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 まったりとしたティータイムを楽しみながら、優雅な平日の午後。

 ああ、ズル休みではありません。長期休みに突入したのです。ユリィ様はディアやアラン殿下と一緒に馬の世話をしに出かけて行って、私は一人で自分のお部屋。

 前は、どこへ行くにも「ミラが一緒でないなら行かない!」なユリィ様がディアに懐いてしまって悲しい今日この頃。

 アラン殿下と二人きりになるのも、全力で嫌がるものの前ほど拒否をしているのではないからいい傾向だろう。

 優雅なティータイムを壊したのは、女性のするものとは思えない激しいノック。

 はいはいはい。


「どうぞ」

「やっといた!もう!貴女って子は長期休みに入ってから毎日留守じゃないの!」


 ぷんぷん怒ったマチルダは、腰に手を当て私をキッと睨んだ。その手にはお菓子が入っているだろう箱が。


「あら、なんでしょう。パンナコッタ?プディング?フルーツタルト?」

「目ざとい子ねえ……貴女のお気に入りのチョコレートケーキよ」

「あらあらまあまあ。マティは気の利く良い子です」

「調子のいいこと」


溜息をついたマチルダは私の向かいに座って、持参したティーカップをよこしてくる。そこに紅茶をいれてあげて、二人でティータイム。ユリィ様の分は残しておきましょう。


「マチルダはご実家に帰省しないんですか?」

「どうしようかしらね。帰っても特にすることがないし。どうせ婚約や縁談の話になるでしょうし」

「貴女はまだ婚約していませんものねえ」


 ライド侯爵家の次女のマチルダは容姿もよく、教養もあり、はきはきした性格も魅力的。我が子を相手にと名乗りをあげるおうちは多いことだろう。

 それでも、恋に恋するマチルダは、親の決めた相手となんて信じられない!と政略結婚を断固拒否している。


「そんなに悪いものでもないんですけどねえ、政略結婚」

「貴女が言っても説得力なんてこれっぽっちもないわよ。お相手はあのユーディアス・ローデリック様だもの。それで不満を言ったらただの我儘よ」


ついこの間まで不満を言っていたんですよねえ、私。


「リアルな政略結婚というのはね、私のようなうら若い娘が、貴女のお父様のような人に嫁ぐのと同じくらいなことが常なのよ」

「すごく失礼なことに気づいていますか?」


自分で言うのはいいけれど、他の人に言われるのは嫌、という複雑な子供心ですよ?


「それに貴女のところはロマンがあるじゃない!幼馴染で、男性の方が女性に夢中なんて滅多にないことよ、政略結婚で。私はね、運命的な出会いをして、愛し愛され素敵な結婚生活を送りたいの」

「それもこれも四人姉妹の次女だから言えることですねえ…」


一人娘だったら、いつまで夢をみているんだ、と叩かれるところだ。


「それで、一年生の頃からそんなことを言っていますけど、お相手は見つかったんですか?」

「見つかっているわよ、失礼ね」

「え!!」


そんな、まさか。


「貴女まさか、変な男に弄ばれているんじゃないでしょうね?それなら黙っていませんよ」

「どうしてよ。ちゃんとした方よ」


だってお付き合いをしているのなら、こうして休日に私の元へ来なくても。だいたい、異性と逢瀬をしている様子もない。蔑ろにされても、実は純情なマチルダは気づけず恋に溺れてしまうかもしれない。

 どうせなら、アルのような人、あるいはアル本人あたりが彼女と恋愛をすればうまくいきそうだと思い、密かに画策していたのに。


「あ、まだお付き合いの段階には至っていないんですか?」

「これ以上の個人情報はあげられないわね」

「私の個人情報はたくさんもっているくせに?」

「それはすぐに挙動不審になってわかりやすい貴女が悪いのよ」


 とか言って、いつも根掘り葉掘り聞く癖に。私がなかなか話さないと、気後れなんて言葉を知らないマチルダやエリカは直接ディアのところまで行ったりもする。


「まあ、心配はいらないかもしれませんね。夢見る乙女なレディ・マチルダは、理想が高いですもの」

「そんなつもりはないわよ。だけどそうね。その方は誰よりも魅力的だと思うわ。貴女のユーディアス様よりもね」

「まあ、感じ方はそれぞれですからねえ……。私は、まあ一応、ディアが一番魅力的だと思っているんでしょうけれど」


恋は盲目、というように、恋をすると見えなくなる部分もあるし、反論はしないけれど。


「自分のことなのにはっきりしないのね」

「具体的にあの人のどこが素敵と思うか訊かれても答えられないんです。漠然と好きだなあと思うだけで。強いてあげるなら努力家なところですけど、それ一言で済ませられる気もしませんし」

「そういうものじゃないの、好き嫌いなんて」

「そうですかねえ……」


お茶を一口。


「毎日私が留守なのを知っていたようですけれど、毎日訪ねてくれていました?」

「そうよ!まったくどこに行っていたのよ」

「ダン先生の温室に行っていたんですよ。先生は薬草を育てていらっしゃいますから」

「ああ……ユリエル王子は薬草に興味がおありのようだったわね。先日も私の育てている薬草を少しおすそ分けしたわよ」

「ああ、やっぱり貴女がわけてくれたんですね。ありがとうございました」


今度はケーキを一口。甘くておいしい。


「留守にしていた時もお菓子を持ってきてくれていました?」

「まったく無駄な出費だったわね。結局エリカとメリッサにプレゼントよ。一人で食べたら太ってしまうんだから」

「貴女がお菓子を持ってくるときは長くなりそうなお悩み相談の時ですねえ」

「……よくわかっているじゃないの」

「なんですか。宿題が全然進みませんか」

「エリカじゃないんだから」


毎年毎年、エリカときたら宿題をため込むものだから、最終日はいつものメンバーであの子の部屋で手伝っている。今年こそ手伝わない、と決めるのに、結局毎年泣きつかれて負けてしまう。

 果たして今回はどうなるのか。七年目にもなり諦めはついている。


「本当に、ここ最近なのだけどね。貴女も気づかない?」

「私のケーキよりマチルダのケーキのほうが微妙に大きいことですか?」

「意地汚い子ね!どっちも同じよ!そうではなくて真面目な話、エリカのことよ。……あの子、この頃上の空なことが多いでしょう?それにどこか挙動不審だわ」


 まあ、心当たりがないでもない。


「マティみたく恋をしているのでは?」

「あの子が恋で自分のペースを乱すような子だと思う?ミラベルじゃあるまいし」

「私だって別に恋愛で挙動不審にはなりませんよ」

「貴女の様子を見ていたらユーディアス様との状況は日々把握できるわよ。お相手はもっとわかりやすいけど?」

「今はエリカのことでしょう…」


我に返ったマチルダは力強く頷く。


「何かトラブルに巻き込まれていなければいいんだけど……貴女も気を付けて見てやってほしいの」

「それは勿論そうしますけど……探った方がいいんでしょうかね」

「なんとも、ね…。あんまり首をつっこみすぎてもよくないでしょうし、あの子が頼ってきたら出ていくくらいが丁度いいのかもね」

「そうですねえ……貴女もあまり思いつめては駄目ですよ。友達のために頑張って悩む貴女は素敵ですけど、それで鬱にでもなったら世話がないでしょう」

「どうもね」


紅茶をがぶがぶ飲んだマチルダは、一息ついたところでまた穏やかな雰囲気に戻った。


「ミラベルは帰省しないのね」


毎年毎回帰っているのに、と。


「ええ。今年はうまくやっているようですから」


ユリィ様のお誕生日以来、公爵様が父と母を説教して一緒に帰らせたらしい。もう頭が上がりません。

 娘に心配されるほど親として恥ずかしいことはないぞ。と、二人に言ってくれたそうで、さすがに反省した母は一応スウェインの家に戻っているらしい。秘書からの秘密の手紙では、『奥様は頑なに旦那様を避けています』とのこと。同じ屋敷にいるというのに。この秘書ももう長年父についてくれているので、私と苦労を分かち合ってきた同士だ。

 こんな状態で私が帰省した日には、途端に父と母の会話は私を介し余計会話が減ることだろう。

 その環境にユリィ様を連れていくのも教育上よろしくない。


「今年はアルのおうちに二日ほどお邪魔する予定なんです」

「あら、そうなの。私の家にも今度ぜひいらっしゃいな。ユリエル王子とも遊びたいし」

「そうですね、そのうち」


彼女の姉妹はなかなか強烈なので、ユリィ様の女性不信に拍車をかけないか心配だけど。いいえ、皆さん素敵な女性なんですがね。


「アルウィック家に行くということは、イアン様にもお会いになるのね。いいわねえ、あの方とても素敵よね。何者にもとらわれない男の中の男という感じ!」

「貴女……いい人が見つかったという話をしたばかりじゃないですか…」

「恋と憧れは別だわ。直接お会いしたことはないけれど、イアン・アルウィック様とお知り合いなんて羨ましい限りよ。どんな少女も一度は自由奔放なイアン様に憧れるものじゃないの」


私はないけど。


「楽しんでいらっしゃいな。近頃の貴女はくたびれてお婆さんのようだったからね」

「貴女は本当に、遠まわしに言うのができない子ですね」


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