表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/18

カイトのど~き《1》

 それから一時間が過ぎた。つまり、夜の七時過ぎだ。

 だが、一向にアスカは帰ってこない。

 買い物に行ってるんだと思いこんでいるカイトだったが、段々と心配になってきた。テレビから垂れ流される映像も音声もカイトには届いていなかった。


 遅いな、アスカ。・・・・・・どうしたんだろ。


 無意識のうちに貧乏揺すりをしてしまう。

 いくらなんでも遅すぎる時間だ。今までこんな事は一度もなかった。

 遅くなるときはちゃんと電話を入れてきたし、遅くなると分かっているときは前もってカイトにその事を言っていた。

 両腕を組んでカイトは唸りながら思案し始める。


 もしかして、迷子に!


 カイトの脳裏に知らない道の真ん中でおろおろするアスカが浮かび上がる。

 しかし、彼女は少なくともカイトよりもしっかりしている。

 もし、本当に迷子になったとしても人に聞いたりしてどうにかするだろう。


 それじゃ、どこぞの変態さんに襲われてる!!


 再び、カイトの脳裏に見知らぬ町の真ん中で変態さんに襲われているアスカの図が浮かび上がる。

 にじり寄る変態さん。恐怖に顔を引きつらせ、後ずさりするアスカ。

 変態さんはアスカの腕を掴み、暗がりへ。そして・・・・・・。


「だめぇぇぇぇぇぇぇっ!!」


 絶叫が部屋に響き渡る。それに反応して、ダンシングフラワーがナウでヤングなダンスを披露する。三つも並んでいるのでそれなりに壮観だ。

 余りにも危険な妄想にカイトは荒い息をした。

 どうにか息を整え、冷静さを取り戻したカイトは一つの事を思い出した。

 去年の夏のことだ。夏の暑さにあてられ、町に変態さんが大量出現したのだ。

 その時、沙耶とじっちゃんの二人が珍しくコンビを組み、いろんな意味で再起不能にしている。こんなに早く変態さんが復活、出現するとは考えにくい。

 って事は、やっぱり、またもや魔物に襲われている!!

 最有力候補だ。今までも『アスカ行くところに魔物あり』って標語を作りたくなるほど頻繁に魔物と接触している。

 アスカと出会ってからここ二週間の間に二度もカイトはどでかい魔獣に襲われている。二週間に二度。つまり、一週間に一度のペースだ。

そして、今は三週間目に突入している。このペースで行けば遭遇してもおかしくない。


 今までも小物の魔獣や封印の解けそうにある場所に再封印を施したりしているのもアスカから聞いて知っている。

 以上の事からカイトは推測した。なけなしの脳みそをフル回転させて。

 買い物の帰りに小物の魔物に遭遇、現在戦っている最中?

 可能性は十分にある。自分でも花丸を上げたくなるような推測だ。


 そうだ。そうに違いない。だったら、大丈夫。


 そう思うことにしても不安は一向に消える気配はない。

 むしろ時間と共に増すばかりだ。

 時計の針の音が異常にはっきりと聞こえる。貧乏揺すりを再開する。

 この二つの音を聞いているだけで急き立てられるているような気がする。

 気が付くとカイトは玄関のノブに手を掛けていた。すでにコートも着ている。

 そして、カイトは外に飛び出した。




 数時間ほど時間を戻そう。

 じっちゃんが警官である千堂和樹から妖しげな術を使って情報を聞き出し、復讐に向かったところまで遡る。


「取り敢えず、和樹さんを部屋に送らないと。誰か手伝って下さい」


 じっちゃんの背を見送っていたアスカはカイトの声で我に返った。


「あっ、わたしが・・・・・・」


 カイトに近づこうとしたが突如として群がり始めた人混みにアスカは外に弾かれてしまった。


「あの、わたし」


 彼女はどうにか人混みを掻き分けてカイトの元に行こうとしたがどうにもならない。やがて、人混みの殆どはマンションの中に吸い込まれるように入っていった。


「・・・・・・・・・・・・」


 何か、除け者にされたような気がする。

 アスカはそう思った。

 つい最近までよそ者だったんだ。しょうがないよね。

 彼女は肩を落として、マンションを見上げた。相変わらず騒々しい声が聞こえる。

 その時、セーターの袖が引っ張られるのを感じた。

 振り向くとそこには小さな男の子がいた。見知らぬ子だ。


「何か御用かな?」


 アスカは何となく抱いている寂しさを隠すように微笑み、しゃがんだ。

 男の子と視線を合わせるためだ。


「あのね、そこでね。お姉ちゃんに渡してってね。帽子を被ったおじちゃんに言われたの」


 たどたどしいが、元気に男の子はそう言って、アスカに二つ折りになった紙を差し出した。

 彼女は「ありがと」と、笑顔でそれを受け取った。


「うん。ばいばい、お姉ちゃん」


 男の子は元気良く手を振って、走っていった。


「ばいばい」


 アスカも手を振って、男の子を見送った。

 彼女は渡された紙を広げ、目を通した。

 そして、紙に書かれた内容にアスカは絶句した。


「・・・・・・そんな」


 俯いて何かを耐えるように下唇を噛んだ。

 持っている手紙をクシャと握りつぶし、ポケットに突っ込んだ。そして、胸のペンダントを握りしめ、一度マンションを見上げると彼女は駆け出した。


 ・・・・・・さよなら、カイトくん。ごめんね。


 手紙には、こう記されていた。


『お前がいたからこうなった。

 これ以上、お前の周りの者に迷惑を掛けたくなければ、光輝石を持って町外れ の建築現場に来い』


 魔物だ。それも高位の。

 アスカは走りながらそう、確信していた。

 下級の魔物。つまり、魔獣には知性と言うものがあまり無い。

 己の欲望と高位の者の命に従うために魔獣は存在する。

 しかし、高位の魔物は高い知性を有している。

 彼らは己の欲望ではなく目的の遂行に忠実だ。

 そして、目的遂行のためにはどんな事でもやる。

 脅迫を無視すれば、今度は確実にマンションは燃やされてしまう。

 だから、アスカはマンションから、カイトの側から離れた。




 指定された町外れの建築現場の場所は何時も買い物に行くときに使っている道の途中にある。カイトに町の案内をして貰った時に、ここを通ると少しだけ近道なんだ、と教えて貰ってからずっと使っている馴れた道だ。

 カイトの話によるとマンションを建てようとしていたが、会社の資金繰りが悪くなり、建築途中で放棄されたそうだ。俗に言う不良債権と言うヤツだ。

 確か土台部分と鉄骨は完成していたはず。

見えた。

 頭の鉄骨部分が見える。

 町外れと言ってもそれほど時間が掛かる理由じゃない。走って五分ほどの距離だ。


 マンション町中自身が町外れなのだから。

 アスカは建築現場の近くまで来ると走るのを止めた。

 一度、深く深呼吸をして息を整えると歩き始めた。

 この曲がり角を曲がってすぐの場所に建築現場はある。

 何となく妖しげに見える防塵シートに包まれている。

 建築現場の側に立て掛けられている看板から頭を下げている作業員の人が飛び出てきそうな気がする。あの何処か変な笑みが不気味に見える。


 ぎいぃぃぃぃ・・・・・・。


 音にアスカは反応した。扉が開いていた。


「入って来いって事よね」


 彼女は一度、ペンダントを握りしめ、歩き出した。扉の向こうへと。

 扉に一歩足を踏み入れた瞬間、アスカは妙な違和感を持った。

 それが何なのか分からないまま彼女は扉を潜り抜けた。

 潜り抜けた先はさっきまで自分がいた場所。


「えっ!?」


 彼女はキョロキョロと辺りを見回してみた。大して代わりはない。

 だけど、あの妙な違和感は周りにあるもの全てから感じる。

 目の前の家々も電信柱も道路も、星の輝きも。全てに違和感を感じる。

 唯一、目に見える形での相違はアスカが入ってきた扉が閉まっていること。


「完全結界」


 ある一定区間の空間を完全に模倣し、それを基に創られた結界のことだ。

 かなりの力を持っていなければこんなものは創り出せない。

 魔獣が創る結界のように中途半端ではない。


「その通り。さすがは勇者の巫女を名乗るだけのことはある」


 電柱の影から誰かが出てきた。誰だか分かっている。敵だ。

 電灯の灯りを受け、現した魔物の姿にアスカは息を飲んだ。


「教頭先生。・・・・・・教頭先生に憑依したのね」


 そう言って彼女は魔物を睨み付けた。


「ほう。この男は教職者か。それは知らなかった」


 些か感心したように魔物はそう言った。


「渡して貰おうか。光輝石を」


 右手を突き出し、魔物は一歩前へ出た。


「いやよ。絶対に」


 アスカはペンダントを握りしめ、一歩下がった。


「ならば少々、痛い目に遭って貰おうか。定石通りで済まないが」


 そう言っている目は嗜虐に満ちている。

 瞬間、魔物はその目をカッと見開いた。


「きゃぁぁっ」


 アスカは強い衝撃を受け、工事現場のトタンの壁に叩き付けられた。

 地面に伏す前に魔物は素早く接近し、彼女の細い首を手に掛け、壁に押し付けた。

 そして、魔物は首を圧迫する程度に絞める。


「光輝石は貰って行くぞ」

「くっ」


 魔物を睨み付けるアスカ。


「はははっ、いいぞ。その目。そんな強気な目は好きだ。それが恍惚なものに変わる様は最高に美しい。それに優る快楽はない」


 魔物は卑しい笑みを見せ、彼女の顔に自分の顔を近づけた。


「しかし、今は目的を果たす方が先だ」


 自分の指でアスカの白い襟首を嘗めるように撫で、ペンダントのチェーンを指に掛けた。そして、じらすようにゆっくりと引っ張っていく。


「ほら、出てきた」


 光輝石が姿を現すと魔物は上唇を嘗めた。


「貰うぞ」

「光よ!」


 魔物が光輝石に顔を近づけた瞬間、石は純白の輝きを放った。

 その輝きは魔物の目を焼いた。


 「ぐあわっ!」


 魔物は右手で自分の目を覆ったが、アスカの首を離そうとはしない。

 圧迫が絞首へと変わる。


「おのれぇ、よくも」


 首に無骨な指が食い込む。


「かはっ」

「死ね!殺してから我の人形にしてやる。後で存分にかわいがってやるぞ」


 そう言って魔物は軽々とアスカを持ち上げる。

 その瞬間、不意にアスカの目に力が入り、思いっ切り右脚を振り上げた。


「はははははっ、・・・・・・うくっ!?」


 魔物はアスカの首から手を離し、その手を股間に持っていき、蹲った。

 そして、声にならない声を発しながら呻いた。

 一方、絞首から逃れたアスカは自分の胸を押さえて咳き込んでいた。

 彼女は息を整えない内に立ち上がると構えた。

 咳き込みながらも言霊を紡ぎ出す。

 やがて、彼女の両手が金色に発光し始める。

 封魔の術を放つつもりだ。


「はぁはぁはぁはぁ、・・・・・・こほっ」


 両手を組み、魔物に向ける。


「・・・・・・・・・・・・」


 アスカは一瞬躊躇した。

 術を掛ければ教頭先生を救い出すことが出来る。

 だが、知っている人、一度しか会った事がないが、に向けて術を放つことに彼女は躊躇ってしまう。今も魔物は蹲り嗚咽を漏らし続けている。

 チャンスだ。チャンスは今しかない。

 一度、息を吸うと彼女は意を決し、術を放った。


「封魔!!」


 術が放たれようとした瞬間、突風がアスカを襲った。

 その為、姿勢が崩れ、術は魔物の腰をかすめる程度で終わった。


「何!?」


 不意に彼女に覆い被さるように影が降りてきた。

 それは強風を起こしながら着地した。巨大な鳥。巨鳥だ。


「そんな、・・・・・・他にも魔物がいたなんて」


 アスカは愕然と巨鳥を見ていた。身の丈、電柱一本分近く。かなりの大きさだ。

 全体的に丸い身体と頭にこれで本当に空が飛べるのか? と疑いたくなるような小さな翼。ひよこをそのまま巨大化させたような姿をしている。

 あの大きな嘴じゃ、餌をとるのは大変そうね。

 非常時にも関わらずアスカはそんな事を考えていた。カイトに感化されたのか?


「ここは任せたぞ。その女を捕まえて、我が前に連れてこい」


 教頭の身体を乗っ取った魔物は腰と股間を押さえながらヨロヨロと立ち上がった。

 ひじょ~に滑稽な姿だ。間抜けそのものと言っても良い。


「憶えていろ」


 魔物は一度、アスカを睨み付けると影に溶けるようにして姿を消した。

残ったのはアスカと巨鳥。


「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」


 何故か二人? は無言で見つめ合う。


「・・・・・・・・・・・・」

「くうぇっ!」


 鳶のように甲高い鳴き声を発するのかと思っていたアスカは巨鳥の余りにも間抜けなキョロちゃん声に思わず転けそうになった。

 が、どうにか持ちこたえて駆け出した。

 今は状況が悪すぎる。取り敢えず、何処かに隠れなきゃ。

 魔獣が巨大なことを利用して、わざと狭い場所を選んで逃げた。


 ・・・・・・カイトくん。助けて。


 アスカは心の中でカイトに助けを求めた。

 こんな時に彼が役に立つとは到底、思えないのだが。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ