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勇者様は劣等生《3》

 睡魔との苦闘を潜り抜けたカイトは優を引き連れ、廊下を歩いていた。

 二人は一言も言葉を交わしていない。


『はぁ』


 二人は同時に溜め息をついた。 強いて勉める授業から解放される放課後。お気楽極楽なはずの放課後の廊下に二人の深いため息が響いた。

 聞いているだけで洞窟の奥で『の』の字を書きたくなるような気分になる。

 そんな気分に陥っているカイトの頭にはもう、今朝の事件も授業中の不可解な出来事も彼のノートの様に何も記されてはいなかった。

 と言うより、憂鬱と言う名の墨でノートを塗りたくったような感じだ。

 二人は部室の前まで来ると一度、お互い顔を見、頷くとドアノブに手をかけた。


「友よ。地獄で合おう」

「あぁ」


 男の友情である。意を決し扉を開けた。地獄への扉を。

 部屋にはコンピュータが整然と列べられ、微動音を部屋中に響かせている。

 コンピュータ室。

 文部省が、これからの情報化社会についていけるようにと小、中、高校に奨励した為に設置されることとなった部屋だ。

 だが、実際はコンピュータを扱える教師がいないために本来の使用目的には活用されず、コンピュータ部と言う名のオタク集団を作っただけに終わった曰く付きの教室だ。

 二人はコンピュータ部の面々がたむろしている東の一角とは反対の西の一角に足を向けた。


「二人とも遅~い!」


 沙耶がコンピュータの前に陣取り、二人の方に声を掛けた。


「ちょっと、免疫反応が働いて」


 と、優。世間ではこれを拒絶反応と言う。


「右に同じ」


 カイトもそれに続く。


「良く分からないけど。まぁ、良いわ。取り敢えず、そこに座って」


 二人は沙耶に促され、定位置に座った。

 この一角こそが沙耶を頭目、もとい部長とした文芸部の所定地なのである。

 カイト、沙耶、優の仲良し三人組でなんとか構成されている。

 文芸部と言っても大した活動はなにもしていない。

 強いて言うなら、学期ごとに作る予定表などのお手伝いくらい。

 唯一沙耶だけがまともに活動している。さすがは部長。


 と言いたいところだが、この文芸部の創設者は沙耶だ。

 その当人が何もしないはずはない。

 つまり、頭数合わせに二人は巻き込まれたのだった。

 そんな二人だったが結構、部活動を楽しんでいた。

 文芸部の特権として、図書室のスペアキーを手にしている優は研究と称して好きな読書をしているし、カイトはカイトで情報交換と称してコンピュータ部の連中と無駄話に花を咲かせている。


「重大発表をします」


 厳かに沙耶は宣言した。二人にとっては死刑宣告だ。

 自然と二人の表情が引き締まる。緊張の一瞬。

 心なしか震えているようにも見えるがそんな事、沙耶は気にしない。

 沙耶の整った口が少し、動く。

 緊張で唾を飲み込むカイト。額に汗を浮かべる優。

 緊張が極限まで高まる。


「あのね」


 と、切り出した瞬間、沙耶の目が何かに輝いたのを二人は見逃さなかった。

 彼女は椅子から立ち上がる。

 そして、窓を勢い良く開けると身を乗り出した。

 その時になって、遠くで消防車のサイレンが鳴っているのに気付いた。


「火事!」


 沙耶の指さす方に煙が上っているのが見える。

 カイトと優の二人も彼女と同じ窓から身を乗り出す。

 一つの窓に三人だから、もうギュウギュウ詰め。

 それでも、気にせず三人は一点を見ていた。

 窓を開けなければ聞こえなかったサイレンの音を沙耶は聞き取ったのだ。

 元来、騒動を察知する能力に彼女は秀でていた。


「三人とも、家の方じゃなくて良かった」


 と、カイト。三人の家は火事のある北側じゃなく、東側にある。


「あの辺って、確か寮がある方よね」

「沙耶?」


 不安げな声を上げる優。

 彼女の瞳に危険な色が宿りつつある。


「あたし、ちょっと見てくる」


 不安的中。

 沙耶は瞬時に二人を振り払い、駆け出そうとする。


『ちょっと待った!』


 二人は駆け出そうとする沙耶の両手をそれぞれ取った。


「重大発表はどうするんだよ」

「そうだ、カイトの言うとおりだ」

二人にとって、他人の火事より沙耶の重大発表の方が重大事なのだ。

「あとで連絡するから」

「ダメ!」


 ここで沙耶を解放してしまったら、この後数時間、恐怖で悶々とする事になる。

 得体の知れない恐怖よりもそれが何なのか分かった方が対処法も思い付く。

 半ば強引にカイトは沙耶を椅子に座らせ、自分も定位置に着く。


「分かったわよ。その代わり、早口で話すからね。今、文芸部は危機に直面しているの」

「危機って、また何かしたの?」

「カイト、人をトラブルメーカーみたいに言わないでよ」


 実際そうでしょうが、と心で突っ込む二人。


「廃部よ。廃部の危機に直面しているの。文芸部としての活動を何もしていないからって、生徒会が圧力をかけてきたのよ」

「運営費も貰ってない部に普通、圧力をかける?」

「よっぽど、暇なんだな。生徒会って」


 少し、口ごもる沙耶に二人は気付かない。


「と、ともかく、廃部の危機なのよ。それを脱するために生徒会が出した条件はただ一つ。何かのコンクールに出して、佳作以上を取ること!」

「もし、無理だったら?」

「廃部ね。もう、文芸部じゃなくて、文芸同好会になるのよ」

「部から同好会に変わるとどうなるんだ?」

「名前が変わるぐらいかしらね。部の名誉の為にも二人ともちゃんとしたのを書いてよ。それじゃね」


 そう言って、沙耶は飛び出していった。野次馬をしに。

 加速装置でも付けているんじゃないのかって勢いで沙耶は姿を消した。

 一方、取り残された男二人は、


「ってことは、これって」

「結局、沙耶の名誉のためなんじゃないの?」


 男二人は深いため息を吐いたのだった。

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