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 今後深く関わるであろう姪が貴方につくのなら、私も貴方につこう。



 クルト伯父様はアラン殿下にそう言ったらしい。母と伯母様が子供部屋へ押しかけてきてすぐ、伯父様が私を呼びに来た。

 思わず小さく拳をひいて喜んだ。夫人たちのパワーに圧倒されるアラン殿下と絶望に顔を歪ませるディアには申し訳ないけれど。


 伯父様の仕事部屋は相変わらず整頓されている。


「お前には迷惑をかけてすまないと思っているよ」


 ソファに座り、向かい合った伯父様は憂い顔で溜息をついた。

 私はティーカップを置いて首をふる。


「それはこちらのセリフです。昔から伯父様にはご迷惑ばかり…」

「いいや。お前の両親はどちらもどうしようもないからね。お前は早くに諦めるということを知ってしまった」


 片方のどうしようもなさは伯父様が甘やかした故のわがままでもありますけどね。


「まさかユリエル殿下の件がお前に丸投げされるとは思ってもいなかったが」

「けれどある意味最善策です。父も母も、悪影響を与えてしまいそうな人たちですから」


 伯父様に話がいっているのはなんとなく予想できていた。ほぼ無力の我が家にユリィ様が預けられたのは、メイフォード子爵家が後ろにいるからというのが大きな理由だろうから。


「そうだね。お前はあの家では一番賢い。そして可哀想な子だ。だからこそ私も、お前に判断をゆだねた」


 重い重い重い。


「私はね、国のために生きるできた人間ではないんだ。自分の家族さえ守れればどうなってもいいというね。お前たちを守るためなら助力は惜しまないが、あまり気負わなくていい。万が一スウェイン家が立ち直れなくなるところまでいっても、クレアとお前の面倒くらいは私がみる」


 さり気なくお父様は見捨てた。

 伯父様は私の心を軽くしようとしてくれているのかもしれないけれど、逆にプレッシャーが。万が一何かあったら父だけ路頭に迷う。あんな父でも愛する父だ。それは阻止しなければいけない。


「それでも、もし、私たちのせいで伯父様にこれまで以上にご迷惑をかけるようなことがあればその時はどうか見放してください」

「お前のそういうところだよ。うちの子供たちには甘えろと言うのに、お前自身は伯父様に甘えない。よくないところだ」


 伯父様は少し不服そうに指を鳴らして花をポンポン出したり、それを私に放り投げてくる。


「ローデリック公の息子も、上手に使ってやりなさい」


 使うって。


「お前の伯父様はお前の味方だ。それを忘れないように」

「あ、ちょっと涙が」


 今の私があるのは伯父様あってこそ。つくづく思います。




***




「今、笑ったね?」

「いいえ?」

「笑ったよね?」

「まさか」

「口の端が吊り上がっているよ」

「幻覚ですよ」


 ディアこそ口の端が上がっている。

 もっともとても笑っていると言えない目の色だけど。


「私、貴方の時々頼りないところが好きですよ」

「君はいちいち俺が喜べないようなところを褒めたり指摘するね」


 子供部屋に戻れば、子供たちは眠ったまま、ユリィ様はアラン殿下に抱かれて寝息を立てている。どんな原理か寝ていてもわかるのかうなされている。

 そして問題の夫人二人とアラン殿下、ディアの様子は予想とだいぶん違えていた。

 アラン殿下をはさんできゃぁきゃぁ言う夫人二人。アラン殿下の巧みな話術、無限に出て来るのではという勢いのお世辞で年長の女性を完全に虜にしている。彼女たちの一番はあくまでお互いの相手だけれど、こう、舞台俳優に惚れ惚れしている女性のよう。

 対しディアは、アラン殿下が騒がれる合間合間に、それに比べてあんたは、と攻撃を受けていた。

 私の姿を見るなりこちらに逃げて来たのだから、笑ってしまうのも仕方ない。


「可愛らしいですよ」

「君はいい子だけど、性格のいい子ではないね」


 まあ酷い。


「守ると言ったのは嘘だったね」

「不可抗力です。伯父様に呼ばれたのは予想外でしたから」

「君は基本的に性格がよくない」

「昔からじゃないですか。貴方が一番知っているでしょう?」


そうだね、なんて。失礼な人。ここは嘘でも否定しなくてはいけないのに。


「あいつは女性の扱いに慣れているからね」

「あらぁ…結婚前の伯父様のような?」

「そうそう」


 それに比べて、


「貴方は女性不信一歩手前ですしねえ…」

「俺は単に一途なんじゃないかな」

「自分で言う人ほどそうでもありません」

「いいや本当に。俺には君以外見えないから」

「うふふ」

「誤魔化している雰囲気のはっきりした笑いだね」


 やだ怖い。


「もう五時ですね。帰りましょうか」


 寮の門限は六時。そろそろ帰る準備をしないと寮に入れなくなってしまう。そして教諭から注意が入り成績にも響く。

 まさか王子殿下と公爵令息にそんな不名誉な経験はさせられない。


「ああ、もうそんな時間か。アラン殿下、帰り支度を」


 帰ろうと言い出したのは私なのに、母と伯母様からブーイングをうけたのはディアだった。




***




「なかなか起きませんね」


 女子寮と男子寮の分かれ道にさしかかっても、アラン殿下におぶられたユリィ様はここまで一切目を覚ましていない。

 帰りたいけどアラン殿下はユリィ様をなかなか返してくれない。いけないいけない。目上の人に面倒くさいなんて思ってはいけない。


「スウェイン嬢、帰る前に一つ。貴女の気分を害することになるが、聞いてほしい」

「はい」


 聞いてほしいも何も、ユリィ様を返してもらえない以上私は聞くほかありません。


「俺は貴女のお父上を信用していない」

「父が、王妃様の甘い言葉にそそのかされているのではないか、と疑っているんですか?」


 たしかに落ちぶれ貴族、その上無能な父のこと。王妃様が後ろ盾になると言えばあっさり寝返ってもおかしくない。

 ただしそれは、私の母がクレア・スウェインでない場合だ。

 ディアがハン、と鼻で笑った。


「断言する。ありえない」

「ですよねぇ…」


 私も思わず苦笑する。

 アラン殿下は眉をひそめる。


「理由は?」

「お腹が五か所です」

「背中が二か所だ」


 私が父を、かろうじて尊敬している点。何をされても母を愛している点。


「何の数だ?」

「刺し傷の跡の数です」

「マダム・クレアが刺したね」

「誰を」

「私の父をです」


 私は荒んだ子供だったと思う。今も割と、冷めているところがあるとディアは言うけれど。ちょっとやそっとのことではダメージを受けない。

 というのも、生まれた時から盛んに、我が家で殺人事件未遂の惨状を見て来たからである。

母は大変嫉妬深い人である。父が、自分の知らないところで自分の知らない女性と話すだけでも大荒れする。たとえ相手が仕事でやむを得ず接する相手でも。たとえ街中で肩がぶつかり謝っただけの間柄の女性でも。たとえ警護にあたる女騎士でも。

 荒れに荒れ、


「刺すんです」

「一突き、ざくっとね」

「貴方が初めて居合わせた時は大泣きでしたね。六歳でしたか?」

「君は何でもないような顔をして医者を呼びに行ったね」


 これをあんまり軽い調子で話すと不謹慎だと言う人もいるけれど、私にすれば年に一度は見る光景で。時々ない年もあったし別居してからはなくなったけれど。

 私が生まれる前からやっていたらしい。


「笑えない冗談だな」

「母に医学の心得があるのが幸いでした。なんとかいつも、急所は外していますから」


あとは父が肉厚なおかげで。


「よく……別れないな」


 アラン殿下はまだ半信半疑。


「俺も、まったく何故伯爵はそれでも夫人を離さないのかと昔は不思議だったよ。今ならわかるね。刺されるくらい愛されて不満を持つなんて馬鹿げているよ。喜ぶべきことだよね」

「喜ぶべきことではありませんよ?大丈夫ですか?」


 ああディアによくない思想が芽生えつつある。


「王妃様と共犯になる。ひいては、王妃様と密会をする。最早それは母の中では浮気になります。自殺行為です。父は命を大切にする人ですので」

「アランの危惧は不要ということだよ」


 明るい口調で話すことでもないので、アラン殿下はまだ疑っているように見える。


「見に行かれますか?傷跡。あ、でも一番新しいものはまだ痛むそうなので触らないであげてくださいね」

「ああ、去年刺された傷だね。たしか夫人がスウェイン家の屋敷に伯爵の様子をこっそり見に行って」

「母の知らない新人のメイドに父が命令している姿を見られてしまって」

「刺されたんだったね」


 慣れたものだとけらけら笑う。

 つまり、メイフォード家とスウェイン家。二つの家は王妃様の手に落ちることはないということだ。


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