13
「ミラベル。お前には悪いのだけど、伯父様は少しばかりアラン王子殿下とお話をしたいんだ。かまわないかい?」
そう言った伯父様を気にしつつ、殿下の目はユリィ様を名残惜しそうに見つめている。私に訊ねられてもどうすればいいのか。連れて来たからには仲がいいと思われているのかも。
「かまわない」
「お好きなように扱ってください」
答えたのは私ではなくて腕の中のユリィ様と微笑を浮かべるディアだった。アラン殿下も断れる雰囲気ではないし、一目のあるところではあからさまにユリィ様へのデレデレは見せないのか、凛々しい顔で結局頷く。
「では私はミラベルやクレアと一緒にお茶をしていますね。お話が終わったらいらして、あなた」
少し離れるだけなのにキスをする伯父夫婦を前に、慌ててユリィ様の目を隠す。私を子供扱いするディアは私の目を隠す。生憎とこちらは、喧嘩をしては仲直りの両親(別居中)の元育った私には慣れたものだけど。
「なら子供たちのお相手はディアに任せましょう。女三人、仲良く恋のお話でもしましょうか」
母の提案を聞いたディアの頬がひくっと引きつった。そしてリディア伯母様もディアについては比較的遠慮しない人。いいわね!と手を叩いている。
私の頬もおそらく引きつっている。だって見えるから。お相手の自慢を延々する母と伯母の話をただ聞かされる私。仕方ない。私には相手がいないわけだし。だた迷惑なのは、胃もたれがするほど甘ったるいお惚気の後、ムキになった二人が私に、「ウィルの方が素敵よね?」「クルト様が世界で一番素敵よね」と迫ってくる。
本音を言えば父より伯父様の方が異性としては素敵だと思う。かと言って正直に言うのは娘としていけない気がするし。伯父様は素敵な人だけれど、私の好きなタイプは寡黙で渋くて、だけど実は可愛い面を隠し持っているような人で……。ディアのお父様がドストライク。さすがに一回りも二回りも年上の公爵様に恋はしないけれど。
「俺はミラといる!」
「どうだユリエル、俺と一緒にいるのは」
「黙れゴミ虫」
お兄様にそれはいけません。
「ユリィ様もこう言っていますし…お二人で楽しんでください」
「それじゃあミラちゃんを呼んだ意味がないじゃないの」
「若い子がいた方が場も華やかになるでしょう?」
ねーっと手を合わせ笑い合う母と伯母はこの後、旦那自慢で死闘を繰り広げる。
「ディアにばかり任せるのもいけませんし。ねぇ、ディア」
「そうだね。できれば俺も君のいる方が心強いけれど、知っての通り俺はマダム・クレアに逆らえないよ。ついでに言えば君の伯母上も苦手だ」
そうでした。
耳元で言ったのに、母は耳ざといから聞こえたのか、じとりとディアを睨んだ。ほら、だから、五感は自然に生きる生物ばりに。
まさかだけれど伯母様も少しばかりブラックの笑みを浮かべているので聞こえたのかもしれない。
ディアを女性不信寸前まで追いやった主犯と協力者はタイプは違えどお腹の中が真っ白とは言えない。真っ黒でもな…くもない。
「俺はミラといるんだ!」
「そうですよねぇ」
「片時も離れるなと言ったばかりだろ!」
顎に手を当てた伯母様が色っぽい笑みを浮かべる。
「同じ屋敷の中にいるなら離れているとは言いませんでしょう?」
「伯母様は時々…」
魔女のような顔になりますね、なんて言ったらどうなるか。普段はフランス人形のように可愛らしいのに。いつもはお姫様のような無邪気で可愛らしい人が、時々女王様に見える。果たして伯父様は気づいているのか……。
「ハンナがユリエル様のお相手をします」
「僕もユリエル様と一緒に遊ぶよ」
私の腕をひっぱった双子はしゃがんだ私からユリィ様を引っ張り出した。
ユリィ様の眉間にぐぐっと皺が寄る。
「なんだこのガキどもは!」
二歳ね、貴方より年上なんです。
「ユリィ様。ハンナもレイスも、ユリィ様と遊びたいんですって。お相手をしてくれませんか?」
「……ミラも一緒か」
「うーん……」
そうしたいのはやまやまなんですけどー…逆らうと後が怖いというか……。具体的に言うと、こういう誘いを拒否し続けた場合、私は存在してもいない父の浮気相手に手なずけられたなどという言いがかりをうけたりする。
なんて理不尽。
こんな家庭環境で育った割に私はまともだと思う。ほとんど全部ローデリック公爵様や伯父夫婦の支えのおかげ。
「ミラ姉様心配しないで!ハンナたちがしっかりお相手します」
「ユーディアス様もいるから心配ないよ。ミラ姉様はゆっくりしていて」
ハンナはユリィ様を抱きしめて、レイスはユリィ様の頭を撫でてる。
「ありがとう。もうすっかりお姉さんとお兄さんになったのね。ね、ユリィ様、今日は帰りに、ユリィ様の好きなお菓子を買って行きましょう?」
「……わかった」
お菓子に誘われたのか、それともお兄さん、とレイスが言われたのに反応したのか、ふてくされながらも頷いてくれた。
「ごめんなさい、貴方に任せることになってしまいますが…」
「いいよ。俺にも後で何かくれれば」
子供たちと行こうとするディアを止めると、いつもの微笑を向けられた。
「お菓子ですか?」
「君自身というのはどうだろう」
「考えておきましょう。よろしくお願いしますね」
「考える気もないみたいだね。冷たいな」
***
紅茶とマカロンをつまみながら、お庭を眺めてお喋りが始まる。おばあ様がお手入れしている庭園は、留守の間は母と伯母様で整えているそうだ。
「ユーディアス様は相変わらずなのね」
お、と伯母様の顔を見る。普段なら、最初に出て来るのは伯父様の名前なのに。以外にも、ディア。
「昔から熱心な子だったけれど、何の成果も出ないなんて、可哀想な子よね」
「ディアが可哀想…ですか…?」
溜息をつく伯母様に、私は首を傾げる。
「いいじゃないの。手こずるほど、得た時の喜びも大きいんでしょうよぉ」
母は意地の悪い笑みで口元をおさえる。
「それでも、長年見続けていると痛々しいというか…。それとももしかして、今日連れて来たということは、ミラベルはアラン殿下と良い仲なのかしら?」
むせた。
「…はい?」
どんな人かもまだよく知らないしかも王子殿下とどうしてそんなことに。どこからの発想ですか。
「違いますよ。アラン殿下はディアのご友人なんです。それで少し顔を合わせる程度で…」
それからユリィ様のことでたびたび顔を見せるけれど。
「そうよねえ。ぽっと出の王子様に盗られちゃあいたたまれないわよねえ」
母はくくくっと喉で笑う。
「大丈夫よぉ。ミラちゃんはわたくしの子ですもの。男を見る目はあるわよ」
ただ私と母は好きな異性のタイプがまったく異なるのであまり期待されても。
「でも、もしかしたら、学園に通ううちに好きな人ができたんじゃない?私とクルト様も学園での先輩と後輩だったのよ」
「はぁ……いませんねぇ…。ここの所は、別に結婚しなくてもいいんじゃないかと思っていて」
今更私が結婚してもうちがどうできる雰囲気ではない。貴族の娘は政略結婚が常識だけれど、申し込んでくる物好きなんてディアのおうちくらい。私と結婚して相手が得るものは何もない。
母のような魅惑のボディもないし家の利益も出ない。
「やぁだー!年頃の娘がそんなことを言うなんてー」
「恋に恋するお年頃なのに?」
「お相手が、いませんしねえ…」
公に恋愛もできない。今はローデリック公爵子息の婚約者だ。ディアが卒業して婚約が解消されるまでは、恋人も作れないし、仮に好きな人ができて想いあったとしても、一年間待てというのは酷な話。人の心は移るものだし、身の回りの人たちのように燃えるような恋をできる自信もない。
カップを同時に置いた母と伯母様は、溜息まで同時にこぼす。
「ディアではいけないの?」
「ユーディアス様でいいじゃないの」
「でいい、は言い方としてよくありませんよ…」
母世代はディアに厳しい。
「あの人は……私には勿体ない人です」
「逆でしょう」
「逆でしょう」
ハンナとレイス並みのシンクロ。血の繋がりはないはずの義理の姉妹が。
「こーんなにかわいいわたくしの娘を貰えるなんて、世界一の幸せだわ。あのヘタレの坊やには勿体ないくらい。あの子はもっと釣りあう努力をしてもらわないと、簡単にはあげられないわ」
「小さい頃から必死だったからどうにも幼く見えてしまうものね」
ディアが幼い。まさか。昔から、一つしか違わないのが嘘のように大人だった。
「本当に、私では釣り合わないような人なんです。人望も厚いし、努力家で、器用で……優しすぎて。いくらでも良い人はいるのに、私のせいで恋人も作れないで。彼には酷いことをしています」
「まあ確かに、ミラちゃんは酷いくらい頑固だけどねぇ」
「ミラベルは無意識な故意でとぼけるものね」
伯母様の意味深な発言に、母はうふふと笑う。
「もどかしいから面白いんじゃなぁい」
伯母様も頷く。
「効率よくてもつまらないわよね」
そうそう、と、二人だけで分かり合った二人は結局最後は夫自慢に移ったのだった。私一人を取り残して。