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「大切なことに気が付いてしまったんです」


 神妙な面持ちのミラベルに詰め寄られ、俺の方まで緊張してしまった。

 それまでカフェで、俺とミラベルと、不本意ながらユリエル殿下も交えて和やかな空気が流れていたというのに、急なミラベルの雰囲気の変わりようにユリエル殿下もこくりと喉を鳴らした。


「私は引きこもりなんです」

「……うん?知っているよ」


 ティーカップを置いて溜息をついたミラベルは、物憂げな表情で溜息をつく。


「本来お日様の下にいてはいけない人間なんです」

「それは逆になっているぞミラ」


 ユリエル殿下の言う通りで、言っていることがおかしいのはミラベルだ。本来引きこもりがちなミラベルが外に出ることは喜ばしいことで嘆くことではない。

 しかしミラベルは首を横にふる。


「いいえユリィ様。引きこもりというのは一種の病気なんです。この病にかかった者は日差しを浴びるだけで不快感を覚え、少しばかり攻撃的になってしまうんですよ」


 言い訳くさい。

 ユリエル殿下もきっとそう思っていることだろう。


「だけどユリィ様は育ちざかり、遊びたいお年頃、外に出て遊ぶべき年齢。ああけれど、私は引きこもり。え?まあ、なんて優しいんでしょうディア。貴方がユリィ様を遊びに連れ出してくれるんですか?」


 一言も言っていない。


「まあ、明日?そうですね、明日は休日ですものね。ええ?遠出するんですか?なら朝から出かけて帰りは夕方ですね。よかったですね、ユリィ様」


 ここまでミラベル一人でしゃべり続けている。俺もユリエル殿下も何も言っていない。やや強引さが目立つ。

 しかも必死さがうかがえて、この子に何か企みがあるのは間違いなさそうだ。もっとも、『人様に迷惑をかけず自分が得をするように動く』のが彼女の信念なので恐ろしい計画を立てているとは思えないが。

 賢くても人を誘導するのが極端に苦手な子なので悪役には向かない。


「ミラは?ミラは行くのか?」

「私はほら、引きこもりですから」


 最高に不満そうなユリエル殿下にミラベルは清々しいほどいい笑顔で言ってのける。そんな今更思い出す自分の性分ならいっそ、自分の出不精など忘れたままでいればいいと思うのだが。


「今日の君はいつにも増して雑だなあ」

「なんのことでしょう?」

「とぼけたいならとぼけてもいいけどね。君も思うところがあるのだろうし」


 目を逸らすのだからやましいことがあるのは確実か。


「遠出、ね。ユリエル殿下と二人きりとなると、アラン殿下がうるさいだろうね」

「それは気にしなくても大丈夫ですから。二人で仲良く、行ってらっしゃい」

「君のそういう強引なところを目の当たりにすると遺伝は確かだと思い知るね」


 こういう時、引くという考え方を彼女は持ち合わせていない。決めたらやり通す。長所であり短所でもある。

 諦めよう。俺にはこの子のポリシーをまげるほどの甲斐性がない。


「明日は俺とお出かけだそうですよ、殿下」

「……行きたくない」


 見てみろ。ケーキを食べる貴方の横で満面の笑みを浮かべるミラベルを。目で促せば、彼女の顔を見たユリエル殿下も諦めがついたようだった。




***




 昨日、ディアとユリィ様を連れて入ったカフェに、今日は別の三人で入る。

 私と、アラン殿下と、ギルバート殿下。

 まだ感情のコントロールが苦手らしいギルバート殿下にユリィ様を近づけるのは気が引けた。それはアラン殿下も同じだったので、ディアとユリィ様が二人きりで出かけるのを許してくれた。

 私としては、これを気にディアとユリィ様がより仲良くなることを期待している。

 事前に、今日この時間にこの場所へ来るようにと伝えておいたギルバート殿下は素直に応じ、けれど先に店先で待っていたアラン殿下を見るなり逃げだそうとした。が、さすがご長男、あっという間に捕獲し、一緒のテーブルにつけさせる。


「久しぶりだなギルバート。お前は俺から逃げるものだから兄は寂しかったぞ」

「アラン兄上ともあろう方が、弟の行動にいちいち感情を乱しているとは思えませんね」


 敬語なものの口調は皮肉たっぷり。片頬だけあげて笑うからちょっとかわいくないかもしれない。

 アラン殿下から聞くには、ギルバート殿下は幼少期からお兄様方のことを悪く言われ続けたせいですっかりお兄様方を誤解しているのだとか。

 わからないでもない。お后様は自分の息子を国王にしたいに決まっているのだから、他の兄弟に手なずけられ、自分はサポートをしたい、なんてギルバート殿下が言いだしたら大変だ。そうでなくても、自分でない女性と愛する陛下との間に生まれた子は憎いだろう。

 だからと言って、お后様が許されるかと言えばそうではないが。


「おい、ミラベル・スウェインどういうことだ。俺はお前が、ダリアの深いところまで教えてくれると言うからここに来たはずだ」

「大事なお話が終わった後で、じっくりゆっくりしっかり教えて差し上げますわ」


 昨日飲んだものとは別の紅茶を一口飲んで、一息つく。


「何故アラン兄上を交える必要がある」

「ご兄弟のことですもの。私一人では処理しかねます」


 ギルバート殿下が私の様子をうかがっていたことはわかった。ダリアとの懸け橋に利用するため。

 けれど視線は明らかに殺気を持っていて、それを感じるのは大抵ユリィ様といるときばかり。

 被害が出てからでは遅い。まだ未熟さの見えるギルバート殿下がユリィ様に何かする前に、叩いて……話し合っておこうというわけだ。

 ディアに言えないのは、ギルバート殿下に関わるのはダリアに関わるということ。ギルバート殿下共々一切かかわるなと言うに違いない。関わりたくなくてもギルバート殿下はつけてくるんだからどうしようもない。


「なあ、俺たちは兄弟だろう?互いに協力すべきだ。そうは思わないか?俺もロメオもユリエルも、お前のことをかけがえなく思っている」

「思いませんね。貴方は一方的に愛情を押し付けているだけ、ロメオ兄上は俺やユリエルを兄弟と認めていない。ユリエルは単なる王家の恥だ。俺は、貴方と慣れ合う気もなければ貴方に王位を渡す気もない」


 どうしましょう。

 アラン殿下が泣いてしまいそう。母にボロボロに言い負かされた父のよう。


「ユリィ様がお嫌いですか?」

「当たり前だ!あんな、出生からして問題のある存在など」


 だから睨んでいた?あんな目をして?

 きっとお后様は散々に言い聞かせて来たのだろう。お兄様方の悪口、ユリィ様のコンプレックス。

 どれだけ偉いというのだろうか。出身がどうであろうと、子供を産んだ母親が偉大であることに変わりはないのに。ユリィ様のお母様は十分に立派な方だったはずだ。だからきっと、陛下もその人に心を奪われたのだろう。


「出生に問題があるから?おかしなお話です」


 あの子はたった五歳であれだけ知識を持ち、大人びた子。全部全部あの子の努力の結果。それを、出生だけで否定されるのは納得できない。


「それではギルバート殿下は、ダリアのことも、貶めるのですね」

「そ…れは……」

「でしたらお話はここまでです。貴方の弟君も、ダリアも、私にとって大切な宝物です。出生などにこだわって傷つけるのなら、私は貴方に、ダリアを任せようとは思いません」


 マリアンは所謂成り上がり貴族。それも、訳ありで、由緒ある家には嫌われている。汚れた一族とまで言われるほど。それには我が家が関わっているわけだけど、問題を起こしているのは私たちの一つ上の世代なのでいい迷惑だ。


「貴方に協力しようとは思いません」

「……っ、俺は、取ろうと思えばお前の家から爵位も奪える!」

「お好きなようになさってください。それでダリアが貴方をどう思うかまで、私にはわかりかねます」


 悔しそうに唇を噛むギルバート殿下に、つい口角をあげてしまう。


「ユーディアスやユリエルの言う通り、貴女は性格が悪いらしい」


 ひきつった笑みのアラン殿下は失礼なことをさらりと言う。

 そんな馬鹿な。ユリィ様がそんなことを言うはずがない。ディアは、ここの所私に遠慮がないけれど。


「ギルバート、お前が、マリアンの娘に惚れているのはわかる。お前が自身の母のために王位を欲しているのも知っている。しかしお前は、優秀だが計画性が欠けている。目の前のことしか見えていない。考えてもみろ。お前は、自分の望むことさえ明白にしていない」


 手を組んだアラン殿下は哀れむように目を細める。


「俺は、お前の母が男爵家の娘と一緒になることを許すとは思えんな」


 ギルバート殿下が小さく舌打ちをする。


「俺だってそれくらい、わかっています」

「なら、問題を先送りにしているだけか」


 図星なのだろう黙ってしまった。

 男女関係の混じった問題の先送りは大抵女が痛い目をみる。私にはこの殿下の恋を応援できそうになくなってきた。


「……お前は、こうして選択しなければならなくなって初めて気づいたんじゃないのか。お前の母親の言うことのすべてが正しいわけではないと」

「……貴方に母上の何がわかる。母上は、ただ」


 それ以上続けないのは、わかったような顔をされても満足できないと気づいたからかもしれない。


「俺は、母上を、裏切れない」

「できるのならそうしたいとでも言うような言い方だな」


 皮肉っぽく笑ったアラン殿下は自嘲しているようにも見える。母親を切り捨てろというのは残酷だとわかっているから。


「……私が、殿下をお呼びしたのは、アラン殿下とお話をしてもらうためです。私の大切な人は、腹立たしいことに、あらゆることに長けていますから、人を見る目も確かです。彼が保障するような人物なら私もその人を信用します。アラン殿下は貴方達を心から愛しているのでしょう」


 ディアは、優しい人が好きだから。一緒にいるアラン殿下はきっと優しい人。


「想ってくれる人と話すのは、大切なことですよ。自分のいいところも悪いところも含めて愛してくれる人がいれば自信が持てるでしょう?自分の非も、認めることができるかもしれませんもの。ユリィ様を睨むのではなくて、ユリィ様と向き合う強い人間になれますもの」


 拒絶する理由を必死に探して、無理やり嫌おうとしている。本当は間違っているのが自分であると認めるのを、ギルバート殿下は怖がっているように見える。


「愛してくれているのは、お母様だけではありませんよ?」

「……アラン兄上のは……ただ愛情を押し付けているだけだ」


 いけない。またアラン殿下が泣きそうになってしまった。


「貴方は、わかっているのにそれでも、出生に重きを置きますか?」

「……では、変えよう。俺は出生など気にしない。ただユリエルが気にくわない。それでいいか」


 よくはないけれど。

 少し変わった。

 理由が完全に崩壊すれば、少しずつでも仲は修復できるだろう。ましてユリィ様はまだ子ども。時間は沢山ある。


「そうですか。では一つ、教えて差し上げましょう。ダリアはここのはす向かいにあるお店のパイが大好きですのよ」


 どちらかといえば色気より食い気の子だ。

 それを聞くと、口を尖らせたギルバート殿下はもごもごと「礼を言う」と言い残し店を出ていく。ああ、はす向かいのお店に入った。


「たいした進歩はなかったようだが」

「こうして定期的に話す時間を作るのが大切なんです。少しずつ変わるものですよ」


 アラン殿下の言葉にさらりとかえす。

 たいしたことはなくてもギルバート殿下の中には植えつけられたはず。


「アラン殿下とお話することの大切さや、お后様の行動への疑念。ユリィ様への認識の改め。それから、私にさからうと愛しの君に逃げられますよ、ということは理解いただけたはずです」

「計算高い女性はこの世で二番目に恐ろしいな」

「一番ではないのですね」

「激怒した貴女の婚約者ほど恐ろしいものはない」


 あの人が激怒したところなんて見たことがない。


「私よりもディアのことをご存じなのですね」

「そうでもない。貴女といるときのあいつは俺といるときに見せないような顔をするからな。俺相手に見せられても気味が悪いが」


 優雅にカップを手に取ったアラン殿下は意味ありげに微笑んだ。


「『私の大切な人』か。案外あいつも、望み薄というわけではないようだな」


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