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予兆 2

街の中央を通り、そのまま北へと続く街道を一人の男が歩いていた。

その表情は少しばかり苛立ちを含み、足取りも幾ばくか早歩きに近いものだった。

しかし、道中で国民から声を掛けられると、律儀に歩みを緩めて挨拶を返していた。

そんな真面目そうな男、ウケネッツはブルニーネの言葉にヤキモキしていた。


反論の一つも出来なくはなかったが、

防衛において敵対勢力の情報というのがどれほど重要であるかは考えるまでもなく、

得体の知れない相手から身を守ることがいかに困難であるかは、

調査団を率いている己が身でいやというほど味わっている。

また、顔を合わせる度に衝突していても、

いざ調査を行うとなれば渋ることなく精鋭を貸し出してくれることも、

ウケネッツのヤキモキに拍車をかけていた。


「いっその事、出し渋りの一つでもしてくれれば、真正面からぶつかれるというのに」


短い溜息をつきながら、ウケネッツは北側の城壁に設置された施設へと入っていった。


「団長殿、お勤めお疲れ様です!」


ウケネッツの姿を確認した団員達が一斉に起立し、右手を左胸へ当てて背筋を伸ばした。


「うむ、皆もご苦労」


ウケネッツは同じように右手を胸まで上げ、団員達に着席を促した。




調査団。

ウケネッツが受け持つ部隊の総称である。

主に北部に位置する巨大な森である「未踏の森」を調査することが主な任務であるが、

設立当初から今に至るまで未だに「未踏の森」の全てを調査できていなかった。

精々が表層部から五百メトル(約五百メートル)までである。

そこから更に森への深部へ侵入した調査員は軒並み帰らぬ人となった。


「何かのトラップがあるというわけでもない」


ウケネッツが顎に手を当て、椅子の背もたれに体重をかけると、

使い古された椅子からくたびれた音が漏れた。

目を瞑り、過去の報告を思い浮かべる。


森に入り特定の距離まで進む。

そこから先に進むと音も無く団員が消えていく。

それも断末魔や叫び声も無く。

ある者は消える寸前を偶然目撃し助け出そうとしたものの、

伸ばした手は虚しく空を掴むだけに終わったと聞く。


情報が足りない。

かといって迂闊に近づけば貴重な人材を失ってしまう。

だが手をこまね続けるわけにもいかない。


「ジレンマ……だな」


ウケネッツは答えの出ない思考を早めに切り上げ、

近々出征に向かわせるための人員割り当てを考える事にし、

自席の斜め前で書類と格闘している女団員に顔を向けた時だった。


施設の入り口の扉が派手な音を出しながら開かれた。

ウケネッツを含め、施設内に居た団員達は驚きの表情で入り口を凝視する。

そこには息せき切った団員が居た。

千五百メートル走を全力で走ってきたかのようだ。


「お、おい、一体そんなに慌ててどうしたんだ。もうちょっと優しく──」


入り口の近くにいた団員の一人が

眉をひそめて扉を派手に開いた団員に声を掛けた。


「きっ……緊急っ……報告です!」


荒い息遣いの団員が苦悶の表情で叫ぶと、

途端に施設内に緊張が走った。


「誰か水を持って来い。それとブルニーネとビエリー老に連絡しろ」


いち早く事態を察したウケネッツが周囲に命令を出す。

我に返った団員達が急ぎ足でそれぞれの持ち場に向かって行った。


「お水です。慌てずにどうぞ」

「ああ……ありがとう……はぁはぁ……」


団員は水を受け取ると時間が惜しいのか一気にあおり、

コップを返した後、落ち着く間もなくウケネッツに顔を向けた。


「団長!未踏の森から……"群れ"が現れ……ました!」


荒い息遣いのまま告げられた内容にウケネッツの表情が険しくなり、

周りにいた団員達にも幾ばくかの緊張が走った。


「数は五、小型が三に……中型が二です!」

「レベルはどれぐらいだ?」


ウケネッツが刺すような視線で続きを促した。


「委細は分かりませんが、遭遇した調査隊五名の内、

一名が死亡し二名が重傷という被害からレベル二からレベル三かと思われます!」


レベル三という言葉が出た時、

施設内の緊張の度合いが一段大きくなった。


「報告ご苦労。君は暫く休んでいてくれ」


ウケネッツは未だ両肩で息をする団員の労をねぎらい、

傍にいた他の団員に休憩室へ連れていくよう指示した。


「これより負傷した団員の救援に向かう。ブルニーネとビエリー老への連絡は済んでいるか?」

「はっ!ブルニーネ防衛隊長殿は直接"群れ"へ向かうそうです!

ビエリー魔法隊隊長殿とは現在通信水晶(コムニカ)で繋がっております!」

「分かった。通信水晶(コムニカ)の接続先をこちらに回してくれ」


自分の質問に背筋を伸ばして答えた団員に新たな指示を飛ばし、

自分の席へと戻る。

引き出しから野球ボール程の水晶玉を取り出し、

書類が散らばる机の上に置いた。

そして水晶に手を載せ目を瞑り、白い髭が特徴的なビエリーの顔を思い浮かべた。



通信水晶(コムニカ)

半径およそ五キメトル(約五キロメートル)の範囲内での通話が行える魔道具である。

水晶にに手を置き通話したい相手を念じることで、

その人物に最も近い通信水晶(コムニカ)へと繋がる。

欠点は通話可能範囲内に無ければ通話を行うことが出来ない事と、

水晶で作られているため少々脆いということである。

また、範囲内で一度繋がったとしても、

通話中に範囲外に出てしまえば通信が途絶えてしまう。

便利な道具ではあるが、欠点が欠点故に市井ではあまり普及していない。



「ほっほっ。お呼びかな、ウケネッツ殿」


水晶からしゃがれた声がした。


「先刻振りです、ビエリー老。

話は聞いているかと存じますが、"群れ"が現れました」

「おお、聞いておりますぞ。厄介なものが来てしまいましたな」


ウケネッツは目を開けて水晶から手を放し、

伝えきれていなかった事を手短に話した。


「レベル三、ですとな。防衛隊のみでは少々辛い所ですな」

「はい。そこで老の魔法隊から数名援護を頼みたいのです」

「ほっほっ。つい先ほどまではツンツンしていたというのに、

これが世にいう"つんくーる"というやつですな?ほっほっほ」

「老、冗談を言っている暇は無いのですが」


少し棘を含んだ声でウケネッツは即答した。


「ほっほっ。そうでしたな。援護の件は任せてくださるかな」

「ありがとうございます」


ウケネッツは援護が受けられる事を確認し、

通話を終えようと再度手をかざそうとした。


「ところで……」

「まだ何か?」


手をかざした格好のまま、ウケネッツの表情が怪訝な表情に変わる。

もう話すことはない、早く終わらせて欲しいというオーラがにじみ出ていた。


「"つんくーる"についてなん……」


ウケネッツは問答無用と水晶に手を載せ、

意味不明なことをのたまう老人との通信を切った。

そして何事も無かったかのように引き出しに水晶をしまった。


「救護班は準備ができた者から東門へ集合。揃い次第救援に向かう」

「はっ!」


ウケネッツは足早に施設の出入り口へと歩く。

その後を準備を終え、救護の腕章を付けた団員が続いていく。




"群れ"の出現。

それは「大厄災」の前触れか否か。

過去を振り返って見れば、平時であっても散発的に出現した事もあった。

それ故に、ウケネッツはこれが前兆でないことを無意識に願っていた。

十二年前の「大厄災」その恐ろしさの程を知っているが為に。

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