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 生徒会室には私とアラン殿下だけがいて、向かい合ってソファに座っている。

 私からお願いして二人になった。ユリィ様はディアとディアのお部屋で二人で仲良く遊んでいる。

 腕と足を組んだアラン殿下はそれは真剣な表情を浮かべている。


「話というのはなんだろうか、スウェイン嬢」

「…アラン殿下は既に、わかっているのでは?」


 私はかつてないほどに危機感というものを抱いている。


「ロメオか、ギルか、はたまた他の女狐側の家の動きについてだろう」

「いいえ…。いいえ……そんなことではございません」


 王位争い云々ではないのです。


「違う……?すまないがスウェイン嬢、俺には心当たりがない。……ユーディアスを差し置いて俺は貴女を魅了してしまったのか…?」

「寝言は寝て言……失礼しました。いいえ、そのようなことはまずないかと」


真面目な顔でそんなことを言われるとちょっと……。さすがにイラッときてしまうと言うか…。


「では何が」

「ついに来週まで迫ってきました」

「!……ああ、その通りだ…」


 なにがと言えば、我らが天使な王子様、ユリィ様のお誕生日だ。

 ユリィ様の誕生日はうちに来たその日中に調べて、家じゅう、部屋中のカレンダーにかきこんだ。

 王家の方の誕生日といえば盛大に祝われるのだけれど、本人がそれを望まなければささやかなもので終わらされる。陛下のお誕生日はさすがに祝日だけれど。

 なので、学園入学後に自分の誕生パーティーをお城に帰って開く王子殿下はおらず、女子生徒や媚び売りの娘さん息子さん先生はキャーキャー叫ぶも、関係ない人は基本的にスルーというスタイル。

 ユリィ様も早くから誕生日パーティーを望まなくなったそうで、陛下やアラン殿下ややはり媚び売り貴族にプレゼントをもらって終わっていたそうだ。今年は盛大に祝いますからねユリィ様。

 そんなわけで来週の準備はほとんどすませて、今から大変はりきっている。


「プレゼントも食材リストも招待リストも準備万端。身内だけで行うささやかなものですけれど、公爵様のご厚意でローデリック邸を使わせていただきます。土曜日ですし、ユリィ様は泊まっても大丈夫だそうです」

「ああ知っている。当然俺も行くからな」


どんなプレゼントを準備しているのか今からアラン殿下が楽しそう。


「けれど準備をするにあたり、私は何かが胸にひっかかっていました」


何かを忘れている気がする、と。


「どうでもいいことのようで、けれど思い出せないのはスッキリしないこと…。なんだろう、なんだろうとずっと考えていましたの」


 思い出せないのなら大した事でもないのだろう。この際気にしなければいい。けれど、どうでもよくても忘れてはいけないようなこと…。


「そういえばこの時期は他にも毎年何かがあったはず。けれど毎年何をしていたかしら。なんだろう、なんだろう……夜も満足に眠れません」


 毎年なら忘れることもないでしょうに、結構どうでもいいと思っていたから?


「両親の結婚記念日はまだ先ですし、ディアのお母様の命日は先日でお墓参りもしました。愉快な友人ABCの誕生日はひと月にまとまってあるので忘れるはずがありません。そういえば私はユリィ様のお誕生日のことを考えると何かが引っかかる。そう、キーワードは誕生日。そこで、昨夜気が付きました」


 アラン殿下が泣きそうな顔で片手をあげて私を止めた。


「多少心当たりがある。もしそれが貴女の思うことと同じなのならば貴女はこの世で最も残酷な女性だ」

「さあその心当たりがどんなものかはわかりませんが、残酷というほどのことでもないのですよ?」


ただ、その、大変大変申し訳ないことというか。


「先週のディアの誕生日をすっかり忘れていまして…」

「それを残酷と言わずして何を」


出された紅茶をゆっくり飲んで、一つ溜息をつく。


「どうしましょう…」

「どうしようもないな、貴女という人は…」


 毎年毎年重い……いえ高価なプレゼントをくれるのに対して私はディアに釣り合いのとれないプレゼントを贈ってきた。それがいよいよ渡さないとなると……。

 私の誕生日を無視してくれればいいけれど、おそらく律儀なあの人はそれをしない。


「しかも今回は十八歳の誕生日です…」

「…?だとしてどうなんだ?十八が何か特別か?」

「何をおっしゃるんですか。十五の成人と同じくらい大切な歳ですわ。学園を卒業する歳ですもの」

「なのに、忘れたと」


はいやってしまいました。


「さすがに怒ってくれてもいいのに…十八の誕生日ですもの…。それに一応今までは毎年覚えていたのに忘れてしまったのだし……催促をするとか…」

「誕生日を自ら言うのは恥かしいものがあるからな。しかしどうりで先週から機嫌が悪いわけだ。そして誕生日の夜に泣きそうになっていたわけが解明された」

「ディアはいつも通りなんですもの。気づけませんわ」


 顔を合わせても何でもないように笑っているし、嫌味の一つも言ってこないし。


「十八の誕生日でしたのに……っ」

「ちなみに俺は先月十八になった」

「そうでしたか。そういえば校内の女生徒が騒いでいましたね。どうもおめでとうございます。そのお話は後ほどでもよろしいでしょうか?いっそ後ほどにもしなくてよろしいでしょうか?私自身には関係ありませんので…」

「貴女は穏やかな口調で嫌なことを言うな」


さすがに今回のは酷い。いくらディアが優しいからって怒らないからといって誕生日を忘れるなんて……。


「けれど謝るのは逆に失礼ですし、かといって今更プレゼントを渡すのも……」


おめでとうの言葉も言えなかった。


「俺の誕生日の話はこのまま無視か。清々しいな」

「なんて可哀想なことをしてしまったんでしょう…」

「貴女までこの頃俺の扱いが雑だな。ユーディアスに償いたいなら簡単なことだ」

「まあ…何か策があるのですか?」


 アラン殿下が楽しそうに微笑む。


「貴女は俺の言う通りにすればいい。すべて解決する」




***




「俺が思うに、一刻も早くアランの息の根を止めるべきだと」

「戻ってきたら実行に移しましょうか」


 なにがどうしてあの二人を二人きりにしなければならない状況になったのだろうか。ミラベルが望んだのだから仕方ないが、俺の隣室の友は痛い目を見ればいいと思う。

 俺の膝の上に座って本を読むユリィ殿下は、近頃大分俺に慣れて来た。


「ところでお前は機嫌が悪いな」

「そうですかね」

「ミラに誕生日を忘れられたからか」

「どうして知っているんです」

「アランがお前の誕生日だったと言っていた日、ミラは一日中俺とメリッサと一緒だったからな」


誕生日にはあの子の姿をおがむこともできなかった。

 我ながら女々しいので、そろそろ切り替えたいのだが。アランにも大分八つ当たりをしたので今回ばかりは申し訳なく思っている。


「ちなみに俺の誕生日はミラがこっそり何かの準備をしている」


ほとんど本人にばれていると。


「隠し事が苦手な子ですからね」

「すぐに顔に出るからな」


ただバレバレな隠し事の陰に予想もしないサプライズが潜んでいることもあるので気をつけなければいけない。そのサプライズはミラベルが意図して容易するものではなくミラベルが行動した結果にオチのようにやってくるのでいいものも悪いものもある。

 例で言うなら、俺のために小さなミラがこっそりお菓子を作ってくれて、作ってくれていること自体はバレバレだが、それを面白がった彼女の母親がダミー(マズい)をしかけ俺が痛い目をみたりだとか。

 あの子の行動の末には落とし穴がしばしばある。


「まあ元気を出せ」

「…そうですね」

「俺は昨日の夜お前の誕生日を知ったので遅れたが今日これをやる」


 筒にされた紙。今日一日中、俺に預けられた時点でユリィ殿下が既に持っていたものだ。


「ひろげても?」

「好きにしろ」


 これは……


「俺ですか?」

「そうだ!何か文句があるのか!」


何でもそつなくこなすおよそ五歳児とは思えない王子殿下。文字も綺麗だ。身体能力も、授業で見た限り子供とは思えない。

 しかし紙に様々な色を使って描かれた俺の似顔絵はしっかり五歳児が描いたような絵だった。

 ミラベルが、ユリィ様にも苦手なことがあるそうですよ。教えてくれませんけれど。と言っていた。なるほど絵は年相応。苦手というには五歳児にしては上々だが、俺たちに混ざって勉強できるこの子には苦手と思えてしまうのだろう。


「何か言え!いらないなら返せ!笑いたければ笑え!!」

「いえ、これはかなり嬉しくて自分でも戸惑っています」

「嘘をつけ!」

「本当ですよ。一番のプレゼントだ。うん、予想外に、大分嬉しい」


父やスウェイン伯爵やメイフォード子爵が子供にもらった絵を後生大事にしている気持ちがなんとなく理解できた。

 なにが気に入らないのか両頬を膨らませたユリィ殿下は手を伸ばしてくる。


「やっぱり返せ!それは駄作だ!」

「いえ、後で額縁を買いに行くので」

「晒しものにする気か!?」

「飾るんですよ…部屋に…」


これは俺も、殿下の誕生日はサービスしなくてはならない。

 ミラベルがユリィ殿下の苦手を知らないということは、あの子にも描いてやったことはないのだろう。微妙な優越感がある。

 ユリィ殿下の手の届かない位置に絵を置いて抱き上げてやる。


「そろそろアランの邪魔をしに行きますか?」

「ああ…いや、必要ない。来たぞ。おい、間違っても俺をあの危険人物に近づけるなよディア」


俺には聞こえなかったが殿下には足音やら話し声が聞こえたらしい。実際十五秒後ほどに二人そろって部屋に入って来た。


「何度目かですけれど、やはり男子寮に入るのは気が引けますね」

「安心しろ。誰も貴女に不埒なまねはしない」

「どういう意味でしょうか」

「いや違う。貴女に魅力がないというのではなく貴女の番犬が恐れられていると言う意味でだな…」


 部屋の扉を開けながら会話する悪友と婚約者の距離が近いことにやや複雑な気分になる。


「おい、距離が近い」


 ここに代弁者が。


「まあ、やきもちですか?ユリィ様」


 嬉しそうなミラベルはすかさず俺から殿下を取り上げて頬ずりする。そしてそこからアランにさらわれる殿下。天国から一転、地獄の図である。


「話というのはなんだったのかな?」


 最終的に俺がアランから取り上げて終わった。ミラベルと比べれば余裕で負けるがアランと比べれば俺が余裕で勝つらしい。ぶるぶる震えたユリィ殿下は目をかっぴらいたまま俺にしがみついている。


「ええっと……そのことなのですが…ディア、少しよろしいですか…?」

「俺かい?俺はいいけどユリィ殿下は…」


まさかアランに預けるのか?


「えっと…アラン殿下と待っていてもらえませんか?ユリィ様」

「ミラは俺に死ねというのか!?」


そこまで言っていないが、殿下にはそういう意味になるのか……。


「でも一人にはできませんし……。ああ、たしかアルのお部屋は同じ階でしたね。そちらへ行きますか?」

「!?スウェイン嬢、話が違うぞ。貴女の話を聞いたかわりに俺とユリエルの時間を作ると言ったろう!」

「本人が嫌がっていますし……。私が最優先にする立場はユリィ様の保護者ですので…」


 ユリィ殿下は首をぶんぶん横に振っている。


「俺はミラから離れないぞ!」

「やっぱり、そうですよねえ…。ではディア、後ほど、お話を。今夜寮の外で待っていていただけないでしょうか?」


 最後はこっそりとミラベルが俺にだけ囁く。


「わかった。いや、俺からそちらに行こう。夜に女性が出歩くのはよくない」

「でも…」

「いいから。ついたら、窓に小石か何かをぶつけて知らせるから。それまでは一人で外に出たらいけないよ。いいね」


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