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ある時期まで、子供は好きだった。
というか、年下が好きだったのかもしれない。俺の身近な年下といえば初めに出て来るのは健気で愛らしくて、それ故に少しばかり憎らしい婚約者くらいだった。だから、年下はかわいい、と無意識に脳が認識していたのだろう。
ミラベルがかわいいと思ったのは、年下が好きなのではなく単純にミラベルがかわいいただそれだけだった。
子供は皆が皆かわいいわけではない。真の子供好きというのは、どんなに生意気なクソガ…子供でもかわいいと言えるのだろう。ミラベルや義母上がそれだ。
俺には真似できない。かわいければかわいいがかわいくない子供はかわいくない。
父の遺伝は容姿以外にもたしかだ。父と同じように俺も、嫌いではないが子供が苦手だ。
それをはっきり自覚するきっかけになったのは、今まさに、俺の手を引き自分たちの部屋へ入れた双子だった。
「さーむーいー。君自身というのはどうだろう。だってぇ。ハンナ鳥肌たっちゃったぁ」
双子の姉の方が自分の体を抱きしめて厭らしい笑みを浮かべる。およそ七歳とは思えない。完全に俺を見下している。自分の母親や叔母の性格をまんまと受け継いでいる。
俺の横に立つユリエル殿下は、先ほどまでの子供らしいハンナが消えたことに激しく動揺している。
「わかっているなら言わなければいいのにね。ミラ姉様は考えもしないよ。お前じゃ釣り合わないんだから」
双子の弟の方も、こちらはこちらで子供の顔ではない。妹とはまた違い、こちらは父親そっくりの、他人を嘲る笑い方である。ミラベルは気づいていないが伯爵も伯爵で、大事な姪に手を出そうとする俺に当たりがキツイ。
大嫌いな俺に助けを求める程度には、ユリエル殿下は動揺しているらしかった。
「本性か」
「そうですよ。怖いでしょう」
正直、双子と比べればまだ、小生意気チビ王子の方がかわいげがある。なんだかんだで子供らしいのだから。
この双子とくれば酷いものだ。手口が陰湿な上に悪知恵ばかりが働く。
「怖いのはあんたよ!性懲りもなくまだミラ姉様にくっついてるなんて驚いた!脈なしなのがまだわからなぁい?」
「知ってる?お前がやってることって、ただの悪質な付きまといでしかないよ?」
もし子供好きならこんな子供たちも可愛いと言うのだろう。
「少し口を閉じてみようか、クソガキ共」
「お前、実は意外に短気か」
俺の暴言にやや引き気味のユリエル殿下は顔に逃げ出したいと書いてある。正直俺も婚約者に癒されたい。
「そこのチビもチビよ!王子だかなんだか知らないけれど、ミラ姉様にべたべたしちゃって!!調子に乗ってるわ!」
急にふられたユリエル殿下は俺の後ろに来る。この状況でマシなのは俺だと判断したんだろう。かしこい。大正解だ。
「ミラ姉様に気に入られていい気になっているんだね。だけどミラ姉様は僕たちの家族で、君のミラ姉様じゃないよ。僕たちのミラ姉様だ」
「家族?は!ただの従姉弟だろうが。ミラ自身が言ったんだ。私はユリィ様のミラだとな!」
ほぅ。こちらには反論するのか。どうやら気の強い女性が苦手らしい。他には偉そうな態度だけに。原因はなんだ。ミラベルと親しいあのお嬢さん方か。
この年で女性不信になりかけ。うっかりユリエル殿下に親近感がわいた。俺が義母や義母二号(双子の母親)の攻撃をうけつつ女性不信にならなかったのも、無邪気な幼馴染兼婚約者のおかげだ。その点でも、ミラベルのおかげで女性不信に陥らず住んでいるユリエル殿下に自己投影してしまう。女というのは怖いよな、と、この王子の撫でてやりたいくらいには同情できる。
「ミラ姉様はね、優しいの!だからあんたたちにはっきり、『ウザい』って言えないのよ」
「特にお前なんて間抜けすぎて笑ってしまうよユーディアス。ミラ姉様はずぅっと、お前と結婚する気なんてないんだから」
「君たちはいつまでたっても可愛くならないなあ。本当に最高にむかつくね」
ミラベルがいれば絶対に口にできないことを言えてすっきりするメリットもあるが無理に笑って嫌みを言うのもなかなか疲れる。
「お前俺が思っていた以上に性格が悪いな」
「はは」
殿下に適当に笑う。思っていた以上にということは悪いことは確定していたのか。まあ確定しているよな。
「それで、こいつらはお前の前でだけこんななのか」
「いや、ミラベルのいないところではいつもこうですよ」
あんなにいい子かつ子供っぽいのはあくまでミラベルにのみ。無邪気な子供なんてこの家には存在しない。大人たちが黙っているのは面白がっているのもあるし、全体的に俺に厳しいスウェイン家関係者たちは俺にばかりキツい双子を完全にスルーしている。
これだから義母の家族は嫌なんだ。などと口が裂けても言えない。義母はある意味父より怖い。
「これは酷いな」
「ユリエル殿下の方がまだマシでしょう」
「俺とこいつらを比べるな。マシなんて無礼な言い方をするな」
近しいものはあるがこちらはすぐにムキになったり感情的で王族らしさはともかく子供らしさはある。
「ユーディアス、あんたって本当に図太い神経しているわよね」
「ミラ姉様が許しても僕たちは許さないよ。お前のせいでミラ姉様が何度怪我をしたことか」
「あんたといるとミラ姉様が不幸になる」
「お前といるといつかミラ姉様は死んでしまうかもしれない」
それについては反論の余地もない。
ユリエル殿下は疑いの眼差しをもって、俺に何をしたのかと問いかけてくる。子供には聞かせたくないような話なので気づかないふりをするが。
「君たちがそう言うのも無理はないね。けど俺は、その責任をとることも含めてあの子を誰よりも幸せにしたいんだよ」
あの子は俺に、自分といるのは贖罪のためかと尋ねたことがある。俺に罪悪感がなくても俺はあの子に執着しただろうし、あの子を何よりも大切に思う。あの子を心から想う。
が、これまであの子を傷つけてきた償いをする気持ちがまったくないのではない。贖罪も少しは含まれている。
「そういうこっちゃないのよ!あんたがどれだけ誠実でも、ハンナはあんたが嫌いだからミラ姉様から離れろって言ってるのぉ!」
「僕もお前が嫌いだよ。償わなくていいよ。ただお前が消えてくれればミラ姉様だって平和に過ごせる」
俺が答えないので諦めたらしいユリエル殿下は傍観体勢に入った。
「あんたなんて、ミラ姉様のこときちんと知りもしない癖に!」
「いつも、自分が一番ミラ姉様のことを知っている風な顔だよね」
それは、あの子と過ごした時間は下手をすればあの子の両親より長いのだから当然だろう。
「ミラ姉様の黒子の数も知らない癖に!」
「ミラ姉様の裸も見たことないくせに」
「それは俺が見ていたり知っている方が問題じゃないかな」
知っていた方が怒るだろう双子。
「ディア」
扉からミラベルがひょこりと顔を出した。
「ごめんなさいハンナ、レイス。ノックをしたのだけど、返事がなかったから」
瞬間の双子の豹変ぶりにアランに向けるのと同じだけ警戒心をむき出しにしたユリエル殿下は咄嗟にミラベルの方へも行かず俺の背中にしがみついた。なんだ、かわいいところもあるじゃないか。
「ううん、いいんですミラ姉様」
「家族も同然なんだから、好きに入っていいんだよ」
嘘をつけ。
断りもなくミラベルが入ってくることがあればお前らの本性はあっけなくバレるだろう。そもそも、他に標的がいない時の双子のターゲットはお互いだ。決して仲の良い姉弟ではない。そしてお互い性格が悪い。
俺やユリエル殿下がいなければ日々喧嘩の姉弟なのだから。
「俺に用かな、ミラベル」
「ええ。そろそろ交代しようかと思って。疲れたでしょう?」
俺の勘違いでなければ、
「逃げて来たのかな?」
「あ…はい」
気まずそうに眼を逸らすが、正直に言うあたり可愛らしい。
「一人ならいいんですけど、二人そろうとどうも…その……二人とも元気すぎると言いますか…」
「それで代わりに俺を捧げようということだね。君には悪いけれどごめんこうむりたいね」
いくらかわいい婚約者の頼みでも、獣の中に放り込まれる役は気が引ける。
「今頃二人で盛り上がっている頃だろう。君もここで一緒に避難していればいいよ」
お前は出ていけと双子も殿下も目で言っているが、冗談じゃない。伯爵夫人と子爵夫人の元へ行くくらいならば、馬鹿王子の気持ちの悪い弟自慢を聞いている方がまだましだ。
「そうですね…守ると言った手前貴方をあそこへ放っておくのも酷い話ですし。……あら?随分仲良くなったんですね」
俺にしがみつくユリエル殿下と俺を交互に見比べたミラベルは嬉しそうにクスクス笑う。
「ち…が…」
否定しかけたユリエル殿下が口を閉じる。それくらいにミラベルが嬉しそうにしている。
「共通の敵を前にすれば相性の悪い相手とも協力せざるをえないよ」
思わず口をついたつぶやきは聞こえていなければいいと思う。
「ユリィ様は良い子にしていましたか?」
「当然だ!」
我に返ってからミラベルに駆け寄ったユリエル殿下は抱っこをせがんで抱き上げられる。どこまでもませた王子殿下は、会いたかったと言ってミラベルの頬にキスをした。
双子が恐ろしい形相だ。
ミラベルはといえば、キスに大喜びで双子の様子なんて気づきもしない。
「ミラもしていいぞ」
「いいんですかっ?」
上から目線も気にすることなく、歓喜するミラベルは殿下の頬や瞼や額に何度もキスをしている。俺も穏やかではないが双子の目が恐ろしいことになっている。
自分より取り乱している人間を見れば冷静になれるものだ。
「ユリィ様のお肌はすべすべですねえ」
「ミラの肌も気持ちいいぞ!」
二人の世界に入りつつある現状を妨害したのは双子の姉だった。
「ハンナはミラ姉様と一緒に読みたいご本があるんです。ねえミラ姉様、ハンナと一緒に読んでくれますか?お願い」
猫かぶり娘はわざとっぽく目を潤ませて両手で手を組んでいる。その様子を見たミラベルは小さく声を漏らした。
「ふふ、珍しい。いつももっと、姉様に甘えていいのよ?どの本がいいの?」
床に下ろされた殿下は頬を膨らまし、ミラベルの目を盗んだハンナは意地悪い笑みを浮かべた。
本棚から取り出した本を開くミラベルの膝に乗ったハンナは恥かしそうに頬を染め笑う。
「ここで一緒に読んでもいいですか?」
耐えかねたミラベルがめいっぱい抱きしめると、再び真っ黒い笑みを浮かべたハンナはユリエル殿下に舌を出した。
顔を真っ赤にしたユリエル殿下はハンナをぐいぐい押しやろうとする。
「きゃ」
わざとらしい少女の悲鳴に純粋な我が婚約者殿はあっさり騙された。
「ユリィ様!意地悪はいけませんよ」
「意地悪じゃない!そいつが俺からミラを取ったんだ!」
怒りながらも、まんざらでなさそうなミラベルは、「モテ期……」と呟いているのを俺は聞いてしまった。
「うぅん……じゃあユリィ様はディアのお膝に…」
「絶対に嫌だ!」
「俺もお断りですよ殿下」
「ディア!大人気ないですよ。売り言葉に買い言葉じゃ、子供と一緒でしょう?」
言い詰まる俺を子供三人がばれない様に笑っている。
「じゃあ、二人で半分ずつ私のお膝に乗ってください。本の端と端を、二人で一緒に持ってくださいね。レイスは…それじゃあ、レイスがディアと」
小生意気な双子の弟が、冗談ではないと顔を歪めた。俺も同じだ。
「僕はいいよ、二人より重いし、そういうのは卒業したから。でも久しぶりにミラ姉様に会えたのが嬉しいから、手を握っていたいんだ。いい?」
果たしてこの少年の精神年齢はいくつなのか。口説き方が子供ではない。夫人に出会うまで噂の多かった父親の遺伝子がしっかりと組み込まれている。
当然ミラベルは受け入れる。
「まあ…!レイスはもうそんなにお兄さんになったのね。とってもいい子」
「そんなことないよ」
照れるように頬を染めるこちらも姉同様わざとらしい。指まで絡ませるあたりもう父親と同じような大人になるのは確実に思えた。
読む人数が増えれば当然、ただページをめくるだけでは済まなくなる。心地いいミラベルのソプラノが物語を語り始めると子供たちは途端に大人しくなる。こうして黙っていればどれもかわいくなるのだが。
ふと、自分の子供ができたら俺はどうなるのか考える。父は俺にはなんら緊張する様子もなかったし、同じパターンなら子煩悩になるのだろうか。
おとぎ話を読み聞かせるミラベルは、姉というよりは母親のような顔をしていた。