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 体が硬直して動かない。


「ユリィ殿下。しばらくアランの部屋で待っていてください。俺はミラと話し合わなければならない」


すっかりディアに怯えたユリィ様は、小さな声で「わかった」と言った。

 ディアに横抱きにされても、外で恥ずかしいからやめてくれなんて言える雰囲気ではない。なにせ彼をここまで怒らせたのは随分久しぶりだし、出会ってから今日までここまで怒らせた回数は本当に少ない。よって耐性がないのでものすごく怖い。

 せっかく今さっき後にした男子寮にまた戻ることになるらしい。ディアの足は寮に進んでいく。あんまり頻繁に男子寮に出入りして何か変な噂が流れなければいいけれど。今更どんな噂が流れても名誉なんてとっくに失っているので気にすることもないけれど。


 後ろから、ケインの心配そうにする声が聞こえる。


「ミラ…」


大丈夫、と私が言うより先に、ディアがケインを睨んで声をかけた。


「君に彼女の名前を呼ぶ資格がないのがわからないのか」

「やめてディア。そんなこと言わないで…」

「ミラ。黙るんだ」


すっと細められた感情の読めない瞳に声が出て来なくなった。

 歩き出すディアに捕まると、後ろにいるケインとユリィ様がおんなじ顔で不安そうにしているので、口だけ動かして「だ、い、じょ、う、ぶ」と伝えた。




***




 ディアの部屋について床に下ろされると、にこりと笑ったディアが私をじっと見つめた。ああ、語弊が。にこりなんて素敵な笑顔じゃなくて、完全に、冷笑。


「さあ、考えて、答えてごらん。何故俺が怒っているのか」


 頬に手を添えられて、逃げ場がない、と改めて実感する。


「わから…」

「わからないと言うなら、君は随分と俺を馬鹿にしているね」


頬にあった手が、首に、肩に、腕に移動して、最後には私の手をとって、クスクスと笑うディアは艶やかな表情でとった手を唇にあてる。

 ああ、絶対に駄目だ。

 こうなった時が、彼が一番怒っているとき。笑わないと、怒りで衝動的に色んなものを壊してしまうかもしれないから、一生懸命怒りをおさえるために無理をして笑うのだと、前に怒らせたとき説明してくれた。


「見当はついているんだよ。ロメオ殿下が君にどんな話をしたのか、ね」


 つかまれた手にかかるディアの吐息にびくりと体が震える。


「君は裏切り者の存在について薄々感づいていた。……いや、もう、確信もしていたのかもしれないね。そしてそれはロメオ殿下やケイン・マリアンも同じだった。おそらくロメオ殿下は君に提案しただろう。手っ取り早く裏切り者を捕縛するために、君に囮になるように、と」


まるで全て見ていたかのようにスラスラ語られ、ゾッとする。色々な面で混乱させられて焦点が合わなくなってきた私に、ディアはまた笑って続ける。


「皆、結構酷いよ。君にしても、アランにしても、ロメオ殿下にしても、ケイン・マリアンにしても。少々俺を見くびりすぎだ」


そうだ。忘れていた。

 いつもいつも、私の予想をはるかに超えていく人だ。ディアが他の人よりきれ者であることは重々承知していた。だけど私や他の人の想像より、ディアはずっとずっと上をいく。

 彼の持つすべての情報から私に想像もできないようないくつもの可能性を考えて、その中で、一番事実に近いことを選んで話しているのだろう彼は、なんて短時間でそれをやってのけてしまうのだろう。


「私が、一人で勝手に情報を集めたから…?」


 勝手に、王妃様の協力者があの子であることを調べたのは、もうディアにはわかっている。私が、ディアとの約束を破った。

 ディアは首を横にふる。


「長い付き合いなんだ。君が大人しくしているとは思っていなかったよ。約束の半分は破るとふんでいた。だけど半分は守ってくれると信じていた」


 肩を壁に打ち付けられて、思わず顔を歪める。だけど文句を言えなかった。見上げたディアの顔は、私よりずっと苦しそうに、泣きそうに、歪められていて。

 ああ、私が彼をこんなに傷つけた、彼の信頼を裏切ったと感じさせる。


「俺からミラを奪わないでくれと言ったじゃないか」


私に触れているところ全部から、ディアが震えているのがわかる。


「君が、こんなに早くロメオ殿下の元から戻って来れたのは、君が殿下の提案をすぐにのみこんだからだ。そうだろう?」


 ロメオ殿下が私に危険なまねをさせようとしているかはまではわからない、とディアは言う。だけどロメオ殿下は私と特別親しいわけでもなく、切り捨てることは容易にやってのけるだろうと私もディアもわかっている。

 実際、ディアに予想はされなくても私は今さっき使い捨てします宣言を殿下に受けたので、まあ、安全ではない。


「もし、君を失ったら俺は生きていけない。それでも君は危険を冒すのか?」

「そんなこと、言わないで……」

「言わせているのは君だ」


 怒られても仕方のないことを言っているのも、しているのもわかっている。だけど、何も考えていないわけじゃない。


「きっと、きっと、大丈夫。だって、あの子は私の友人よ?貴方や、ロメオ殿下、他の人より、私の方があの子のことを知っているの。だから、信じたいのよ。あの子のこと」


 眉根を寄せるディアに、言い聞かせるように話す。


「あの子に、ユリィ様を殺すことなんてできないわ。きっと思いとどまってくれるって、信じているの。だから、チャンスを一度だけ、あげてほしいの」

「思いとどまることができたなら逃がしてやってほしいと?それについて俺に決定権はないよ。向こうは王族を殺そうとしたんだ。第一、もし、思いとどまらなかったとして、君はどうするつもりだ?やっぱり、盾になる気だろう」

「それは……」


 目を伏せたディアは、自分にまで言い聞かすように、言う。


「自分を犠牲にすることを考える人間に守れるものなんて、たかが知れているよ」


 ああ、わかっているんだ。ディアも。ディアも、自分を犠牲にしようとしながら、心の底では無駄だとわかっている。もしディアが一人、先にいなくなってしまったら悲しむ人はたくさんいる。私だって悲しくて、悲しくて、たとえ私を守るためにディアが死んでしまっても感謝なんて絶対にしない。むしろ恨んで、憎んで、すぐに後を追ってあの世に文句を言いに行く。

 どんな人にも、死んでしまったら悲しんでくれる人がいる。苦しむ人がいる。

 まして、私がユリィ様のために死んでしまったなら、きっとユリィ様に心の傷を負わせることになる。


「それでも…っ、私は助けたいの。あの子のことも、ユリィ様のことも」

「……すべてが解決するまで、俺が君を軟禁したらどうする」

「後悔します。永遠に」

「……これは独り言だ、ミラ」


 深い深呼吸を二回したディアは、目を瞑ってボソボソ話す。


「俺はミラを決して死なせない。危険な目に合わせたくない。けれどもし、ミラが、膝をついて俺に『決して死なない』と誓ったら信じてみてもいい。そして結構の日、ミラが毒を塗った短剣を持つなら、許可を出すことも考えるかもしれない」


 それは、つまり。

 こちらが攻撃をうけたら反撃をするように、ということだろう。毒をぬれば、かすらせるだけでもある程度のダメージを負わせる。最悪、殺してしまうこともあるかもしれないけれど。それだけの覚悟をしろということだろう。

 意図的なのだろう緩められてディアの拘束から抜け出して、膝をつき、両手を合わせた。


「私は決して死にません。貴方と一緒に生きていきます。どうしようもないとき、この誓いを守るために友を殺す覚悟もします。だから、私に機会をください」

「……」


 黙って私を見下ろすディアはまだ何か言いたそうにしているけれど、やがて私を立たせて腕を引きながら部屋を出た。

 いつもよりちょっとだけ強引に私の腕を引くのは、最後の小さな抗議のようにも感じた。

 すぐ隣の部屋、アラン殿下の部屋に入ると、ユリィ様は大人しく座って殿下とチェスをしていた。

 ぶすっとしていたお顔をあげ、私を見つけたユリィ様は駆けてきて、しゃがんだ私の顔をぺたぺた触った。


「大丈夫かミラ?怖いことはなかったか?」

「大丈夫ですよ。ユリィ様のお顔を見ると元気になりますもの」


 ぎゅぅっと抱き合っていると、アラン殿下とディアがヒソヒソと話し合っているのが聞こえる。耳をすませないと聞こえないくらいだけれど、ついさっきまでの話をディアが殿下に話しているようだった。

 王族殺しは重罪。たとえ未遂でも。それを見ないふりをしてほしいという私の要望はあまりにも無理がある。けれどアラン殿下は頷いていた。多分、ユリィ様に友人の裏切りが知れるよりはいいということだろう。


 それからはすぐに話が進んだ。ユリィ様には内密に。

 可能な限り、ユリィ様には気づかせないようにことを運ぶつもりだ。ロメオ殿下にそのつもりがなくても、私やアラン殿下、ディアはそのつもり。

 私に、王妃様の協力者である友人を逃がす魂胆があるのも、アラン殿下とディアしか知らない。おそらくロメオ殿下は、これを王妃様をもっとも手っ取り早く追放する手段とふんでのこと。今回のことにあまり重きを置いているようには思えない。彼には他にもいくつもの切り札があるのだろうから。


 罠にはめるのはこの日、この時間と入念に作戦を立てていく。

 私はユリィ様を連れて友人とピクニックへ行く。学園から少し離れた、人気のない野原へ。そこで、あちらがユリィ様を攻撃しようとした瞬間、確保される。


 内心、はらはらして仕方なかったけれど、やらなければいけない。


「明後日が楽しみだなあ、ミラ!」


 そして、罪悪感。ユリィ様は何も知らずピクニックを楽しみにしているのに。


「そうですねぇ」

「明後日?どちらかへ行くの?」


 夜、私の部屋に遊びに来ていたマチルダが首を傾げる。同じように来ていたエリカとメリッサはにこにこ笑う。


「はい。ピクニックに行くんですよ」

「そうそう!エリカも行くのぉ」

「あたしも」


 マチルダの額に青筋が浮かんだ。


「ちょっと!私を誘わないとはどういうことかしら?貴女、随分偉くなったものねぇ、ミラベル?」


 掴みかかってくるマチルダに対し、ぼんやりとしながらつい口を閉ざしてしまう。ああ、いけない、こんなんじゃ。もっと上手に、お芝居しないと。


「マチルダも一緒に行こう」


 マチルダの手をちっちゃな手でつかまえてぶんぶん横にふるユリィ様に、マチルダは頬を真っ赤にしてユリィ様を抱きしめて頷いた。何度も。


「当然だわ!ユリエル王子のお願いだもの!!」

「ユリィ様が窒息で大変なことに…マティ、ユリィ様の返還を要求します」


 小さく溜息をつく。

 私は友人を騙している。七年近くずっと一緒だった友人を。仕方ないこととはいえ、いざ実行に移すとなると胸が痛んだ。


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