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 もうすぐ魔法学校の長期休みが終わる、という時だった。

 父のウィリアム・スウェイン伯爵は私を仕事部屋へと呼び出した。嫌な予感はしていた。だって父は、滅多なことがない限り私を仕事部屋に入れてはくれないから。

 もっとも、長期休みが明ければ私は全寮制の学校に戻るので、今から無茶な言いつけはないだろうと油断していた。

 父の仕事部屋で私を待ち構えていたのは三人。

 一人は勿論父。父の隣に控える父の秘書。そして、見知らぬ小さな男の子。

 上等な服を着ているので、父の友人の子か何かだろう。

 ほぅ、と溜息が漏れた。でっぷり太った父や、青白い壮年の秘書の傍にいるせいだろうか、その子は一層美しく見えた。決して父や秘書を貶めたいのではないけれど、二人とも引き立て役には持って来いな人である。

 男の子は五、六歳ほどに見え、明るい茶髪に碧眼。大人しそうな、お人形のような子だ。気品が溢れ、オーラもある。これは将来有望だろう。


「失礼します、お父様」


 私が声をかけると、父は二重あごを少し伸ばして私に近くへ寄れと促した。言われた通り奥へ進みながら、すれ違いつつ男の子に会釈をする。

 私が隣まで行くと、父は私の腰に腕を回し、男の子に紹介した。


「お待たせいたしました。これが娘のミラベルです」


 挨拶をするように言われ、簡単な自己紹介をすると、男の子は「ふうん」と気のない返事をしてそっぽを向いた。少し態度が悪いけれど、そんな仕草も絵になる子だ。

 それにしても、父がこの子に敬語なのが気になった。

 父から離れてソファに座る男の子の前にしゃがんでみる。


「貴方のお名前は?」

「……貴様の娘は随分な無礼者だな」


 男の子が声をかけたのは父だった。父を見れば、顔面蒼白。


「貴様、なんて乱暴な言葉を使っては駄目よ。それに、質問されたらきちんと答えなくちゃ」

「誰に口を聞いているんだ」


 ギン、と睨まれるけれど、こんなに可愛らしい子に睨まれてもあまり怖くない。


「申し訳ありません、殿下!!」


 父に髪を引っ張られ、後ろに傾いた体をなんとか腕で支えた。


「何をするんですか!お父様!!」

「お前こそ殿下になんて態度だ!」

「何をおっしゃっているんですか?私はこの子とお話を」

「その方は、ユリエル王子殿下だ!」


 王子殿下。


「冗談はやめてください。そんな方が落ちぶれ伯爵家にいるはずがないでしょう?」


 数年前、父が数度にわたりイカサマ骨董商からお金を根こそぎだまし取られたせいで、スウェイン伯爵家はすっかり名ばかりの爵位持ちになってしまった。

 そんな家に王族など来るはずがない。

 うっかり口をついて出た落ちぶれという言葉に父の顔が悲しそうに歪み、秘書は笑いをこらえている。ごめんなさい。悪気はなくて、つい。


「俺は正真正銘、王子のユリエルだ。王家の顔も覚えていないのか」


 ソファの上に立って私を見下ろそうとする男の子は、やれやれ、と首を横に振る。

 王族全員の顔を覚えているのなんてごく一部の人間でしょうに。まして婦女子はそういった社会の流れを学ぶよりマナーを身に着けいい男を捕まえるのに全力だと思う。


「はぁ…それでは何故王子殿下がこのような場所にいるんです?」

「貴様の父から聞け」


 貴方は説明してくれないのね。

 まだ悲しげな顔の父に説明を求めると、根に持っているのかボソボソ聞き取りにくい喋り方で説明をしてくれた。


 現国王陛下には四人の王子がいる。それは私も知っている。

 長男のアラン殿下、次男のロメオ殿下、三男のギルバート殿下、そして四男のユリエル殿下。

御年十八になるアラン殿下は私の通う学内で時々お見かけする。学業にはげみながら行政にも関わり実績を残しているらしい。今は亡き前お后様のご長子。

十六になるロメオ殿下は、策士なことで有名だ。よく言えばカリスマ性が突出している。人脈が広く、また、頭がきれるため戦の策には定評がある。アラン殿下とは両親が同じ弟君。

十四になるギルバート殿下は、素直で明るく、人の懐に入るのがうまい。前お后様が亡くなって、現在正妃になられた元側室の一人息子。

五歳のユリエル殿下は陛下が気まぐれで手を出した侍女の子。お母様はユリエル様を生んでからすぐに亡くなり、見方もなく、価値も薄いと判断されたためにすっかりひねくれてしまった幼い王子様。


国王陛下は近々次期国王を決めねばとお考えになったらしい。勿論、有力候補は長男のアラン殿下。誠実で実直、国のことをよく考えているし、物事を公平に見ることのできる人格者だとか。

けれどロメオ殿下の才能も惜しい。ロメオ殿下の持つ人脈も、彼のカリスマ性あってこそ。外交だって、彼の才能は生かせることだろう。

なにより、ギルバート殿下は正妃様の唯一の子。器だって問題はない。

悩んで悩んで、それでも決められない。これではいけないと判断した陛下は、自分自身に期限を決めた。来年、アラン殿下が卒業する年、陛下は次期国王を発表する。あくまで発表するだけで、正式な引き継ぎは先なので、まだ幼い王子たちにも不利な話ではない。


しかしそうなると、王子たちの中で静かな戦いが巻き起こる。実績のあるアラン殿下、策士のロメオ殿下を潰そうと、正妃様はお二人に刺客を送り込むようになる。自分の子のために。そして勿論、一番目と二番目の王子はそれに屈するほどやわではない。


ここで話に出て来なかったユリエル殿下について、父は話し始める。


ユリエル殿下はほとんど候補と呼べない。国王候補とは名ばかり。出生も褒められたものでなく、後ろ盾もない。まだ幼いし、兄王子たちほどの教育も受けさせてもらえなかった。

けれど、脅威は少しでも減らしたいお后様は、ユリエル殿下にも手を出すと思われた。陛下も、自分の子供が可愛くないのではない。なんの後ろ盾もないユリエル殿下を、そのまま死なせるのは酷と判断したらしい。

しかし陛下は公平であるべき身。自らユリエル殿下の保護はできない。そこで、少しでも安全なように城を出し、我がスウェイン伯爵家に住まわせる、とのこと。


「……だとして、何故この家なのですか?」


もっと権力のある家のほうがいいでしょうに。


「無駄に力のある家では母上とつながっている可能性があるだろう」


殿下が母上と呼ぶのはおそらく今の正妃様だろう。


「お父様が買収されるとはお考えにならなかったのでしょうか」

「貴様はローデリック公爵の息子と婚約しているんだろう。その点で、信用に足る家と判断された」

「では公爵家に行けばよろしかったのでは?」

「ローデリック公爵は子供が嫌いだ」


 そうだった。

 ローデリック公爵は、今現在、宰相を務めている。公爵の一人息子と私は婚約関係にある幼馴染なのだけれど、あの人は息子以外の子供は嫌い、というより苦手だった。私と普通に会話ができるようになったのも、ここ最近だ。

 断言するということは、殿下は会ったことがあるのか。だとしたら後で誤解をといてあげなくては。あの人はただ単に接し方がわからないだけだと。


「つまるところ、貴様の父はうまく誤魔化して言ったが厄介払いだ。俺は父にはいらない王子だったからな。平和ぼけしながら落ちぶれ伯爵の家でぼぅっとして過ごせ、そして王家には極力関わるな、ということだろう」

「あら、捻くれたことを…」


 単純に、陛下はユリエル殿下の身を案じてくれただけだろうと思うけれど。


「事実だ。お似合いじゃないか、落ちぶれ貴族と用無し王子だ」

「用無し王子…ねえ…。そういえば今朝、うちの使用人が頂いてきましたのよ。お好きですか?食べますか?」

「いらない!!馬鹿にしているのか!!」


 ユリエル殿下の頭突きが私の顎にヒットした。とても痛い。


「お嬢様、大丈夫ですか?」


 秘書が、どこからともなく取り出した氷を私の顎に当てる。ああ、魔法ね。なるほどね。


「平気よ。ありがとう」


 氷をもらって唸る私を、殿下はふんと鼻で笑った。


「自業自得だ」

「馬鹿になんてしていませんわ。ただ少し、肩の力を抜かないと。殿下はここに住むのでしょう?お茶でもしながら、親睦を深めましょう」

「……」

「これでも動揺しているのです。突然の非日常ですもの。王家の方に関わる日が来るなんて、思ってもみませんでしたから」


 はいそうですか、なんて納得できない。正直夢ではないかと疑っている。


「甘いものはお嫌いですか?」




***




 洋梨のタルトを頬張りながら、、ユリエル殿下は猫が様子をうかがうように、私をじっと見ている。

 むっつりと不機嫌顔だけれど、タルトが美味しいのか時折頬がひくひくしている。生意気だけれど可愛いのでつい許してしまいそうになる。


「美味しいですか?」

「まずい」

「なら残りは私がいただきますね」

「食べられないこともない!俺の物に手を出すな!!」


美味しいんですね。全部食べたいんですね。

 父は、私が無礼を働くのではないかと冷や汗をかきながら監視をしている。こんなに小さな子にそこまでびくびくしなくても。もともとなかった父の威厳がさらに擦り減っていく。


「本当は、仕事部屋で物を食べるのは厳禁なんです。父は融通のきかない人ですから」

「こ、こら!ミラベル!」

「本当のことでしょう?」


 昔、遊びにきた婚約者とここでお菓子を食べていたらとても怒られた。彼の方は、公爵家からのお客様だったのであまり言われなかったけれど、私はこっぴどく叱られた。


「殿下のおかげで少しの反抗ができましたわ」

「……嬉しそうだな」

「親に逆らう高揚感は、いくつになってもいい刺激になりますので」


 悪戯や反抗で得る高揚感は癖になる。多少なら問題ない。


「婦女子の持つべきしとやかさの欠片もないな」

「こんなにいい女は殿下の周りにはいなかったでしょう」

「お前に劣る女がいるなら見てみたいな」


貴様からお前になった。徐々に子供らしさが出て来た。頬にカスタードクリームがついていたり。


「殿下は難しい言葉をよく知っていますね。今は五つでしょう?私が五つの時は、言葉を知らない上に舌足らずでしたわ」

「当然だ。できが違う」


 もっと言うなら人を馬鹿にする言葉をよく知っていますよね。


「食べ終わったら屋敷の周りをお散歩しましょう」

「どうしてお前に命令されなければいけないんだ」


 別に命令はしていませんが。


「では、食べては寝てを繰り返してぶくぶくと私の父のようになりますか?」


 ちらりと父に視線を向ける。優しいし悪い人ではないけれど、だらしない体型なのは否定しようもない。


「ふん…どうせ暇なんだ。付き合ってやる」


 やはりあんな体型にはなりたくないのか、もぐもぐしながら殿下は頷く。

 それにしても、弟のいない私には新鮮な眺めだ。年下の知り合いなんて従姉弟がせいぜいだけれど、あの子たちは礼儀正しいし大人しいしで、私の方が子供に思えてしまう。

 ユリエル殿下はある意味子供らしいのかもしれない。かまってもらえないから子供らしくへそを曲げて、気づけばこんなに捻くれたというところだろう。けれど甘い物を頬張る姿やお茶をふーふーさましてチビチビ飲むのは何とも愛らしい。

 こんな弟がいたら……。

 残念ながら、我が家は両親が美女と野獣状態だ。母にだけ似れば私も美しい子になれたはず。五対五ほどで両親に似ている私は、特別綺麗じゃない。なのでこんなに綺麗な弟もきっと生まれない。

 ある意味ラッキーなのでは。小生意気で、こんなに可愛い子がうちに来てくれたのだから存分に可愛がりたい。

 あと五日したら私は寮に戻らないといけなくなって、滅多に会えなくなるけれど。


「殿下、お茶のおかわりはいかがですか?」

「もらってやらないこともないぞ」


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