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となりのセカイの折上くん  作者: なかの
あらたなるセカイ
5/7

「ふたりでの、ヒミツ」




咄嗟についた嘘で「門限を破ってしまった」という事になってしまったが、あながち間違いでもない。現状は、帰りが遅くなって母親に大目玉を喰らう。と、言ったところだろう。緊張のあまり脈拍が早くなっていく。後ろにゆーくんがいる以上、私はアクションを起こさなくてはいけない。

意を決してドアノブを捻る。

玄関の扉を開けるや否や、其処には夕暮れ時に遭遇したあの女生が立っていた。腕を組んでしかめっ面の女性と私は対峙する。――つい最近にも同じような事があったような。と、現状から逃避したいあまり呑気にも今どうでもいい事を考えてしまう。

すっと息を飲み込む女性を目に身体がいち早く反応して身を竦める。

「何時だと思ってるの!こんな時間までほっつき歩いて!心配するでしょ!もうッ!」

なんでか安堵してしまっている自分がいた。怒ってはいるけれど、心配されてるんだと分かってほっとしてしまったのかもしれない。それでも条件反射で竦めた身体と頑なに瞑った瞳は、その態度まで開き直る事も出来ずに縮こまったまま「ごめんなさい」と、私は小さく呟いた。

そんな私の肩を掴んで、ゆーくんが一歩前へ出る。

「おばさん、ごめんなさい……おれが引き留めちゃったから」

「あら、……そうなの?」

――えっ…? なんで君が謝るの?

竦んだ身体は自然に地を映していた。頑なに閉じていた瞳を今は見開いているのだろう、視界は広く展開されていた。

その視線を目の前に立つ彼の背中へ向け、ゆっくりと見上げる。

「うるえに勉強を教えてもらってたんだ」

「そうならそうと言ってくれれば母さん怒鳴ったりしなかったのに……お隣だし、ゆーちゃんの所でお勉強なんて、もう……いいわ、お夕飯にしましょう?うるえも、次からはちゃんと言ってから行きなさいよ?」

「は、はい…言わずに遅くなって、ごめん、なさい……」

おずおずと謝罪を紡ぐと女性、――母親は笑みを浮かべた。分かればよろしいと言った風に彼女は満足気に居間へ歩きながら告げる。

「さあさ、ゆーちゃんも一緒に夕飯を食べてちょうだい?」

「はーい」

間の抜けた返事をして、靴を脱ぐとゆーくんは慣れた様子で居間へと歩いていく。その後を追うように私も靴を脱いだときだ。廊下と居間を繋ぐ戸の境から顔を出して、彼がぽつりと言い放った。

「今日のうるえは借りて来た猫みたいだね」

その台詞にはっとする。自分の家も満足に歩けないと思われては駄目だ。堂々としなくちゃ……なんて自分を戒めて、ゆーくんにも分かり易いように私は態とらしく後ろ髪を掻く。

「へへ、庇ってくれてありがとう」

お礼を紡ぐと暫し私を見つめて、何も言わずに彼は居間へ行ってしまった。――照れると逃げてしまうのは、同じなんだね。

私の知ってるゆーくんと全く同じ癖を見つけて、少し嬉しく思う反面、同時に残酷だなあとも思った。彼がゆーくんと似てると思えば思うほど都合のいい夢を見てるように思え、私はここに馴染んでしまいそうな……そんな裏切りに似た罪悪感を覚え始めていた。

居間へ入ると食卓には既に湯気の立つ料理が並べられていて、ゆーくんはマフラーとコートを取って席につこうとしていた。四人用のテーブルを前に、私は頭を回す。座る席を間違えないようにしなくては。なんて些細な事にすら緊張が走る。

並べられた食事に添えられた箸の色。私の好きな色は、ゆーくんと対照的な赤色だ。彼の前に並ぶ食器の色は青色で、その隣の箸や食器の色は赤色だったが、果たしてそんな安直な考えで座っていいものか思い悩む。(ちなみに彼の向かいは黒で、その隣は茶系統だった)

椅子に腰かけた彼は此方をじっと凝視している。早くしなくてはという焦りが生まれ、とりあえず怪しまれないように食卓の前まで足を進めた。

すると視界の片隅でなにかが揺れた。それに視線を向けると、私はゆーくんに手招きされていた。疑問符を浮かべながら彼へ歩み寄ると小さく問いかけられる。

「熱でもあるの…?」

「ないよ?私もお手伝いした方がいいかなって思ったんだけど、もう運ぶもの無いみたい……」

咄嗟ながらいい嘘だと思った。「そか」と短い返事を紡いで納得したようにゆーくんは前を向く。そして私は思い出す。夕方女性が言っていた言葉を。彼女は確かにこう言った……「ゆーちゃんを呼んできて」と。この食事はあらかじめ三人、もしくは四人で取るために、事前に用意されたものだとしたら、ゆーくんの隣に座るのは私ぐらいだろう。隣に他人の母親が座るのも父親が座るのもよくよく考えてみればおかしな話だ。

意を決して私は彼の隣の席へ鎮座する。――何も言われない。正解?

束の間、最後の料理を運んできた女性が私の向かいへ着座した。

「さて、いただきましょうか」

何も言われない事から推測するに正解と思っていいだろう。緊張の糸が解けて無意識に伸びた背筋が僅かに丸みを帯びるのを感じた。

それからは他愛も無い話をしながら、三人で食卓を囲った。

母親に似た女性は、私の知る母親と似ても似つかない内面ではあったが、日常会話に支障をきたすような違いは見受けられなかった。ゆーくんに似た彼とも別段迷うことなくスムーズに話せた。空いた席は帰りの遅い父親のものだろう。久しぶりに楽しい夕食だったかもしれない。と、思ったときだった。玄関の開く音に視線が集中する。

「あら、帰ってきたようね」

父親が帰宅してきたのだろうと息を飲む。父の姿まで同じであるのか否か。私の頭はそればかりだった。帰宅した人物が居間へ入ってきて、その容姿に私は双眸を見開いた。――……だれ?

分からない。それは父親ではなかった。だが、母親の面影を残すような、私にも似ているような、そんな相貌だった。

その帰りにゆーくんがいち早く挨拶する。

「駿兄、おかえりなさい……先にいただいてるよ」

「おう、ただいまゆずる。沢山食ってすくすく伸び……いや、お前はこれ以上伸びるな。正直、俺より高い。縮め、退化してくれ」

「……やだよ、おれの折り返し地点が二十歳にも満たないなんてそんなの御免だよ」

そのやり取りに言葉を失う。彼らは昔からずっと一緒だった風な接し方で、まるで兄弟のようにも見てとれた。だが私はどうだ。目先の人物について私は全く分からない。

男は肩掛け鞄を置いて上着を脱ぐと黒い箸が置かれた席に手をつく。ゆーくんは駿兄と呼んだが、私もそう呼んでいいとは限らない。――渾名から察するに、彼は私の兄なのだろうか?もしかしたら従兄弟という選択肢もある。どちらにせよ、なんて呼べばいいのか分からない。

大きな音を立てて椅子が引かれた。私が座っていた椅子だ。男と会話を交わす前になんとかして呼び方と血縁関係を調べなくてはと思ったら、私は勢いよく席を立っていた。その音にみんなの視線が集まる。周りを一瞥して、私は椅子を緩慢な動作で押し戻すと、食器をシンクへ運びながら怪しまれないように口を開く。

「おかえりなさい……私、お腹いっぱいだから先に部屋へ戻るね」

そそくさとその場を後にしようと歩みを進める私の背に、就寝の挨拶が紡がれてゆく。

「おう、おやすみうるえ」

「あら、もう寝ちゃうの?ゆーくんまだいるのに」

肩越しに振り向いてゆーくんを見る。じっとこちらを見つめる瞳に心が読まれてしまいそうな不安を感じてすぐに向き直る。

「ごめんね、ゆーくん、おやすみ。みんなも、おやすみなさい……」

私は逃げるように二階へ上がっていく。だがここで一つの疑問が浮かび上がった。――何故、私は二階へ上がったのだろう?

人目がないからだろうか。それとも本能なのか。不確かな確信を胸に、私はとある部屋の前に立つ。その戸を開くと疑問が募る一方で一つの確信を得た。――やっぱりそうだ。

その部屋は、戸に表札など無くても自分の部屋であると理解できた。私は知っていたのだ。自分の部屋が二階で、自分の部屋の場所も、そこが自分の部屋であるという事も、手に取るように理解できた。


既視感、それがこの違和感の正体だ。


この世の住人だと思い込むには十分すぎるまやかしで、仮にこれがまやかしではないのだとするなら、海馬の奥底へ後天的に植え付けられた情報とでも言えばいいだろうか。SF映画に出てくる宇宙人に、脳内をいじられたような、そんな言い知れぬ不快感が気持ち悪くて仕方がない。知らないうちに情報化されたこのセカイの記憶。――それは、つまり、私がこのセカイの住人に成り変わろうとしている?

その逆、本当はこの世の住人ではない事を突き付けられているとも感じていた。それは牧瀬さんという存在がこちらのセカイに居る事。牧瀬さんが居なかったら、私はこのセカイで、新しいこの環境で、生きようとさえ思えた。セカイが受け入れてくれているように感じたけれど、もしかしたらその逆なのかもしれない。私はこのセカイからすれば不要な存在で、それを取り除くための尤もな働きが必然的に起こりえていたとしたら?いうなればそれは、私には効果を発揮する矛盾という名のパラドックスだろう。まるでセカイが私を追い出すような、そんな敵意にも感じた。それ以上考えるのは止めた。憶測だけで深読みすると泥沼にはまってしまいそうだった。私の思い込みであったとしても、そう錯覚してしまうのはおかしい話じゃない。現に私は迷ってる。だから私は考えるのを止める。それが今の最善策。

それよりも、もっと大事な事がある。

今は、あの男のことを調べるほうが先だ。私は部屋へ入ってクローゼットを開いた。自分の事は分かっても、あの男が誰なのかは分からずじまいだ。精々身内であるという事ぐらいで、その男の呼び方も、その男との間柄も、どんな人なのかも分からない状態で話すのは無謀に近い。

探し物はアルバムと日記帳。私は嬉しい事があると日記にそれを記していた。もし、ここが、私のために用意された場所なのだとしたら、それは必ずあるはずだ。

クローゼットの、一番下の、一番端の、あまり人目に付かない一番奥。そこにはカラーボックスがあった。私はその箱を引きずり出して、蓋を開ける。――あった、きっとこれだ。

分厚い本と手帳サイズの小さな冊子を手に取る。

アルバムと日記帳だった。まずはじめにアルバムをめくった。私と、その男、母親の写真が幾つも出てきたが、父親の姿が見えない。もしかしたら父親は存在しないのか?或いは父親の代わりが兄という形になったのかもしれない。アルバムを閉じて、私は小冊子を手に頁をめくる。

そして、とある一頁に視線を注いだ。


【2012年/06/06】

『今日は私の誕生日。ゆーくんが私に赤いウサギのキーホルダーをプレゼントしてくれた。とても嬉しかった。お母さんからは携帯電話を買ってもらった。お兄ちゃんからは参考書をもらう。嫌がらせ?こんなのぜんぜん嬉しくない。……でも、祝ってもらえたのは嬉しかった。』


お兄ちゃん。そう呼べばいいのだろうか。男の本名については一言も触れてはいなかった。自分の胸に聞いてみる。私は、人の名前をころころ呼び変えるほど器用なほうではない。ゆーくんをゆずると呼ぼうとは思わなかったほど、私にとってゆーくんはゆーくんで、他に愛称なんて無い。あくまで憶測だけど、ここが私の望むように存在するセカイなのだとしたら、あの男のことは「お兄ちゃん」と呼んでいるに違いない。

本名について何か分からないか、机の中も漁ってみた。だけどそれらしい物は見当たらない。今日は早めに寝て、明日戸籍を調べに行こう。という考えに至ったとき、部屋の戸がノックされた。

「うるえー 入っていい?」

「いいよっ」

ゆーくんだった。戸を開けて緩慢な足取りで入ってきた彼は何かを差し出してきた。

「駿兄がこれを君に渡しておいてって」

それは封書だった。

「ありがとう、ゆーくん」

中身が気になったが今は机の上に置いて、ゆーくんへ向き直る。

「うん、おれそろそろ帰るね」

時計を見ればもう23時を過ぎていてぎょっとした。

「下まで見送るよ…!」

「えーいいよー隣だし此処から……」

窓を指さすゆーくんにまたもぎょっとさせられた。

「危ないよ…っ!」

「冗談だよ」

真面目な顔で冗談を言う人だったのを思い出して、私は肩を落とした。喜ぶべきか、自分のミスを恥じるべきか、溜息が出そうになるのを堪えて彼の背に回る。その背を両手で押しながら私は廊下へ出るよう促した。

「ほら、行くよ…!」

階下へ降りて、玄関先で靴を履くゆーくんをただただ見下ろしていた。――君は、本当に私の知ってるゆーくんなんだね。なのに、君は私が誰かは知らないんだ。なんだかそのすれ違いが、ちょっぴり寂しいな。


なんて、思ったところでセカイは元になんか戻らない。この寂しさをどこへ追いやっていいかも分からない。この先、どうしていいかも分からなかったけど、――ひとつだけ、分かってる事がある。


靴を履き終えたゆーくんが此方へ振り返る。

「それじゃまた明日学校で」

「うん……っ、うん?」

学校という単語に表情が強張る。――私、学校へ通ってるの?どうしよう?場所、分からないよ…?

戸惑いが彼にも伝わってしまったかもしれない。ゆーくんは私の腕を掴むと軽く引き寄せて真剣な顔をしながら耳許で告げた。

「明日、七時半に起こして」

真剣な顔だった。そんな顔で何を言い出すのかと思いきや「七時半に起こして」だった。恥ずかしい。もっと別のなにかを想定した自分が恥ずかしい。心のなかを読まれたとばかり思っていたから、正体がバレたのかとひやひやした。私はすぐさま頷いて、羞恥に耐えきれず投げやりに彼を見送ろうとした。

「おやすみ、ゆーくん…っ!」

だが、ゆーくんは暫し私を見つめている。なんだろう、やっぱり怪しまれたのかな?なんて思った直後、ふわりと首に青色が飛び込んだ。

「風邪、引かないようにな……おやすみ」

ゆっくり見下ろすと青いマフラーが首に引っ掛かっていた。

視線を上げた先には、今にも閉まりそうな扉が目に入る。ゆーくんは、マフラーを置いて行ってしまった。――君はなんて不器用なんだろう。

不思議と笑みがこぼれた。青いマフラーを巻いて私は階段を上る。

また明日、学校で、……喜んでる場合ではないけれど、明日があるんだと思うと僅かに心が浮かれた。また、君と共に同じ時間を過ごせる。当たり前のようにいつもそうであった日々。いつの間にか欲張りになって、見えなくなってしまった私の本当の幸せ。――学校、か。そうか、私、学校へ通うのか。ゆーくんと毎日一緒に居れるかな?青い空の下で、お昼は一緒にお弁当を食べるの。放課後はゆーくんを待って一緒に帰りたいな。夜は今日のように夕飯を共にしよう。

そんな願望が次から次へと溢れた。

そう、それはただの願望だ。彼の近くではきっと失敗ばかりしてしまうだろう。私は、彼に近付くべきじゃない。ゆーくんのいるこのセカイを、崩壊へ導くわけにはいかない。――こんなにも近くにいるのに、私は君のとなりに居る事ができないんだね。

悔しくて涙がこぼれた。


携帯を手に、私はあの人へ電話をかけた。

受話器の向こう側から彼の声を聞いて現実へ引き戻される。


「牧瀬さん、私……ここで頑張ります、調査結果はメールで……」


これでいいんだ。そんな当たり前だった日々を取り戻すためにも、私は今が残酷である事に感謝すら出来る。もう、二度とこんな未来は歩まない。そのために今、私が出来る事をしよう。と、心に深く刻む。


――こんな私にも分かる事、ひとつだけあるよ。


君と一緒に、歩くことの許された道へ未来を繋げたい。それだけはまやかしでも、嘘なんかでもない。君がいない未来、君がいても寂しい未来。どっちを選んでも辛いなら、私は君のいる未来を選ぼう。君と一緒に笑ってゆける未来に変える。だから寂しくってもへっちゃらなんだよ!いつだって笑ってみせるんだから!


そう、決めたんだ。だから、ひとつだけ言えるよ。


この気持ちだけは、紛れも無く「本物」だ。



君と一緒に戻る。

そんな日を夢に見ながら、――私は明日に希望する。





―――――――――――――――



A線・二〇一三年(現代)


だけど、この世界からゆーくんは消えてしまった。もう、ゆーくんを取り戻す事が出来ない。……たったひとつだけ、可能性はある。

自分を犠牲にすればいい。

ゆーくんのセカイにいる私を犠牲にすれば君に会えるだろう。軸移動ならタイムマシンを使えば容易い。だけど、それでいいのだろうか。道徳的な意味じゃない。それでゆーくんを追いかけて、私は何を得る?

ゆーくんに会えても現状を打破したわけではない。平行世界へダイヴした今のゆーくんになら「君は未来人です」と言っても信じてくれるかもしれない。だけど、それで本当に全てが上手くいくようには思えない。

ゆーくんがなんで消滅したのか、なんで此処にいるのか、私はまだ一つもこのロジックを解いていないのだ。そんな状態で追いかけるなんて出来る訳がない。それで彼に洗い浚い白状して「未来へ戻ろう」なんて言えない。自己を保てなくなったら、ゆーくんはまた消滅してしまうかもしれない。それじゃなにも解決しない。



夕焼けがやけに目に染みた。

滲む視界を正すように生理的に溢れた涙を指先で拭う。

「……やだなあ、こんな事で動揺するなんて」

どこから来たかも分からないゆーくんそっくりな少年に、嫌悪のような目を向けられて、私はひるんでしまった。顔が似てたからかなっとか、セカイは違えどゆーくんだからかなっとか、あの目の理由が欲しかった。

とぼとぼと歩いていると後ろから駆けてくる足音が耳に入った。

こんな顔で振り返る余裕なんかなくて、私は顔を逸らすように道の端のブロック塀へと視線を落とす。

だが次の瞬間その瞳は綺麗な空を映した。

「えっ……」

ぐいっと引かれた腕に上半身を持っていかれ、俯いた顔はその視界一杯に広がる灰色のアスファルトではない朱色の夕焼けを映していた。振り返る余裕はなかったけど、その口許に笑みを作って私は問いかける。

「もう、危ないよ…?どうしたの、ゆーくん」

「逃げるなよ」

手が震える。

繋がったままの手から、この嘘が君へ伝わりませんように。

「なんのことだか分からないなぁ…」

「そんな状態でなにが禁則事項だ」

「なにを言っ」

「ひとりで背負うなよ…」


それは、とても意外な台詞だった。

もしかしたら私は、ずっと、ずっと、こう言いたかったのかもしれない。


「ふふ、……泣いていたのはふたりだけの秘密、だよ?」


その言葉と共に涙が頬を伝う。

――嘘って難しいね。


朱色の空が段々と深い深い青に包まれてゆく。





***



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