27
貴重なものが見れた。
制服ではなく、黒い燕尾服を身に着けたユリィ様はかちかちに固まって私の膝の上に座っていた。道中での馬車でのこと。
なんでも、自分のためのパーティーは初めてだからと真っ赤になって教えてくれた。
それもローデリック邸へつけばすっかり元通り。ディアやアラン殿下に情けない姿は見せられないからといつもの堂々とした態度に戻った。
お屋敷の前で待っていてくれたのは一足先についていた私の父とディアのお父様。馬車を降りるユリィ様を手伝ってくれたのはディアで、私を支えてくれたのは父。
「久しぶりだなウィリアム!また太ったか」
「本当……。それ以上お肉を蓄えてどうするんです?」
ディアに抱えられたユリィ様と父を攻撃しつつ、溜息をこぼしてしまう。どうしてよりにもよって公爵様と並んで立ってしまうのか。悲しくなるくらい不公平な世の中を思い知ってしまう。
視線を地面に落とす父はちょっと泣きそう。言いすぎたかしら。
「お父様をいじめるものではないよミラ。先に挨拶とハグをしなくては。意地をはっても君はいつも伯爵の話ばかりするほど伯爵が好きだろう」
苦笑を浮かべるディアをじっと見つめる。
ああ……なんだか……
「この頃の貴方は一層鬱陶しさに拍車がかかりましたね。そうやってすぐ私を子供あつかいした口調をしますし、余計なことばかり言いますし、私のことをなんでも知っているようにあやしますし、ちょっと上から目線ですし、悟ったみたいに得意げに笑いますし。そういうところが女性に嫌煙されるのをご存知ですか?これだからユリィ様に侮られたりアルに煙たがられたりするんですよ。年下とあれば貴方はすぐに子供扱いしますもの」
「君は図星を疲れた時毒舌で饒舌になるね」
笑みを崩さないディアにイラッとしてしまう。
「ミラを子供扱いしたことなんてないよ。俺は君を女性としてしか見ていない」
「……」
ユリィ様に衝撃がいってはいけないので背中をばしんと叩いてみる。
「ミラは照れ隠しをする時に手が出る」
「違います!早くユリィ様を連れて行ってください!皆さんお待ちなんでしょうから」
はいはい、と笑うディアはユリィ様を連れて早速お屋敷に入っていく。このところユリィ様はすっかりディアに慣れて、私と離れる時もディアがいるなら別にいいと言うくらい。ますます悔しい。
と、それよりも。
公爵様がいらっしゃるのをすっかり忘れてディアを叩いたりしてしまった。恐る恐る公爵様を見上げると、どこか嬉しそうに笑っていた。
「ご無沙汰をしております、公爵様。ご挨拶が遅れてしまって申し訳ありません。それに今日も、会場まで提供いただいて……」
「元気そうで何よりだ。なに、他ならない君の頼みなら喜んで聞き入れる。息子も世話になっているしな」
「いえ……お世話になっているのは私の方です」
まだ見えるディアの後姿を眺めて、公爵様が目を細める。どうしましょう。とても素敵。今この瞬間を是非絵師さんに収めてほしい。
「あれはいつまでたっても子供のようだろう」
「ユーディアス様がですか?まさか!あの人は……いつも私を置き去りにして大人になってしまいますわ。私にはとても勿体ない方で……」
公爵様は珍しく声を出して笑った。
「それこそまさかだな。あれは芝居がうまいだけだ。昔から必死に欲しい物を捕まえようとして周りが見えなくなる。見たところ、進歩が出てきたようだが」
「進歩……ですか?」
「いいや、君がわからなくてもいいことだよ」
鼻歌を歌い出しそうなほど上機嫌の公爵様はゆったりとした足取りでディアに続きお屋敷の方へ戻っていく。
残されたのは、父と私。
口をもごもごさせた父は、何かと尋ねたがっているようだ。
「お母様なら、いらしていますよ。今日のうちに仲直りされてはどうですか?」
もちろん、メインはユリィ様のお誕生日パーティーなのでそれを忘れてもらっては困る。
父はそれでも、頷いただけでまだもごもごしている。
「公のご子息とはうまくやっているのか」
「さあ…どうでしょうね」
やっとこちらを見て言った父は、少し悲しそうな顔をしている。
「もし」
「はい?」
「もし、お前が、どうしても婚約が嫌だと言うのなら、私から公に話をつけよう。お前は心配する必要はない」
少し笑ってしまった。
「随分今更ですね。もう何年も前から決まったことですのに」
「私はお前が、公の息子を好いているのならいいとも思っていた。だがこれ以上お前に苦労をかけるわけにはいかない。その上私の思い違いでお前には望まぬ結婚を進めていたなら私はお前に合わせる顔がない」
きっと、だけど。
父も焦ったのだろう。私と一緒。先の話だからと流していたけれど、私もディアも卒業する年が近づいてきた。そのせいで、婚約はどんどん現実味を帯びて来た。
ディアの言うには、父は私の意見を尊重させたいと一度は婚約の話を断ったようだし、考えてはくれていたのだろう。それで、久しぶりに私とディアが一緒にいるのを見て、思い切って告白したと。
「苦労をかけていた自覚はあったのですね。合わせる顔なんて、もうとっくの昔に失っていたでしょう。困ったお父様」
父の腕に手を添えると、少し震えている。
本当は、父に、公爵様に意見をする度胸なんてない。私が婚約をしたくないと、本当に言ったなら、父はきっと余計なことをきりだしたと後悔しながら、けれど結局娘のために公爵様の元へ行く。
だけど父はちゃんと私の父だった。
私がディアを好いていると思ったのは、私をよく見ていてくれたからでしょう?
「どうぞお気遣いなく。私はちゃんと、好きな人と婚約していますし、好きな人と夫婦になります」
「そうか……」
父の震えがおさまった。
可笑しくて笑ってしまう。
「合わせる顔なんて気にする必要はないではないですか。親子なんですもの。どんなに不甲斐なくても私はお父様とお母様の娘ですよ?」
「ああ…」
「でも会いづらいと思うなら、お母様の話ばかりじゃなくて私のことも訊いてほしい時があるかもしれませんね……嘘です。忘れてください。嘘ですったら!笑わないで!」
***
いっぱいのプレゼントを抱えたユリィ様は、よろよろしながら私のところに来た。父の腕から離れ、こちらへ来るユリィ様に駆け寄った。お行儀が悪いかもしれないけれど今日は身内しかいないので大目に見てほしい。
「ミラ!ミラ!これが、クレアで、これはクルトで、あと、これが双子で、これがリディアで、これが公爵で……」
「はい、はい、一個ずつ置きましょうね」
ほっぺを真っ赤にして嬉しそうに話すユリィ様は、全部大切そうに私に持たせたり床に置いて説明してくれる。
皆さん張り切ってプレゼントを用意してくれたご様子。それぞれユリィ様が包みを開けて驚くのを期待しているお顔。
ローデリック家の親子と、私の父と母、メイフォード家のご家族に、アラン殿下。今日のお客様は以上。
ダリアも誘ったけれど、とてもでないけれどご迷惑をおかけしたスウェイン伯爵には会えないと言われてしまった。私も無神経だった。あの子には居づらい場所にお客様のメンバーだ。ケインについてはまあ、誘っても来ないのでからかうにおさめたけれど。
アルには、弟君も連れて是非と誘ったけれど、父やディアには会いたくないと遠まわしに断られてしまった。
友人ABCやその他の女子寮のお友達男子寮のお友達、皆さん公爵家には行きづらいということで誘えなかった。
ダリアが来なければギルバート殿下も来ないわけで……。
「お父様は?」
「ああ……殿下、私はこれを」
父が渡したのはおそらく本。包装から明らかだった。
「あら……ふふ……。私の六歳の誕生日にも、父は本をくれたんですのよ。おそろいですね」
厚いし、面積も同じくらいなので、もしかしたらまったく同じものかもしれない。童話集はやっと文字が読めるようになった私に父がくれたものだ。
ユリィ様には簡単すぎるかもしれないけれど、童話みたく子供らしいものを案外知らない子なのでいいプレゼントだ。
「本当かっ?おそろいだな!」
ホント一緒に私を抱きしめてくれるユリィ様がかわいい。息ができない。酸素がほしい。
「後で一緒に読みましょうね。もう!もうかわいい!もう大好きですもう!」
「ミラ…苦しい」
「ごめんなさい」
むせさせちゃった。ごめんなさい。
「ユリィ様、ありがとうは言いましたか?」
「言ったわよねー、ユリエル様」
母がにこにこしながら私からユリィ様をうばって頬ずりしている。
「やめてください、返してください、ユリィ様を抱っこしていないと呼吸ができなくなる病気なんです」
声を高くして笑う母は、「我が子ながら馬鹿な子ねえ」と酷いことを言う。酷い。
「ミラちゃんはディアに抱っこしてもらえばいいでしょーう」
「嫌ですよ!何の得もないじゃないですか!何も楽しくないじゃないですか!返してください!お母様こそお父様とべたべたしていればいいでしょう!」
「嫌ぁよあんな甲斐性なし」
ああもう!父が涙目に。
「そうだな。どうだろう、甲斐性なしにはお帰りいただくというのは」
「クルト伯父様!怒りますよ!」
「冗談だよミラ」
伯父様には計り知れないご恩がありますがよってたかって父を虐めないでください。本人もダメ人間の自覚はあるのです。これ以上追い詰めないで。
「じゃあミラ姉様はハンナがぎゅってしていい?」
「まあハンナ。勿論」
「駄目だ!」
着地したユリィ様がジャンプして私に上ってくる。かわいいもうかわいい。
「今日は俺の誕生日だぞ!ミラにハグしていいのも俺だけだ!」
「しかし!お前を抱きしめる権限はスウェイン嬢だけのものではない!」
「申し訳ありませんアラン殿下。私だけのものです」
ねーっとおでこを二人でこつんと合わせる。嫉妬に燃えるアラン殿下はスルーの方向で。
「賑やかだな」
「そうですね」
公爵様とディアは傍観体勢に入っている。
「貴女は最近俺の扱いが雑だぞ!ユリエル!こちらへ来なさい!」
「馬鹿かお前は。行くわけがないだろう」
いたって冷静なユリィ様。素敵。
「そろそろお食事をいただきましょう?ほら、ユリエル様より大きいケーキも用意したんですよ」
リディア伯母様がくるっと回って、あちこちに用意されたお料理を示す。皆で出し合って用意したのだけれど、料理人といい大部分が伯母様のプランの元動いた。
芸術的センスの優れた伯母様が用意したので、見ても素敵なお料理が並んでいる。
「母上はとても張り切っていたんだよ。僕も少しお手伝いしたけど」
「あら。レイスはお母様のいいところを受け継いで将来有望ね」
レイスの頭を撫でようとしたら、ユリィ様がブクブク頬を膨らますので一なでなででやめておいた。
ユリィ様は甘いお菓子が好きなんです。お野菜が苦手なので細かく刻んでほしいです。等々の要望全て考慮していただいたお料理にユリィ様は大満足してくれたよう。
口いっぱいに詰め込んで嬉しそうに頬を染めて、伯父様や父とお喋りしたり、母や叔母様に愛でられたり、双子とゲームで熱い戦いを繰り広げ、ディアをからかい、公爵様と警戒しながら探り合いする姿はそれは可愛く、一巡すると私に感想を言いに来てまた繰り返す。時にはアラン殿下から逃げたりして。
よっぽどユリィ様が気を使っているのでなければ、心から楽しんでくれている様子。
母があからさまに父を遠ざけて聞こえる声で嫌味を言ったり、伯父様に父虐めが始まったり、伯母様と母のディアいじめが始まったり、しまいにはそれに伯父様も加わったりと、大人気ない大人たちのおかげで多少の不快感も生まれたかもしれないけれど。
ダリアとギルバート殿下(ダリアが二人からと強く強調して、ギルバート殿下は渋い顔をしながら頷いていた。二人で選んだそうなのでそういうことにしておく)からのプレゼントやアルからのプレゼント、マチルダやメリッサやエリカ、それ以外の親しい友人たちからのプレゼントも預かっていたのでユリィ様が眠くならないうちに渡しておく。またほっぺが嬉しそうに赤く染まった。
「殿下、これは陛下から預かった者です」
公爵様から渡されたのはお手紙と小さな包み。
ユリィ様は複雑そうな顔で受け取っていた。
それから夜もふけ、ユリィ様が眠たそうに目をこする。
「ミラ…眠い…帰るぞ…」
公爵様が首を横にふった。
「もう遅い。他の方々も泊まっていきます。殿下のお部屋もご用意しましたので、そちらでお休みください」
一度は頷いたユリィ様だったけれど、何かを考えるように黙り込んだ。
「ミラも同じ部屋か?」
「そうしたいなら、そうしましょう?」
もしかして嫌?と思ったがそうでもないらしく、また考えるようにユリィ様が黙り込む。そして次に顔をあげると、ディアの方を向いた。
「今日だけお前も俺とミラと一緒に眠らせてやる」