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 長期休みも終わりしばらく。皆やっと休み明けのたるんだ空気を戻し終えたという時期。

 ちょっとした騒ぎが起きた。

 午後の最後の授業を終えて、ユリィ様と帰ろうとしているところだった。校舎の出入り口に人だかりができている。好奇心に負けた私とユリィ様がのぞくと、中心にいたのは全員が知り合いだった。

 壁に背中をあて、オロオロするエリカと、通せんぼをするように腕を組んでエリカを睨むケイン。そしてエリカを庇うように立ちケインを睨むダリア。

 兄妹の組み合わせはいいとして、何故エリカ?という疑問。


「エリカ、ケイン様の言ってることわかんなぁい」

「嘘だな。それならここ最近の貴女の不審な態度はどう説明する」

「いい加減にしてよ兄さん!!どうしてエリカ様を虐めるのよ!」

「部外者は黙っていろ!どけ愚妹!!」

「消えろ愚兄!!」

「ガキが」

「何よ老け顔」


いい空気ではないことはわかる。

 全員知り合いだし止めに行くべきか。でも私が行ってエリカがハブにされるのは不本意……。

 ユリィ様が私の脚をポンポンと叩いてから、右を指さした。


「この人を送るとねぇ……。火に油を注ぐことになりますから」

「ダリアと仲が悪いんだったか」

「いえ、俺はマリアン家総体が嫌いなんですよ殿下」


 傍観に徹しながら私たちの隣に来ていたディアは、無垢とは言い難い笑みでユリィ様に対応している。


「困りましたね……アルは近くにいませんし」


ディアよりはアルの方が感情に振り回されず臨機応変に動けるのでいてくれたら助かったんだけど。

 そう頼ってばかりもいられない。


「というわけでアラン殿下を召喚できませんか?」

「俺は何かを召喚する魔法なんて使えないし一応あれは人間なんだよミラ」

「ユリィ様、声のボリュームを五段階にわけて四くらいの大きさでアラン殿下のお名前を呼んでみてください」


 嫌そうな顔をしながら頷いたユリィ様は息を吸って、


「アラン!!」


 呪文みたいにお兄様の名前を呼んだ。


「呼んだか」

「呼んでない!消えろ!!」


 瞬間移動してきたようなアラン殿下にユリィ様のビンタがお見舞いされた。これは痛い。痛いと思うけど私もユリィ様にぺちって、かわいくぺちってされるならむしろ自分からうけにいくかもしれない。


「アラン殿下、騒ぎをおさめていただけませんか?ここはやはり、人徳のある生徒会長の殿下にしかどうにもできないことと思いますの」

「知っているぞスウェイン嬢。貴女が口ばかりで俺を敬っていないのはな!」

「あら……おっしゃる通りですわ」

「貴女は本当に清々しいな!しかし確かに生徒会長として俺がどうにかしなければならないな」


 アラン殿下が一声、皆足を止めずさっさと帰れ、もうすぐ考査だろうと言うと全員が散っていく。中心人物以外が帰るまで腕を組んで立っていたアラン殿下は、よしと呟いてからデレっとした顔になってユリィ様を抱きかかえた。

 最近は暴れないものの、静かに舌打ちをして仏頂面になるユリィ様。偉いです。いい子です。六歳になってからお兄さんになってきました。

 人目がなければこちらのものだ。


「女性はもっと優しい男性に惹かれると思うのよ、ケイン」


 私が声をかけると、ビクリと震えたケインは私を見下ろして、一層怖い顔を作った。なんだろう。私が何かしたのだろうか。


「……いつから聞いていた」

「『聞いていたんですか?』でしょう、先輩なんだから」


 もっと昔見たくフレンドリーに接してくれたら私もこんな意地悪なこと言わないんですからね。


「ええと、確か、エリカわかんなぁい、みたいなところですよね、ユリィ様」

「エリカ、ケイン様の言ってることわかんなぁい。だぞ」

「すみません、ユリィ様のようにフレッシュな脳ではないので一部間違いが生まれました」


 すごいですね。もうなんでも完璧ユリィ様ですね。


 ケインの吊り上がった眉毛はいったん平常に戻った。


「兄さんが、エリカ様のことを虐めていたの!というかね、こう、壁に押しやってドン!みたいなことをしていてね!だから兄さんとエリカ様の間に入ったんだけど…」


支離滅裂でわからないわ。ごめんなさいねダリア。


「お前は関係ないのに割り込んできただけだろう!帰れ愚図が!!」

「なによこの強姦魔!兄さんには失望したわよ!!」

「ご…っ、勘違いも甚だしい!!これだからお前は馬鹿だと言うんだ!」

「うるさい馬鹿!!」

「黙れ馬鹿」

「愚兄!」

「愚妹」


仲がいいわねえ……。


「ちょっと失礼」


アラン殿下からユリィ様をとりあげて、ディアに抱かせる。それからユリィ様に、ディアをしっかり抱きしめていてくださいとお願いします。


「まさかないとは思いますけど、ユリィ様のいるところで後輩に殺気だったりしませんよね。そんな人じゃないですものね貴方は。ユリィ様にトラウマを植え付けたりしませんよね?場合によっては貴方との関係を見直しますよ」


 口をむぐっと噤んだディアはユリィ様の肩に顔を当てて一生懸命我慢し出した。そのまま捕まえていてくださいユリィ様。


「何があったのエリカ?」

「えー?うふ、ケイン様に襲われちゃっただけだよぉ」

「私の目を見て言ってください、エリカ」

「やだぁー、ミラベルちゃんこわぁい」


あくまで目を合わせないつもりですね。


「休暇の最後の二日間、貴女が溜めに溜めた宿題を徹夜で手伝った私にその態度ですか?」

「うぅ!?あれはぁ…だってぇ…ミラベルちゃんたちの厚意だしぃ……。それに本当に、ケイン様に襲われちゃっただけだもぉん」


肩をガシッと掴まれた。

 見るとケインが険しい顔で私を見下ろしている。


「余計な詮索はしないでいただけますか。貴女には関係のないことだ」

「彼女は私の友人で、貴方もダリアも私の旧友よ。関係はあるわ」


ケインの頬に青筋が浮かんでいるように見える。


「関係があったとしても、ミラには何もできないだろう!!」

「……ディアみたいなことを言うのね」

「ローデリックのヘタレと一緒にするな!!」

「大人の対応ですよ。怒らないでくださいよディア」


 ユリィ様が怯えているでしょう。


「こうやって子供みたいに怒っている君を見るのは楽しいよ。だけどね、ハーレン子爵令嬢にむやみに接触したのは君が周りを見えなくなってきた証拠じゃないかな、ケイン」


その場の空気が凍り付く。

 ケインは顔を強張らせるし、私は頬がひきつるし。空気が微妙になって皆動きがぎこちなくなって、アラン殿下とその人だけは飄々としている。

 どこから現れたのかロメオ殿下が私とケインの横まで来て、いい笑顔を浮かべる。


「余計なことはしない方がいいよ、ケイン。僕は何も、君と仲良しごっこがしたいんじゃあない。使えないなら君とは手を切ってもいい。頭の悪い奴がいちゃ、僕の目的も果たせない」


ぐっと拳を握ったケインは押し黙って、私の肩から手をどけた。


「……申し訳ありません」

「それは私に言っているのケイン?」

「ロメオ殿下にですが」

「可愛くない……」


ロメオ殿下は私を一度見て、こばかにしたようにクスッと笑った。

 いつものこといつものこと。怒るな怒るな自分。


 その後ロメオ殿下はエリカを見て、もっと性格の悪そうな笑い方をして喉を鳴らした。


「必死なようだけど。君の証言がなくても僕たちはとっくに真実にたどり着いているよ。ケインが君に迫ったのはね、最終確認のためだ。君がどれだけ頑張って隠し通そうとしたってこちらの確信は覆らないと思うよ、ハーレン子爵令嬢」


エリカがピキリと顔を強張らせる。


 隠す……?


「せいぜい頑張ってね。君に何ができるとも思えないけれど」


エリカが小刻みに震えている。滅多なことでは動じないエリカが。


「行こうケイン」

「はい」


 この場で、一切の状況を理解できていたのはエリカと、ケインとロメオ殿下だけだったようだ。そしてそのうち二人はたった今立ち去った、と。

 自分の体をギュッと抱きしめたエリカは、無理に笑みを作って私にもたれかかってきた。


「もぉ何がなんだかわかんなぁい。すごいよミラベルちゃん、エリカ、ロメオ殿下とお話しちゃったぁ」


 状況をわかっていたのは、エリカとケインとロメオ殿下だけだった。だけど私にも心当たりくらいだったらある。


「ユリィ様、ディアが、今晩どうしてもユリィ様と一緒に眠りたいんですって」


ディアの顔を見たユリィ様は、うぇっと舌を出した。


「お前の部屋、アランと隣だろう」

「大丈夫ですよ。ディアは自分で結界もはれますから」

「スウェイン嬢、それは俺に対して結界をはれということなのか」


ケインを追ったダリアにもさよならをして落ち着いたディアの背中を、ポンポンと叩く。怖い顔はしないでください。

 女の子同士で話したいこともあるの。恋のこととかね。

 なんて言うと、ディアは怪訝そうにしながらも頷いた。




***




 夜、私しかいないことをわかっているエリカは、就寝時刻を過ぎた頃私の部屋に訪ねて来た。

 部屋に招き入れて、罪深き夜のお茶会にてお菓子をつまみ。お互い気持ちの準備が整ったところでエリカが口を開いた。


「あのねぇ、ミラベルちゃん……。エリカはぁ、みぃんなのことが好きなの。ミラベルちゃんもぉ、マチルダもぉ、メリッサちゃんもぉ、ユリエル様も、ダリアちゃんも、アルフォンソ様も、学園のお友達みぃんな、優しい先生達も、寮母さんも。みぃんなエリカの大切な人だから」

「そうですね。私も、皆も、エリカと同じくらいエリカのことが大好きですよ」


 頷いたエリカは、ゆっくり瞼を閉じた。


「だけどねぇ、知ってるの。何かのために何かを犠牲にしようとする人もいるんだよ」


ティーカップを置いたエリカは、下唇をかんで私の手を握って来た。


「お願い、ミラベルちゃん。エリカと――」


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