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「おい!ミラベル・スウェイン!!」


 ケインとロメオ殿下がいなくなってすぐ、柱の後ろからギルバート殿下が私の名前を呼んだ。

 目をつらせて、ぞんざいな態度でふんぞり返っている。だけど幼さが残るせいでお兄様方とは似ず、迫力は薄い。どちらかと言えばユリィ様に似ている。


「構うなミラ。早く行くぞ」


 うんざりな顔で先を促すユリィ様。だけど相手は第三王子。私ごときが無視をしていいはずもない。

 それにこう、ユリィ様と若干重なって見えるせいで少し気になる。目が行ってしまう。あと何年かしたら腕の中のこの子もああなるのか。それとも著しい成長を経て、上のお兄様方のように落ち着いた雰囲気を持つのか。想像するだけで、一年だけでさようならをする私は見られないのが残念なところ。


「なんでしょうか?」

「ミラ!」


 やめろ、無視しろとユリィ様は私の髪を引っ張る。わりと本気で痛かったので声が出たら、慌てて離して謝られた。ついでに頭を撫でられた。

 いやだもう。許します許します。ああ、眩暈が……。


「ミラベル・スウェイン、お前、その、あれだ!ええっと、だから、あれだ!」

「どれだ」


ギルバート殿下を睨みながらすかさずユリィ様がつっこむ。天然なのに他人へのつっこみが鋭いから恐ろしい子だ。


「お前と、仲良くしてやってもいいぞ!」

「いらん。消えろ」


 めげないギルバート殿下にまたユリィ様がつっこむ。なんだろう、この上から目線はとても誰かさんに似ている。

 自信満々の笑みも、片親が違うのが疑わしいくらいユリィ様と似ている。逆に雰囲気だけで言えばロメオ殿下とは一切似ていないけれど。


「その、その代わり、俺とダリアの仲を取り持つのならな!」

「あー……」


 そういう…。どうやら彼はよほどダリアにお熱らしい。

 自分が恋愛に無関心なのもあって他人の話は楽しいけれど……おそらく彼はからまわっているだろう。なにせダリアのあの拒否具合。

 下手に手を出してもダリアは彼に怒るだろうし、自分で頑張ってほしいところ。


「私が彼女と親しいというのはどこから?」

「俺調べだ!」


 一瞬ストーカー疑惑が浮上するも一生懸命頭からそれについてを抹消する。王子殿下にそれはよろしくない。

 それにしてもこの何に対しても胸を張る姿勢。やはり弟を連想させる。

 まあ年下にすればかわいいけれど同級生や年上でこのタイプだとイラッとくることもあるかもしれない。ユリィ様はいつまでもかわいいままだけど。私が保障するけれど。


「つまり殿下はダリアに恋しているのですね」

「違う!愛している」


 十代で『愛している』を言えるのはすごい。私の婚約者様も時々言うけれど冗談交じりだし。アラン殿下はサラリと言いそうな人だけど、纏う雰囲気が伯父様に近いので違和感がない。

 ディア曰く、女性関係はばれない様にしつつ派手な人らしい。伯父様に近いオーラも納得だ。


「では、ただまっすぐに気持ちを伝えてはいかがですか?」

「した結果避けられている。だからお前を使ってやろうと言っている!」


 そんな胸をはられても…。年はそう離れていないけれど彼の将来が心配になってしまう。兄弟と同じく優秀なのは耳に入ってくるけれど、所謂、空気の読めない人、もしくはズレている人、なのだろう。


「ミラは!お前なんかと仲良くしない!」

「黙れユリエル。俺に話しかけるな。俺はミラベル・スウェインと話しているんだ」


 二番目のお兄様同様、弟に向けるべきでない視線を向けるギルバート殿下。これは私も、穏やかではない。


「大切な弟君でしょう?その態度はあんまりではありませんか?」

「弟?そいつが?冗談じゃない!そいつは存在自体が過ちなんだ!生まれるべきじゃなかった、あってはならない存在だ。なぜそんな奴に、俺が情をかけてやる必要がある」


あ。


「あー……。……ごめんなさい」


デジャヴ。ひっぱたいてしまった。ほぼ反射で。

 しかも相手は王子様。

 まずい。

 まずいまずい。

 これはシャレにならない。

 気心知れている公爵令息相手とほぼ初対面の王子様を叩くのじゃわけが違う。いえ、前者もいけないことだけど。

 叩かれた頬をおさえ呆けるギルバート殿下。

 ユリィ様を見ると、目を見開いて、これはさすがにまずいだろうと訴えてきている。おそらく私も同じ顔になっている。

 脳内に浮かぶ選択肢は三つ。

 


 →逃げる。

 →全力で逃げる。

 →土下座。



 最後のは虫よりも小さな存在感の私のプライドが邪魔をしてできそうにない。


「み、ミラは手が早い!」

「返す言葉もありません」


 ああ、逃げたいのに腰が抜けてしまった。


「わあ!お嬢様素敵!」


 へたりこむ私にダリアが駆け寄ってくる。そのおかげでギルバート殿下も意識をこちらへ戻し、万事休す。

 私の横にしゃがんだダリアはきゃっきゃっと盛り上がっている。


「見ちゃった見ちゃった!さすがミラお嬢様!これって愛のムチよねっ?」


 いや反射的にやりました。


「悪戯したときは、兄さんにも拳骨がふっていたものね」

「本当に手が早いなミラ」

「いえその当時の拳骨なんてこつんと手首をひねる可愛らしいレベルで」


 今みたくふりかぶることはなかったので。


「いいことギル。弟を大切にしない貴方に、お嬢様は家族愛の尊さを教えてあげようとしたのよ。これで逆恨みしてお嬢様を責めるなんてしたら私、本気で貴方の人格を疑うわ」


 そんな大義名分もなかった。


「う、恨んだりなんてしない!ダリアの言う通りミラベル・スウェインはいい奴だった!」

「そうよね!あら、なぁんだ、貴方少しはわかる人間じゃないの」


 王子殿下にこの口の利き方。ディアもだけれど大物が周りに多すぎる。


「ふぅん。ならお嬢様についてたっぷりお話してあげる。いらっしゃいよ」


 そんなに語られるほど大層な人間ではないのだが。

 ダリアから誘われるのはあまりないのだろうギルバート殿下は効果音が聞こえそうな笑顔に変わり、こくこく頷きついていく。

 ダリアの後を追う殿下が一度振り返って、私にしたり顔。そしてこちらに親指をたてる。でかしたと言わんばかりに。

 いや全然計算とかじゃない。全然この展開を狙ったとかじゃない。

 ユリィ様が息をつく。


「馬鹿ミラ馬鹿」

「ごめんなさいごめんなさい」


 以後気をつけたい。気をつけたいけどこれ無意識なので。


「俺はあんなの言われ慣れている」

「……はい」

「だからミラが怒らなくてもいい」

「……いいえ」


 貴方が、


「ユリィ様が怒れないのなら、私が怒らないと。私は私の王子様をとても愛していますもの」


 小さな王子様。可哀想で、だけど強くて一生懸命。私のとても大切な人に似ているとてもかわいい王子様。怒ることもできなければ、感情を表に出すこともできなければ、いつか貴方は心を忘れかねない。

 それならそうならないように、代わりに怒るくらいしなくては。これは貴方を預かった私の義務。


「ミラが傷ついたら、俺は兄弟に馬鹿にされるよりずっとずっと悲しむぞ」

「ごめんなさい……」

「俺を悲しませるなよ」

「はい……」


 五歳に諭される十六歳。かなり情けない。


「楽しそうで何よりだが、廊下に座り込むのはどうだろう、スウェイン嬢」


 通りすがりのアラン殿下が嫉妬をはらんだ目で私たちを見下ろしていた。

 いつの間に。

 周囲の視線も集まりつつある。

 ああ、こんな恥ずかしい姿、ディアに見られなくてよかった。


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