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 わざわざ迎えに来てくれたアルの馬車に乗って、三人でアルウィック邸へと向かう。共通の話題はあるかしらと心配していたけれど、ユリィ様が熱心に薬草について話すのをアルはずっと興味深そうに聞いていた。

 到着すると、叔母様と叔父様が外に出て待っていてくれた。

 馬車から降りると早速二人にはぐをされた。

 のほほんとした雰囲気のロイド叔父様はすぐにユリィ様に気づいて挨拶もしている。イリス叔母様も一緒に。

 叔父様は気性の穏やかな人だし、叔母様もタレ目がチャームポイントのおっとりした雰囲気の人。実際おっとりした人なのだけど、怒ると実はうちの母よりも怖い。リディア伯母様よりも怖い。

 だらしない兄…つまり私の父なのだけど、その兄のおかげでしっかりした子に育った叔母様は、無駄遣いを許さず、規則正しい生活と間違いのない人間関係を作り上げること、また、家族にそうさせることをモットーとしている。


「ミラ、ミラ。遺伝なんて覆せるんだな」


 あらぁユリィ様。それは、叔母様が綺麗なのにうちの父は何事かということですね。相変わらず正直。でも残念。顔のつくりで言うと、片親だけでも貴方はご兄弟全員となんとなく似ています。


「兄上は幸か不幸か留守だそうです」


 アルは複雑そうな顔をしている。あの元気すぎるお兄様をユリィ様に見せたくないのもあったろうし、だけど、長男のくせにまた留守にして…という嘆きもあるのだろう。

 本能のまま生きている人だから仕方がない。


「アルは何人兄弟なんだ?」

「三人兄弟ですよ。皆お顔はなんとなく似ていますけど、性格はまちまちで」


 イリス叔母様は口元に手を当てて微笑んだ。


「男の子ばかりですの。一人くらい女の子がいたら、私もクレアのように娘とお買い物にも行けたのにねえ」

「ミラベルには何度か養子に来ないか話しているのですがね」


叔父様が苦笑を浮かべている。

 勿論冗談なのだけど、以前、父と母の喧嘩の最中お鍋が飛んできて私がケガをした際は本気でうちの子になりなさいと言われた記憶がある。八歳の時。

 まさかあの両親を放置できるはずもなくお断りしたけれど、頼りになる大人が身近にいるのはやはり心強い。


「イアンお兄様は今頃どのあたりを冒険なさっているのでしょうね…」


私が話を戻そうとすると、ユリィ様が眉間に皺を寄せた。


「イアン…?イアン……アルウィック……イアン……」


私の服の裾を、ユリィ様がつんつんと引っ張った。


「イアン・アルウィックか。イアン物語のイアン・アルウィックか?」

「そうです。その人」


 私がちょっと笑いながら頷くと、叔父様も叔母様もアルも一斉に頭を抱えた……。


「あのバカ息子は……」

「全くです。自伝を出すならせめてもう少しタイトルを考えればいいものを…」

「誰に似たのかしらねえ…」


ユリィ様はパァッと顔を明るくさせる。


「実在したのか!」


思わず盛大に噴き出してしまった。

 アルのお兄様……イアンお兄様は、自称、冒険家で、自伝を物語調にして何冊も出している。とてもアルウィック家の長男とは思えない波乱万丈な日々を送っているとなっているが、それら全て実話なのだから恐ろしいこと。しかも整った容姿とその男らしさから女性にまで人気を得ている。お兄様への縁談は絶えないそうだが、本人は逃亡中。

 そんなフィクションチックな人を、実在すると知らなかったと言う人も最近増えてきていたそうだが、こんなに身近にいたとは。


「じゃあ、イアン草を見つけたのも本当にイアン・アルウィックなのか!伝説だと思っていた!」


また噴き出してしまった。

 そしてアルも叔父様も叔母様もますます肩を落とした。


「自分の名前をそのまま使うのも、もう少し考えろというところですが……悲しいのはあの兄に次々と栄光が与えられることですね」

「運だけで生きているような子なのにまったく……」


 イアン草というのは、イアンお兄様が五年ほど前に見つけた新種の薬草の名前だ。腹痛の時の薬草とされたけれど、名前がそのまま本人の名前という……。

 それでも、ユリィ様には憧れのようで目をキラキラさせている。


「そうか…今日はいないのか…」

「そのうち会えますよ。国内中動き回っていますから、多分、城の周りにも行くでしょう」


 アルの言葉にユリィ様が飛び跳ねそうになった。


「いつ帰ってくるんでしょうねえ…」

「父上が兄上の結婚を諦めた頃じゃないですかね」

「なるほど」


 そんなに結婚が嫌なのか……。だけど、動き回っているからには決まった相手もいないだろうし…。


「もしやお兄様にはそちらの気が……」

「ないでしょう。女性の人気を自慢話にする人なんですから」


 我が家より圧倒的に大きな屋敷の窓を、人影が通り過ぎるのが見えた。使用人にしては小さい。

 それから、叔父様に促されてユリィ様とお屋敷の中に入ると、入ってすぐのところで、息を整えている美少年が。いつ見ても天使さながら。アルを丁度幼くしたような男の子は、大人みたいな微笑を浮かべてお辞儀をした。


「初めまして、ユリエル王子殿下。こんにちは。ご無沙汰をしています、ミラベル姉上」

「こんにちは、アヴィー。お行儀がいいのね」


 今年で九歳になるアルの弟は、恥ずかしそうに頬を赤くした。


「あの…姉上、抱きしめてもいいですか?」


もうハグが恥ずかしいのか、俯き加減に訊ねてくる。


「もちろんよ。あら…こんなに背が伸びたのね。私なんてすぐに追い抜かれてしまいそうだわ」


 もう私の肩くらいまで身長の伸びた彼は、普通です、と小さく呟いた。


「アイヴァン・アルウィックといいます。殿下、どうぞよろしくお願いします」


恐る恐るといった調子で握手をしたユリィ様は、数秒考えた後、私を振り返った。


「不快感がないな!双子と違って!」

「あら……双子とも仲良しではないんですか…?」

「俺は皆と仲良しだぞ!だから悲しい顔をするなミラ!」

「そうですよねえ」


 まあ、双子とユリィ様で仲良しこよしでないことはさすがの私も見ていてわかるけれど、喧嘩するほど仲がいいと言うし、なんだかんだ私が知らないうちに憎まれ口ばかりの文通をしているようなのでいい喧嘩友達といったところなんだろう。


「母上、殿下と一緒に遊んでもいいですか?」


 歳が離れているので、遊ぶと言うよりはアヴィーがユリィ様の相手をすることになるだろう。さすがアルの弟なだけあって、小さい子の扱いが上手。遊んであげてもいいですか、と言わないあたりわかっている。

 イリス叔母様は、にっこり笑って頷いた。


「そうね。今日くらいお勉強はお休みにしましょう。殿下、アヴィーをよろしくおねがいいたしますね」

「わかった!!」


 アヴィーと手をつないだユリィ様は私をおいてテクテク行ってしまう。

 いつの間に私がいなくても気にしないユリィ様になってしまったんですか。いいことなんでしょうけども。

 取り出したハンカチを引き裂く勢いで握る私を、アルが宥めながら別方向に進めていく。


「子供同士の方が殿下も楽しいでしょう」

「そんなことないわ!そんなことないわよ!私が仲間に入ったってユリィ様もアヴィーも遊んでくれるわよ!どうして意地悪を言うの、アル?」

「そうやって珍しく感情的になるのはいいですが、子離れできなくて困るのは姉上ですよ」


 叔父様と叔母様にまで抑え込まれてお茶とお茶菓子の用意された部屋に案内された。

 お話をしている最中もずっとそわそわしているから、落ち着きなさいと言われてしまった。


「……そういえば、お兄様の方はまだすごいようだけど、アルにはいいお話はないの?言い方が悪いかもしれないけれど、優良物件でしょう」


お菓子を食べながら尋ねると、アルも叔母様も叔父様もキョトンとして私の顔を見た。

 アルがコテンと首を傾げる。


「聞いていないんですか…?」

「え……?」

「てっきりもう彼女の方から姉上に言っていると思っていたので…」

「え?え?え?」


 それじゃあ、え?


「私の知人と、お話があるの…?」

「はあ…まあ……。私からはお答えしかねます。時期をみて自分から話したいと言われたので」

「ええぇぇぇ……」


 ここまで知って肝心なところがわからないなんて……。


「アルは私に隠し事をするの?」

「人間秘密の一つや二つありますよ」

「そんなことないわ」

「姉上の婚約者殿も何を秘めているかわかったものではありませんよ。いい噂しか聞かない上に欠点のない人間なんて怖いものはいません」

「今はあの人のことは関係ないじゃない……。それに、ディアは私に隠し事なんてしません」

「他に女がいない保証がどこにあるんです」

「あの人に浮気をする度胸なんてありません」


 ふいとそっぽを向くと、アルの唸り声が聞こえた。

 叔父様と叔母様はクスクス笑っている。


「貴女がユーディアス様にとられるのが寂しいのよ。仕方のない子ね」

「あら、そうなのアル?」

「私は姉上を心配しているだけですよ」

「サー・ユーディアスが相手なら何も心配はないだろう」


メイフォードの伯父伯母とは違い、こちらの二人の中のディアへの評価は高い。


「失礼します、旦那様。レディ・ミラベルに使者の方が訪ねてきています」


 丁度話がひと段落した頃、叔父様の秘書が部屋へ来て声をかけて来た。当然叔父様は不審に思っただろう。アルウィック邸は私の家ではないのに、なぜ私への使者がここへ来たのか。そもそもどこからの使者なのか。

 秘書は続けて、「城より来たとのことで」と続けた。

 そうなると、疑問があっても通さないわけにはいかないのか城からの遣いを家に入れてくれた。

 部屋へ入って来た使者は、礼儀正しい立ち居振る舞いをしたのち、私に報告をしてきた。


「貴女の危惧なさっていたことが現実となりました。残念ながら、我々は貴女にとって酷な方向性を重点的に調べ上げねばならなくなりました。ご協力を感謝いたします。そして、申し訳ない、レディ・ミラベル」


硬い表情の使者の男性ににこりと笑った。


「何をおっしゃっておいでなのでしょうか。私は、景色を見たいのでユリィ様と遠回りをしてアルウィック邸まで来ました。その際、貴方がたには、早い道を行った方がいいのでは?と効率を考えたアドバイスをしたまでです。ユリィ様の護衛の貴方がたが、そこで待ち伏せした賊にあうなんて予想をした覚えはありませんし、考えてもみませんでしたわ。これは、私のなんとなく起こした行動の結果、偶然に事実が判明したにすぎません」


 私は危険をおかしたり、独自に調べようなんてしたわけじゃない。

 ディアに言われてしまったのだから。首をつっこむなと。

 だから、私の助言の結果、私とユリィ様があうはずだった賊の襲撃を護衛の方々だけが受けたのは全くの偶然。

 なにかを察したのか、男性は一度頷いてお城に戻って行った。

 アルは首をかしげるばかり。叔母様も。

 唯一叔父様だけが、心配そうな目をして私を見ていた。


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