った。シンは案内所の窓の外を静かに見ていた。
「あの山脈か・・。4000m以上はあるか・・。」
シンは考え事したように頭をかいてリースに言った。
「リースは遠回りの道について情報を集めてくれ。おれ、ちょっと出かけて来る。」
どこへ?っと言う前に、シンは案内所の外に出ていった。
仕方ないので、あれからはシンのいう通り、情報は得た。
遠回りの道は、馬を使って何もトラブルがなくても往復で3週間から一ヶ月以内ギリギリだった。
遠回りは難しいな・・・。
リースは案内所から外に出た。
明日の祭りのためなのか、町には露店が多く、賑やかかった。一つの露店でレモンに蜂蜜のジュースが売っていたので、リースは買おうと思った。
「君、可愛いね。どこから来たの?」
軽そうな男の声が背後から聞こえたが、無視をし、露店のおじさんに「そのジュースください」と言った。露店のおじさんはリースの背後の男をチラチラ見ながら「はいよ」と答えた。
「ちょっと、無視されたら悲しい〜・・・ひぃっ」
「ごめん、それ、おれの妹だけど、何かしたか?」
誰が妹だ!?
リースが振り返ったら、案の定、軽そうな男とその肩に手をあてて笑顔で言っているシンがいた。シンが肩を握っている手には力が入っている。軽そうな男は涙目で痛そうだ。軽そうな男はシンの顔と筋肉が程よくついている体を見て、引きつった笑顔のまますごすご去っていった。
「よかったな、お兄ちゃんが来て。」
露店のおじさん、違う、これはお兄ちゃんじゃない、ペアだ!
そう言いかけたが、シンがリースの背後に回って顎をリースの頭を上に乗せて 「おれにも一つ」と言った。
なぁ、シン、近い! それより、重い!!私から頭を下ろせ!
キッとシンを見上げて睨んだら、シンは微笑んで「昼飯は露店を回って食おうぜ。」と言った。
その笑顔に怒りの矛先を削がれてリースはうまく文句が言えないまま、露店を回っていた。
シンはリースに密着するぐらい近くにいて、リースから離れることがない。
「リースさ、無視もいいけど、相手逆上してしまうかもしれないから、危険だって。
体術が強くないなら、うまくあしらえる技術つけたほうがいいよ。」
「なぜあしらう技術をつける必要がある?」
「お前、可愛いんだから、ああいうことけっこうあるだろう?」
・・・・・え。可愛い・・・?
リースは面と向かって言われたことがないフレーズに、気恥ずかしさのあまり顔どころか耳までが赤くなった。
「け、けど、なんで私の兄のふりなの?」
照れ隠しのために別の話を慌てて振る。その話に対して、シンは今までの中で一番真面目な顔になった。
「おれの口から“恋人”と言ってみろ・・・・・・・伯爵がおれを殺しにかかるぞ。」
・・・・シン、それはいいすぎじゃ・・・・?
「そうか・・・じゃあ、山越えの道を選ぶか。」
適当に座った屋外テーブルで昼食のソーセージパンを食べながらシンがそう言った。
リースが頷いた。
「・・・・期限中に届けるためには、それしかないみたい。」
リースも揚げパンを食べながら話す。シンは少し真面目な顔で考えて言った。
「山登りになるから、荷物はおれがすべて持つ。」
リースは驚いて首を振った。
「自分の分ぐらい自分で持つ。」
「リース、それは無理だ。」
「大丈夫。自分のことは自分でする。」
シンはさらに真面目な顔でリースを見つめた。
「リース。よく聞け。おれは平気であの山を1日で越えられる。
が、リース、お前はどうだ?多分山登りすら命がけだろうから、荷物を持つ余裕はないはずだ。」
シンがまっすぐに正論を言うので、リースは否定できない。
リースはグッと握り拳をつくって俯いた。
「・・・なら、私を置いて行くの?」
シンは首を振って言った。
「いや、それじゃあ、仕事にならない。おれがリースも担げば1日で越えられる。」
リースは目を見開いて、しかめっ面をして叫ぶように言った。
「ふざけるなっ。私はペア(シン)のお荷物になるつもりない!」
「まぁ、まぁ。」
怒鳴るリースをシンはなだめるように言った。
「シンだけでも先に行って。私は私で山を一人で・・」
「それじゃ危険だ。自然をなめるな。自然はリースの気持ちを考慮しない・・・・死ぬぞっ。」
シンは真剣な表情だった。
少し獣の鋭い目に似ていて、リースは少し怯んだ。
・・シンは私の安全を考えて言っていることはわかっている。
しかし、お荷物になるのは絶対に嫌だっ。
リースは無言でシンを睨み返す。
シンはその表情を見て少し困ったようにして、考え事をし始めた。
そのまましばらく沈黙が続いた。
「・・・・リース、重さを感じなくさせることできるか?」
シンが呟いた。
リースは希望が見えたように目を見開いた。
意図はわかった!
「重量を減らすというよりもシンにかかる重力の負担を減らすことはできる。」
「なら、荷物とリースの分の負荷がなければ、おれの脚力でスムーズに行けるはずだ。
リース、おれらはペアだ。リースの魔法に俺の身体能力を合わせればいいだろ。」
「大丈夫!なんなら、シンの重力も軽くできる。」
ずっと魔法を発動すると体に負担がくる。けれど、どんなに体に負担が来てもやってみせる!
「なら、頼むぜ、相棒!」
シンは拳を出した。重ねろっということらしい。
リースは戸惑いながらシンの拳にちょこんっと合わせた。
「・・・・ところで、お前、犬は好きか?」
「へぇ?」
昼食後のシンからの突拍子もない問いだった。これは意図がわからない。
シンは言いずらそうで横目になっていて、リースを見てくれなかった。
「・・おれは国も違えば、いわば人種が違う。
ここの国の人たちが魔法を使うように、おれにも魔法とは違う別の方法がある。
もし、緊急事態になれば、おれは本気を出す・・・・そしたら、リースは怖いかもしれない。」
その言葉に、ふと思い浮かぶ最初に会った獣のような目をしたシン。人以上の身体能力。それを指しているのかな?
確かに、あの目で見られると逆らえない?みたいな恐怖に近い感情を感じることは嘘ではない。
けれど・・
「私たちはペアでしょ。味方なら怖くない。」
リースは自信を持って言った。
その緊急事態の本気は、ペアの私を守るためでもある。
いじっぱりと言われて仲良い相手がいなかった私を“相棒”と呼んで笑ってるシンなら、本気モード になってもあまり怖くなさそうな気がした。
リースの言葉を受けて、シンはリースに向かって嬉しそうな表情で微笑んだ。




