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マンション町中な人々《1》

「どうぞ」


 カイトはこたつの上にお客様用の湯飲みを出した。

 湯飲みからは温かな湯気が上がっている。

 年中、麦茶のある双樹家だが、季節がら玄米茶の方を出した。

 こたつの上にはみかんの乗った篭が置かれている。

 日本における冬の正統派スタイルだ。バリエーションとして煎餅も可。


「言って下されば、わたしお手伝いしましたのに」

「いいからいいから」


 そう言って、カイトはアスカの正面に座り、一口。

 ちょっと、舌をやけどした。


「あのね」


 カイトから切り出した。

 あの夢みたいな事を確かめなければいけない。

 あまりにも現実離れした事だからすぐに夢と片づけても良かったのだが、妙な疲れと制服が少し埃っぽくなってた事が片づけの邪魔をしていた。


「はい」

「あれって、ボクの夢だよね?」


 アスカは小首を傾げた。

 枚数多かったかな、とカイトは思った。

 オブラートに包みすぎて喉に引っかかったみたいだ。


「あぁ、あの子のことですね」


 少し時間は掛かったが、アスカは上手に飲み込んだ。


「あの子ならここに」


 そう言って、アスカは鞄から狼のぬいぐるみを出した。

 あの時のぬいぐるみがこたつに座っていた。


「やっぱり、ホントだったんだ」


 思わず、天を仰ぐ。

 カイトの脳裏に怪物がぬいぐるみになるときの光景が蘇った。

 いきなり怪物が光り出して、ぬいぐるみになったんだよな。


「何でいきなり、ぬいぐるみなんかになったんだい?」


 カイトのいた位置からはアスカがやったことは見えていない。


「あれは封魔の術を使ったんです」


 アスカは笑顔で応えた。


「ホーマの術?」

「はい。魔物を人形にして封じちゃうんです。あっ、もうお祓いしてますから大丈夫ですよ」


 心なしかぬいぐるみがカイトを睨んでいるようにも見える。


「君って」

「はい。わたしは勇者様の補佐をする巫女です」

「巫女!?」

「はい、勇者様!」

「勇者!?」

「はい」


 満面の笑みでアスカ。

 今朝のあれってやっぱりホントだったんだ。

 少し、顔を赤らめるカイト。


「ボクが。ホントに?」

「はい。まだ、覚醒していませんが正真正銘この地を護る勇者様です」


 アスカの表情は真剣。冗談で言っているとは思えない。

 ましてやゲームのキャンペーンとも思えない。


「何でまた、ボクなんかを」


 正直な質問だ。


「このペンダントが勇者様の力に反応したんです」


 アスカはかけていたペンダントを外し、カイトに手渡した。

 微香がカイトの鼻をくすぐった。


「奇麗な石だね」


 水晶ともダイヤモンドとも違う透明な石。

 小さな石だけど、とても大きな存在感を持っている。


「はい」


 ペンダントをアスカに返す。


「これは光輝石と言って、勇者としての素質のある者の元に導く力があるんです」

「へぇ」

「見てて下さい」


 アスカはペンダントを自分の正面で翳す。


「勇者たる者の元へ我を導け」


 彼女の呼びかけに応えるかのように光輝石は内部に小さな光を幾つも生み出した。

 そして、その光は集束し、一点に向かって照射される。カイトの元に。

 カイトはその光をキョトンと見ていた。


「だから、ボクが勇者になるの?」

「はい!」


 元気いっぱいに頷くアスカ。

 なんの力も無くても勇者になってもいいかなと思わせるような笑顔。

 しかし、カイトはその素敵な笑顔に引っ張られることはなかった。

 ボクに勇者なんて無理だ!!

 この気持ちがモアイ像の様にカイトの心に居座っているのだ。

 何より、自分を勇者になんてしたら、助けられる者も助けられなくなる。


 勇者の必須条件。

 誰よりも勇気があること。

 罪を憎んで人を憎まぬ公明正大な性格。

 平和を愛する正義の心を持っている。

 どんな困難にも打ち勝つ力を持っている。つまり、熱血根性。

 武器の扱いに馴れている。

 そして、とてつもない幸運に守れている。


「う~ん」


 いつの間にかカイトは腕を組んで唸っていた。

 どれもボクにはないな。

 強いて言えば平和を愛するお人好しな性格ぐらいだろうか。

 だけどそれだけじゃ、勇者になっても死が待つだけ。

 カイトは無意識のうちに思っていたことが態度に出ていた。

 そんな彼の態度にアスカは表情を暗くした。


「やっぱり、・・・・・・ご迷惑ですよね」


 そう言って、アスカは鞄を手にして立ち上がった。

 確かにいきなり、貴方は勇者です、なんて言われても迷惑なだけ。


「どうしたの?」

「まだ、覚醒してらっしゃらない勇者様の側にわたし何かがいたらご迷惑ですよね。また、魔物に襲われるかも知れないし」


 げっ、と内心思ったが顔にも声にカイトは出さなかった。


「勝手な事言ってごめんなさい。あっ、少しは部屋を片づけた方が良いですよ。それじゃ、失礼します」


 そう言うとアスカは肩を落としたまま、玄関の方に歩き始めた。

 とっても寂しそうな背中だった。コートを掛けて上げたくなるような背中。

 このまま、帰しちゃって良いのかなと、カイトは思った。

 また、魔物に襲われるかも知れないし、と言うアスカの言葉がカイトに頭によぎった。・・・・・・・・・・・・、ともカイトは思った。

 カイトの心の天秤がぐらぐらと揺らいでいた。

 そして、


「ねぇ、行くところあるの?」


 無意識のうちに声を掛けていた。


「・・・・・・・・・・・・」


 アスカは無言だった。

 背中は相変わらず寂しそうだ。マフラーも付けないといけないかもしれない。


「じゃ、家にいなよ」


 かなり後悔の念もあった。

 怪物に襲われるのは怖い。恐ろしい。だからといって、目の前の少女を放っておく事はカイトには出来なかった。

 これを優しさと言うのか、ただのお人好しと言うのかはカイトにも分からなかった。ただ、そうしなきゃいけないような気がしただけだ。


「でも、また襲われるかもしれないんですよ」


 振り向いたアスカの表情はやっぱり、寂しそうだった。

 その言葉に少し不安もあったが、カイトは続けた。


「絶対って理由じゃないんだろ? だったらいいじゃない。家にいなよ」

「ホントにいいんですか?」

「うん、良いよ。ちょっと、汚いけど部屋も余ってるし」


 自然とカイトは微笑した。


「勇者様!」


 アスカは鞄を投げるとカイトに抱きついた。


「わたし、勇者様の言うこと何でも聞きます!」


 アスカはあまりの嬉しさに一つ墓穴を掘ってしまった。

 青年男子の前で、何でも言うことを聞きます、なんて言ってはいけない。

 どんな事になるか分からないのだから。

 だけど、当のカイトは顔をケチャップのように真っ赤にしてそんな事を覚えている余裕は無かった。

 こうして、カイトは店子たなこと居候を抱えることとなった。


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