「はじめての、友達」
前日降った雨で、殆どの桜が散ってしまった入学式。
体育館から入学式を終えた生徒達が、各々自分のクラスへと戻っていた時の事である。
「そこのお前、止まれ!」
怒号に振り返ったのはボクだけじゃなかった。
その怒鳴り声の先には、怖い先生で有名な数学教師と、一生徒が立っていた。誰一人野次馬になろうだなんて生徒はおらず、皆とばっちりを食らわぬように、そそくさとその場を後にする。視線だけは最後まで二人へ注がれ、廊下の脇にはボクとその二人だけが残った。
「髪を染め直して来いと、あれほど言ったろ!」
「だーからー、これ地毛なんすよ」
「そんな煌びやかな地毛が日本人に生えるかッ!」
「俺の親、ハーフですし、言ってませんでしたっけ?」
「嘘をつけ!ッたく、最近の生徒ときたら……そんなすぐバレる嘘を付くんじゃない!」
「嘘じゃないでーす」
少年は最後にそれだけ言い残して歩き出す。
「コラ待て」と、その腕を掴もうとした先生の気配に気付いてか否か、少年は身を翻した。すると掴むべき目標を見失った先生は、そのまま体勢を崩すが、条件反射でなんとか踏み止まったようだ。少年は目上を敬うでもなく、悪びれた様子もなく、その場で教師を見下ろして、一言だけ紡ぐと再び此方へ向けて歩み出した。
「あんまりしつこいと親呼びますよ」
一瞬彼と目があった。
ボクの前で足を止めると、少年は小首も傾げず冷やかな目で呟く。
「……何?」
はっとして我に返る。
「……ハーフなの?」
こんなときにそんな台詞しか思いつかない自分を、我ながら馬鹿だなあと思った。彼の目がすっと細まるのを見て、思わず一歩後ずさってしまった。そんなボクを見て、暫し何か言いたげに此方を見つめていた彼だったが、諦めたように視線を戻すと歩を進めてその場を後にした。
ボクは先生を一瞥して、怪我が無いことを確認してから自分の教室へと戻る。
***
放課後。下校途中、路地先から罵声に混じる悲痛な声が聞こえてきた。
その先へ視線を向けるとカツアゲで暴力を振るわれる少年が地面へ突っ伏して丸くなっていた。止めに入りたいのは山々だが、絶対的にボクもあの輪のなかで丸くなる方へ参加する事になるだろう。――教師を呼びに行こう。と、来た道を戻った束の間、ボクを横切る影から金色を目にして振り返る。
「おい、何してんだよ」
そこには、入学式のあと数学教師に引き留められていた金髪の少年の姿が目に入った。――なにをするつもりだ?
彼の行動を盗み見るように、ボクは近場の木蔭へと身を隠した。
すると丸くなった少年を足蹴にする一人が、金髪の彼へ言う。
「何って、見て分かんねーの?」
「SMプレイなら場をわきまえろよ」
「ちげーよ!?カツアゲだよ!?」
「そっか、カツアゲか」
どうやら足蹴にしている奴はあの輪のリーダー的存在のようだ。他の奴等は見向きもせず、腰を低くし、鞄の中身を探る手を止めない。
「お前、一年だろ。見たことねぇツラだからすぐ分かるぜ?先輩に向かって敬語も無しかよ?目上は敬うもんだぜ?それにさ、あんま首突っ込まない方がいいんじゃねーのぉ?……て、おい、聞いてんのかよ」
金髪の少年はポケットから携帯を取り出して、慣れた手つきで操作しているようだが、此方からでは何をしているのかまでは窺えない。それは、彼と対峙する奴等も同じようで、訝しむように目を細めて彼を睨んでいる表情は、此方からでも見てとれた。
じれったい。と、言いたそうにリーダーの少年が話しかけると、携帯から話声が零れた。
「……なんだよ」
その場にいた全員が聞き取れるように、音量が次第と大きくなっていく。するとリーダーの少年の顔色がみるみると歪んでいった。
『……を、わき…えろ、……ちげーよ!?カツアゲだよ!?』
「な……ッ!?お前!!」
小首を傾げた彼の金髪が、さらりと横へ流れる。
「これ、センセーに聞かせたらお前どうなっちゃうの?」
金髪の彼の声は、悪戯に含んだものではなく、単なる疑問じみたものでもなかった。例えるなら、その答えを知りながら圧力をかけていくような声。彼は一言も「止めろ」なんて言っちゃいないけど、その手に握られる携帯へ録音された証拠は、限りなく「止めたほうが身のためだ」と訴えていたように聞こえた。
だが、リーダーの少年は不敵に笑って見せた。
「はっ、んなの、お前からそれ取り上げれば済む話じゃね?」
突っ伏した少年から足が除けられた。すると、リーダーの「おい」の掛け声と共に、その場にいた他三人が立ち上がる。
「こいつも今日からターゲットにしろ」
その命令に、先程まで物色していた三人が金髪の彼へにじり寄る。
だが、動じる素振りも見せず、携帯をポケットへと仕舞って、待ち構えるわけでもなく彼はその場に佇んでいる。その飄々とした態度に、三人は変な威圧を感じていたに違いない。その場で見ていたボクにさえも、理解の出来ない状況だった。あのままじゃ簡単にぶっ飛ばされてしまうのに、彼は身動き一つ取りはせず、あの場でご丁寧にも三人を待つように佇んでいるのだ。「こいつ、強いんじゃないか?」と、ボクを含め金髪の彼を除いた誰もが思った事かもしれない。
そのじれったい光景に、リーダーの手が振り上げられた。
「ああ、もう、早くやれッ!」
一斉に三人が彼へ飛びかかる。
挟撃と襲いかかる拳を瞬時に左右へ身を翻して避けるが、最後の一撃を交わしきれず、腕を振り上げて金髪の彼は防御の体勢を取る。ように、ボクには見えたのだが、――彼が腕を振り払った刹那、一撃を受け止められた一人が思いもしないほどに後方へ吹っ飛んで、みんな呆気を取られた。
「あ、やべ、」と、バツが悪そうに後ろ髪を掻く金髪を傍目に、その場にいた彼以外の五名は、おぞましいモノを見るかのように言葉を失う。沈黙が暫く続いたが、それも長くは持たなかった。
校舎の方より騒ぎを聞きつけて現れた教員数名が走り寄ってきて、彼と、木蔭に隠れるボクを除いた五名が逃げだした。その五名の中にはカツアゲにあっていた生徒も含まれていたが、彼の存在に恐怖してか、逃げる必要もないのに颯爽といの一番で路地を走り去って行ってしまった。
そうこうしている内に、駆け付けた教員が路地先へ目を配ると逃げて行く数名の姿を確認して彼へ怒号が浴びせられた。
「またお前かッ!」
「いや、今のはどう見ても自己防衛っす」
その一部始終を見ていない教員には、その言葉が伝わるはずもなく、彼は拘束されるように男性教員数名に腕を掴まれる。
これは先程の二の舞になるんじゃなかろうか。と、思ったボクは、木陰から飛び出してその輪へ歩み寄る。
「いいから、職員室へ来い!」
「勘弁してくださいよ」
だが、彼は引きずられるままに教員の後を付いて行く。どうやら二の舞は避けられたようだ。だけどもボクは歩みを速めて、その背へ声をかけた。
「待ってください」
教師たちがボクへ振り返り。数学教師の言葉に、英語教師が答えた。
「……お前は、」
「あれはうちのクラスの折上です」
そのとき、金髪の彼とも目があった。
そして体育教師に呼びかけられてボクは息を飲む。
「なんだ折上、なんか用か?」
深く息を吸って、自分を落ち着かせた。金髪の少年を一瞥すると、彼はじっとこっちを見ている。なんとも先程のボクのようだ。
意を決して、ボクは教員一同へ向けて告げた。
「本当に自己防衛でした」
教員一同が、金髪の彼を一瞥してからボクへ視線を戻す。
「折上、いいか、佐々木は今日何度も問題を起こしているんだ。一度や二度なら注意で様子を見るが、……ほら、言うだろ?仏の顔も三度までと」
金髪の彼、佐々木の粗相は二度ではなかったようだ。
「そうですか、それじゃ仕方ありませんよね」
その言葉に教員達は再び彼の腕を引く。だが、ボクの言葉が続くと、彼を取り囲む教師等の足が、その場で静止した。
「……なら、その一度や二度のなかで彼が一方的に悪いと証明できる証拠はお揃いなんですよね?」
教員達の足が止まる。そしてボクの担任の英語教師が笑いながら振り返った。
「はは、折上、将来は弁護士か?」
英語教師はボクに向き直りながら続けた。
「そうだな、確かに証拠は明らかではないけど、俺たちは佐々木が暴れたって話を聞いて駆け付けて来たんだ、その事実で十分なんじゃないか?」
続けて数学教師が口を割って入ってきた。
「とにかく、彼に詳しい事情を聞きたいので職員室へ行くのですよ」
だが、ボクは引き下がりたくなかった。
「佐々木くんは暴れていません」
やれやれと呆れられたような目で見られた。
その場にいた一同の誰もが、その言葉を信じていないのは明白であった。立場上だろう、英語教師がボクへ問い返してくる。
「折上は、何か知ってるのか?」
その言葉を待っていた。此方が執拗に食いつけば誤解を生む可能性もある。共犯者だとか、狂言者だとか、自分の目で見もしていない大人は、純粋に信じられないものだ。頭のなかを整理して、ボクは自分の恥を忍んで彼等へ告げる。
「カツアゲされていた学生がいました」
「それで?佐々木が止めに入ったと?」
「はい、佐々木くんが止めに入ると、そのグループ……今度は佐々木くんへ一方的に暴力を奮ってました」
「その生徒は、今どこに?」
「逃げました」
「それじゃ話にならないぞ、折上」
証拠がない。そう言いたいのだろう。だがボクは続ける。
「彼はそれを振り払っただけです。ボクは、あの木の陰から最初から最後まで見てました……佐々木くんが証拠をお持ちですよ」
一同がボクの言葉にざわめく。
数学教師がその真意を確かめるように佐々木を見つめると、彼はポケットから携帯を取り出した。そして先程のように録音した内容を再生しているようだった。
それも『カツアゲだよ!?』の台詞だけ聞こえるように調整されていた。
その声を聞いて、教師たちは顔を見合わせる。すると彼の腕へ幾重にも絡む手が解かれ、佐々木は解放された。
「分かりました、今回はその証拠に免じて自己反省ということで」
「だけど佐々木、次問題を起こしたら停学だからな」
教師はそう忠告を残してその場を後にした。
掴まれていた腕を労わるように撫でながら佐々木が此方に振り向いた。
「……助かったよ、覗きくん」
「違うよ!?あ、いや、違わないけど、でも、違うから…!」
こうなるのは薄々想定していた事だけれど、こんな風に感謝されたくなかった。と、ボクは肩を下げて溜息を吐く。
彼は帰路につくよう歩を進めて、すれ違い様にボクの肩を励ますように軽く叩く。相手へ視線を向けると、佐々木は薄く笑みを浮かべていた。
「冗談、……ありがとな」
あのときボクは、
佐々木がどんな顔をしていたか見てみたいと思った。
携帯を再生していたとき、カツアゲしていた奴等の顔が歪んでいったとき、彼はどんな顔をして、あれを再生したんだろう。ボクは、彼に少しだけ興味が湧いたのだ。
***
青葉が茂り、蝉が鳴き出した夏の日のこと。
「……以上、夏休みだからってはしゃぐなよ?夏休みの宿題を忘れずにな!また始業式で会おう、HR終わり!」
「起立、礼、」
いよいよ明日から夏休み。学生にとって唯一の長い長い長期休暇が始まる。――だが、ボクの気分は曇り空であった。
何故、今日から夏休みなのか。今日は秋葉原で見たかったプロモーション映像の先行配信日だった。何故、夏コミの日に補習があるのか。よりにもよって、とても欲しかった作家さんが参加している日だった。今から憂鬱である。ゲームの発売日も、アニメの見たい日も、この日だけは絶対休みであって欲しいってときに限って、登校日ばかりだからだ。
先生に頼んで補習の日をずらしてもらえないかという強硬手段に出るほど、ボクは行動的でもない。どちらかと言えばズル休みをして、後々ペナルティを食らうタイプだ。だが、そのペナルティが増えたら、ボクの夏休みは消えて無くなるだろう。結局は何もせずに従うのだが、夏コミだけは行きたい。一日休むぐらいなら問題無いだろう。などと思考する中、一番後ろの廊下側の席であったボクの視界へ、HRが終わったばかりで生徒の溢れ返る廊下を縫うように走って行く教師の姿と、聞き覚えのある怒号が飛び込んできた。
「コラー!待たんかーッ!」
ボクの教室では、「何事だ」とHRが終わった直後ゆえか、教室内がざわついた。ボクは前の戸へ視線を向けてその様子を窺う。
一瞬だが、金糸を靡かせて走り去って行く生徒を目にした気がして、ボクは急いで鞄を纏めて立ち上がる。――きっと、佐々木だ。
佐々木幸貴。それがあいつの名前だった。ボクはA組で、彼はF組。教室は端と端だった。入学式のあの一件以来、彼とは話していない。声を掛けに行くほど親しくは無く、これといって彼に用があるわけでも無いボクは、佐々木と話す機会もないまま、いつしか彼へ向けた好奇心も薄れて、毎日退屈な日々に明け暮れていた。
だが、今、またあの日のような高揚感に駆られ、気が付いたらボクは廊下を走り、階段を駆け下りてその後を追っていた。
一階へ辿り着くと下駄箱の周りをぐるぐると回る数学教師の姿が目に入った。佐々木を探しているようだ。息を整えて辺りを見回すが佐々木の姿は無い。どうやら逃げ切ったようだ。安堵と共に、どこか残念な気持ちになった。
すると、ボクに気付いた数学教師が此方へ歩み寄って来ていた。
「折上」
「はい」
咄嗟の事で返事をしてしまった。
「佐々木に会ったら補習出ろって言っておいてくれないか?」
「あ、あぁ、はい……分かりました」
それだけ伝えると教師は渋々と来た道を戻っていく。
佐々木も補習か。彼が補習なら、来てもいいかもしれない。同じ教室のはずだし、もしかしたら話しかける機会が増えるかもしれない。 だけど、きっと彼は来ないだろう。来る気があるなら逃げたりはしない。行きたくない理由があるから、現状的な結果に至ったのだろう。――そこまで考えて、ボクは追うのは止める。はあ、と一息吐いた刹那だ。
「よっ」と誰かに背中を叩かれ、驚愕のあまり肩が跳ねた。恐る恐る振り返ると、そこには彼が立っていた。
「さ、佐々木…くん?」
「なんだよ、幽霊でも見たかのようなツラして」
「驚かさないでよ、……幽霊より質が悪いや」
「結構言うじゃん」
その返し文句にボクは小さく笑った。
そして下駄箱へ向かう彼の後を追って話を続けた。
「丁度、君を探してたんだ」
「お前、もしかしてストーカー」
「違うよ!?」
「じゃ、……何?」
「先生に頼まれたんだ、君へ伝言だよ」
なんでもいいさ。高校生活は、まだまだこれからだ。機会があれば、きっとまた話せるだろう。なんとなくそう思えて、君を探していた本当の理由を、ボクは静かに伏せる。――そして預かっていた伝言を彼へ伝えた。
「補習、出ろってさ」
「俺、コミケ行くし」
「まじで!?」
「え、何その同類の眼差し……引くわ」
「違うの!?」
靴を履き換えながら顔を上げて、不図目につく金髪を見つめては、純粋な疑問を彼へと投げかける。
「ちなみにハーフなの?」
「んなワケねーじゃん」
「……うそつき」
「でも、クオーターだぜ」
「じゃ、親のどちらかがハーフなんだ?」
「そっ」
「え、じゃ、その金髪……」
「もちろん染めてる」
「うそつき」
「親がハーフなのは本当」
そんな会話を交わしながらボクたちは帰途へ着く。
夏休みが終わっても、また「よっ」と言ってくれるだろうか。
なんて、期待しないで過ごしてみよう。
***
青葉が茂り、未だ蝉の鳴き声も聞こえない夏の日のこと。
紫外線が降り注ぐ屋上は居心地が悪く、中庭の木々が生い茂る木蔭のベンチでボクは昼間っから寝転がっていた。
一学期が終わり、HRを終えて、静まり返った教室からグラウンドのあちこちで自主練に励む運動部を眺めているのは、些か退屈なもので。暑さを凌げる場所を探し求めて、ボクはこのベンチへ辿り着いた。
午後を過ぎてから気温の上がった室内に居続けるのは億劫で、ボクは涼しい木蔭のカーテンの下で家から持ってきた携帯ゲーム機を手に、今日から有り余るほど十分に所有する時間をこれでもかと無駄に消費する。
そのうちウトウトと微睡み、いつの間にかゲーム機を腹の上へ置いて眠ってしまった。
どれぐらいの時間が経っただろう。
鼻の頭がムズムズして、自分のくしゃみで目が覚めた。
「は、っくしゅ……ッんん、」
徐に瞼を持ち上げると霞む視界に金糸が靡いた。
「あ、起きた」
よく見ると彼の手には雑草が握られている。
「佐々木? ……もしかして、お前が、」
「違うよ?これで擽って起こそうだなんてしてないよ?」
「……やっぱり、ていうか、何……その言い方」
「お前の真似」
「おれ、そんな感じなの!?」
勢いよく起き上がると、すっかり忘れ去られたゲーム機が腹の上から転がり落ちる。「あ、」と漏らした声が早かったか、彼の行動の方が早かったかもしれない。前かがみになって、佐々木は転がり落ちるゲーム機を掬い取った。それを「ほれ」とボクへ差し出してくる。
「サンキュ」と一言紡いで受け取り、鞄へ仕舞う。
歩き出す彼を見て、ボクは緩慢な足取りでその後を追う。
あれから一年が経つ。――と、言っても、一年前はここに存在していない。ボクは、2月を境に、ここにいたボクと入れ替わってしまった。だけど、ひとつだけ変わらないものを、ここでも見つけた。
距離を縮めて、ボクは佐々木の背に問いかけた。
「で、補習あった?」
「なかった、……ゆずるは?」
「おれもなかった」
「よし、今年もコミケ行けるな」
そう、彼にとって、「今年も」なのだ。
ボクは知らないけど、ここに居たボクは補習を受けずに去年は釣りへ出かけ、佐々木は一人夏コミへ行ったそうだ。
こちらの佐々木とは幼馴染で、幼稚園も一緒で、小学校も一緒で、中学も、そして高校も、ずっと一緒らしい。ボクは子供のときからアクティブで、中学を境にあまり遊ばなくなったそうだ。――今、こうやってインドアな遊びでボクと話すのは、小学校以来らしい。
ボクのセカイが変わっても、佐々木は変わらなかったみたいだ。
少しばかり身近な存在に変わっていたというだけで、彼自身は向こうでも、こちらでも、何一つ変わらず、俺の知る「佐々木幸貴」であった。
だけど、「今年も」では無い事が少し、胸に引っ掛かった。去年、一緒に補習をサボって行ったコミケの事も、そのあと罰として受けた課題を一緒に解いて過ごした日々も、それからよく遊ぶようになってゲームをして過ごした日々も、佐々木は覚えていない。
いや、覚えていないんじゃない。
その事実が「無い」んだ。だから、少しだけ悔しいんだ。
ここで作った思い出は、ボクに残っても、元のセカイの佐々木には、存在しない思い出なんだ。そう思うと、なんだかやっぱり悔しいんだ。どっちに居ても、共有できない思い出という名の記憶が、ボクにだけ温かく積み重なってゆく。
いつか、笑い話になったとき。
佐々木に話してみたい。
他のセカイのお前も、お前だったよ。――と。
Side story 01 「はじめての友達」 完