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 俯いて無言でいる私の肩を、アルが二度ほど優しく叩いた。

 ユリィ様が私のところに帰って来ない。

 アヴィーとべったりくっていて戻ってこない。私が目の前にいるのに私の膝の上に座らない。

 限界がきて、アルと一緒にアヴィーの部屋へ来て、二人とも私とアルが一緒に遊ぶのを許してくれた。それなのに私とアルは完全に空気と化している。

 数時間で二人はとっても仲良くなっていて、アヴィーなんて、ユリィ様を「ユリエル」と呼び捨てして敬語も使わず、何の壁もないお友達になっている。ユリィ様には遊び相手の子供がこれまでいなかったそうだから、気安いお友達ができていいことなんでしょうけど。いいことなんでしょうけどお……!!

 天使たちは私を楽園から除外しにかかっている。私からユリィ様を盗らないでアヴィー。私からアヴィーと盗らないでくださいユリィ様。


「観賞するに留めましょう姉上。我々はお呼びでないんです」

「観賞ではなく干渉することこそ私の望みなのよ、アル」

「うまいことを言っていないで大人しくしてください。なんですこの広げられた両腕は」

「まとめて抱きしめてしまいましょう」

「お願いですから大人しくしてください」


しょんぼりする私の肩を、またアルが二回優しく叩いた。


 二人は私たちが来る前お庭にも出ていたようで、部屋の床に木の実や草や葉っぱをまとめて置いてそろって眺めていた。


「これは傷薬に効いてな、こっちの草はあの毒の解毒に使えるんだぞ」

「そっか。すごいや。ユリエルは僕よりずっと物知りだね」

「そ!そんなことはないぞ!アヴィは俺の知らないことを沢山知っている」


 私とアルがここに来るまで、アヴィーはなんらかのことをしてユリィ様の信頼と尊敬を得たようだ。あのユリィ様が、高飛車でプライドの高いユリィ様が、素直に人を褒めている…!

 楽しそうにほっぺを赤くして楽しそうにしている。


「ああぁぁぁ……。何故あの輪の中に私はいないの…?」

「もう諦めてくださいよ」

「知っているかしらアル。諦めることはいつでもできるわ。大切なのはチャレンジする心よ」

「時に諦めることのできる人間は成長し、強くなるんですよ」

「夢のない子ね」


 ちょっと大きめの葉っぱを手に取ったアヴィーは、ユリィ様に見ててごらんと言ってから口にそれを当てた。

 一度、プーッと音が鳴ったと思ったら、よく子守唄で聞かされる曲が草笛で奏でられる。私もユリィ様に歌ってあげたことがあるので知っているはず。

 つっかかることなく一曲終えたアヴィーに、ユリィ様はパチパチ手を叩いた。


「すごいな!すごいなアヴィ!どうやったんだ?楽器みたいだった!」

「草笛って言うんだよ。僕の一番上の兄上が教えてくれたんだけど、母上には内緒なんだ。不衛生だからやめなさいって言われるんだ」

「すごいな!すごいなあ!」


 ユリィ様も同じ葉っぱを口に当てたけれど、ぶぶぶぶぶっと音色とは言いがたい音が出て、首を傾げている。

 アヴィーはまた同じ葉っぱを手に取って、私に渡してきた。


「姉上とアルフォンソ兄上も、イアン兄上に習ったんだよ。ミラベル姉上、まだできますか?」

「アヴィー…!貴方ってば…!」


私を天国へ招待してくださるのね…!


「アイヴァンにまで気を使わせてどうするんです……」

「気を使ってなんていませんよ、兄上。折角姉上もいらっしゃっているのですから、皆で楽しみたいんです」

「アヴィーったら…!アヴィーったら…!!」


 我慢の限界を越えに越えた結果、ユリィ様とアヴィーを結局まとめて抱きしめた。

 ごめんねお胸のふくらみが乏しくて。硬くて痛いかもしれないけどごめんね。


「ミラ苦しいミラ」

「あ…っ、あ、姉上…っ、その、ええっと…!」


 腕の中で暴れるユリィ様と縮こまってしまったアヴィーをかまわずぎゅうぎゅう抱きしめているとアルに止められた。弟と王子を殺す気かと。

 

気を取り直して吹くための葉っぱをもらったけれど、久しぶりで吹けるかどうか曖昧だ。しかも吹けると言ってもアヴィーみたく曲を吹けるわけじゃない。

 プーッと思い切り吹くとそれっぽい音が出たのでひとまず安心。


「ミラの音はアヴィより高いな」

「うぅん…音程の調節ができないからですかねえ……」


 もう一度吹いてみる。


プ―――――――――――――――――――――――――――――…ッ。


 あ、苦しい。もう限界。


「ミラの肺活量はすごいな……」


 肺活量なんて言葉よく知ってますね。


「実は嫌味な幼馴染がいましてね。どんな勝負をふっかけても敵わないもので、ついにネタ切れで、最終的には『どちらがより長く息を止められるか』という勝負をしかけまして。その時の特訓の成果ですね」


 負けましたけど。なんでもそつなくやるものだから、私が苦しくなったころにも涼しい顔で息を止めていましたけど。


「それにしても、アヴィーはとっても上手になったのね。練習したの?」

「はい。この間もイアン兄上も帰ってきましたから」

「……アイヴァン?それはいつのことだ?」

「あ…!……ええと、先月こっそり……アルフォンソ兄上たちには秘密にしろと言われて…」

「あの兄は……!」


 コソドロみたいなことをしていますね。侯爵家の長男が。


「でもアルフォンソ兄上の方が僕よりずっと上手なんですよ。姉上とユーディアス様ではないですが、僕も兄上に何か敵うものを身に着けたいです」

「あら。アヴィーは年上の持ち上げ方も上手なのね。どこへ行っても可愛がられちゃうわね」

「人の弟を打算の多い子供のように言わないでください……」


 クスクス笑ったアヴィーは、私とアルが言い合っているうちにユリィ様への指導を始めた。我儘ユリィ様が、大人しく他人に教えられている。お兄さんなアヴィーも可愛い。ここはきっとユートピア。

 あ……でもまた疎外感が……。二人とももうお互いしか見ていない。楽園追放を言い渡された気分になる。


「アヴィーは教えるのも上手ね」

「私の弟ですから」

「そうね。………………アルは将来親ばかになるわね」

「姉上もですがね」


何度か試すと、ユリィ様もそれっぽい音が出せるようになってきた。

 全員で歓声をあげると、満足そうにしたユリィ様は何度も音を鳴らしてみせた。


「上手だよ。すごいね、僕なんて音が出るまで三日も練習したんだよ?」


アヴィーに頭を撫でられたユリィ様はもっと調子をよくして草笛を吹く。


「アル…今すぐ絵師さんを連れてきてくれるかしら」

「残念ながら我が家のお抱えの絵師は休暇をとっています」

「そうなの……。残念…」


この一瞬を是非おさめてほしかったんだけど……。


「アヴィーは教えるのが上手ね。先生に向いているのかもね」

「いえっ!僕は、イアン兄上やアルフォンソ兄上に教わったことをそのまま教えただけですから……」

「まあ…、そういう控え目なところ、きっと女性に人気の紳士になるんでしょうね」

「そんなことありません……っ」


 照れて真っ赤になったアヴィーは俯いて、顔をあげると微笑んだ。

 かわ……っ!!

 鼻血が出ちゃう。


 隣でアルが溜息をついた。


「純粋な少年の初恋をことごとく奪って……」

「なに?アル?」

「いいえ。なんでも」


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