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 連日部屋に訪れる友人たちにユリィ様を任せて、少しだけ外に出させてもらう。

 たとえば刺客が近くにいても、この時間帯の寮ならば下手にユリィ様に手は出せないだろう。


「お待たせしてすみません」


コートを着こんだディアに声をかけると、笑いながら首を横にふられた。


「もう少しゆっくりでもよかったんだよ。走ってきたろう。息が上がっている」

「走っても遅いから困りものです。少し体を動かさないと」

「付き合おうか」

「私に合わせたら今度は貴方の方が運動不足になりますよ」


そっと手に触れてみたら、ディアの手はひんやりと冷えている。

 男子寮からここまで来れば寒さもそれなりに襲ってくるだろう。


「冬ですもの…ね…。冷たい…」

「なんだ。君が温めてくれるのかい?」


そう言って握り返してくるけれど、私だってそんなに暖かいわけじゃない。


「貴方はもう十八になったんですね」


大きな手。

 考えないようにしていたけれど、この手の大きさだって、ディアが私から離れていく象徴だ。誕生日を忘れておいて、置いて行かれるなんて白々しく言えないけれど。

 ディアは驚いたように目を見開いてから笑った。


「覚えていたんだね」

「いえ……正直に言うと、忘れていました。ごめんなさい」


 くれぐれも、馬鹿正直に忘れていたことを言うな、とアラン殿下に念をおされたけれど、それも罪悪感がある。

 さも覚えていましたよというふりもどうかと思うので、それについては謝らなければいけない。


「プレゼントを今更渡すのは、申し訳ないのですが、よければこれを受け取ってください」


少し上等なティーカップ。私のおこずかいで買えるものだから、ディアには安物かもしれない。先日わってしまったと聞いていたから、都合の悪いこともないはずだ。デザインも使いやすいようにシンプルなもの。

 大したものでもないのに、ディアは大げさに喜んでくれる。


「ありがとう。大切にするよ」

「いえ……。とても…申し訳ないことをしてしまいました。アラン殿下に言われました。もし、私が心から申し訳ないと思っているなら、ディアと真剣に向き合いきちんと話せと」


俺の言う通りにすればいいと言った割に、アラン殿下のアドバイスはたったのそれだけだった。

 

あいつと向き合ってやれ。これをきっかけだと思えばいい。貴女は詫びとして、これまで逃げ続けて来たあいつへの答えを出せ。婚約者として、きちんと話せ。


「そんなたかが誕生日を忘れたくらい気にしなくていいよ。この頃は君も忙しかった」

「いいえ…。そろそろ、話さなくてはいけなかったんです。だって、貴方は学園を卒業する年齢になったんですもの」


 先延ばし、先延ばしにしていたこと。いい機会だったかもしれない。

 私が卒業する年にはもう決断を出し、すぐに結論を出さなければいけない。決断するまでの時間を確保するには、今から頭に入れておかないと。お互いに、婚約の解消のことを。


「お誕生日おめでとうございます、ディア」


 毎年、こう言ってきた。おめでとうと。


「なんて、言うけれど。貴方の誕生日をおめでたいと思っていたのは初めの頃だけだったの」


学園入学の年になった時、成人の十五になった時。


「私よりも大人になっていくディアが大嫌いだったの。私を子供扱いするディアも嫌いよ。私はディアと、対等でいたかった。家柄や、学力や、能力で敵うことがなくても子供扱いがたまらなく嫌だったの」


いっつもいっつも大人ぶって。子供のくせに。私と一つしか違わないくせに。大人ぶっているディアはいつの間にか大人な人になって、ちっとも子供ではなくて。

 なのに私はいつまでたっても子供みたいで。この頃やっと、大人のふりができる子供になった。


「かわいいミラって、貴方が言うたびに、嬉しくって、だけど、貴方は結局私を子供扱いするからそう言えるのよ」


恥かしがるわけでもなく、あやすように言う。


「好きだよって、貴方は言うけれど、その好きは家族愛みたいなものだわ。それに、同情と贖罪。私を愛しているわけじゃないでしょう?」


話しながら、自分で辛くなって、俯いた。自分で言ったことに傷つくなんて、やっぱり子供だ。

 手を強く握り返される。


「俺は君を愛してるよ」

「愛してない!」


私を女として見ていない。


「言い訳よ。これは言い訳。私は嫌な人間だから、言い訳をするわ。今年に入ってね、ディアの誕生日なんてこなければいいって、ずっと思ってた。十八は学園を卒業する年でしょう?だから、ディアが十八の間に婚約の話もきちんとしなきゃいけない。もう逃げられない。今年は特に、貴方の誕生日を忘れようとしてた。忘れたがってた。これは言い訳よ。私は開き直っている嫌な女よ。呆れられてもしかたない。だけど言い訳でも、これも、事実なの」


 私の好きと、ディアの好きは違う。


「ねえ、今までありがとう。貴方は素敵な人よ」

「何を言うんだい?俺はこれからも君といるよ」


もう一つ、貴方にプレゼントをあげる。


「婚約を解消しましょう。貴方が望めば公爵様も許してくださるわ。貴方が解消する決心がついたら言って。私も公爵様にお話に行くから」


貴方が望むように、自由をあげる。

 貴方が一言婚約をやめると言ったら、いつでも逃げられるようにしてあげる。私はいつでも婚約の解消を受け入れる。その現実をあげる。


「俺は、ミラをはなしたりしないよ。俺はミラを一人にしないし、大切にする。一生愛している」


 お母様がまたミラを置いて行ってしまったの。お父様がミラのことを気にしてくれないの。お父様もお母様もミラと遊んでくれないの。今日も二人は喧嘩をしているの。ねえ、ダリアとケインにもう会えなくなってしまったの。お金がないから仲良しの侍女が辞めて行ってしまったの。ミラは今日も一人なの。

 私が小さなミラだった時、辛いとき、いつもディアがいた。

 しかたのないお母様とお父様だね。大丈夫。喧嘩がやむまで一緒にいよう。そう、兄妹と会えないのが悲しいんだね。代わりに俺が遊んであげる。侍女の分まで俺がミラと一緒にいるよ。俺がいるよ。ミラを一人にしないよ。俺がミラを悲しませないよ。


 いつだって、そう言って抱きしめてくれた。

 俺は、ミラを泣かせないよ。そう言って。


「ねえ、抱きしめないでよ」


 十八歳のディアも、私を抱きしめる。


「お願い。嫌よ。どうして。こんなはずじゃなかったの。貴方は、簡単に、私の提案を受け入れるはずだったのに。こんなのって、最低だわ」


だけど、十八歳のディアは、幼い頃とは違う。抱きしめるときに、肩に触れないの。


「かばわないで!私の左肩に、触れてよ!やめてよ……貴方の優しさが、全部、罪悪感からだって、実感してしまう……!」

「違う!俺は贖罪だけで愛を偽ったりしない!俺はミラが……」

「生活しているときだってそうよ!いつも、さり気なくだけど、私の肩を庇ってる。もう治っている肩を、それでも貴方が気にするのは、まだそれを気にしているからだわ」


 ユーディアス・ローデリックは公爵家の一人息子。

 容姿端麗、品行方正、成績優秀、誰もが憧れる人。

 ミラベル・スウェインは名ばかり伯爵の一人娘。

 特技もなく、凡庸で、美しくもなく、価値の薄い。


 そんな組み合わせで婚約者というのだから笑ってしまう。おかしい話。こんな関係を納得できる人なんてほとんどいない。

 ユーディアス・ローデリックに憧れる女子生徒は星の数ほどいる。彼女たちにとって私は目障りに違いなかった。

 ちょっとくらいの嫌がらせなんて我慢できた。ディアに悟られないようにすることもできた。心配をかけたくなかった。

 だけど結果的にはバレてしまった。気を緩めていたところで階段から突き落とされて、頭を打ち、左肩も重傷を負った。魔法で治せたけれど、肩はしばらく、リハビリが必要だった。

 それからは、ディアは校内で私によそよそしく接するようになった。私もそれに合わせた。本当は不満だった。

 ディアはその事件から一層私を大切にしてくれた。

 だけど


「私が、ケガをしたのは自分のせいだって、自分を責めて……だから貴方は私と一緒にいてくれる。そう思うとすごく虚しいの」


 ケガをするまでだって、ディアは優しかった。私のことを大切にしてくれていた。


「本当は、妹のようにしか思っていないのに、私に気を使って、結婚までしようとしてくれているのかもしれない。これはただの贖罪で、たとえ貴方が私と結婚してくれても……っ、この結婚は間違いだった。自分にはもっと他にいい人がいた。貴方に、そう思われるのが怖い……っ」


少し、顔を近づけたディアがぎょっとしている。


「ミラ……?泣いているの?」

「こんな……っ、こんな話をするつもりじゃなかったの…。泣くつもりもなかったの…!今はユリィ様の護衛もあるし、王位継承の件で、大変なことはたくさんあって…!私個人の感情の話を、こんなにグダグダするんじゃなくて、ただ、婚約を解消しようと言って、それで、すぐ、ユリィ様のところに戻ろうと思っていたの……」


 なにを焦っているんだろう。今は本当に忙しい時で、ユリィ様のことを一番に考えて。他のことは保留しておかなければいけないのに。

 あの小さな王子様は、幼いミラの、幼い王子様にとても似ていて。ユリィ様が成長するのが、ディアの存在を彷彿とさせて。


「ごめんなさい…っ、自分勝手で…最低…っ。最低なの…っ。良い人ぶって、貴方にも、ユリィ様にも、私は、不誠実な…」


 小さな王子様のことだけを考えなければいけないのに、結局私は自分のことにばかりいっぱいいっぱいになって。


「あの子が、俺のミラって、言うたびに、思い出すわ。私が、ユリィ様のミラだって、言いだしたのにね。俺のミラって、貴方もよく言ってた。だけど貴方も、ユリィ様も、なってくれないの。私のディアにも、私のユリィ様にも」


そんなのずるい。


「ねえ、ユリィ様はあと数か月でお城に帰ってしまうわ。貴方も私じゃない人のディアになるの。お母様はウィリアムのクレア。お父様はクレアのウィリアムなの。じゃあ、ミラには誰がいてくれるの?誰が、私を“一番”にしてくれるの?」


冷めた子供だって、女だって、夢をみる。誰かの一番になりたい。唯一になりたい。誰かにとって特別な存在にしてほしい。


「俺じゃダメなの?」

「貴方は…!」

「俺は君が思うようなできた人間じゃない!俺はミラが思っているよりずっと卑しい人間だよ。ミラが思っているように、優しくて、誠実なんじゃない。そういう良い人を演じているだけだ!」


肩に触れていなかったディアの腕が、ぎゅうっと、体全体を包み込んで抱きしめてくる。


「君を愛してるよ。好きだ。どうにかなってしまいそうなくらい。ずっと、子供の頃から、ミラが、永遠に俺だけのものになればいいと思っていたよ。君が俺でない男と話すだけで、俺は気が狂ってしまいそうだった…!贖罪なんかじゃない。ただ君を愛してる」


 ずっと君を騙してきた。


 耳元で囁かれた。


「俺が欲しいと頼んだ。ミラ以外何も望まないからミラが欲しいと父に頼んだ。ガキの俺は、父の権力で君を捕らえたんだよ。娘の意思を尊重したいと言うスウェイン伯爵の異論もはねて」


親が決めた結婚なんかじゃない。俺が一方的に君を鎖につないだ。檻に閉じ込めた。


 自嘲気味に、喉を鳴らして笑うディアの声がする。


「幻滅した?だけどわかって。君は俺の唯一の人だよ」


ゆっくり顔をあげると、困ったように笑ったディアは触れる程度のキスをしてきた。


 ほんの数秒で顔をはなしたディアは、驚いた後、嬉しそうに笑った。


「俺のせいで赤くなるミラなんて初めて見たよ」

「……だって…ね…好きよ…。ディアが大好きよ…。だから、嬉しくて、恥ずかしいの」

「本当に?」

「本当に…」


ずっと、本当はずっとずっと


「ずっとディアのこと、大好きだったのよ」

「そう……嬉しくて目が回りそうだ」


 こん、と、額を合わされる。


「今は、王位選で忙しいけどね。何もかも解決したら、君に、プロポーズをしようと思うんだ。それまでには、今よりももっと君に相応しい男になろう。待っていてくれないかな、レディ・ミラベル」

「それまでに、貴方のお心が変わらなければ、お待ちしています、サー・ユーディアス」



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