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 レオノーラ。

 レオノーラ。

 僕のレオノーラ。

 どうして死んでしまったの?

 僕の愛しいレオノーラ。

 そうか。あいつがいけないんだ。

 愚かな王が君を殺したんだ。

 そうだよ。あいつがいけないんだ。

 君を妬む醜い女が君を殺したんだ。


 君の趣味は『いいこと』探し。どんなにつらい境遇にあっても、今日はこんなにいいことがあった。花壇のお花が一輪咲いた。オムレツが美味しかった。虹が出た。一日三つ、『いいこと』探し。

 僕はそれを馬鹿みたいだと言ったけれど、いつの間にか君のように『いいこと』探しが楽しくなった。

 だけどレオノーラ。君が死んでしまってから、『いいこと』が一つも見つからない。花が咲いてもレオノーラに教えてやれない。美味しい食べ物があってもレオノーラにわけてやれない。虹が出ても、レオノーラと一緒に色を数えられない。『いいこと』なんてどこにもない。


 どうすればいい?

 レオノーラのいない世界で、こんなにくだらない世の中で、僕がすべきことってなんだろう?


 レオノーラ。

 レオノーラ。

 考えたんだよ。とっても考えた。なかなか答えは見つからなくて、でも、あの子が僕の指をきゅぅっと握って泣いた時、やっとわかったんだよ。


 僕の、すべきことは―――…




***




 国王陛下がお倒れになった。

 アラン殿下は声を潜めて言った。


 放課後の生徒会室。いるのは、アラン殿下とロメオ殿下とギルバート殿下とユリィ様。そして何故か私。

 何故私はここにいるのだろうか。陛下が倒れたなんて、一般の国民…一応伯爵家だけれどそれもほとんど平民のような家の娘が知っていいレベルの話ではないはずだ。

 アンサー。ユリィ様がご兄弟だけの部屋は嫌だと言い、アラン殿下がサラッと私の同行を許可したから。でも場違いも甚だしい。

 ギルバート殿下が不安げに瞳を揺らした。


「陛下はご無事なのですか」


 そう尋ねたのはギルバート殿下で、ロメオ殿下はどうでもよさそうに「ふうん」と声をもらし、ユリィ様は唇をきゅっと結んで私につかまっているだけ。


「一体、何が…」


ギルバート殿下がアラン殿下に詰め寄ると、ロメオ殿下が鼻で笑った。


「冷静になったら?死んだ、と言わなかったのだから無事なんじゃないかな。少しは頭を使った方がいいよ、うじ虫」

「うじ虫って……」


 うっかり突っ込んでしまったが誰も気にしていないようなので、うん、大丈夫。と思ったらロメオ殿下が今度は私を見た。


「ところで君、どうしているの?スウェイン伯爵令嬢。部外者もいいところだけど」

「俺が許可した。お前たちは態度が悪いからユリエルが怯えるだろう。問題ない。どうせ数日もすれば噂は国内全土に広まるだろうからな」


 怯える、というワードに反応したのか、ユリィ様はアラン殿下を見ながら頬を膨らました。そうですよね、怯えるんじゃないですよね。空気が悪くなるのが嫌なだけですもんね。

 それにしても、これだけ重要な話も世の中は早い段階で聞きつけ広まるのだと思うと噂ってすごい。


「食事に毒が盛られたそうでな。命に別状はないそうだが、これはゆゆしき事態だ。陛下の命が狙われ、食事に毒をもれるのだから実行犯は城内にいる。主犯はおろか実行犯も未だ捕らえられていない」


 一瞬、ロメオ殿下だったら涼しい顔をしてやってのけそう……と軽い気持ちで疑ってしまった。ごめんなさい。ごめんなさい。ほんの冗談で思っただけです。こんな時に冗談なんて言っていられないけれど。

 ロメオ殿下がクスリと笑う。


「君、今僕を疑ったね、スウェイン伯爵令嬢」

「滅相もありません」


 ほんと、もう、怖い。なんで心が読めちゃうかな。それに本気で疑ったわけではないので頼むから大目に見てほしい。


「残念だけど僕じゃないよ。僕だったらもっとうまくやる」

「ですよね。あ、いえ、すみません。黙ります」


でも実際、アラン殿下とロメオ殿下はその辺りの抜かりがなさそうに思う。この若さで政務に関わっているのが証拠だ。


「ああ、ロメオではないだろうな。今陛下を殺したところでそいつにメリットはない。ギルバートも違う。お前は芝居が下手だからな。陛下が倒れたことに対してお前が関与していれば今のようにうまく驚けないだろう。当然、ユリエルにも不可能。四六時中スウェイン嬢と行動を共にするうえ、城につてはない」


 一人一人の顔を見て、お前ではない、と断言していくアラン殿下。


「可能性は四つだ。国外の者、謀反を企てる、王家とつながりのない貴族、王妃、そして、俺だな」


説明はいらないだろうとアラン殿下が目で語る。

 私にもわかるのだから、ロメオ殿下もギルバート殿下もわかっているだろうし、ユリィ様も別に驚いていない。その通りだなという態度。

 今、次代の王としてもっとも有力な候補はアラン殿下だ。国民からの支持も圧倒的。国王陛下が亡くなれば、審議の時間は取り消され、アラン殿下が自動的に王位を継ぐだろう。


「一応、身の潔白を主張するが、お前などは特に俺を信用しないだろうな」

「どうだろう。僕は正直、貴方の身が綺麗だろうが汚れていようが興味はない。これを機会に目障りな何かをいくつか引きずりおろせるなら兄上が罪から逃れようがどうでもいい」


さらっと冤罪で誰かを貶める発言をしたロメオ殿下だけれど、これがもし国民に聞かれでもしたら暗殺されかねないのでは。少なくとも国民からの信頼は失う。


「……アラン兄上ではないでしょう。多分、おそらく、絶対に、首謀者は……」


ギルバート殿下が、床を睨みつけながら拳を握る。

 アラン殿下は険しい顔をし、ロメオ殿下は嘲笑を浮かべる。


「その先を口にする勇気のないままでは、お前は王位を継ぐことはできないぞ、ギルバート」


アラン殿下の言葉に、ギルバート殿下は唇を噛んで俯いた。


「……厄介なことだ。陛下に手を出す者が現れたということは、我々の身もいよいよ今まで以上に危険にさらされるだろう。次期国王の決定までもう時間がない。“敵”が焦り始めている証拠だな。全員、極力人気のない場所へは行かないように」


敵とぼやかしているけれど、それはほとんど王妃様と言っているようなものだ。国外でも、国内の貴族でも、焦る理由はない。王が変わったら新しい王を殺せばいいのだから。


 話が終わり、生徒会室を出ると、ディアとケインが睨み合っていた。

 ついさっきまでとは違った緊張感が生まれて、勘弁してくださいという気分になる。

 居心地を悪そうにしているギルバート殿下に、「彼はダリアのお兄様ですよ」としめしながら言うと、勿論知っていると返って来た。私のことも知っていたのだし、知っていて当然か。


「俺は部屋に帰る。ミラベル・スウェイン。ユリエルを死なせるなよ」


 びっくりしてユリィ様を見ると、ユリィ様も目を大きくさせて、瞬きを何度もしていた。


「なんだギルバート!気持ち悪いぞ!」

「うるさい!別にお前を心配しているんじゃない!弟がくだらない死に方をすると俺の恥になるから言っただけだ!!」


びくびくしながら言うユリィ様に、ギルバート殿下は恥かしさからか怒りからか顔を真っ赤にして走り去ってしまった。


「マリアンの娘に兄弟の尊さを説かれたそうだぞ」


 アラン殿下がどこか嬉しそうに私に囁いた。兄弟のよさを説かれ、それをアラン殿下が知っているということは、こちらにもギルバート殿下がデレたということか。


 ユリィ様は、頬を膨らませ仏頂面をしているけれど頬を赤くしてちょっと嬉しそう。


「仲良きことは美しいですね」


ディアとケインを意識しながら言うけれど、二人には聞こえていない。


「もう、ディア。貴方は最近短気が目立ちますよ。後輩には、お手本となる姿を見せなければ駄目でしょう」

「先輩を敬わない後輩には礼儀を教えなければいけないんだよ、ミラ」

「馬鹿言ってないでください。そういう野蛮な考え方は好きになれませんよ。教育上よくないのでユリィ様に聞かせないでください」


 ケインは舌打ちをしてディアから視線を逸らした。


「それで、何をしていたんです?どうしてこんなところで睨み合っていたんでしょうね」

「彼がつっかかってきたものでね」

「貴女の婚約者殿がつっかかってきたもので」

「貴方たち、本当は仲がいいのではない?」


 二人の声が「まさか」とはもり、ユリィ様がくぷぷと笑う。いやん、もう、可愛い。両手で口をおさえちゃってもう。いいんですよ声をあげて笑っても。ああ、でもそうやって両手で押さえて我慢してるのがたまらないのでやっぱり声を出して笑うのは我慢してください。


 顔を合わせばすぐ喧嘩をする二人なので特にこれといった理由もないだろう。まあ、そうやってすぐ喧嘩をするのは私というか我が家のせいだから、二人をむやみに責めるのも私に権利はないだろうけれど。


「……ねえ、君。しばらくローデリック公爵令息と一緒にいてくれない?」


 顎に手を当てぼんやりしていたロメオ殿下が、ユリィ様に言った。突然話しかけられてビクッと震えたユリィ様に、ロメオ殿下は馬鹿にした笑みを浮かべて「とって食ったりしない」と言う。


「少しスウェイン伯爵令嬢を借りたいんだよ。兄上と彼が傍にいるようなら彼女が君から離れても問題ないよね、小さいの」


ユリィ様はビクンと震えてから、弱弱しくロメオ殿下を睨んだ。


「ミラに何をする気だ!!」

「別に。何も。君と違って、僕は彼女になんら興味はないよ。ただ、役立つものは使うだけ」


 ディアは何か言いたげに私を見ているけれど、先にアラン殿下が口を開いた。


「いいんじゃないか。スウェイン嬢、貴女がいいと言うのなら付き合ってやってくれ。そいつは自分の利益にならないことはしないからな。貴女に害を及ぼすこともない」

「はあ……私は問題ありませんが…ケインもですか?」


頷くロメオ殿下を確認して、私も頷く。


「少し行って来ますね、ユリィ様。いい子で待っていてくださいね」


 迷ったけれど、不満そうなディアの頬に一つキスをした。


「大したことではないと思うので」

「……君は魔性のような気がしてきたよ」


だってこのくらいしないと納得してくれないでしょう?


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