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「これは新手の嫌がらせか」


ディアが何か言った気がしたけれど気のせいということにしましょう。

 お客様用のお部屋のベッドは大きくて、三人で眠っても問題ない大きさだった。ハンナも一緒がいいとお願いしてきたのだけど、ユリィ様の許可がおりなかった。お誕生日なので今日はユリィ様のお願いが最優先だ。

 レイスは何か言いたげにディアを見つめていたけれど結局何も言わなかった。もしかしたらディアと一緒がよかったのかもしれない。

 君の父と母の部屋は一つにさせてもらった、と、含み笑いする公爵様ってば素敵で。

 ユリィ様を間に挟んで、三人でくっついて寝た。

 うつ伏せになって挿絵のある童話を読み聞かせていると、ユリィ様はクスクス笑ったり、顔を強張らせたり。初めて聞くお話が多かったようで、父のプレゼントはまんまと心を射止めた様子。


「世の中には奇怪なことが沢山あるな」


不思議ではなく奇怪と言ってしまうのがユリィ様。

 そうですねぇと、実話かどうかはわからないことは伏せておく。

 数話読み終えたところで、ユリィ様はプレゼントの山の中から何かを取ってきて、それを枕の下に入れた。


「何を持ってきたんですか?」

「アランにもらったやつだ」


 尋ねたディアに、見たいか?と訊いて、返事を待たずに枕の下からまた取り出すユリィ様。

 色が褪せた一枚の絵だった。

 三人でのぞき込むように顔をよせて絵を見る。

 活発そうな女性の姿が繊細に描かれていた。髪を後ろで束ね、歯を出してにっこり笑い、そばかすは女の子らしくチャーミング。侍女の格好をした女性は私より少し年上くらいで、お日様みたいに明るい雰囲気がある。

 その笑顔がどこかユリィ様に似ていて、もしかしたらと思った。


「アランが描いた俺の本当の母上だ」


絵の隅っこには、


『美しきレオノーラ』


と、サインのように、タイトルのような言葉が小さく書かれている。


「母上の絵は城のどこにもないし俺の手元にもないから、これが初めて会った母上だ」


絵をなでながら、ユリィ様はちょっと得意げになった。


「今の母上より本当の母上の方が綺麗だ」


美しい、と形容するくらいなのだから、アラン殿下はユリィ様のお母様と親しかったのかもしれない。


「父上からもらったのは母上の形見の指輪だった。けど俺がつけるのには大きいし、いつかは逆に小さくなるな」

「さあそこまで体が成長しない可能性もありますがね」

「そんなことはありませんよディア。きっとユリィ様はディアなんかよりずっと逞しくて素敵な男性になりますものね」


言いたいことはわかる。紐だと強度が弱いので、寮に戻ったらチェーンをつけて首から下げられるようにしよう。


「異国では、みたいものを枕の近くに置くと夢に出て来るといわれているそうだぞ。マチルダが言っていた」


あの子は乙女ですからねえ……。実は私の周りでは一番。


「なるほど、ディアの夢が見たくて一緒に眠るんですね」

「違う!おまけだ!俺とミラと母上の邪魔にならない程度に隅に置いてやるだけだ!」


照れちゃって。

 ディアの方も嬉しいのを誤魔化そうと頬をひくひくさせている。


「両側がかたまっていると暖かいから、適当にこいつを選んだだけだ!」

「もう、本当に仲良しなんですから」


絵を枕の下に戻したユリィ様は、口をへの字にして私の胸にぐぐぐっと顔を押し付けてきた。痛い痛い。結構ぎゅうぎゅう来た。

 仲良しじゃない。

 呟いた後ですぐに、

 こともなくもなくもない。

 とぽそぽそっと呟き声が聞こえる。

 またディアの頬がにやけるのを我慢するようにぴくぴくっと跳ねる。


「母上が生きていたら…父上と、母上と、こうして眠ることもあったろうなぁ……」


その言葉を最後に、ユリィ様はぐっすり眠りにおちていった。




***




 眠った時は私にしがみついていたのに、眠りが深くなるにつれて、私とディアの服をひっぱるように掴んでいる。


「私は昔から我儘な子供だったのね」


ユリィ様の頬をつつきながら、苦笑をもらしてしまう。

 今まで、両親とそろって一緒に眠るなんてことが一度もなかった。父と母はいつも二人で眠っていたし、なんとなく、邪魔をしてはいけないと避けていた。

 一緒に眠れるのは二人が喧嘩をしているとき、一人ずつを慰めるために交互に眠ったくらいで、素直に喜べる状況ではなかった。

 それを不満に思っていたけれど、貴族の子なんて皆そんなものだし、ましてやユリィ様は望んでももうそれを叶えられない。


「私やディアが、ご両親の代わりになれるなんて思わないけれど……家族のような存在と、大きなくくりの中に入れてもらえたらいいわね。そしたらきっと、この子は私たちに安心して弱音をはいてくれるわ」


悲しいこと、辛いこと、助けてほしい時、傍にいてほしい時。それを本人の口から直接聞けたら、きっと、どんなことでもして守ってみせようと思う。

 直接言われなくても力になるけれど、気づけないこともある。


「そうだね……。けれど俺たちにはまだ難しいかもしれない。俺たちはどこかでこの子に同情しているよ。同情からの愛情に子供は敏感だ。そうして思うわけだよ。自分が可哀想な子でなかったらこの愛情は存在しないものではないかと」


君も知っているだろう?と、ディアは目で言っている。そしてディアも、それを知っている。片親のいない令息や、親が家を没落寸前に追いやった家の令嬢は必然的に哀れまれる。

 可哀想に。なんて可哀想な子だ。

 同情をうけることは決して苦痛ではないけれど窮屈だ。だって自分自身には何が可哀想かわからない。気づけば当たり前になっていた生活、あるいは頑張って乗り越えた悲しみをいつまでも哀れまれる。そのうち自分は哀れでなくてはいけない気がしてしまう。哀れでなければ誰も自分に気づいてくれないのではないかと思ってしまう。

 私自身のたとえで言えば、親戚の人々だ。

 散々お世話になってきたけれど、自分から弱音をはくことはできなかった。同情からくる愛情には限りがある気がしていた。そんなことはないと頭でわかっていても、うまく甘えられない。

 ディアにしても全く同じだったと思う。


「だけどね…、もし、この子がこの世で誰より恵まれた子だったとしても、私はこの子を可愛く思うわ。とてもがんばり屋さんだもの。私や貴方がこの子を愛しく思うのは、この子が可哀想だからではなくて努力家だからでしょう?それをこの子が、いつか気づいてくれたらいいのにね」

「そうだね……」


 ディアと一緒になってユリィ様を抱きしめると、ユリィ様が少しだけ微笑んだ。


「それにしても君、敬語が抜けたり使ったりだね」

「他の人のいるところでは茶化されるでしょう。徐々に、徐々にね」


眠っているのをいいことに、二人でユリィ様をいじくりながらおしゃべりをする。頭を撫でたり、睫に触れたり。


「そういえば君は何を殿下にプレゼントしたんだい?」


待ってました。誰かが訊いてくれるのを待っていた。


「うふふ…。私はこの数か月誰よりもユリィ様と過ごしたのよ?誰よりもユリィ様の欲しい物がわかっているんだから。アラン殿下や陛下には負けてしまったけれどね。教えてほしい?」

「ああ、是非とも」


 ユリィ様は植物に興味をお持ち。それも薬草には目が惹かれるらしい。特に本人が言ったわけではないけれど見ていればわかる。

 お庭を歩いて、珍しい植物があるとその植物の名前を訊いてくる。子供だから、華やかなものに惹かれるのはわかるけれど、ユリィ様は花の咲かない野草にまで目をむける。それから書斎に行ってその植物を調べたり。その後は決まって薬草の使い方を調べる。一体どこまで博識な子供になっていくのか。

 医療系の魔法が癒せるのは外側の傷だけ。病気や内臓の怪我は治療や薬が主となる。特に薬剤師は王家直下の薬剤師でない限り収入が安く、重要性の高い職業にも関わらず人口が減っている。お給料が少ないのではない。ただ、薬剤師をするには費用がかかる。薬草を育てる設備にかかる金額は莫大だ。

 なので自分自身が薬草の知識を持つのはいいことだ。

 そこで私が用意したのは、育てるのが簡単な薬草の苗と種を少しずつと植木鉢、それにユリィ様専用の薬草の本。

 五歳の子には早いかもしれないけれど、ずっとユリィ様を見ていた私が選んだのだから間違いはないと我ながら自信がある。

 ここまで持ってくるのもなんだったし、今日は泊まることになるだろうから、今日中に渡すために寮で一足先にプレゼントした。

 目を輝かせて喜んでくれたので私は大満足。


「じゃあ貴方のを先に教えてくださいな。あの中にはなかったでしょう」


部屋のテーブルに置いたプレゼントの山を指さす。あの中にディアの渡したプレゼントはない。

 まあ、私のプレゼントには敵わないでしょうけれど。だってユリィ様が何に興味を持っているか、一番よく知っているんだから。


「俺は温室を」

「……はい?」


私の耳はおかしくなったのかもしれない。


「ローデリックの家なら王家の方がいくら訪れても問題ないからね。ユリィ殿下が城に帰った後定期的に通えるだろうと思ったんだ。うちの庭の奥に温室を作ったんだよ。ユリィ殿下は薬草に興味を持っているように見えたから」


私以外の人にもユリィ様の興味の対象がわかっていた。それだけでもショックなのに。

 私の婚約者は昔からずれている。道理で、ユリィ様がディアのプレゼントを私に教えないはずだ。植木鉢より、設備ばっちりの温室の方が比べるまでもなく上等だから。

 子供に気を使わせてしまった。


「貴方って昔から私をがっかりさせるのが上手だわ。それに贈り物の限度が毎回おかしい」


 記憶に特に残っているのをあげるなら、私の十歳の誕生日。学園入学した年で特別だからといつもより派手だった。屋敷一帯を覆う量の薔薇の花。使用人たちは薔薇に埋もれた。この人は馬鹿なんじゃないかと疑った。十五歳の誕生日。成人の年だからと更に派手だった。ドレス百着、化粧品十年分、アクセサリー山のように。疑いようもなく馬鹿だと悟った。

 この他にも色々と度の越えたもらうのに気の引けるものばかりもらい。いっそ売ってお金にかえれば結構な額にと考えても、それなりに想っている婚約者からのプレゼントを無下にもできず。

 いつだったかは静かで寂しいスウェイン家の周りに小規模な街を作ってしまおうと言った時は本気で頭がイカレているのではないかと心配した。

 この人の金銭感覚は絶対的におかしい。

 普段は無駄遣いなんてしないくせに誰かに贈り物をする時は無駄に張り切る悪い癖がある。


「だいたい温室なんて敵うわけない…っ」


私が一番だと思っていたのに。アラン殿下と陛下には負けてしまったけれど、それは仕方ないけれど、三番にはなれると思っていたのに。どこまで私を落胆させるのが上手な婚約者なんでしょう。


「それでミラは何を……ミラ?何か怒っている?」

「別に怒っていません!早く眠って!もう、これだから貴方って人は…!」


きっと、私が貴方に「鼻につく人」と言う理由、自分では理解できていないんでしょうね。


「いや…俺はどうも、今夜は眠れそうにないよ…」

「なんて?」

「いいや。なんでも。……おやすみ」


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