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 子供の体温って、こんなに高いのか。そういえば昔は、母が寒いからと私をベッドに招き入れることがよくあった。貴女がいると暖かくていいわーなんて言って。

 ユリィ様はぬくぬく暖かくて、きゅっと抱きしめると抱きしめ返してくれた。かわいい。気持ちが昂ると発狂したくなるのは誰にでもあることと思う。今、まさに、その状態だ。かわいすぎて叫びたい。


「ミラは暖かいな」

「ユリィ様が暖かいんですよ」


 私が暖かいのは手だけ。手の冷たい人は心が暖かいと聞いたことがある。じゃあ私はその逆か、と思ったりして。逆にユリィ様は手だけ冷たい。心が暖かいのか。


「誰かと一緒に眠るのは初めてだ」


 ふと思う。ユリィ様のお母様は早くに亡くなった。王子殿下と一緒に眠る人間などいるはずがない。


「色々な初めてを貰っていますね。光栄です」

「ミラは?」

「私ですか?」

「ミラは俺に何か、初めてをくれないのか?」


 鼻血が出るのを事前に止めるにはどうすればいいのだったか。すごくかわいい。何かの本で読んだ。あんまりかわいいものを見ると髪が抜けるらしい。と誰かが比喩していた。


「そうですね…」


 こうして家族以外と眠るのは…初めてではない。婚約者とよく眠った。幼いころの話だ。私の身はまだ清らかだ。食べさしあいっこも例によって婚約者と。


「膝の上に乗せたのは、ユリィ様が初めてですよ」


 乗せてもらったことはあるけれど。


「そうか!初めてか!」

「はい」


 抱きしめながら、クスクス笑う。年相応の男の子。目がキラキラしていて、可愛くて仕方ない。一年で手放さなくてはいけないなんて。


「少し寒い。ミラ、もっときちんと抱きしめろ」

「潰れてしまいませんか?」

「俺はそんなにやわじゃないぞ!」


 ぷちっと潰れそうなほど儚げな容姿だから心配なんですよ。




***




 学校へ行くための馬車に乗った私に、ユリィ様の視線が突き刺さる。たった五日しかなかったのにすっかり懐いてくれて、うれしいはうれしいけれど、別れがつらすぎる。

 昨晩も、学校に行くな、とずっと駄々をこねられた。ユリィ様は頑として泣かない子なのでべそをかくことはなかったけれど、噛みつかれそうな勢いで学校なんて行くなとずっと攻撃され、のしかかられていた。


「俺を置いていくのか」

「十六の貴族の娘として、学校に行かないわけにはいかないんですよ」

「なら連れていけ」

「ユリィ様はまだ五歳でしょう?」

「……っ、俺も行く!連れていけ!!」


 どうしましょう。適当にあしらえるレベルの可愛さではない。それはもう尋常ではない。


「お手紙たーくさん出しますから」

「手紙はミラじゃないだろ!」


 ええ、私自身は生身の人間ですね。


「時々帰ってきますから」

「毎日ではないんだろ!」


 距離がありますから毎日は無理ですねえ…。


「ユリィ様。ユリィ様のミラは、聞き分けのいい男性が好きですよ」


 びくり、とユリィ様が体を揺らす。


「俺のミラ…?ミラは俺のミラ?」

「そうですよ」

「ユーディアスのではなくてか?」


 ユーディアスというのは婚約者の名前だ。よく知っている。父から聞き出したのか。


「ユリィ様のミラですよ」

「なら俺の言うことをきけ!!」


 そう来たか。


「お嬢様、お時間が」


 焦ったような御者の声。そろそろ出ないと、明日の朝までに着けない。家から学校までは丸一日かかるから。


「ユリィ様、お許しくださいね。次に帰る時には、お土産を沢山持ち帰りますからね」


 だから今ばかりはユリィ様を振り切ることを許してください。断腸の思いです。


「待て!待てミラ!!放せウィリアム!!」


 次に帰る時にはお小遣いをすべてはたいてお土産を買って来ますからね…!!




***




 夜のうちに学生寮に到着し、一晩休んで始業式。始業式の後に入学式。それが終われば本日は授業をなくして放課になる。

 ユリィ様は泣いていないかしら。一人で眠れたかしら、と、それが気になって悶々としながら、女子寮への道を歩く。

 街と寮へ行くための分かれ道にさしかかったところで、後ろから肩を叩かれた。


「元気そうだね」

「ええ、貴方も」


 長期休みで長らく顔を合わせていなかった婚約者様は、綺麗に微笑む。藍色の髪と蒼い瞳の涼しげな印象の人。背が高くて、女性受けする顔立ちと物腰。


「ユーディアス様は、街へ?男子寮に行く分岐地点はもっと前でしょう?」

「今は二人きりだよ、ミラベル」


他に人がいるところでは私をスウェイン嬢と呼ぶ。彼なりの配慮。あまり親しげにすると私が嫉妬の標的になるだろうからと。一年生の時に学んだ。

 その代わり二人きりの時はうんと優しく親しみやすい人。


「そうですね、ディア」

「君の姿が見えたから追って来たんだ。君さえよければお茶でもどうかと思って」

「ええ。私はかまいませんよ。ただ……」


 きっと今頃ユリィ様はすっかりへそを曲げているだろう。今日のうちに何か買って、送ってあげれば少しでも機嫌を直してくれるだろうか。

 お城の暮らしが長いせいで、逆に庶民の物に興味津々のようだし、私の手持ち金でもどうにかなりそう。

 ディア…ユーディアス様の愛称…は、歯切れの悪い私に申し訳なさそうにする。


「予定があるなら、断っていいんだよ?」

「いいえ、予定というほどでは…。あ。あの」

「なにかな?」

「お茶も、いいのですが、お買い物に付き合ってほしくて」


 ユリィ様は男の子だし、ディアの方が欲しいものがわかるかもしれない。それに、庶民派の私より公爵令息の方が王子様の喜ぶものは知っていそう。ディアはアラン殿下とも親しいようだし。


「いい…ですか…?」

「勿論。君と一緒にいられるなら俺はなんだっていいよ」

「ありがとうございます。ではあの、突然なんですが」


 男の子はどんなものをあげると喜ぶでしょうか?


ディアの笑顔が、一瞬怖くなった。




***




 結局、買ったのは便箋のセット。ディア曰く、心のこもったものなら何でも嬉しい、ということだった。やや私の下心もある。これで手紙の返事を書いてほしいなーという、あからさまな催促。

 怒って手紙を書いてくれないんじゃないかとちょっぴり心配だから。

 買ったものを抱きしめながら、ディアとオシャレなカフェに入った。母と会うのも大抵このお店だ。すっかり常連になったお店。


「父から聞いていたけど、随分仲良くなったんだね」

「どうしてですか?」

「選んでいる最中の君は楽しそうだったからね。妬けてしまうな」

「五歳ですよ」


 仲良くなったはず。だけど昨日あんな態度をとったばかりに嫌われてしまったかもしれない。絶望しかない。


「誘ってくださったのは、どんな意図で?」

「ミラベルと出かけたかったから、ではいけないかな」

「婚約の話でしたら、お気になさらず。もともと不釣り合いでしたから。解消でしたらいつでも」


 首の後ろを掴まれ、前に押された。眼前にはディアの端正な顔。


「何度も言うけど、俺も俺の父も、婚約解消なんて許さないよ」

「キスは嫌ですよ。好きな人としたいでしょう?」

「だから俺は、君としたいよ」


 彼が情けをかけてくれているのは知っている。愛されているなんて勘違いはしていない。父がふがいないばかりに婚約して私の家を保とうとしてくれている。幼馴染のよしみで。彼のお父様と、父の、旧友のよしみで。だから彼に好きな人ができればすぐに離れてあげなくてはいけない。

 いつまでも甘えていてはいけない。縛り付けてはいけない。

 愛されているんじゃない。同情されているだけ。わかているけれど、時々虚しくなる時もある。どうしてかは、わからないけれど。


「ファーストキスは、特別ですから」

「誰かに奪われる前に君から奪いたい」

「恋人に言ってください」

「俺の恋人はミラベルだ」

「婚約者です。愛はありません」


 唇が触れそうなところで、ディアの手が離れた。


「泣きそうな顔をしないで、ミラベル。強引にはしないよ」

「そんな顔はしていませんよ」

「強引になどしたら貴様は死罪だ、変質者め」


……?


「まあ…ユリィ様の幻覚が私の膝の上に」

「幻覚ではないぞ!」


……?


「ディアにも見えていますか?」

「見えているね」


 私の目がおかしいのでなければ、サイズぴったりの、ディアと同じ制服を着たユリィ様が私の膝の上でディアを睨みつけている。


「会いたかったぞミラ!」

「分かれてまだ一日ですわ。何故…?」

「飛び級だ!!」


 私たちの通う学校に飛び級制度はなかったはず。ユリィ様が私よりも賢いことはわかっているけれど。王族の我儘はなんでもありということか。


「父上に許しは得たぞ。お前と同じ部屋ならという条件付きだ」

「私はいっこうにかまいませんが……屋敷の方が安全では?」

「ミラのいない屋敷では退屈で死んでしまう」

「それはいけませんね」


 もう百点満点のお答えに抱きしめずにはいられない。抱き寄せると、ユリィ様は自ら頬ずりをしてくるのでああもう叫びたい。生きていてよかった。


「怒っていませんか…?」

「怒っているぞ!だから今日はこれから俺のために時間を使え!」

「それで許してくれるのですか?ユリィ様は優しいですね」


 目いっぱい一緒に遊びましょう。


「貴様は帰っていいぞ、ユーディアス・ローデリック」

「初めましてユリエル殿下」


あら。


「ディアのお顔を知っているのですね」

「姿絵を見たからな。行くぞミラ」

「ええ」


 当然のようについてくるディアに、ユリィ様の厳しい視線が向く。


「邪魔だ」

「失礼ながら殿下」


 心なしかディアの目も笑っていない。


「そっくりそのままお返しします」

「不敬罪だ!!」


 頭が痛い。


「いけませんよユリィ様。もっと穏やかに。ディア、ユリィ様に失礼ですよ」


 二人にしては珍しく無視をされた。両者ご機嫌ななめだ。


「ディアはユリィ様への贈り物を一緒に考えてくれたんですよ。もう必要なくなってしまいましたけど…」


 ユリィ様がここにいるなら便箋の使い道もない。私の持つ袋を取り上げたユリィ様は中身を確認する。


「ミラが買ったのか?」

「ええ」

「俺のか?」

「そうですよ」


一度出した便箋のセットを袋にまたしまって、ユリィ様は胸にそれを抱きしめた。それから嬉しそうに笑って私を見上げている。


「一生大切にするぞミラ!」

「はぁん……っ」


 変な声が出てしまった。ずっと我慢していたのに。もう苦しい。呼吸をするのが苦しい。息をするのを忘れるくらいにかわいい。つらい。もうつらい。


「ユリィ様、手をつなぎましょうか」

「仕方ないな。許可してやる」


本当にありがとうございます。


「ディアと街を案内しますね」

「ミラだけでいい。そいつと同じ空気を吸いたくない」

「でしたら、殿下はおかえりになられてはいかがです?」

「貴様が失せろローデリック」


 なんだか仲が悪い…?単純に相性が悪い…?


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