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「……?」

「ミラ?どうした?」


 立ち止まり周りを見回す私に、ユリィ様は首をかしげた。


「ああ…いいえ、なんでもありませんよ」


 ここ最近、視線を感じる。ユリィ様を連れているために向けられる好機の目ではなく、何かこう…悪意を含まれたような。

 気のせいならいいのだが。私一人に向けられているのならまだいいが、もしユリィ様にまでその目が向いているなら考え物だ。ディアに相談した方がいいかもしれない。

 次の授業は専攻の治癒魔法を習うので移動教室。ユリィ様は学校に少しずつ慣れてきている今日この頃。


「今日の授業は薬草の調合ですけれど…ユリィ様は魔法はお得意ですか?」

「俺は一通りなんでもできるぞ」


 一通りを濁したので、まあ苦手もあるようだ。自力で見つけたいので訊かないでおく。


「あ…けど…」


 たしか今日の授業は六年生と合同。魔法の授業は週に三回あるうち、一回は二学年合同になる。まだ慣れない一年生は八年生に教わりながら、八年生も教える能力を育てる。その他の学年は順々に。

 六年生には十五歳の第二王子ロメオ殿下がいる。会ってしまえばユリィ様は気まずいかもしれない。

 アラン殿下のように生真面目でないロメオ殿下とギルバート殿下は、あまり校内で見かけない。たとえさぼっても、二人を退学にできないことは本人たちがよく知っているから。勿論まったく来ないというわけではないけれど気まぐれで出現率は低い。今日の授業もいなければ一番助かるけど……。


「いた……」


 私たちよりも先に来ていたらしいロメオ殿下が教室の最前列に座っている。アラン殿下と同じ色彩の綺麗な人だけれど、アラン殿下とは打って変わって柔らかい雰囲気の人。どちらかと言えばアラン殿下よりもディアに近い印象を受ける。ただロメオ殿下の功績を知っているだけに、腹黒さが見える気がする。

 私と手をつないでいたユリィ様はコテンと私によりかかってきた。アラン殿下の時の様に、げ、なんて発さず、不安そうに瞳を揺らしている。

 けれど強がるように口を尖らせ、胸をはり、自分を大きく見せようとしている。直感的に、アラン殿下よりもロメオ殿下の方が確執が大きいことはわかった。


 ロメオ殿下がゆっくりとこちらを向き、ユリィ様を見ると目を細めた。笑っているけれど、私にはどうにも、感じの悪い笑みに見える。ユリィ様もなお一層顔をしかめる。


「こんにちは。どれくらいぶりだろうね、君。あまり会っていないから忘れたよ」


 横を通り過ぎようとすると、ロメオ殿下がユリィ様の肩を掴んだ。その直後、私とつないでいたユリィ様の手にこもる力が増した。

 兄弟で、忘れるくらい会っていないなんて。お城ほど広い場所に住んでいたり、寮に殿下が住んでいれば可能かもしれない。けれど殿下方が行政のために頻繁にお城に戻るはず。意図的に、どちらからか接触を避けていたとしか思えない。そういえば荷造りの時、ユリィ様はロメオ殿下とギルバート殿下に避けられている風なことを言っていた。


「離せ!」

「君はスウェイン伯爵令嬢?ケインのご友人だよね」


 ユリィ様の肩を離すことなく、ロメオ殿下の視線はこちらに向く。試すような目。ああこの目は賢い人の目だ。父を騙した賢しい骨董商も、家のお金を盗んで消えた侍女も、この目をしていた。同じにするわけではないけれど、ディアのお父様も同じ目。悪い意味じゃない。皆賢い人だというだけ。


「はい」


 一言だけ返す。つまらない返事。そして王子殿下へとしてはあまりにも粗末で失礼。

 ロメオ殿下の目はまた動き、少しだけ感じを変える。その目も知っている。それは、やはり、骨董商も侍女も見せた目。だけれどディアのお父様は決して見せない。それは人を見下す目。

 間違っているとは思わない。失礼な王子殿下。私は貴方の先輩ですよ?……なんて、王家の方に言おうとも思わない。けれどまだ小さな弟の顔を歪ませるほどの力で肩を掴む男性に、笑いかける気にはならない。どうせいつ爵位を剥奪されるかわからない落ちぶれ伯爵家の娘。王子殿下に多少の無礼をしようと今更何も変わらない。


「失礼いたします」


 ロメオ殿下の手をはらうと、ほんの一瞬眉を寄せられた。ほんとうに、一瞬。

 ロメオ殿下の手が離れたと同時にユリィ様を抱きあげると、ユリィ様は驚いた顔をしてから、私を見て嬉しそうに微笑んだ。くすくすと笑うユリィ様に、一緒に笑う。


「ロメオ殿下に失礼ですよ、スウェイン先輩」


 そのまま教室の後ろへ移動しようと歩を進めかけると、ロメオ殿下の隣の男子生徒が私に言う。あらあらあら。殿下と違って、貴方には言うわよ?


「失礼なのは貴方も同じよケイン。先輩に挨拶もできない子になってしまうなんて、嘆かわしいことね」

「……相変わらず、あげ足を取るのがお好きのようですね」


 ふてくされた顔で、ロメオ殿下の友人である彼は、ケイン・マリアンは私から目を逸らす。長身のロメオ殿下の隣にいると低身に見える。けれど殿下に劣らぬ美貌。私はもっと仲良くしたいのだけど、マリアン家と関わるとディアに怒られるので堂々と親しくはできない。それに、彼の妹にはともかく、ケインにはすっかり嫌われてしまっているようだし。


「ダリアは貴方と違ってお行儀がいいのにね」


 ダリアというのは、四年生の彼の妹。


「アレは頭が弱いんです。だからヘラヘラして貴女にすり寄る」

「あの子は賢いわ。貴方の妹ですもの」


 私とダリアが親しくすることで兄妹には確執が生まれてしまったようだ。だけど私にはどうにもできないので、私の存在については割り切って仲良くしていてほしい。


「そうだね。僕の友人の家族は皆賢いよ。君のところと違ってね」


 傍観していたロメオ殿下が、挑発的に私を見返してくる。少しカチンときた。彼の言っている深い意味がよくわかるから。

 何故だろう。自分の沸点はわりと高いと思っていたのだが。正面から嫌みを言われるのは簡単に流せるのに、こう、笑顔で遠まわしな嫌みは妙に腹が立つ。無邪気さの欠片もない年下は苦手だ。


「さすがは王子殿下。よくご存じのようで。弟君とは違い……」


 ちらとユリィ様を確認してからもう一度ロメオ殿下を見る。


「不必要な知識ばかりが豊富なようで」


暗に、ユリィ様の方が必要な知識や能力を備える優秀な王子様ですよ、ということだ。

 息が止まりそう。やはり一瞬だけれど、射殺されそうな鋭い目で睨まれ頬がひきつった。

 今度こそ、失礼、と席へ向かい、授業終了と同時に殿下に捕まる前に急いで教室から逃げた。




「弟君に言ってしまうのは失礼かもしれませんけれど、いけ好かない…なんだか気色の悪い王子様でしたねえ」


 蛇みたいな人。気味が悪い。

 廊下に人がいるのに私が言うものだから、ユリィ様はぎょっとしている。


「その通りだが、もしロメオに聞かれたらいよいよ爵位剥奪だ!」

「大丈夫ですよ、もういませんから」


 それに、むしろそれでいいと思う。父の名前をわざと貶めたり、はめたりしないし、よそでは極力良い子に努めて評判は下げないようにしている。

 だけど地位をいつ失うかわからない恐怖と戦うくらいなら、いっそ亡命して父は農夫でもやればいい。私も母もついていくし、よほど穏やかでいい。そうなると今の友人たちやディアには二度と会えなくなってしまうけれど、代償と思わなくては。

 ……ディアが優しいばかりに、我が家を守ってくれて、それは叶いそうもないけれど。


「こう言っては失礼ですが、ユリィ様とは比べようもありませんね。ね、素敵な王子様」


 うちに来たのがこの子でよかった。神がかり的かわいさ。腕の中で私を見上げて。あ、鼻血が出そう。


「しかし…国が求めるのは俺じゃない」

「あら…弱気ですねえ」


 ロメオ殿下のせいだろうか。アラン殿下の時と違い、びくびくと怯えていた。


「先は長いですし、ユリィ様はまだ大きくなるのですから。これから必要とされる人になればいいのです。疫病で他の王子殿下が全員死なないとも限りません」

「お前は恐ろしいことを言うな……」


 そう言えば、ユリィ様は王位継承についてどう思っているのだろうか。ロメオ殿下は、勝手なイメージだけどがつがつしていそうだし、アラン殿下が余裕そうだったのは自分が選ばれる自身があるからか…。

 ユリィ様は王位について特に何もいわないけれど、今のようだと、国の行く末を心配しているようで。この年で国のことを考えるなんてああ地上の天使様……なのは置いておき、私で力添えできるなら力になりたい。

 無力な自分め…!これまでの怠惰で無駄に消費した日々が悔やまれる!!ディアにお願いして、というのも無理そうだ。彼はどう見てもアラン殿下支持。


「ユリィ様は…お父様の後を継ぎたいのですか…?」

「……わからない」


 それもそうだ。まだ五年しか生きていないのに、将来を想像するなんて。私だって、学校を卒業したらどうするか考えてもいない。

周りは卒業後すぐにディアと一緒になると考えているのだろうけど、そうする気はない。卒業したら、それでやっと、あの人を解放してあげられる。彼の方から婚約を解消したことにすれば周りも納得するだろう。

 と、今は私のことではなくて。


「だが国のためにつとめたいとは思う」

「なんて立派なんでしょう…なんて立派なんでしょう!!」


 うぎゅっと抱きしめると、息ができないと怒られてしまった。


「ではとりあえず、ご兄弟が全員不祥事で追放されたときに備えて、一緒にお勉強を頑張りましょうね」

「不敬罪で捕まるぞ」

「聞かれなければ大丈夫ですよ」


 納得いかなげだけれど、ユリィ様は呆れたように溜息をついて私の頭を撫でる。あ、あ、あ、吐血しそう。生まれてきてよかった。


「それに俺が守るから大丈夫だ」

「ひぅん…っ」


 ああまた変な声が。


「世界一頼もしい王子様ですね」

「そうだろう!」

「そうですとも!」


 通り過ぎた友人の数人が私の耳元で「バカップルか」と囁いた。


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