悪い魔女は逃げきりたい
国を騒がせた災いの魔女ユーステリア。
静かな王の間で彼女は佇んで待っていた。
腰まである黒い巻き毛をなびかせゆっくりと彼女はその赤い瞳を、目の前の存在へと向ける。
そこにいるのは殺しそこなったこの国の王子デルフィド、そして聖女たるエリティアナが立っていた。
国の乗っ取りはこの二人の手によって今阻まれようとしていた。
ユーステリアはその瞳に憎悪の炎を燃やし二人をにらみつけた。
もはや自分の味方はいない。味方につけた者、取り巻いていた者たちはおそらくもう殺されるなり、寝返るなりしていることは想像にたやすい。
だが、このままこいつらの手にかかって殺されたくなどなかった。
憎かった。すべてが。
国も、人も、幸福も。だから国を乗っ取り隣国との争いの火種を蒔いて壊してやろうと思ったのに。
ユーステリアはその血のように赤い唇を吊り上げいびつな、嘲笑を浮かべた。
そう。こいつらの手にかかるくらいならば…
唇からあふれるのは禁呪とされる呪文。それは己も全て巻き込み焼き尽くす自爆ともいえる術。
うまくいけば、こいつらも巻き込んでくれるはずだ。
抑えることのできない、耳障りな笑い声を上げながら最後の音を紡いだ。
………ハズでした。
気付けば知らない街の中の隅っこ。そこに私は座り込んでいた。
何故、私は生きているのでしょう??
あの呪を使って無事なはずがないのに。いや、無事ともいえないのだろうか。
災いの魔女ユーステリアは…自分の中にある違和感に気付いた。いや、ユーステリアであるということが違和感である、といった方が正しいのだろうか。
彼女はもうひとつの自分の名前を、記憶を思い出していた。
柚、とよばれていた、現代日本に生きる大学生だった自分を。
災いの魔女ユーステリアを退けた国は力を取り戻し、一時危うかった隣国との国交をあたらしく王座についたデルフィド王はなんとか元の状態に戻し、国は立て直された。デルフィド王を影から支える聖女エリティアナの存在があったことも大きいだろう。だが、それには一年ほどの時間を要することとなった。
そして人々は知らない。復興のその影でひそかに黒い髪、赤い瞳の女が捜されていた事を。
それがユーステリア、災いの魔女であることを…
それとほぼ同時期に、国の片隅では腕のいい変わった薬師が話題になっていた。
なんでもその薬師は顔にやけどを負ったため仮面をかぶり、人の目を避けるようにして住んでいるという。
偏屈ではあるがその薬の効果は素晴らしく、治るのが困難とされた難病すらも治したという。
その薬師の噂が王都まで回るのにあまり時間はかからなかった。
そしてそのことを知り、一人ひざをつき絶望する者がいた。
魔女ユーステリア、とかつて呼ばれた今はユシィと名乗っている噂の薬師本人であった。
「どうしてこうなった…っどうしてこうなったよ!!!!」
だむだむっと床を殴りつける彼女は仮面をかぶっている。
その下に火傷など存在しているはずもなく要するに身元を隠すために顔を見せないようにしているのだ。
前世の記憶を取り戻した彼女はもはやかつての憎悪に身を任せることもなく、しかしこのまま死ぬことも嫌だった為、全てを隠蔽し、第二の人生を歩むことにしたのだ。
国の片隅の、王子達の手も届かないような辺鄙な場所で、ひっそりと生きるつもりだったのだ。
だというのに…
「やはりあれか、日頃お世話になってる近所の娘さんが寝込んでるっていうから作った薬がやばかったのか!!たしかにあの病はやばげだったけどさ!でも見捨てたらいかんていうか美少女が死んだら世界の損失って言うかあああああ」
助ける基準がいささか不純である。
ちなみにやばげとかいってる娘さんのかかった病はこの世界一般では罹ったら一週間でほぼ命を失うとかいわれてる病だったりしたりする、が。
ユシィは気付いていなかった。
この世界の知識のない柚の記憶はもとより、世界全てを憎悪し復讐するための力ばかりを追い求めたユーステリアの記憶はかなり偏りがあるという事実に…
ようするに一般常識が欠けていたため、治療した病がどの程度の危険レベルと認識されているのかが分からなかったのである。
ついでにいうならやらかしているのは娘さんの件だけではないということにも気付いてなかったりする。
そのため、ひっそりと暮らす彼女のセカンドライフ計画は危機を迎えていた。
「なんとかしないと、ばれたら私は死ぬ!死ななくともよろしい展開の予感がしない!」
「え、なにがしないんですか?」
「どわあああああ、アルフィナ!いつの間に」
扉を見ればそこには金色の髪に青い目の美少女アルフィナがたっていた。日頃ユシィが色々お世話になっている病にかかって寝込んだ近所の娘さんである。
心なしか彼女の周りだけキラキラとしたものが舞っているように見える。
「すみません、声をかけたんですが返事がなかったもので。ユシィさんにお客さんが見えてるんですよ」
「お客、さん?」
噂されるようになってからユシィに仕事を頼みたいという客がくるようになった。
だが、アルフィナのなんだかそわそわしたような態度に、ユシィは引っかかりを覚えた。
嫌な汗が背中を伝う。
なんだろう、なんかこのパターンはよろしくないというか……
「なんか王都のほうのお役人さんらしいんですけど」
………このタイミングでそれはフラグじゃないですかー!
今すぐ全てを放り出してユシィは逃げ出したい衝動に駆られた。
彼女は知らない。
やってきた役人銀髪の麗しい美形だったりとか、持ってきた仕事が案の定王子&聖女がらみだったりとか、さらにその仕事関係王都にいく事になるとか、なんでかユーステリアの偽者が現れたりだとか、銀髪役人に何故か執着されたりしてしまうだとか。
そんなことがこれから先に待っていようとは。
悪い魔女は無事逃げ切り平穏な暮らしを取り戻せるのだろうか。
それはまだ誰も知らない。
キーワードにコメディをいれていいのか迷う今日この頃
悪役な主人公が書きたかったので設定だけは考えてたのですがその後の展開はあまり考えてなかったため投げっぱなしジャーマンエンドに。




