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予兆

眼前に広がる広大な平原から吹き込む風は、

鈍色の金属でできた厚めの鎧で身を包む兵士に涼しさを提供していた。

頭部を守る兜を外し、風に目を細めがら遥か遠くに見える森を見据える。

スペルク王国の北部に位置し、幾年の時を経ても未だその内側を知ることが出来ない。

精々森と平原の境目からそっと窺うこと位である。

数多の勇士が挑み、そして帰ってこなかった。

それ程広大で、暗く、そして冷たく感じさせていた。


「本日も異常なし」


城壁の上の物見櫓から、机の上の埃を払うように右から左へと森を見渡したクラニッチは、

両手を塞ぐ兜をかぶり直し、ここ暫く続く平和につられて欠伸をした。


「よう、眠そうだな?」


櫓の入り口から入ってきた同僚に声を掛けられ、

クラニッチは慌てて口を閉じた。


「オブラーナか、隊長には内緒にしててくれよ?」

「そうだなぁ……そろそろヤゴスが旨くなる時期だもんな」


欠伸の目撃者となったオブラーナは、

口の端を上げながら、無精ひげを撫でながらクラニッチの顔を見た。


「そ、そうだな……はぁ……」


クラニッチは落胆したかように両肩を落とし、

重い足取りで櫓の入り口へ向かった。


「ま、そう気を落とすな。まるで俺が悪いことをしたみたいじゃないか」


旨いヤゴスが食べれることが確定したオブラーナは、

苦笑いを浮かべながら櫓の入り口から横にずれて道を開けた。


「そう思うならさっきのは無かったことにしてくれよ」

「それは出来ない相談だな。ヤゴス以外の見返りが無いのなら」


悪友といって差し支えないオブラーナが、無償の黙殺をしてくれるはずはなく、

クラニッチは明日からの懐具合を嘆きながら櫓を後にした。


オブラーナは櫓の定位置へ歩を進め、

眼前に広がる大平原とその先に広がる森を一瞥した。


「未踏の森、ねぇ……」


兜の後頭部を軽く小突きながら空を見上げる。


「初代様はなんで、こんな危なっかしい所で国を興そうなんて考えたんだろうな」


オブラーナのつぶやきは風に乗り空へと消えていった。


スペルク王国に住まう住人は皆、一度は考える事である。

周りを見渡せばいくらでも王国を興せそうな場所はあった。

現にスペルク王国以外の国もある。

しかし、そうしなかった理由がこの王国にはあった。

むしろその理由こそが、王国の成り立ちであり王国の名でもあった。



未踏の森とその手前に広がる大平原を前にし、

高さ二十メートル程の城壁が台形の上底を成すように左右に広がり、

ある程度の長さで南側へと延びていた。

特徴的なのは北側の城壁で、東西を守る城壁に比べ倍近く分厚く、

城壁の表面はまるで長い間争いに曝されていたかのように傷だらけであり、

何よりも出入りに使うための門が一つもない事だった。

その城壁の内側は傍にいくつもの兵舎が立ち並び、奇妙な隙間を挟んで住宅地が並んでいる。

東西の門から中央へ続く大通りがあり、等間隔で枝分かれした小道が連なっていた。

それぞれが住宅地や商店街等に繋がっていることは想像に難くない。

中央で結ばれた大通りは南側へと延びており、その先に王国の象徴である城が鎮座している。

三階建てで白塗りの城は飾り気がなく、一見すれば慎ましさを感じさせるが、

三階に相当する細長い塔に刻まれた深い傷跡が、飾らない理由を物語っていた。



その城の一角、丁度城の二階部分に当たり、

白塗りの壁と申し訳程度の絨毯が敷かれた部屋に円形のテーブルが配置され、

皇帝と四名の男達が顔を揃えていた。


「陛下、そろそろ備えをしなければなりませぬぞ」


禿げ上がった頭とは対照的に立派な白鬚を蓄えた老人は

自慢の髭を撫でながら言った。


「うむ」


綺麗に刈り上げられた金髪と碧眼を持つ陛下と呼ばれた人物は、

眉間に皺を寄せ、居並ぶ重鎮たちを見渡した。


「前回から早十数年。またこの時が来てしまいましたな」


銀色の鎧を身にまとい、黒々とした髪と目を持つ厳つい風体の男が

視線だけをベルキーに向けて言った。

その言葉を発端に、部屋の空気が一段重くなった。

ベルキーは皺の寄った眉間に手を当て、心の中でため息をついた。


「十二年だ。俺が戴冠してからすれば七年になる」

「そうでしたな」


鎧の男は腕を組み、懐かしむように眼を細くした。


「余りにも早すぎる。過去の例で言えば、次までに最低五十年は掛かるはずではなかったのか?」


ベルキーは学者然とした眼鏡の男へ刺すように目を向けた。


「ええ。その筈です」


眼鏡の男はベルキーの視線に恐れる事もなく、むしろ合わせるように顔を向けた。


「逆に考えれば、彼らとしても後がないからではないかと」

「後がない?ウケネッツよ、確証はあるのかね?」


眼鏡の男─ウケネッツ─は、視線をベルキーから老人に向けた。


「ビエリー老、残念ながら確証はありません。ですが──」

「確証が無ければ信じるに値せん。」


ウケネッツの言葉に鎧の男は被せた。

その眼はウケネッツを見ていなかったが、呆れが混じっていた。


「その確証を得るための主ら調査団だろう。森の手前で植物観察してるだけが仕事か?」

「ブルニーネ殿、我ら調査団を侮辱するのはやめて頂きたい」

ウケネッツは睨みつけるように鎧の男、ブルニーネに言った。


「ふん、文句があるのならそれなりの結果をだすことだな」

「二人ともやめろ。今は争っている場合ではない」


ウケネッツとブルニーネの間に見えない稲妻が走ろうとした時、

ベルキーが顔を上げ二人を窘めた。


「ウケネッツは引き続き『未踏の森』を調査を。些細なことでも構わん、何かあれば報告せよ。ブルニーネは北側の監視を強化だ。可能であれば砲兵の配備も進めろ」


ベルキーは矢継ぎ早に二人に指示を出した。

ウケネッツとブルニーネは席を立ち、ベルキーを正面に据え右手を握り、左胸を叩き指示に従う意思を示した。


「良し、お前達の手腕、期待している」


ベルキーの言葉を背に受けながら、二人は部屋から退出した。

その二人の背が部屋から見えなくなるのを確認すると、

ベルキーは両手を顔の前で組み、本日二度目の心のため息をついた。


「ほっほ。陛下の気苦労も絶えませぬな」

「そう思うのなら、少しは仲裁にはいるなりして欲しいものだ」


ベルキーは顔を上げ、椅子の背もたれに体重をかけ、ビエリーに愚痴をこぼした。


「いやはや、この老骨ではあの若い二人を相手取るには厳しいですがな。ほっほっほ」


王国の中で最も長く生き、魔術にも秀でたビエリーに敵わぬ者など未踏の森の魔物位だろう。

それこそあの二人を手玉に取る事など、城を一つ落とすより簡単だろうにと、ベルキーは口にでそうになるのを抑えた。


「老の魔術で『未踏の森』を視る事はできないのか?」

「その質問は何度目でしたかな。以前も申し上げたように、あの森は全くと言っていいほど視えぬのです」


ビエリーは白い髭を撫でながら、城の窓に映る北側の城壁を見つめた。


「いかなる魔術を駆使しても、まるで壁を見るように白い場面しか映らんのです」

「老の力をもってしてもか……。ウケネッツが成果を上げられぬのも致し方なしだな……」

「長く生きていながら、お役に立てず申し訳ない」

「いや、気にしなくてもよい。予兆が分かるというだけでも大いに助かっている」


ベルキーは立ち上がり、城の窓へと近づき眼下を見渡すと、

丁度兵舎から城壁へと向かうウケネッツの姿が見えた。


「初代から連綿と続く『大厄災』のな……」

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