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 眠ってしまった子供たちをベッドへ運ぶ。双子は双子のベッドへ。ユリィ様のベッドはないので、私が横抱きにしたままで。

 双子を起こさずに済んだのを確認すると、ディアは大げさなくらいの溜息をついた。


「眠っていれば、どの子もかわいいんだけどね」


 隣に座ったディアはユリィ様の頬をつついて、言われた罵詈雑言を思い出したのか眉間に皺を寄せた。


「そんなこと言って、仲良しじゃないですか」


 ディアの懐をとんと軽くたたく。するとカサリと音がする。

 気づかれていないと思っていたのか、ディアは意外そうな顔をしている。時々見かけると、ディアが手紙を一人読み返している姿を見かける。私がユリィ様にあげた便箋はもともとの紙が薄い青に染められたものなのですぐにわかる。


「いつも持ち歩いているんですか?」


 一生大事にすると言ったユリィ様はあれを使ったのは一度きり。私だってもらっていない手紙をディアは持っている。

 顔を少し赤くしたディアは、らしくなく口をもごもごとさせた。


「嬉しかったんじゃないですか」

「そういうわけでは……」

「なんて書いてあったんです?」

「秘密だよ」

「貴方もですか」


 ユリィ様に聞いても誤魔化されてしまった。

 読んでいるディアがにやけているのだから、悪いことでもないのだろうけど。男同士で秘密にしたいことなんて、もう立派な大人になってしまったみたい。


「内緒にしていましたけど、ユリィ様といるときの貴方はいつもと違って子供っぽくなるでしょう?」

「気を付けてはいるんだけどね」


 あれで?とは訊かないでおこう。


「いつもの貴方より、少し隙のあるディアの方が、女性には好まれるかもしれませんね」

「素直に喜べないことを言うね」


 まあ、こんなことを言っても自ら妥協を許す人でないことはわかっているけど。わかっているから言える。


「いいことですよ。いつも気をはって大人でいるのも、疲れるでしょう」

「君に情けない姿は見せたくないんだよ」

「貴方を情けないと思ったことなんて一度もありませんよ」


 頼もしすぎるから、隣にいることが自分にふさわしくないと思ってしまう。


「見つめ合っているところ悪いが」


 ディアの顔が瞬時に曇る。


「ノックくらいできませんか」

「したね!何度も。お前がデレデレして聞こえていなかっただけだろう!」


 開いたドアのところに立つアラン殿下は、子供たちを起こさないようにひそめた声でディアを怒る。

 溜息をついたディアは立ち上がろうとして、アラン殿下に止められた。


「ここでいい。子供たちは眠っているんだろう?スウェイン嬢、貴女にも…というか、貴女にこそ聞いてほしい。移動しないでいい」


 私にも?

 ユリィ様のことなのか、けれどそれにしてはアラン殿下の顔が真剣だ。

 私とディアに向かい合うように、床に座った殿下は紙を一枚、取り出した。


「女狐の手が回っている家のリストだ」


 細かい文字で書かれるいくつもの名家の名前。


「……王妃様ですか?」

「そうだ、スウェイン嬢。貴女の伯父上は随分優秀な方らしい。先にユリエルについて陛下直々に命がくだったことで、メイフォード子爵は傾かなかったらしいが…。伯父上にも声がかかったそうだ」


 伯父様の元へ使者を遣わした王妃様の誘いは次のようなもの。

 メイフォード子爵は有能な人物。だというのに、明らかに劣るスウェイン家に爵位で劣るのはおかしな話ではないか。近々スウェイン伯爵家は第四王子の保護を仰せつかるだろう。スウェイン伯爵家に濡れ衣を着せ、第四王子を始末したなら、王妃様から陛下に進言して、メイフォード家に伯爵位を贈る、と。

 うちのことが言いたい放題だけれどほとんどあっているので言い返せない。


「その時既に子爵は陛下からスウェイン伯爵の援護を任されていたらしい。もとより、貴女の伯父上は貴女や妹君を溺愛しているようでもあるようだ。あの女に協力する風もなさそうだったが」

「ああ…それは…」


 伯父様は少し気持ちが悪いくらい、気に入ったものはかわいがるから…。妹を溺愛しすぎるあまり妹が結婚するまで自分も結婚しないと言い出したり。その美貌で有名な妹に近づく男を裏で潰しにかかったり。

 私が唯一父を尊敬する点は、あの伯父様の嫌がらせをかいくぐり母と結婚したことだ。そして早くから恋仲にあったにも関わらずいつまでも結婚できなかった伯母様には大変申し訳ないことをした。


「早くに手をうっていたようだな。貴女方一家に危害が及ぶかもしれないと独自に調べ上げたらしい。子爵の有能さは耳に入っていたがここまでとはな」


 ぺしっと殿下が紙を指ではじく。


「伯父は爵位に頓着のない人ですから…出世に直接関わることを進んでやる性ではないんです…」


 爵位が上がれば家族と過ごす時間も減る。愛する妻や子供との時間を確保したい伯父様は、あえて手をぬくこともザラにある。褒められたことではないけれど、おじい様もおばあ様も没落さえしなければいいという人たちなので問題はさほどない様子。


「ふぅん……まあ、想定通りの家の名がいくつかだね」


 ディアがいくつかの家の名前を指さしていく。

 エイリング侯爵家、マクレガー伯爵家、ローデリック公爵家と対立関係にあるメイシー公爵家。それから、マリアン男爵家。


 数ある中からその四つを見つけたディアは、最後、マリアンの名前を見つけた途端、そら見たことかと私を見つめる。

 それに対しては気づかないふり。


「そうでない家もあるが…繋がりから見るに、王妃はスウェイン伯爵家ごと、場合によってはローデリック公爵家も一緒に潰す気でいるようだな。……マリアンは貴女の家と因縁深い中であるようだし……」


 マリアン家のことはディアに聞いたのか、それとも伯父様が殿下に話したのか。どちらでもいいけれど、弱小の伯爵家と力があるとはいえ男爵家の因縁など、王子殿下が初めから知っているはずもない。


「でも、ダリア・マリアンとは友人なんです」

「偉そうに言って悪いが…貴女には少し危機感を持ってもらいたい。事態は貴女が思っている以上に深刻だ。貴女はユリエルの命運を握っているのを忘れないでほしいし、俺の無二の友人の大切な婚約者だ。極力、これらに載る家の人間とは関わらないでもらいたい」


 マリアンの名前を憎々しげに睨むディアは、そこから目を動かさないままアラン殿下の言葉にうなずいた。


「君に危険がおよぶかもしれない。国に関わる問題なんだよ、ミラベル。君の大切なものが、一瞬で消えることも有りうる」

「けど……」


 彼女自身はただ純粋なだけで。


「マリアンの娘だけじゃない。君は息子の方も気にかけてやっているみたいだけど、あの一家はろくな人間がいない」


 息子…ケイン?そう、でも、ケインは……


「もし…マリアン男爵家に王妃様の手が回っているなら、ケインはどうなんでしょう?彼はロメオ殿下と親しいようですけれど、どちらの味方ということになるんでしょう?ロメオ殿下と王妃様は、繋がっているということは…?」

「ありえないな。仮にそうあったとしても陛下の寵愛だけが武器の王妃と俺のずる賢い弟では頭のできが違うのだから、ロメオが利用しているという形だろう。だがその線も薄い。あいつも俺と同じで、あの女の姿を目に入れることにも吐き気を覚えるようだ」


 駒にするのも嫌ということか。


「それじゃあ、ケインは…?」

「考えられるのは、あの女は完全にロメオの手のひらで踊っているだけであるのか、もしくは、マリアン家が軸になっているかだな」


 つまりマリアン家の陰謀が動いているかもしれないと。ロメオ殿下よりもマリアン家の方が賢いかもしれないということらしい。

 アラン殿下もマリアン家については未知なのだろう。そして、王妃様の息がかかった以上、今後容易にマリアン家の情報は入手できなくなってしまった。じわりじわりとマリアン家を追いつめるしかできない。


「マリアンの息子、あれも優秀なようだな。ロメオが傍におくほどだ。あいつは馬鹿を嫌う」


 ああ、そんな感じ、と思う。馬鹿とみなした相手はとことん見下しそうな笑い方だった。そして私のことも完全に見下していた。


「……そいつは度々貴女を頑固だと言うが」


 そいつと言って殿下が見たのはディアだった。


「いないところでは言いたい放題ですか?」

「事実を言っているだけだよ」


 マリアン家の話をしている最中とした後のディアはやや意地悪くなる。


「貴女がユーディアスの言う通りの人間なら、俺が近づくなと言えば隠れてマリアンの娘や息子に会うんだろうな」


 疑いの眼差しが痛い。おっしゃる通りだけど。


「正直に言えば俺は貴女に言うほど情はない。貴女をよく知らないし、貴女に警告するのもそこの堅物の婚約者だからだ。貴女について知っていることと言えばユーディアスに聞く話と俺よりユリエルに懐かれていることくらいだ。何故だ。何故ユリエルは俺よりも貴女を選ぶんだ。理不尽だ。俺も女に生まれれば少しは懐かれたのか」

「想像してもどうにもならないし、少なくとも男の君がそう必死な姿は気持ち悪いだけだね」


 あら?と、首をかしげる。

 ディアの


「敬語が……」


抜けている。


「ああ、二人の時はそうさせている」

「そうですか…二人の時だけ。恋人みたいですね」

「やめてくれ」


 心底嫌そうな顔をしたディアは頭を手で押さえる。


「話は戻るが、つまり俺は、わが身をなげうって貴女を守る気はない。それほどに、貴女と俺の関係は薄い」

「はぁ…おっしゃる通りですね」

「しかし妙な動きをされ場を荒らされるのも大変迷惑だ。他の勢力に貴女を持っていかれるのも困る。俺の最大の切り札の弱点は他ならない貴女だからだ」


 ユリィ様が私の元にいる以上無関係というわけにもいかないだろう。


「そこで一つ、貴女に提案だ。これは貴女が決めることだ。拒否権もある。返事を急ぐわけでもない。……これより貴女の位置づけは、第一王子たる俺の部下ということにしてくれないだろうか」


 驚いたのは、私よりもディアの方。目を見開かせてアラン殿下を見た後、今度は逆にすっと目を細め、睨むようにアラン殿下を見た。


「危険な真似をさせようと言うんじゃない。ただ貴女が属するのは俺の側ということにしてほしい。情報も、流すのはこちら側へであって逆は認めないというだけだ。であるならばマリアン家の人間と関わるのを邪魔する気もない。むしろ接触する中で不審な点があれば俺に報告してくれればいい。あえて何かを探れとも言わない。気づいたら、でいい」


 つまり、私を敵に回さないようにという手段。加えて、メリットも求めている、と。


「私が過ってこちらの情報を流してしまうかもしれませんよ。ディアのように優秀ではありませんもの」

「俺が信頼する男の婚約者だ。入学時から、貴女を観察していた」


 未来の宰相閣下が変な女にひっかかっていては困るということですね。


「心配はないだろう。おそらく貴女は、悪知恵の働く人だ」


 否定も肯定もできないような判断をされたらしい。

 あんないざこざの絶えない家で育てば、いざという時どう立ち回ればいいか考えられるようになる。臨機応変に動ける。もっとも、その気になれば、だけど。

 気を抜いていればそれは隙が生まれるし、いつも気をはっていれば疲れる。ディアのようにはいかない、扱いづらい人間な自覚はある。


「私はスウェイン伯爵家の娘です。我がスウェイン家は、陛下直々の命を仰せつかっています。ユリエル王子殿下の保護です。アラン殿下がそれをわかっていらっしゃるのであれば、お受けします」


 スウェイン家はローデリック家と深い関係で結ばれている。息子と娘の政略結婚だ。だから、極力、ローデリック家の意思に従って動く。ローデリック家がアラン殿下につくと言うなら、アラン殿下に従う。

 それでも、もし、ユリィ様がそれに異を唱えるか、あるいはアラン殿下はユリィ様を攻撃対象に入れるのであれば、スウェイン家は何を犠牲にしてもユリィ様を守る。

 私たちはあくまでユリィ様の味方で、アラン殿下の手を取るのもユリィ様にとって最善だから。騎士のようにアラン殿下に忠誠を誓うのではない。

 ということ。


「貴女の言い分はわかった。その上で、貴女とユリエルには俺と協定を結んでもらいたい」

「決定権があるのは私ではなくユリエル王子殿下です」


 アラン殿下は苦い顔をする。邪険に扱われている自覚はあるのだろう。


「大丈夫ですよ。ユリィ様は貴方のことをよく話しますから。良い話では、ないですけど」


 気持ち悪いとか気色悪いとか。

 それでも、時々アラン殿下が優秀だともこぼしている。


「人って、本当に、心から嫌いな人の話は自らしないものですもの」


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