第2話:僕のため息
やっと終わった。
時計を見ると、六時を過ぎたところ。
伸びをして、決まり事のように息を吐く、今から帰って家に着くと二十分頃かな…。
帰り支度を済ませ二階の職員室に向かう。
階段を下りながら、日誌の内容を反芻した。
まずかっただろうか?あまりにも日誌らしくない文章、適当さを指摘されて書き直しを命じられないだろうか?
せめて最後に付け足した言葉は消しておくべきだっただろうか?
一人緊張しながら職員室に入るが、担任の荒井は不在だった。
胸を撫で下ろしたついでに、日誌を叩き付けておいた。
職員室から出て、玄関で靴を履き変える。
木製の下駄箱に内履きを突っ込み、外の空気を感じる。
吐き出した息の白さが二割増ししていた。
首に巻いた安物のマフラーをぎゅっと強く巻き直し、僕は玄関を後にした。
校庭では、この寒さにも関わらず部活に汗を流していた。
皆が声を出し合って、汗だくになって、顔をくしゃくしゃにして頑張っている。
青春だなぁー…、自分にはこの先も
「青春」と感じることは無いだろうな、僕はそれらを横目にマフラーに顎先まで埋め、その場を立ち去った。
校門を過ぎさると、タイミングを計ったように携帯が震えた。
珍しい。メールかな?
携帯を取り出すと、折り畳まれた携帯はライトを光らせ、小刻みに震え、着信の二文字を小さな画面に浮かべていた。
開いた画面には
「着信 本屋」と書かれていた。
何か予約してたっけな?
「はい、もしもし?」
「あっ、すいません。 こちら大地書店の池内と申しますが、瀬川様のお電話で宜しいでしょうか?」
あの時の店員さんだ。僕はこの声に聞き覚えがあった。
「はい、そうですが?何か予約してありましたっけ?」
「あっ、いえ、そうじゃなくて、先週いらしたときに文庫本を探していたと思うのですが、もうその本は他の店か何かでお買い上げになられたのでしょうか?」
何を聞いているのだろうか?話の狙いが全く掴めない。
「あの、実は先週お帰りになられた後に、こちらの方で注文する機会がありまして、もしまだお探しのようでしたら当店の方に少しですが在庫がございますので…」
「ほっ本当ですか!? 分かりました。 すぐに伺います」
「ありがとうございます。 取り置きしておきましたので、カウンターの方で受け取って下さい」
予想外の展開に少しうろたえてしまった。
僕はマフラーに口元まで埋め、笑みを隠しながら本屋に急いだ。
本屋に着くと、電話をしてきたあの人は居なかった。
「すいません、取り置きをお願いしている瀬川と申しますが…」
やる気が無さそうな男の店員は、お待ち下さいと発しただろうか?あまり声が大きくないので上手く聞き取れない。
彼は本が取り置きされている棚を漁り出した。
そのうち見付けた品を目の前に出し、こちらで宜しかったですか?と、それにしても接客態度が悪いな、愛想も糞も無いんだな。
あの人…、池内さんだったかな?池内さんを見習ってほしいものだ。
本を買い終え、外に出ると辺りは暗くなり始めていた。
鞄に本を詰め込み家路を急いだ。
マフラーを緩め、暗くなりつつある空を見上げて歩く。
「はぁ」
僕の些細な幸福。
ぼけっと教室で思い出を繰り返す。
何だか今まで幸福なことが無かったようで悲しくなる。
きっとそんな幸福も、どこかに置き忘れてしまっただけで、家の中を隈なく捜せば僕の幸福ぐらいごろごろと転がっているはず。
それにしても今回は運が良かった。
文庫本を手に顔が緩む。
「気持ち悪いよ」
声の方に顔をやると、教室の入口に一人の男子生徒が立っていた。
「何にやけてんの?」
誰だコイツ?ってか失礼だな初対面の相手に気持ち悪いだなんて…。
「いや別に」
あまり関わらないようにしよう。
見た目で判断するのは良くないが、あまり良い印象が伝わって来ない。
ぼさっとした焦げ茶色の髪、だらしなく統一された衣服、何を考えているか分からない雰囲気。