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「はぁい、ミーラベールちゃーん」

「まあ、夜分遅くに訪ねて来るなんて、皆さんお行儀が悪いわぁ」


 咄嗟に開けた扉を閉めかける。が、先頭にいた一人がおよそお嬢様とは思えないがに股で、俊敏の動きをしてドアに足をかけ、顔を突っ込んでくる。


「まだ八時でしょうが!」

「いいから部屋に入れなさいよ!」

「昨日も一昨日もその前も居留守使ってぇ!!」


 計三名。私の部屋へ無理やり侵入してくる!!


「嫌!嫌よ!入って来ないで!まだ一人で可愛がりたい!!」


 まだユリィ様は独占していたいのに!!

 ベッドに座って本を読んでいたユリィ様は、突然やってきた侵入者たちにびくついている。ぐいぐい来るお嬢様は時として、王子様や王様や、かつ……ウィッグを盗まれ憤怒するブラウン先生よりも怖い。ましてそれが集団だと余計に。


「怯えているじゃないですか!ユリィ様、大丈夫ですよ」

「ミラ、ミラ!!」


 目をぐるぐる回すユリィ様は、助けを求めるように私の胸に飛び込んできた。

 ユリィ様が学校に来た日からずっと、私の部屋の扉は叩かれていた。毎日毎日。けれどユリィ様は気づいていないはず。寮母さんにお願いしてドアに防音の魔法をかけてもらったから。ユリィ様の安眠のためとでたらめをほざいて。

 そうだ、今日は寮母さんが一時帰宅をすると言っていた。うっかり反射で部屋のドアを開けてしまった。

 寝間着姿のお嬢様方は、私の抱きしめるユリィ様をのぞき込んでいる。


「ねえ、その子は王子殿下でしょう?どうして貴女といるの?落ちぶれ貴族なのに」


 そう言ったのは、いかにも気の強そうな顔立ちのマチルダ。決して彼女に悪意はないので今はスルーしておく。


「ミラ、誰だ、こいつらは!」

「友人ABCですよ。痛いっ」


 私の頭をぺしりと叩いたのはメリッサ。小柄でお人形のように可愛いけれど、三人の中では一番真面目な子。


「お初にお目にかかります、殿下。エリカ・ハーレンと申しますぅ」


 そのすきにあいさつを済ますのはぶりっ子エリカ。


「ミラベル、説明いただけるでしょ?ていうか、落ちぶれ貴族の貴女がこのマチルダ様に数日間も居留守を使うなんていい度胸ね」

「う…。だって…貴女たち、知ったらきっと、私とユリィ様の時間を邪魔するでしょう」


 よき友人たち。密かに仲がいい友人の中でも、彼女たち三人とは特に親しい。その分遠慮もない。

 かくかくしかじかとこれまでの経緯を話すと、三人ともおかしそうに笑った後で、ユリィ様の取り合いを始めた。


「どうして早く言わなかったのよぉ」

「こうやって貴女たちがユリィ様を取るとわかっていたからですよ」


 かわいいかわいい言って、私から取ろうとするのだから本当に予想を裏切らない人たち。


「いやぁん!ユリエル王子かわいーい」

「あ!ちょっと!返してくださいエリカ!!」


 ユリィ様がかつてないほど怯えている。申し訳程度に出ている私よりはるかに豊満な胸に押し付けられているせいで、ユリィ様は呼吸困難に陥っている。


「ミラベルちゃん、ユーディアス様は知ってるんだよね」

「え?ええ。ローデリック公爵様から事前にお話を聞いていたようですし、先日は一緒にお出かけもしたので……どうしたんです、メリッサ。ご機嫌ななめですね」

「なんっか、ユーディアス様に負けた気分」

「なんの勝負ですか」

「あたしたちよりユーディアス様を信用してるって、伝わってくるんだよね」


 決してそんなことは。ただディアとは家とのつながりが大きいし。それに彼女たちに話さなかったのはもう少しユリィ様を独占していたかったからで。


「メリッサのことだって同じだけ大切ですよ?」

「……知ってる」

「エリカのことはぁ?」

「大切にされたいならユリィ様を返してください」


 失神しかけている。


「わ!私にもかしなさいよエリカ!!」

「マチルダ、ユリィ様は物ではありませんよ」


 って、あああああああ!!ユリィ様が腕をだらりと!!


「もう!もう!!こうなるとわかっていたんですよ!ユリィ様を返して、お部屋で眠りなさい!!」


 三人が帰ってから、げっそりとしたユリィ様は嵐のようだったとぼやいた。なかなかうまいですね。

 けれどあの三人が他の友人たちにもこのことを話して、翌日から三人にプラス数人がこの部屋へ定期的に来るようになるとは、この時思ってもいなかった。

 訂正。私はなんとなくこうなることをわかっていた。けれどユリィ様は定期的に部屋に嵐が来るようになるなんて思ってもいなかっただろう。




***




「ピリピリしているな」

「手が止まっていますよ、殿下」


 わざわざ俺の部屋に来て仕事を手伝わせるのだから、もう少し真面目にしてほしい。他の人間の目があればもっと生真面目に仕事ばかりしていると言うのに。それだけ俺を信頼してくれていると思えばありがたい話だが。

 政治関連ではなく生徒会関連の仕事ゆえに気軽さがあるのも理由のうちだろうが、どうもこの王子殿下は俺をなめている。


「堅苦しいなディア」

「……それ、やめろよ」


 からかうような口調で俺の愛称を呼ぶ。普段は呼ばない癖にだ。そう呼ぶときは大抵、ミラベルと俺のことについて茶化し始める。


「最近ずっと機嫌が悪いな。お前ほどの男が子供に妬いているのも見ていて面白いが」

「俺ほどって……君にそんなに評価してもらえているとは思わなかったな」

「否定しないのか」


 痛いところをついてくる。

 言っていることはわかる。俺はユリエル殿下とミラベルの仲がいいことをよく思っていない。俺の雰囲気がとがっているように見られるなら、原因はまず間違いなくそれだろう。

 なにも俺も、ミラベルが子供に惚れるとは思っていない。そんな性癖はないし、単に兄弟がいない彼女には可愛がる対象ができて喜んでいるだけだろう。あの子が年上好きなのは俺がよく知っていることだし、おかげで昔は一つしか違わないことを嘆いたものだ。


 危惧しているのは、あの子がさらわれてしまうこと。俺のことを信じない婚約者殿は、『かわいいユリィ様』にお願いされればあっさりと城についていってしまいそうなのが怖い。悲しいことに、俺が止めてもミラベルは自分が決めたことをやり通すだろう。あの子の中で俺の存在はそこまで大きなものではない。


「彼女のことになるとお前は愉快な奴になるな」

「口より手を動かしてくれよ」


 父の職業柄、城に出入りしていた俺の古い友人になるこの王子殿下は可笑しそうに腹をおさえた。


「血縁者以外で俺にそんな口を聞けるのはお前くらいのものだな」

「怠惰ばかりを考える王子に向ける敬意はないね。俺が今しているのだって、アランが残した仕事だ」


 真面目、誠実で通っている第一王子が、頻繁に仕事を投げ出し娯楽にふけっていると知れば国民はどう思うことか。そもそも何故アランが真面目、誠実と噂が広まったのかといえばその顔が大きな理由だ。服装も常に乱すことなく、礼儀作法も完璧。しかしてその実態は重要案件以外は友人に放るサボり魔だ。


「俺が王になったら宰相はお前以外にないな。安心して仕事をまかせられる」

「ああ、俺を忙殺しようと言うんだね。そして君は宰相を殺害した悪逆王として名を残すわけか」

「ああ、ああわかったよ。ほら、手は動いてるだろ」

「ペースが遅いよ」

「お前が早いんだ」


 それに会話をやめて手にだけ集中をそそげばもっと早くなるだろう。というのに第一王子殿はお喋りがお好きのようだ。


「スウェイン嬢もそうだが、お前もユリエルのお気に入りのようだな」

「医者を呼ぼうか」


 どうしてそう見える。


「あれが自ら進んでつっかかるのを初めて見たぞ」

「君だけが避けられているんじゃないか?」

「そんなことはない。あいつは誰に対しても極力関わろうとしない体勢をとっていたからな。あの年で、だ」


 気に入られていると言うよりは嫌われた結果だろう。言い方が悪いが、王と下女の間にできた第四王子なりに自分の立場をわきまえた結果、幼いながらに人との関わりを諦めたのか。そして優しい我が婚約者殿にほだされた、と。

 つまり俺が大人気なくも五歳の子供に嫉妬しなくてはいけなくなったのは、すべてユリエル殿下に歩み寄らなかった城の人間が原因。俺の部屋まで押しかけて仕事を押し付けるアランを含む。


「何を怒っているんだ」

「自分の胸に手をあてて考えろ」

「もう九時か。今頃スウェイン嬢はユリエルを抱きしめながら夢の中だな。そして思うわけだ。いつまでも煮え切らないユーディアス様より、この小さな殿下の方が私を大切にしてくれるかもしれない、と」

「追い出すぞ」

「不敬で牢にぶちこむぞ」

「俺をそんな目に合わせて困るのは君だけどね」


 五割の仕事を俺に任せているのだから俺がいなくなって困るのはこいつだ。ついでに俺を宰相にしたいと言うなら俺の経歴に傷をつけるべきでもない。


「あの子は……愛されるより愛する方を望む子だよ。どれだけ好かれたって自分にその気がないかぎり意思を主張する」


 だからこそ俺を愛してくれないのかもしれない。


「彼女は彼女で、面白いよなあ。ユーディアスにいくら付きまとわれても何のアクションも起こさない。良い仲にもならなければお前を殴って突き放すもしない」

「できないんだよ。俺を突き放したらあの子の初恋は叶わなくなるからね」

「要するに彼女はお前を好きと?」

「仮にそうだったら俺が今こんなに手こずっているはずはないよね」


 昔から俺はあの子の眼中にない。いつも俺はおまけで、あの子の視線は別に向いている。

 あの子が俺の前で良い子でいるのは、俺に嫌われないためだ。俺に反感を買わないため。もし俺に嫌われれば、あの子はずっと想いつづけている相手には二度と会えなくなる。それを知っている俺はまんまとあの子の傍を確保しているのだから、我ながら嫌な奴だ。


「こと恋愛になるとお前は鈍くさい。その様子じゃあ相手が誰であれキスもしたことがないだろう」

「あるよ」

「他の女とか?」

「まさか。眠っている彼女に、軽くだよ」

「青いな」


 もっともミラベルが今のユリエル殿下と同じころにだが、とは言わないでおこう。うるさそうだ。マセガキと言われるかそのくらいをカウントするなと言われるか。


「初恋だかなんだか知らないが、俺にはお前の一番の脅威はユリエルに見えるね。どこかの公爵家の令息が牽制をかけるおかげで可哀想な()()()()嬢は男に声をかけてもらえないわけだしな。今一番傍にいるのはどう考えても俺の弟だ」

「俺はそんなことをした覚えはないよ。()ウェ()()()嬢の学園生活を邪魔したりするか」

「目がすわっているぞ。そういうところに独占欲が映って出るんだ」


 俺ばかり悪いんじゃない。今のはアランの方もミラベルの名前を強調して言った。


「ま、色々言っているが単刀直入に言えば、お前にとってユリエルは邪魔だろう、ということだ」

「……は?」


 今度はアランの目がすわっている。突然の不穏な空気に身構える自分は、もうすっかり父に似てきていると複雑な気分になる。


「俺と同じだ。そうだろう?」

「……」


 アランがどうではなく、王族は好かない。俺の愛しい婚約者様を陰謀に巻き込むだけの、権力があるのだから。


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