11歳(保護者side)
春休み。
学生の間はとにかく長期の休暇が多い。
夏、冬、そして春休みと、それ以外にも、授業参観や、先生の会議などの理由で、短縮授業になったり、とにかく日中に学校に預けっぱなしなんてことができない。
仕事が無い専業主婦(主夫)のいる家庭や、面倒を見てくれる祖父母等と同居していたりすれば別だけど、うちの近くには塾や学童保育施設があるわけでもないし、同居の義父も結構な年だから昼間はディサービスに行って夕方にならないと帰ってこない。
でも、流石に、友達の専業主婦の子にも長期の休みに昼間預かってとも頼めないし、そうなると、やはり毎週のように互いに泊まらせてもらっている同年代の子どもを持つ親同士。
親戚に預かってもらうという話が互いに自然の流れとなっていた。
そして、今週はうちの当番。
この年になれば、自然と自分たちのことは自分でするようになっておりそれほど手もかからない。昼間は外で遊んだり、夜は、テレビや漫画、ゲーム、借りてきた映画やアニメのビデオ等を観て過ごしているようだ。
食事も簡単なものなら自分たちでも用意できるようけれど、やはり誰も居ないところで何かあることが心配だから、朝と夕食はそろって食べるようにしているし、昼は作りおきしたものを冷蔵庫に入れておき、メモを書いてから仕事へと向かった。
長期の休み中は食料が一気に減ったり、全然減ることが無かったり、子どもたちの数で全然違うので、材料を用意するのに結構きを使うけど、食事の準備はそれ程苦手ではなかったし、まとめて作るほうが、作りおきもできて楽だし、泊まりにきたときは、彼女たちが手伝ってくれたので、多香子はそれほど苦にならなかった。
そして、今日も今日とて、いつものように仕事から帰宅すると多香子はすぐに夕食の準備に取り掛かった。
ふとキッチンの食器籠に目を向けると、綺麗に洗われて整列して収めれれた食器に目が留まった。この食器は今朝、多香子が昼食の用意した際に使って冷蔵庫にそのまま入れていたものだった。いつもなら料理の準備から片づけまで全て、いや、この家のありとあらゆる家事は多香子がやっている。なぜなら、この家の連中ときたら足の悪い義父は別として、夫はもちろん子どもたちだって全然手伝ってくれる気がない。たまに娘の真優は手伝ってくれるけど、それも時々でしかない。
だから、綺麗に並んだ食器を見て、すぐに彼女がいるリビングへと目をやると、そこで紀美と目が合った。
「この食器、紀美ちゃんが洗ってくれたの?」
「真優ちゃんと一緒に洗っときました。」
多香子は、いつも何もしてくれないこの家の連中たちと違う紀美の行動に感心していた。
「紀美ちゃんありがとね。あと、真優もありがと。」
そういうと、紀美は「イイエ」とはにかんだ笑顔を見せ、真優もテレビに向かい合ったまま「あ、うん」とそっけない反応を示した。
多香子は、仕事で今日イラッとさせられた出来事を忘れるほど、気分良く料理の準備を再開した。
しばらくして、料理もそろそろ出来上がるという頃、ダイニングの様子を確認して多香子の表情は一変する。
「ちょ、ちょっと待って、それだと流石に俺が死んじゃうって。」
「イヤイヤ、きー君これは運命よ、諦めて先に逝っちゃって。」
「フフフッ、兄貴死ねー!」
「ギャァアアアアー!」
ダイニングでは子ども(男)達がゲームをやっている、そして料理を並べるはずのスペースには、お菓子の袋や漫画本、ジュースの入ったコップが整然と並んでいる。
「あんた達ー!」
突如発せられた緊急非難警報に、子どもらは一瞬ビクリと反応し、生け贄に一人だけを取り残して一目散へと自分達の部屋へと逃げ込んだ。
多香子は一人残された拓也には何も言うことも無く、ずんずんと息子二人の部屋へと向かい、こっぴどく二人をしかりつけた後、まるで何も無かったかのように幸せそうな笑みを浮かべて、息子二人に片付けと料理の配膳の手伝いをさせていた。絶望を貼り付けた二人の息子と母の表情はまるで対象的だった。
「ホント家の男共はダメね。」と自ら手伝いを申し出て、盛り付けなどを手伝ってくれている紀美に多香子は話掛けた。
「確かに。」と紀美も愛くるしい笑顔で同意する。だが、それに続けてこうも意見した。
「でも時々はやさしいですよ。」
「昼食の片付けも、食器は洗ったのは私と真優ちゃんですけど、食器を運んで拭くのは、きー君達も手伝ってくれましたから。」
「そう?でもそれくらいはやらせて当然よ。あの子達、今の調子じゃ将来、自分で何もできなくなっちゃうから。」
「あはは、それはダメですね。」
いつも明るい彼女の表情は見ていて好感が持てた。「息子達と代わって欲しいくらいだわ」等と他愛無い冗談を言い多香子は、何気なく疑問を投げた。
「紀美ちゃん家でもいつもお母さんのこと手伝ってるの?」
「そうですね。家はお母さんしか居ないので、拓也と一緒に手伝ってますよ。」
「ほんとにえらいねー。息子共にもしっかりと聞かせてやりたいわ。」
すこし困ったようなとも、すこし恥ずかしそうなとも言える表情を見せてはいたが、彼女は寂しげな顔を人前で見せることは無かった。
「でも、近くに大父さんと大母さんも居るので、結構そっちでご飯とか用意してもらってたりしますけどね。」
「そっか、ならお母さんも安心ね。」
「はい。」
「さて、用意もできたけん、みんなで食べるよー。」
多香子の呼びかけで、義父も旦那も、子どもたちもようやくそろい、他愛無い会話をしつつ、この日の夕食を囲んだ。