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「私もなかなか役にたつようになったでしょう」


 ディアの腕の傷に時間をかけて魔法をかける。浅い傷なら私が今まで習ったもので完治させられる。時間はかかるけれど。

 医務室よりも近い生徒会室に引っ張ってきて、ここでさっさと直してしまおうと頑張っている最中である。ユリィ様は、アラン殿下を引き連れてどこかへ急いで行ってしまった。


「とても助かるよ。君がいるだけで心強い」

「深手を負っても治せませんよ。怪我は簡単に作らないで」


 少し前。

 庭の方で何やら争う声が聞こえてきた。耳をすまさないと聞こえないような小さな悲鳴も。

 ユリィ様は五感が鋭いので、すぐに気づき、私をそちらへ連れて行った。茂みの向こう側にいたのは、短剣を構えたところから下ろした、腕を切ったディアと、アラン殿下。それから、明らかにディアよりも深手を負っている男性が二人、倒れこんで呻いていた。

 ディアの短剣にはベッタリと血がついているので、大体の状況は理解した。

 近くを通りかかった先生方に倒れた男性二人を任せ、事情を訊くより先にここへ連れて来た、ということ。

 まだ詳しい事情は聞いていない。


「それにしても、短剣であそこまでするなんて随分な腕前なのね、ユーディアス様」


相手方は立派な剣を持っていたというのに、ディアがうけたのは切り傷ひとつだけ。


「一撃でも受けていたら落第点だよ。向こうはろくに経験もないだろうからね」


それでは、ディアは経験を多く積んでいるということになる。練習だけじゃなくて、きっと本番も。

 つい最近会った時、ライアン様が言っていたのはその通りなのだろう。心配をかけないように隠れて、うまく処理をしているだけ。ディアだって何度も危険な目に合っている。伯爵家の人間なので、当然私も誘拐をされる、されかけるなんてことはよく会ったけれど、ディアはその比ではないはず。


「……心配させてね」


いずれは夫婦になるんだから。


「私だって貴方を守りたいのよ」

「今でも十分、守られているよ」


 治療の最中ではない方の手で、頭を軽くなでられる。


「君がいると思うから俺は生きることに必死になれるし、君をふり向かせるためと思えば努力することも苦にならない」

「若いからって恥ずかしい言葉を連呼していると、後々恥ずかしさで後悔の嵐に見舞われるのよ」

「意地が悪いなあ…」


ただの助言でしょう。


「あんまりかっこうをつけているとそのうち女性に勘違いさせるわ」

「ミラ相手になら問題ないよ。勘違いもなにもない。君がどれだけ俺に期待しても俺はそれ以上に君を大切にするから」

「私がメモをとっておいてあげましょうか。貴方が今の公爵様と同い年になったころにまとめて読み返してあげる。声に出して」

「それは父の年になっても俺といてくれるということかな。それとも期限からして俺と君の子供が生まれることを暗に示しているのかな。息子や娘に聞かれるのは少し恥ずかしいね」


 頭が痛い。

 魔法を使っているせいで、両手はディアの腕に触れている。頭をおさえるのもできない。


「貴方はどうして自分が人をイライラさせるか知らないでしょう」

「知っているなら直しているよね。あと、俺にイライラするというのはほとんどが君だけなのでとても困っている」

「こう…ね。素で言っているのが嫌なのよ。悪気とか、計算がないから。世の中打算で動く人間が多いのに、貴方との会話は疲れるの」


その上変なところでさとい。

 よく思うのは、空気の読めない人だなあ……と。基本的に、状況判断や、人に取り入るのはうまい。だけど日常生活で、特に気心知れた相手なんかだと気が緩んでいるのかギリギリの言動や行動が多い。

 冷静に見れば欠点もそれなりにあるのに、ついこの間までの自分はなんだったのか。彼を超人のように見ていて、だけど、昔から変わっていないところもある。結局、私の先入観がディアの人物像を捻じ曲げていたとつくづく実感する。


「天然って、貴方のためにあるような言葉よ」

「そんな自覚はないんだけどね」


自覚があったら天然ではないし、計算でのおとぼけだったら今頃貴方は孤立しているでしょうに。貴族というのは皆、無礼な人間に厳しいんだから。


「それを言うならミラもそうだ」

「私は、天然を装っているだけだもの」


馬鹿な子ほどかわいい、なんて言う。あまり賢すぎても生きるのは大変だ。多少阿保っぽい方が他人は助けてくれる。

 もっとも、あまりやりすぎると無礼者になるだけなので限度はわきまえている。失敗しても一切の問題がない時だけ少しおどけてみせればいい。勉強や、目上の人の前でのマナーはきちんとしている。

 それもこれもあの家に生まれたおかげで身に着けた賢しさだ。


「……まあ、確かに君は器用だとはよく思うね」

「どうもありがとう。だから実際、私はそんなに馬鹿ではないのよ。貴方がやっつけた二人。あの二人が誰か、私は貴方への尋問を忘れないのよ」


目を瞬かせたディアは誤魔化すように微笑を浮かべた。


「賢い君なら、アランへの刺客とわかっていそうだけど」

「貴方が思うよりも賢い私は、それはないのではないかと思うの」


 倒れていた二人は二十代後半か、もしかすると十代かもしれなかった。貴族の出ではないはず。来ている服は中途半端な質だった。貴族だったらこの際恥を捨て、目立たないようにボロを着るか、恥を捨てられず普段通りの上等な服を着るか。訓練された暗殺者や刺客なら、仕事中、もっと動きやすさ重視の高価でない服を着るはず。彼ら自身の中途半端なレベルをはっきりさせていた。設けたお金で少し贅沢な服を買った平民のよう。

 体つきからして必要な分の筋肉はあったけれど、正直いって、街で時々暴れるやんちゃな酔っ払いくらい。


「アラン殿下ほどの人物を殺したいならもっと上質な刺客が来るはずだわ。それに、アラン殿下を殺そうと考えるほどの人物はその重要性を理解してあんな半端な暗殺者を用意するはずない」


 きっと今までもそうだったはず。

 そして、訓練された人間なら自分が犯人であることを疑われないようにうまくやるだろう。暗殺者の事情なんて知らないけれど、それで食べていけるくらいの人たちなわけだし。そしてディアやアラン殿下も騒ぎにならないよう、ひっそり始末をする。

 今回、ああして私とユリィ様に見つかったということは、相手の不手際があったせいだと思われる。


「あの二人の風貌や持っていた武器からして、暗殺者だったんでしょうね。だけど、誰にむけられた刺客だったの?」


私が思うには、


「ユリィ様ではないの?」

「賢いのは君の魅力の一つだけどね。あまり、深入りする必要はないよ」


学園内なら、安全だとたかをくくっていた。警備はたしかだし、人目もある。いざという時は、ユリィ様の周りにこっそりと見守っているお城の方々が助けてくれるとも。ディアがいないときは、ユリィ様には秘密だけれど、陛下が選んだ方々が守ってくれている。

 食事に毒が盛られていてはいけないから、冷ましてあげるふりをして毒見もかかしていないし、ユリィ様の命が危ぶまれることはないと思っていた。

 だけど、


「あの子の安全を守るように、陛下から仰せつかったのは私の家なのよ?知らんぷりなんてできると思うの?」

「なら君になにができる?」


鋭い視線を向けられて、どくりと心臓が跳ねた。


「知ったところで君にできることはないだろう。それどころか、勢いのまま行動して、余計にユリィ殿下を危険なめに合わせかねない」


 腕の傷が完全に消えたので、手を離した。


「厳しいことを言うようだけど、俺は、ユリィ殿下もミラも守りたいんだ」

「……あの人たちはユリィ様を狙っていた。きっと、大金に目がくらんで依頼を引き受けた街の便利屋あたりでしょう?大きな仕事に困惑して挙動不審になった彼らを、貴方とアラン殿下が見つけて、もみ合ううちに彼らの目的に気づいて貴方は」

「ミラ」


離した手を、ぐっと掴まれた。恋人にする時の優しい感じではなくて、悪いことをした子供を叱る時のように。


「それは、単なる好奇心で知りたがっているのかい?だったらやめてくれ」

「違う!確かに私にできることなんて僅かかもしれないけれど、きちんと知っていたら、いざという時私が動いて盾にだってな」

「それならなおさらだ!君は、俺からミラを奪うのか?」


立ち上がったディアは、いつもみたいな余裕はなくて、少しだけ、震えている。

 私の言ったことは多分、ほとんど正解だった。だから余計、ディアを焦らせている。


「君は、俺から生きる希望を奪うのかい?」

「そんな、私は、いざという時という話をしただけで……」

「俺もアランも、君たちに被害のいかないようにする。君に馬鹿な真似はさせない。けれど君がそんな気持ちでいたらどうだい?まだ、処理が可能な段階であっても君は気づかず自己を犠牲にするかもしれない」

「しないわ。そんなこと……」

「どうして言いきれるんだい?俺は君がどんな人か知っているよ。君自身よりもね。優しいし、冷静で、けれど感情的になると周りが見えなくなる」


手が感覚を失っていく。強く握りすぎよ。


「どうか無理をしないで」

「無理なんてしていないわ。無理をしているのは貴方じゃない」


 こうして自分から顔をよせて、私から彼に何かを言い聞かせるなんて、今まで数えるほどしかない。


「私たちを守ってくれるのが貴方なら、貴方を守ってくれるのは誰なの?貴方だって、もしもの時は自分を犠牲にして戦おうとしているくせに。私の気持ちなんてわかっていないくせに」


言いながら、自分の身勝手さに溜息が出そうになった。ディアは、私や、ユリィ様のために一生懸命頑張ってくれているのにこんなことを言うなんて。

 感情的になって、冷静でいられなくなる。ディアの言う通りだ。


「私がいなくなるのが、嫌って、思ってくれる?」

「…当たり前だろう…」

「私もよ。私もディアがいなくなるなんて嫌よ。絶対に嫌よ。貴方を一人きりで戦わせるのも絶対に嫌。勝手に死んだりしないから。お願いよ。関わらせて……」


一人で背負い込まないで。


「君が介入することで、俺の気がかりは一層増えると思わない?」

「それは……」

「俺のミラは小さい頃からマセていて、口喧嘩じゃ全然勝てなかったよ。君は色々な言葉を使って正論で俺を言い負かすんだ」


肩をつかまれる。もう私の怪我なんて忘れてくれて、だけど、そのせいで、痛い。


「だけどねミラ。こればかりは駄目だ。君がどれだけ正論を述べようと、知ったことじゃない。この先道徳に背くことがあっても、俺は絶対に君を危険にさらさない。お願いだ。今後、もう二度と俺の頼みをきかなくてもいい。だから、勝手に動かないでくれ。俺や、ユリィ殿下や、他の君の大切な人たちのためであっても、自ら危険に踏み込まないでくれ」


辛そうな顔。怪我は今さっき治したのにね。どこかを痛めているみたいに苦しそうにしている。


「……勝手に動いたら貴方に嫌われてしまうかしら」

「いいや。だけど、俺が生きる気力を失う可能性は十分あるね」


それはいけない。


「……なら、約束してね。ずっと私と一緒にいてね」

「ミラ……わかってくれたのかい?」

「ええ……」


自分で勝手に調べたりしないし、ディアやアラン殿下に探りを入れたりもしない。

 



……もっとも……




「私の行動の結果偶然起きた事象で推理するのは私の勝手よね」




 ぼそっと呟いた私の声はディアに聞こえていないはず。聞こえていたら嬉しそうに私を抱きしめているのはおかしいから。


 ごめんなさい。


 今日で、私にはどうしても確かめないといけないことができてしまったの。それはきっと、貴方も、アラン殿下も気づけていないこと。それであって、私から貴方に教えてあげるわけにはいかない、残酷な可能性。

 もしかしたら私にもディアを助けて、守れるかもしれない。


「ディア……苦しい…」

「ミラ…っ、ありがとう、愛してる」

「や…っ、こんなところでキスは嫌…!」


ベシン、といい音が鳴った。

 到着したアラン殿下にディアの頭が叩かれたから。


「場所をわきまえられない愚か者はこの場から去れ」

「君が無傷ですんだのは俺のおかげじゃないか」

「俺一人でもあの程度どうにでもできたさ、恩着せがましい奴だな」


アラン殿下は鼻で笑いながら首をのんびりふった。

 アラン殿下の横では、息をきらせながらディアを見上げるユリィ様。


「おい!そこの馬鹿!これを食え」


 これ、と言いながらユリィ様が差し出したのは葉っぱ数枚。


「なんですか?これは」

「薬草ですね、ユリィ様?」


たしか……ユリィ様が育てているのとは違う。花が咲くと可愛いからと言ってマチルダが育てていた薬草だ。

 効果は…ええと……


「毒の緩和作用が…」


 弱い毒なら完全に効果を消せる解毒剤の元のはず。


「剣に何か塗ってあったかもしれない。念のためだぞ。塗ってあっても切られてすぐに倒れないなら大した毒じゃないだろうから、これで十分だ!」


じゃあ咄嗟に走って行ったのは、この薬草を調達するため?


「なんて優しい子なんでしょう……!」

「ありがとうございます殿下……」


かがんだディアの口に葉っぱを詰め込むユリィ様は、一生懸命薬草の説明をしてくれる。

 そのまま食べても効果が出るだとか、でも生じゃマズいとか。ディアには調理していないもので十分だとか。

 良薬は口に苦し。効くのだろうけれど生なだけあって苦そう。ディアが顔を歪めるのを我慢しているのがわかった。


「次ミラに破廉恥なことをしたらアランがお前を牢に入れるぞ!!」


 破廉恥なんて言葉をどこで覚えて来るんでしょう。


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