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 別にどうでもいいよ。


 それが、ロメオ殿下の結論だった。

 それまで遠くからこちらを観察していたロメオ殿下が私たちの元へ来て、メリッサとユリィ様を見下ろすとそう言ったのだ。

 別に、どうでもいいと。

 その意味がわからず、その場の全員で緊張していると、ロメオ殿下はどうでもよさそうに溜息をついた。


「そのちんまいのが自分のせいだと言うならそういうことで、今回のことは事件として扱わないでもいいよ。エベレット嬢に、というか、おそらく何も知らないであろうエベレット弁護士に貸しを作っておくのもいいし。そもそもこの件がうまくいかなくてもあの女狐を引きずりおろす方法なんていくらでもあるからね」


 ロメオ殿下がしゃがみこみ、それを見たユリィ様がぎょっとする。この人が地面に膝をつくなんて、きっとそうそう見られるものではないのだろう。


「少ない友人を失うのも惜しいし、ね。君の望まない方向に進めると、ケインはへそを曲げてしまうんだ、スウェイン伯爵令嬢」


 ロメオ殿下の意外な結論に呆気にとられていた私は、問いかけられてもすぐに反応できなかった。


「え。え?それは、どういう…」

「言ったじゃないか。ケインは僕の友人だけど、僕の味方じゃないよ。君の味方だ」


ずっとひっかかっていたロメオ殿下のかつての言葉が思い出されて、あの時からヒントを与えてくれていたことに気が付いた。

 ロメオ殿下は私からユリィ様に視線を戻し、うさん臭い笑みを消して静かに尋ねた。


「君、王位がほしい?」

「……いらない」

「へえ、即答できるんだね」


また、うさん臭い笑みに戻ったと思ったら、そうでもなかった。いつもと少し違う。人間っぽい、子供っぽい笑顔を浮かべたロメオ殿下を見て、ユリィ様は今までで一番驚いた表情を浮かべた。

 それからロメオ殿下はユリィ様のおでこを指で一回はじいた。


「母親に似てきたね、ユリエル」


 更に驚くユリィ様を放って、ロメオ殿下は場を後にする。

 ロメオ殿下が見えなくなったところでようやくユリィ様は呟いた。


「初めて…名前を…」


 ふと思う。

 そういえば、ロメオ殿下がユリィ様の名前を呼ぶところを、少なくとも私は初めて見た。兄弟で名前を呼ぶのが初めて…?そんなことってあるのだろうか。

 だとしてどうしてこのタイミングで?


「……ディアとアランのところに行く」


落ち着きを取り戻したユリィ様は、私を見上げてポツリと言った。


「俺は、子供だから、ミラには俺に聞かせたくないことがあるのは、知っている。これ以上は俺が知っても知らなくてもいいことなのも、知っている」


 小さな歩幅で一生懸命駆けていくユリィ様を見つめながら、メリッサはまた嗚咽をもらした。




***




 四人きりになると、メリッサはぽつぽつとこれまでのことを話しだした。

 エベレット弁護士の元へと王妃様のお使いがやってきたことを、部屋の前を通った時知ってしまったこと。

 出された条件は、エベレット弁護士に爵位を与えるというものだった。これまで多くの人々を救ってきたエベレット弁護士のいうことならばと従う人間が多いとふんだらしい。

 けれど正義を信じるエベレット弁護士はそれをきっぱりと断った。

 そこで、帰るところだったメリッサが王妃様のお使いを引き止め、自分が引き受けると宣言したそうだ。若い娘の言うことを真に受けた様子はなかったようだが、結果を出せば大した問題でもないとメリッサは判断した。

 ロメオ殿下も先ほど、『おそらく何も知らないであろうエベレット弁護士』と言っていたので、エベレット弁護士本人には本当に一切悪いところはないのだろう。


「なによそれ。そんなに爵位をお父様にあげたかったの?くだらない」


 見下すように、蔑むように目を細めたマチルダは、ふんと鼻を鳴らした。


「それは、マティが侯爵家のお姫様だからでしょうっ!?あたしは、皆といる時惨めで仕方なかった!周りの生徒があたしのことを庶民って馬鹿にしてるのも知ってる!父さんだって、あんなに頑張っているのに、どうして親の地位を鼻にかける奴らに父さんまで馬鹿にされなきゃいけないのっ?」


 マチルダは眉間に皺をよせ、不愉快そうに溜息をついた。


「馬鹿な子ねえ……」


 キッとマチルダを睨んだメリッサが平手で彼女をぶとうとするので、とっさに二人の間に入った。けれどそれより後に、エリカが私の前に来て、最終的に平手はエリカに打ち付けられた。

 エリカの頬をぶった音で我に返ったのか、メリッサは目を泳がせて一歩下がった。


「大丈夫ですか?エリカ」

「うん。うふふぅー。痛くないし、腫れちゃっても、エリカの王子様はエリカのこと可愛いって言ってくれるもん」


 冗談を混ぜたのは、きっとメリッサを追いつめないため。


「メリッサちゃん、エリカねぇ、とっても、とぉーっても、怒ってるのぉ。だけどね、メリッサちゃんに怒鳴ったりしないよ?酷いことを言ったりもしないの。それってねぇ、メリッサちゃんを楽にさせるってことでしょぉ?反省しなきゃダメよ。これ以上メリッサちゃんのために言い訳のチャンスを作ってあげたりしない。一人で今までのことを思い返して、後悔して、自己嫌悪して、たんと苦しまないとダメよ。ユリエル王子がどんなに悲しいか、エリカたちがメリッサちゃんに裏切られてどんなに悔しいか、想像して、たった一人だけで苦しまないとダメよ」


 ああ、これは、マティの言葉よりもよほど厳しく感じる言葉だろう。エリカは今、メリッサをはっきりと突き放したのだから。


「エリカはマチルダとミラベルちゃんと先に帰るねぇ?しばらくメリッサちゃんに会いたくないもぉん」


 愛らしく笑ったエリカは私とマチルダの手を引いて馬車のある方へ進もうとする。マチルダはまだ何か言いたげだったけれど、エリカの手が震えていたからだろう。ムスッとしつつも黙って歩き出した。


「エリカ、私はユリィ様のところへ行かないと。マティと先に帰っていてください」

「あ、そっかぁ。そうだよねぇ。わかった、先に行くね」


 エリカたちが行ったことを確認してから、私は座り込むメリッサと目線を合わせずに、立ったまま話しかけた。


「貴女は一切のお咎めを受けません。それはエリカが望んだ結果です。無罪とされるのが、貴女にとっていいことなのかはわかりませんが」


 罪を罪とわかっているのに償えないのは辛いことであるかもしれない。それでも、エリカや私は彼女にその重荷を与えた。


「私の、友人の名誉のために言います。エリカはずっと、貴女を助けたいと言っていました。貴女のことを簡単に許せなくても、それでもあの子はずっと、きっと今もまだ、貴女を友人と思っています」


上辺だけの友達でないから余計、簡単に許すことができない。

 罪を免除されたメリッサに私たちができるのは私たち自身が叱ってあげること。だからこそ厳しいことを言った。


「マティも同じです。貴女のことを思っているから、厳しいことを言ったんですよ」


 馬鹿な子ね、と。

 私たちは家柄なんかで貴女という人を見たりしないのに。貴女という人を、その存在を信じて、親しみをもって友達になったのに。何も気づいていなかったなんて、馬鹿な子。と。


「そもそも、家柄を気にするような子たちだったら私と長く付き合っていませんよ。それに、知名度があれば誰かしらが心無い言葉を浴びせるものです。エベレット弁護士が陰で何かと言われるのは、エベレット弁護士が有名で力があるから疎まれるだけ。むしろ陰口をたたかれるのは貴女のお父様が立派な証拠でしょう」


このままなにもしていなくても、エベレット弁護士がお城から大きな役職を与えられるのは時間の問題だったはず。

 メリッサの言った、馬鹿な子、というのは多分ここにもある。

 放っておいても貴女のお父様は周りをすぐに見返すのに、貴女が余計なことをしたせいで逆にエベレット弁護士の出世は遠のいた。馬鹿な子ね、と。


「どうして……」


 目元を覆ったメリッサは、掠れた声を出した。


「どうして、ユリエル王子は、あたしを許してくれたの……?」


 そんなの決まっている。


「どうしてエリカもマティもミラベルちゃんも、あたしを助けたの……?」


 皆、貴女のことが大切だった。裏切られても、嘘をつかれても、それでも、大切だったからに決まっている。


「自分で考えて。それを教えてあげるほど私は優しくありませんし、貴女を許せてもいません」


 貴女がそれに気づけたら、今度こそ皆で楽しいお出かけができるかもしれませんね、なんて、優しくない私は声に出しては言わないけれど。


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